まずは生活資金を手に入れよう!
前回のあらすじ:タツヒロとの実力差を思い知り、強くなることを決意する美雪と愛
「あ、何か見えたよー!門に壁ー!あれが町かなー?」
「あぁ、そうだぜ!あれが俺たちの町、ファストの町だ!」
馬に乗っていた愛とダースさんの声を聞き、馬車の窓から顔を出す。風が頬を優しくなでる。もう少しで夕方になる空模様の中、防衛用と思われる壁に囲まれた町が見えてきた。あれがファストの町か。
「ファストの町は人口五百人ほどの小さな町ですが、冒険者ギルドの支部、商店街、宿屋、鍛冶屋と必要最低限の施設は揃ってます!モンスターの素材を売ってゴールドを手に入れれば、転生者の美雪さん達でも不自由なく生活できますよ!」
シロ君が町の説明をしてくれる。冒険者ギルド!そこに行けば異世界必須の便利アイテムのマグカを手に入れられる!
「まずはマグカを手に入れるために冒険者ギルドに行かなきゃだね!」
「いえ、冒険者ギルドへの訪問は明日の朝に行くことをお勧めします。」
早速、マグカを入手しようとした私の案はシロ君に止められる。シロ君に向かって首を傾げ疑問を伝える。
「冒険者ギルドは食事処と酒屋が併設されているため、この時間帯には冒険者が酒宴を楽しんでおります。女性二人だと酔っ払いに絡まれるのが確実です。また、どこでダンジョン発見の噂を聞きつけたのか、新顔の冒険者も増えているため、少々治安も悪くなっております。美雪さんと愛さんの二人が今の冒険者ギルドを訪れるのは、ベルセルクタイガーの巣穴で焼肉をするようなものです。」
ベルセルクタイガーの喩えは分からないが、狼の群れの中に子羊を放り出すようなイメージかな?私の本当の年齢は飲酒可能だから酔っ払いごとき問題ないが、未成年の愛の教育に良くない。とりあえず冒険者ギルドに行くのは明日にする。
「そういうわけで、今日はまずモンスターのドロップ素材を売るため商店へ行き、当面の生活資金を得た後、宿屋の確保というプランをお勧めします。商店と宿屋は僕のお勧めを紹介させていただきますが、いかがでしょう?」
にっこりと最適プランを教えてくれるシロ君。本当にこの子優秀。
「うん、理に適ってる!それじゃあシロ君の言葉通り、ギルドに行くのは明日にして、お勧めの商店と宿屋を紹介させてもらうわね!ありがとう!」
断る理由がないため、シロ君の案をにっこり採用する。メイドさんが睨んでいるが、半日ずっと睨まれていたからか、すっかり慣れてしまい気にならない。転生前の世界でもなかなか出会えないレベルの美人なメイドさんに、半日ずっと睨まれるという貴重な体験は初めてだったし、今後も無いだろう。
お勧めの商店と宿屋がどういうところか聞いていると馬車は町の入り口である門を通過する。シロ君の馬車だったからか門番は笑顔で通行を許可する。門を通過したところで馬車が止まる。ダースさんが馬車を止めたようだ。
「坊ちゃんと嬢ちゃん達、ここで降りな!俺とメイコは馬車を戻しつつ、領しゅ、じゃなかった、坊ちゃんのお父さんに報告をしてくるからよー!」
「な…、ダース!!メイドたる私が坊ちゃまから離れるわけにはいきません!!旦那様への報告はダースだけで行ってください!!」
ダースさんの言葉にメイドさんが食い下がる。ダースさんはやれやれといった感じでメイドさんへ告げる。
「俺じゃこの馬車の片付け方は分からないし、坊ちゃんのお父さんへの報告も適当になっちまう。俺の要領を得ない適当な報告じゃ坊ちゃんの評価は下がっちまうだろうなー。それでも良いってんなら過保護に徹するのを止めないぜ~!」
そう言ってダースさんは、にやーと挑発的に笑う。メイドさんは拳を握り締め、ふるふると震えた後、悔しげにダースさんを睨んで言い放つ。
「分かりましたよ!!私もダースと一緒に戻りますよ!!坊ちゃま、報告を済ませた後にお迎えに参ります!お傍にいれず心細いかもしれませんが、しばしご辛抱の程を…。」
メイコさんは両手でシロ君の片手を包み込んだ後、慈愛の表情で心配の言葉をシロ君に伝える。
「うん、父さんへの報告よろしくね。あと、町中だからわざわざ迎えに来る必要ないよ。家で大人しく待っててね!」
シロ君はメイドさんが迎えに来ることをバッサリ笑顔で拒否する。メイドさんは無言でショックを受けた後、とぼとぼと馬車に戻っていく。シロ君と愛と私を降ろした馬車は、メイドさんを乗せ夕日を背に哀愁に包まれながら町の奥に進んでいく。なぜかドナドナが頭の中で流れる。
私達は馬車を見送った後、最初の目的地である商店に向かう。
