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魔王退治は要件定義から!  作者: 荒井清次
始まりの草原編 -新しい仲間と共に-
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【番外1-1】メイドのメイコの素敵な旅

この物語はメイドのメイコ目線で語られる番外編です。

「メイコ、これから始まる旅の前に一つ話があります。」


主である最愛の坊ちゃまが、表情を固め(わたくし)の両肩をがっしりと掴んできます。


「ついにプロポーズでしょうか。謹んでお受けいたします。」


「違います。」


おや、プロポーズではないのですか。それでは、夜伽のお誘いでしょうか。


「夜伽と言わず今すぐでも構いませんよ?メイドたるもの、いついかなる時も坊ちゃまに押し倒されることを想定し、勝負下着を装備しておりますので。ご覧になりますか?」


「僕からメイコへの話とは忠告です。この旅では、僕達の身分は絶対に隠すよう厳命します。」


私の言葉を無視し、坊ちゃまは本題に入る。誘いを断られるのは168回目です。難攻不落の坊ちゃま城。いつかその天守閣を私が攻略させていただきます…!!そんな私の謀略事など気にせず坊ちゃまは話を続けます。


「身分を明かせば、利のために取り入ろうとする者、父を害するために誘拐を企てる者など、数多くの不届き者に狙われることでしょう。二級貴族である我が家が準一級貴族に昇格するための大事な旅路です。少しでも心配事は減らすべきでしょう。」


今回の旅の目的。坊ちゃまのお父様、私にとっては雇用主である旦那様が領主を務める領地内にて、ダンジョンの入り口が見つかったのです。旦那様は領地を離れることが出来ないため、代わりに坊ちゃまが王都へダンジョン発見報告と登録申請を行うのが今回の目的。

小さな町の領主ですと、二級貴族止まりってところですが、ダンジョンを領土内に治めているとあれば準一級貴族に昇格できます。いえ、ダンジョンから得られる資源が多ければ、一級貴族にも上り詰めることが出来ます。私はあまり興味が有りませんが、旦那様の悲願達成のための大事な一歩です。


「畏まりました。この旅路、私の命に代えてでも坊ちゃまをお守りいたします。」


「その口調を直すように!この旅では、僕とメイコとダースは冒険者パーティ!同じパーティの仲間に、そんな丁寧な口調は使わないでしょ!」


坊ちゃまが人差し指を突き出し注意してきます。差し出された甘美なる誘惑たっぷりの指にむしゃぶりつきたい衝動に駆られましたが、それよりも大事な情報が坊ちゃまの愛らしい口より告げらたのを私は聞き逃しません。確認しましょう。


「ダース…?坊ちゃまと私の素敵な旅に何故(なにゆえ)、剣を振るうことしか脳の無いあの大男が出てくるのでしょうか…?」


「剣を振るうことしか脳の無い大男で悪かったな。そりゃあ、坊ちゃんが魔術師、お前が癒術師なら前衛で盾役になる俺が必要だろう?」


「あれ、ダースいたのですか?」


「ダースはずっといたよ…。二人一緒にこの部屋に入ってきたよね?」


メイドたるもの、坊ちゃま以外の男を視界に入れることは出来ません。私は坊ちゃま一途なのです。


「ダース、私は光魔法シールドで坊ちゃまを守れますので、盾役のあなたは不要です。そこらへんで弟子と大剣をぶつけ合う稽古でもしていれば良いのです。あ、私に良いアイデアが!大剣でなく腰の小刀を使って受け攻めの稽古をした方が、世の淑女方に喜ばれるかもしれませんね。」


世の淑女方の中では最近、男性同士の恋愛物語が流行っているらしいです。私にそのような趣味はないのですが、坊ちゃま×坊ちゃま、出来れば坊ちゃまのへたれ攻め、坊ちゃまの誘い受け本なら私は所望します。


「相変わらず坊ちゃん以外には口が悪いな…。ノリスなら最近一人でクエストに行っちまうんだよ。あいつもついに師匠離れってとこかな?暇になっちまったから今回の坊ちゃんの旅に同行するってわけさ。」