馬車を降りてからは武器である弓矢はいざという時のために背負ったままだが、モンスターのドロップ素材等の嵩張る物はシロ君のマグカに入れさせてもらっている。それを売って当面の生活資金を得る。どの位の資金になるか分からないが、転生前の給料日のように心が弾む。
愛と今晩何を食べるか話しながら、うきうき歩いていると、先導してくれていたシロ君が一軒の木造のお店の前で止まる。
「ここが僕のお勧めする商店、ゴルド商店です。ここでモンスターのドロップ素材を売りましょう!」
確かに看板にはゴルド商店ファスト支部と書かれている。見たこともない文字だったが、読み方がなぜか分かった。これもノアが言っていた転生者特典だろう。
私が看板を確認していると、シロ君は商店の扉を開けて中に入る。愛と私もシロ君に続く。店内は、正面に店主がいるためのスペース、両側の壁は棚になっており、商品が所狭しと置かれている。武器や防具も売っているが、雑多な感じが転生前の駄菓子屋になんとなく似ている。愛はすでに店内の色々な商品に夢中だ。無言で商品を代わる代わる手に取り確認している。
しかし、そんな店内には客どころか店主もいない。こんなんじゃ商品を盗み放題じゃ?と商店へのセキュリティ上の不安を感じていると、シロ君は店の奥の方に声高らかに挨拶する。
「こんばんはー!遅い時間で申し訳ないけど、まだ開いてますかー?ドロップ素材を売りたいのですがー!」
はーい、ちょっと待っててねーと店の奥の方から、声が聞こえる。どうやら店主は店の奥にいるようだ。声が聞こえてから間もなく、恰幅の良い中年の女性が現れる。
「いやー、お待たせしちゃってごめんなさいねー。おばちゃんち、今日の夕ご飯は煮物料理でねーって坊ちゃまじゃない!!久しぶりねー!いつ以来かしらー!すっかり大きくなっちゃってー!今日はいつもの美人メイドさんと一緒じゃなくて、別の女の子と一緒なのね!坊ちゃまも隅に置けないわねー!二人は始めましてね!私はこのゴルド商店の店主をやってるオバーン・ゴルドよ!この町の人達からは、おばちゃんの愛称で呼ばれているわ!よろしくね!」
自己紹介からフルスロットルな感じ、まさにおばちゃん。ゴルド商店の店主さんは、ノリが完全に日本のおばちゃんだった。シロ君は気にも止めず本題を告げる。
「おばちゃん、久しぶりです。モンスターからのドロップ素材を売りたいのですが、もう閉店しちゃいました?」
おずおずとシロ君が尋ねるとおばちゃんはガハハと笑う。
「まだ日が落ちてないから閉店してないわよ!ドロップ素材の買取ね!坊ちゃまはいつも良い素材を持ってきてくれるから楽しみだわ~!それじゃ鍋の火止めて、マグカ取ってくるから少し待っててねー!」
おばちゃんは店の奥に戻っていく。火を止めると言っていたが、異世界の料理はどうなっているのだろう。気になる。そんなことを考えながら店の奥を見ていると、シロ君が話しかけてくる。
「そんな睨んで警戒しなくても大丈夫ですよ!おばちゃんはあんなキャラですが、商売事に関しては誠実です。この町で一番信頼の置ける商人ですよ!」
睨んで警戒をしていたわけじゃないんだけど…。否定しようと思っていると、シロ君が言葉を続ける。
「ドロップ素材の買取ですが、事前に簡単に説明しておきますね!買取には、簡易買取と店頭買取があります。簡易買取は、店主の言い値で買い取ってもらうことで、その場で代金をもらえます。店頭買取は、売る側が値段を決め、商店のスペースを借りて物を売ります。他の客に売れれば、後ほどお店から手数料を引いた代金をもらえます。簡易買取より店頭買取の方が高く売れますが、人気商品でなければ時間と手数料が必要になるため、品物に応じて簡易買取と店頭買取のどちらにするか選ぶのが重要です!」
簡易買取と店頭買取。シロ君は端的にそれぞれの特性を教えてくれる。本当にシロ君は何でも教えてくれるなぁ。シロ君いると異世界の文化の違いとか何も怖くないな。
「シロ君のお勧めは?」
各素材の買取額とか分からないので、シロ君に丸投げしてみる。
「僕のお勧めですか?なかなか入手できない黒狼の素材は店頭買取、それ以外は簡易買取が良いと思います。黒狼の槍も店頭買取にしても、すぐに売れると思いますが、どうしますか?売ってしまいますか?」
「黒狼の槍は売らないでもらって良い?馬車の修理中の戦闘で、弓矢以外の近接戦闘の手段も必要と思ったから、槍も候補に入れておきたくて。他の素材の買取方法はシロ君にお任せするわ!」
「はい、分かり
バキッ!!