弟子の次は坊ちゃまに手を出そうというのか、この男は!!私とダースが睨み合っていますと、坊ちゃまが止めに入ります。


「そういう訳だからメイコもダースの同行を認めてね。魔法主体の僕達にとっては力強い味方だから!今回の旅はこの三人で王都を目指すよ!」


坊ちゃまがそう言うなら私は我慢いたします。


「畏まりました。ダース、突然の体調不良等を感じたらすぐに言って下さいね。坊ちゃまの負担にならないよう捨て置きますので。」


「お前、俺の食事には触るなよ…。」


さすがレベル20近くの冒険者。私の策謀など簡単に看破されてしまいました。ひとまず、にやりと笑ってダースを牽制しておきます。


「それでは、私は荷物の準備と王都までの食料と馬車の準備をしてきますので、ここで失礼いたします。ダースは戦闘時のポーションなど、冒険者としての準備をお願いいたします。ここから王都まで馬車なら3日分もあれば充分でしょう。坊ちゃまは私への愛の言葉とエンゲージリングを用意していただけると幸いです。それでは、明日の朝に出発とし、領家の前に集合といたしましょう。」


そう言い残して、私は悠然と坊ちゃまの部屋から退室します。さて、忙しくなりますね。


「メイコは坊ちゃんのことになるとアレだが、優秀なメイドだよな…。」


「ははは…。本当にいつも助けられてばかりだよ。それじゃ準備はメイコに任せて、僕達もポーションとかの買出しに行こうか。」


聞こえておりますよ。メイドはいついかなる時でも、坊ちゃまの声を聞き逃さないよう地獄耳なのですから。しかし、坊ちゃまと買出しデートとは…!!良いなぁ、ダース!!羨ましいなぁ、ダース!!しかし、私は私の仕事を完遂しなければいけません。坊ちゃまをお守りするのがメイドの役目ですから。


そして何の問題もなく準備が終わり、旦那様に見送られながら王都に向けての旅が始まりました。途中に出現するモンスターは、坊ちゃまの優雅な魔法で一網打尽です!こう見えて坊ちゃまは、領土内でも有名な魔術師なのです!すごくないですか、私の坊ちゃま!魔法を唱えるときの凛々しい姿、モンスターだけじゃなく私も悶え死んじゃいますよ!


おっと、誤解されたら心外です!私は坊ちゃまの活躍に悶えているだけでなく、最大限サポートしましたよ!坊ちゃまが危機に瀕したらシールドで守護を、坊ちゃまが傷ついたらヒールで治癒を、といった感じで得意とする光魔法が大活躍です!

あ、ダースですか?なんか大剣を振り回してました。え?怪我をしたから坊ちゃんだけじゃなく俺も回復してくれ?唾でもつけとけば治るんじゃないですか?残念ながら、私の光魔法は坊ちゃま専用なので。


こんな感じで坊ちゃまと私の旅は何不自由なく進んでいったのです。


「メイコ、ここら辺のモンスターは強くないし、セーフティポイントでの宿泊だから危険はないので、監視という名目で僕の寝袋に侵入しようとするのは止めてください。お願いします。本当にお願いします。」


ファストの町を出てから一日目の夜。ダースに縛られた私は坊ちゃまの前に転がされ嘆願を受けています。


「坊ちゃま、言い訳をさせてください!!私は坊ちゃまに求められるまで手を出さないと、坊ちゃまが小さい頃より自分に枷を課してきました!!それが、坊ちゃまの愛らしい寝顔を見た時、私の中の野獣の心が目覚めたのです!!目覚めてしまったのです!!」


おい、ダース。そんな引いた目で私を見るな!!私だって自分の中にこんな野獣が眠っていることに驚いているのです!!

次の日から私は手錠をして寝ることにしました。この手錠は私の中の野獣を解き放たないようにする拘束具です。この手錠は坊ちゃまと私の小指を繋ぐ赤い糸、絶対に切ってはいけないと自分に言い聞かせることで自制し、二日目の夜を乗り切りました。


こんなことがありましたが、三日程で問題なく王都に着きました。本来の目的であるダンジョンの発見報告を済ませ、現在は食料の補充などをしております。つまり、ファストの町では実現出来なかった買出しデートが、王都では実現したのです!ありがとうございます!