シロ君と買取の相談をしている時、突然背後から何かが折れる音が聞こえた。振り返ると、愛が真っ二つに折れた木刀を持って立ち尽くしている。どうしよ…という顔でこっちを見る。
「ねぇ、シロ君。ドロップ素材を売ったお金で、あの木刀の弁償って可能かな?」
「伝説の木とかで作られてなければ余裕で大丈夫ですよ。もし万が一伝説の木で作られていたら、流石に愛さんでも折れないと思うので、大丈夫だと思いますが…。」
愛に事情を聞くと、強くなるために武器を探していて、振りやすそうな木刀を見つけたから耐久試験をしたら折ってしまったと。売り物は丁寧に扱うようにと愛に注意をしていると、おばちゃんが戻ってきたため、愛と一緒に謝る。おばちゃんはガハハと笑う。
「この木刀だったら安物だから気にしなくて良いわよー!しかし、女の子がちょっと力を入れただけで折れちゃうなんて、木刀にヒビが入ってたのかしら?冒険者に欠陥品を売って、怪我をさせなくて良かったと思うようにするから気にしなくて良いわよ!」
おばちゃんは寛大に許してくれたが、木刀の金額分は素材の買取額から引いてもらうようにお願いした。
「それじゃ気を取り直して簡易買取から始めるわね!マグカに売る素材をセットしてね!」
買取の前に、馬車の中でシロ君から教えてもらったマグカの売買モードについて思い返す。
マグカには素材やドロップアイテムだけでなく、この世界の通貨であるゴールドも保存することが出来る。売る側はマグカに売りたい品物を設定し、買う側のマグカに近づける。すると、買う側のマグカに品物が表示されるため、買いたい品物に買取金額を設定し、売る側のマグカに近づける。売る側のマグカに買取金額が表示されるため、金額に問題がなければ承認を押すことで、売買が成立する。
素材の数、金額の誤魔化し等の不正行為が発生しない公平な取引が成立するわけだ。マグカ便利。
シロ君はマグカを操作し、以下のアイテムを売るアイテムとして設定する。
茶狼の爪×3
茶狼の牙×4
茶狼の毛皮×8
木の剣×1
店頭買取予定のブラックウルフ素材を抜かしたブラウンウルフの素材だ。設定が終わったシロ君はおばちゃんのマグカに近づける。おばちゃんはマグカを確認する。
「おー、ブラウンウルフの素材かー!この量だと群れをひとつ狩ったね!さすが坊ちゃま!あの小さかった坊ちゃまがブラウンウルフの群れを倒せるようになるなんて!おばちゃん感激だよ!」
「僕の実力じゃ群れから離れた一匹を倒すのが精一杯だよ!ブラウンウルフの群れは、ほとんど美雪さんと愛さんの二人が倒したんだよ!」
「あら、そうなの?小さい女の子だと思ったけど、すごいのねー!」
おばちゃんの言葉に、木刀を折って落ち込んでいた愛が、どうだと言わんばかりに胸を張る。元気になって良かった。
「木の剣は折った木刀とチャラってことで…。ブラウンウルフの素材だと今の相場ではこんなものね!確認して頂戴!」
買取金額を設定したおばちゃんは、シロ君のマグカに自分のマグカを近付ける。シロ君はマグカを確認する。
「美雪さん、素材の買取価格はこんな感じだけど、確認してもらって良いかな?」
シロ君の言葉にマグカの画面を確認しようとするが、マグカが遠い。馬車の中では見やすいように近づけてくれたのに今回は遠い。目を凝らしてマグカを見ていると、おばちゃんが声をかけてくる。
「分かったわよ、負けた!もう少し金額を上げるから、そんな睨まないで頂戴!」
え、睨んでないけど?シロ君を見ると、澄ました顔で私にウィンクをする。そういうことか。
今のやり取りをおばちゃん目線で見ると、提示した金額を無言で睨む私。ブラウンウルフの群れを倒しちゃう女の子が、買取金額に対してどう見ても納得がいってない。
だからおばちゃんは金額を上げたのね…。まだまだ若いのに、こういう交渉を自然とやっちゃうシロ君ほんとうに恐ろしい。
「はい、これ以上はおばちゃん赤字になっちゃうから無理よ!」
シロ君のマグカに再度、金額が表示される。今度は、私に見える位置まで近づけてくれる。
茶狼の爪×3 16G×3 48G
茶狼の牙×4 22G×4 88G
茶狼の毛皮×8 18G×8 144G
木の剣×1 譲渡
合計 280G
「えぇ、この金額なら良いわ。買取をお願いします。」
私の言葉の後、シロ君はマグカを操作し売買が成立する。
Gというのは、この世界の通貨であるゴールドのことだろう。表示された金額が素材の価格として適正か分からないが、おばちゃんが赤字になっちゃうと言ってるから、信じることにする。そもそも1Gが日本だとどのくらいの価値か私には分からない。
「次は店頭買取だけど、ブラウンウルフより良い素材があるのかい?」
「とっておきの素材があるよ!この二つをお願い!」
そう言ってブラックウルフの素材である黒狼の角と黒狼の毛皮を実体化する。おばちゃんは驚きの表情を浮かべる。
「ブラウンウルフの群れと聞いて、もしやと思ったけど、ブラックウルフの素材とは!この町じゃなかなか手に入らないから、これは高く売れるね!いくらで売るんだい?」
「黒狼の角は320G、黒狼の毛皮は160Gでお願いします。」
ブラウンウルフの素材の約十倍!?進化するとそんなに変わるの!?