「しかし、申請しただけじゃダンジョンに認定されないんだなー。王都から調査員が派遣されるのに10日、ダンジョンでの調査に10日、調査の結果ダンジョン認可証が出るまでさらに一月ってところか。結構かかるんだなー。」


坊ちゃまと私の買出しデートを邪魔するダースが口をはさんできます。何でいるのですか?しかも、その発言はさっき申請受付の人が言ってた内容の復唱じゃないですか。


「仕方ないよ。どこの貴族もダンジョンを領土内に持ちたいから、ダンジョンっぽいところを見つけると申請するんだよ。聞いたところでは年間100件近い申請があって調査員が足りないんだって。」


「さすが坊ちゃま博識!それよりも坊ちゃま!王都には人がいっぱいいるので、はぐれないよう手を繋ぎましょう!ぜひ!」


「ごめん、メイコ。僕の両手は杖を持っていてふさがってるから。」


少しでもデート感を出そうとした私の提案は、坊ちゃまにきっぱりと断られました。


「あれ、先ほどまでは杖を持っていなかったじゃないですか!さてはマグカから杖を取り出しましたね!」


「ごめん、メイコ。でもたくさんの人前で手をつなぐなんて…、その…、恥ずかしいよ…。」


そう言って上目遣いで頬を赤らめる坊ちゃま。あれ、誰か矢を放ちました?射抜かれましたよね、私?坊ちゃまの天上天下の可愛いさにハートに矢が突き立ったのですが?まぁ、今まで何度も射抜かれてきましたので、私のハートはデスニードルフィッシュのようになってますが。


「さすが坊ちゃん、メイコの扱いも慣れてらっしゃる。」


私が胸を押さえて悶えていると、ダースが呆れた顔で何か言っております。今は坊ちゃまの可愛さを全身で味わっているのだから黙っていてほしいです。これには坊ちゃまも苦笑い。その顔も大変可愛らしいです。ご飯三杯いけます。


そんなこんなありましたが、私たちは買い物を済ませ、ファストの町への帰路につきます。ダースはせっかくの王都だから一晩くらい泊まっていこうなどと言っていましたが無視します。坊ちゃまも旦那様を心配させる訳にはいかないと早めの出発です。使命感に溢れる坊ちゃま素敵!頭を撫で撫でしようとしたら、手を払われて拒否されました。坊ちゃまのいけず。


一日目、二日目は王都に向かう時と変わらず、難なくモンスターを撃破しながら帰路を進めることが出来ました。

問題は三日目です。馬車で移動中、遠くの方から爆発音が聞こえてきたのです。強いモンスターが多くいるダンジョンとかなら分かりますが、ここは平均適正討伐レベル6の始まりの草原。爆発音が響くことは基本有り得ません。

そのため、爆発音が聞こえる度に馬車から降りて周囲の確認が必要になり、思ったより先に進むことが出来ませんでした。本来ならこの日でファストの町に到着する予定でしたが、予定の半分ほどしか進むことが出来ず、もう一泊の夜営が必要となりました。


そして、四日目の訪れも爆発音でした。一体なんなんですか、この爆発音は!!私の至福の日課である早朝坊ちゃま寝顔確認タイムが邪魔されたじゃないですか!!眠たげにお目々をこする坊ちゃまも大変可愛らしいのですが、今は周囲の確認が大事です。なにせ昨日より近いところから爆発音が聞こえてきましたから。

ダースも早朝に起こされたせいか、眠たそうに周囲の警戒をしております。しゃっきりしてください、坊ちゃまの大事な命を預かっているのですよ!!今もふわ~とあくびをしておりますし。気を抜いていたせいか、ダースの頭に(こぶし)大の岩がぶつかりました。ふわ~、ゴスッです。


「敵襲!!敵襲だ!!どこから狙われているか分からない!!ひとまず馬車に乗れ!!三人とも馬車に乗ったらメイコはシールドを張ってくれ!!」


ダースは不意打ちを受けながらも指示を出す。


「坊ちゃま、奇襲です!!こちらへ!!」


私は坊ちゃまの手を引き、ダースの言葉に従って馬車に乗りこみます。坊ちゃまと久しぶりにお手々をつなげたー、わーい!坊ちゃまが反抗期に入る前はよくこうして手を繋いでいたなー、とか感傷に浸っている場合ではございません。


「シールド!!」


私はすぐさまダースの言うとおり、光魔法シールドにて馬車全体に守護の壁を張りました。これで先ほどの岩でも馬車は一切のダメージを負うことはございません。術者以外には音すらも届きません。これで、一安心です。


「おいこらメイコ!!シールド張るの早い!!俺がまだ馬車に乗ってない!!」


私は馬車の小窓から外の様子を窺います。どうやら馬車はブラウンウルフの群れに襲われたようです。小窓から確認できるだけでも、ブラウンウルフが10匹以上おります。ブラウンウルフ単独なら怖くありませんが、群れでの連携と地魔法ロックシュートが脅威です。

また、ブラウンウルフの群れの中に大剣を振り回す大男が一人おります。あの方がブラウンウルフを操って坊ちゃまが乗っているこの馬車を襲っているのでしょうか。


「メイコ!ダースがまだ外だよ!一旦シールドを解いてダースを中に入れて!!」


おや、あの大剣を振っている大男はダースでしたか。私が大男の正体に気付いたところで、窓の外のその男と目が合いました。私は両手でガッツポーズをし、口パクでがんばれ!と告げます。


「坊ちゃま、ダースからの伝言です。このブラウンウルフ達は、俺が抑える。俺が抑えている間は絶対に馬車の外に出るな!!とのことです。」


「あ、そうなの?じゃあダースの意志を無駄にしないよう馬車の中にいないとだね。でも、いつでも助けに行けるよう準備はしておこう!」


本当はダースの言葉に、「いざという時はメイコが守れるよう坊ちゃんを抱きしめてやれ!」というのも付け足したかったのですが、信憑性が無くなりそうなので自重しました。馬車に逃げ込んだ時からずっと握り締めたままの坊ちゃまの震える手だけで満足です。


「ねぇ、メイコ。本当にダースは抑えるって言った?外のダースの顔は必死そのものだよ?」


「大丈夫です。あのようにピンチを装ってブラウンウルフを操る黒幕の油断を誘っているのです。」


「そうなの…?迫真の演技だね、で良いのかな…?」


ダース、もう少しがんばってください。私はもう少し坊ちゃまとの二人きり手を繋ぎあった幸せ空間を楽しみたいのです。久しぶりの坊ちゃま成分補充です。


「坊ちゃまの手も昔より大きくなりましたね。坊ちゃまの成長に私は嬉しいような寂しいような複雑な気持ちでございます。」


「メイコ!和やかな雰囲気を出してる場合じゃないよ!!ダースのあの必死の形相は演技じゃなさそうだよ!!シールドを解いて中に入れて!!」


私の幸せ時間は終わりを迎えました。ダースの方を確認すると、限界といった感じです。さすがに見殺しには出来ませんので、一旦シールドを解除しダースを馬車に迎え入れます。ダースが倒れこむように馬車に乗った後、シールドを張り直します。少しの間のシールド解除ですが、いくつかの地魔法ロックシュートを受けたのか馬車が揺れます。


「ぜぇ、ぜぇ、おい、メイコ…。まじで、頼むぞ…。」


頭の怪我を抑え、息を整えながらダースが睨んできます。ダースの話を聞いたところによりますと、ブラウンウルフの群れに囲まれてしまっているそうです。ダースは最初の不意打ちで受けたダメージで、軽くスタンの状態異常になってしまい、数匹しか倒せなかったそうです。言い訳ですかね?ひとまず状態異常と怪我を回復するため、光魔法リカバーとヒールをかけてあげます。


「リカバー!!」


坊ちゃまの体が白い光に包まれました。


「ヒール!!」


坊ちゃまの体が白い光に包まれました。


「どうやら私の光魔法は坊ちゃま限定のようです。お力になれず申し訳ございません。」


「前からそんなことを言ってたけど、冗談じゃなかったのかよ…。」


ダースが私をジト目で見ながらそんなことを言ってきました。


「とりあえず、このポーションを飲んでください。その怪我を治しきれるかは分かりませんが、気休め程度にはなると思います。」


「ありがとよ…って礼を言うのも微妙な話だな…。」


ダースがポーションを飲み干したところで、現状を打破するための作戦会議を行います。ダースを囮に坊ちゃまと私は逃げる、という提案はダースだけでなく坊ちゃまにも却下されました。何が不満だったのでしょう?