「相場より少し高いけど、この町ならその値段でも売れるわね!じゃあ明日には品物棚に置いておくから、数日くらいしたら見に来てね!」
進化すると素材の価値もはね上がるらしい。その分、強くなるから気をつけなければいけないが。
「おばちゃん、ありがとう!買取は以上だよ!閉店前で申し訳ないけど、ちょっと商品を見ても良いかな?」
「良いけど、煮物料理の続きがあるから短めにね!」
おばちゃんに許可をもらったシロ君は、私に近付き小さな声で呟く。
「美雪さんはマグカ持ってないから、買取金額を銀貨や小金貨で渡そうと思うけど良いかな?黒狼の槍は美雪さんがマグカを手に入れてから渡すけど、明日までのお金は必要だよね?」
「うん。その方が助かるけど、その銀貨や小金貨でも物の売り買いって出来るの?」
「基本的な売買はマグカを使って行われるから普通は怪しまれるけど、この後に案内する宿屋は色々と融通が利くから大丈夫!マグカを無くしたって説明すれば問題ないよ!」
「じゃあ銀貨や小金貨でもらうわね!えっと、何か入れる物あったかな?」
ショルダーバッグを確認すると小さな布袋があった。そういえばノアから転生特典として少しばかりのお金をもらってた。この中に入れてもらおうと、布袋を取り出すと羽根が一枚落ちる。
そういえば、朝に愛への寝起きどっきりとして倒した鳥のドロップアイテムの羽根が4本あった。矢の羽部分くらいには使えるかな?これもついでに買い取ってもらおう!と他の羽根もかばんから取り出そうとしたところで、落とした羽根を拾ったシロ君が驚きの声を上げる。
「ラッキーバードの羽根!?」
「え、ラッキーバードの羽根!?」
おばちゃんがシロ君に駆け寄る。なんでそんな驚いてるの?寝起きドッキリのついでに倒した鳥の羽根だけど…。私何かやらかした?
「ほんとにラッキーバードの羽根じゃない!!これなら即金で300Gで買い取るわよ!!」
「おばちゃん、冗談はやめてよね!ラッキーバードの羽根って言ったら最低でも400Gはするよ!!」
え?400G?黒狼の素材の倍ですけど!?しかも4本もあるよ?
「シロ君、一旦落ち着いてラッキーバードについて説明をお願い。」
急な展開に頭が混乱したため、こういう時のシロ君解説をもらう。
「ラッキーバードは人が立ち入れない高さの山から山へ飛んで移動する鳥型のモンスターのことで、出会うことがめったにないことで有名です。出会えたらラッキーな鳥というのがラッキーバードという名前の由来と言われてます。ラッキーバードの羽根は、防具や装飾品の素材に使うと運のステータスが上がるものになり、大変貴重な素材として高値で取引されてます!」
そんな貴重な鳥だったの!?愛への寝起きドッキリは、時間差で仕掛けた私をドッキリさせた。
ラッキーバードの羽根は、ファストの町で売るより王都の商店で売るか、鍛冶屋で自分の防具や装備品に加工した方が良いというシロ君のアドバイスを受け、壊さないよう丁寧にショルダーバッグの中に入れ持って帰ることにした。
こうして私達はゴルド商店での素材買取により、ひとまず280Gを得ることが出来た。ノアの転生特典の100Gも併せて380G。この金額を一枚で超えてしまうラッキーバードの羽根に驚きながらも、愛と私はまとまった生活資金を得ることが出来た。