しばらく作戦会議は続きましたが、現状を打破できる名案は思いつきません。痺れを切らしたのか、ダースが提案をしてきます。


「ひとまず時間が経過してスタンは消えたようだ。メイコ、シールドを一旦解除してくれ。少し数を減らしてくるよ。」


言われたとおり、私はシールドを解除します。それと同時にブラウンウルフの悲鳴が聞こえてきます。悲鳴?鳴き声なら分かりますが。私たちが揃って首を傾けていると、聞いたことのない武技を叫ぶ女の子の声が聞こえてきます。どうやら誰かがブラウンウルフと戦っているようです。


先ほどとは打って変わった状況に警戒していると、馬車の扉が力強く開かれます。ダースを外に出すためのシールド解除により外敵の侵入を許してしまいました。私、一生の不覚です。


侵入者は変わった服装の女性でした。王都で以前見かけたスーツというものでしょうか?容姿は、長い黒い髪を後で束ねた平均より少し背の高い細身の女性。年齢は15歳から18歳といったところでしょうか。しかし、そんな情報などどうでもよくなる最大の特徴が、その女性にはありました。それは、メガネをかけていても隠し切れない凶悪な目つきです。何人殺したら、どんな悪事に手を染めたらそんな目つきになるのでしょう。

その恐ろしい目つきで馬車の中を窺う女性。獲物を探しているのでしょうか?ダースはあからさまに警戒し、坊ちゃまはすっかり怯えきっています。この女性をこれ以上放置するのは危険です。先手必勝、私は両手を侵入者に向けて伸ばし、魔法の詠唱を始めます。


「火の精霊よ、我が呼びかけに応じ灼熱の爆炎を練り上げよ。」


光魔法ばかり使っているため、癒術師と言われておりますが、攻撃魔法が使えないわけではありません。いえ、実は攻撃魔法もそれなりに得意です。私の基本魔法属性は火。半分ほど詠唱を終えた火魔法は、現状使える中で最大の攻撃魔法、ファイアブラストです。


「練り上げた爆炎を業火とし、我が敵を焼き尽くせ。」


これで事前詠唱は完了です。あとは術名を唱えるだけで魔法が発動します。


「ストップ、メイドさん!!私とあそこで戦ってる少女は敵ではありません!!あなたたちを助けに来ました!!だから魔法の詠唱を止めてください!!」


む、聞こえないよう小声で魔法詠唱を行っていたのですが、相手に気付かれたようです。一旦、詠唱中断をし、相手の真意を確認します。


「嘘をついても無駄です!!そんな恐ろしい目つきで助けに来たなんて、見え透いた嘘を!!騙そうとしても無駄です!!私達がモンスターに襲われている隙に金目の物を盗んでいくつもりでしょう!!」


私たちを騙そうとするとは…!!やはり敵確定です。ダースも剣を向けております。侵入者の女性は、何やら私の言葉にひるんでいるようですが、この隙を見逃すわけにはいきません。魔法の発動を、と思ったところで坊ちゃまが私を制止します。


「ダース、剣を下ろして。メイコも魔法の詠唱を止めてください。盗賊だったら狼を倒そうとはしないはずなので、この方の言っていることは正しそうです。それに、ダースが怪我をした今、僕たちはこの方を信じる選択肢しかありません。見知らぬお姉さん、後ほどお礼をさせていただきますので、申し訳ございませんが、私達を助けていただけないでしょうか?」


坊ちゃまの突然の言葉と頭を下げたことに驚きましたが、坊ちゃまは戦うより侵入者と交渉することを選んだようです。侵入者のこの目つき、戦っていたら無事じゃない可能性が高いでしょう。それなら侵入者の言葉を信じた方が生き残る可能性は高い。それを一瞬で判断する坊ちゃま。愛らしいだけでなく聡明。しかも、手が震えるほど怖い相手に勇気を振り絞っての交渉です。私を何回惚れ直させれば良いのですか?無限惚れ直し坊ちゃまですか?


そんな素敵王(ステキング)(素敵な王であり、現在進行形で素敵な坊ちゃまを称える言葉。私が今作りました。)な私の坊ちゃまの頭に侵入者は手を置きます。おい、てめぇ何してやがります?今すぐ魔法を放ちたいところですが、坊ちゃまの頭も吹き飛ばしてしまいます。


「信じてくれてありがとう。もう大丈夫よ、私の仲間は強いから安心して助けられなさい!」


侵入者は坊ちゃまの頭をポンと叩き、馬車から出て行ってしまいます。ひとまず、坊ちゃまの命が無事なことに安心しました。というか本当に助けてくれるのですか?


「行ってしまいましたね…。彼女の言葉を信じて良いのでしょうか?」


「あの方に言った通り、現状では助けられるという選択肢しかありません。信じて待つことにしましょう。」


「そいつには同感だが…、しかしあの目つき…。正直生きた心地がしなかったぜ…。」


坊ちゃまもダースも突然の事態に困惑しています。私はメイドなので、平然とした顔を保ったまま混乱しております。


「でも、善良な顔して裏で悪いことしてるやつってのはたくさんいるだろ?その逆で悪い顔した善良なやつがいても変じゃないよな?今回はそのパターンに賭けてみようぜ。」


ダースが祈りながらこんなことを言ってきました。勝算のある賭けなら良いのですが。坊ちゃまは先ほどから窓の外を凝視しております。どうやら坊ちゃまの角度からは戦いの様子が見えるようです。ブラウンウルフの鳴き声、武技のものと思われる音、おそらく先程の少女達とブラウンウルフの戦闘恩が聞こえてきます。坊ちゃまに状況を伺おうとした時、外からブラウンウルフの遠吠えが聞こえてきました。


「ブラウンウルフが戦闘中に遠吠え…?ま、まさか…!?」


坊ちゃまは止める間もなく馬車から飛び出していきました。坊ちゃま!?


「ダースは怪我をしていますから、ここでお待ちください。私が坊ちゃまを追いかけます。」


「すまない!坊ちゃんは任せたぞ!!」


私も馬車から飛び出し、坊ちゃまを追いかけます。坊ちゃまは馬車から少し離れたとこに立っておりました。


「坊ちゃま、どうなされたのですか?」


坊ちゃまは黙ってある方向を指します。そこには黒い狼がおりました。


「ブラックウルフ…!?ブラウンウルフの進化個体がなぜここに…!?」


目の前には黒々とした立派な角を持つブラックウルフがおりました。


「ブラウンウルフの群れにはボス狼がいるのですが、そのボス狼を最後の一匹まで残すと、稀にブラックウルフに進化するのです…。ブラックウルフの適正討伐レベルは13。ダースが万全の状態でなければ僕達だけで倒すことは出来ません…。」


「な…!?」


そんな強敵が現れたのですか!?しかも今気付いたのですが、相対しているのは二人とも私より若い少女じゃないですか!?


「「え…!?」」


坊ちゃまも私も目の前の光景に驚愕です。少し変わった道着を着た、いかにも活発な短髪少女は、獰猛な笑いを浮かべながら戦う構えを取り、さっき馬車に来た方の長髪少女はMPポーションを飲んでいます。どう見ても戦闘前の準備です。まさか、戦うつもりですか!?

私の問いに答えるように、短髪少女が鋭い連続蹴りを放ちます。その蹴りはブラックウルフの角に当たり、根元からへし折ってしまいます。しかし、ブラックウルフも負けじとハウリングを短髪少女にぶつけます。ハウリングを受けた短髪少女は酩酊状態になります。ふらふらと隙だらけの短髪少女に向けてブラックウルフは地魔法を放とうと尻尾を振り回します。


「あ、あぶな…

ドゴォォン!!!


私の言葉は突然の爆発音に遮られます。音がした方を確認しますと、もう一人の長髪少女が矢を放った後のポーズで立ち尽くしております。この音、どこかで聞いたような…、あ、昨日から聞こえていた爆発音の正体はあなたでしたか!しかし、そんな爆発的な威力の矢もブラックウルフを倒すことは出来ませんでした。


「お姉さん!この弓矢を使ってください!!あと、ブラックウルフは土属性のため、風属性の攻撃が有効です!!先ほどのウィンドアロー、またはその上位技、ゲイルアローを使ってください!!」


そんな中、坊ちゃまの声が響きわたります。どうやら長髪少女の矢が無くなったことに真っ先に気付き、マグカから予備の装備品を取り出し支援を行ったようです。え!?坊ちゃまからの贈り物ですか!!私でも誕生日にしか貰えませんのに…?いえ、今はそんな状況ではございません。


弓矢を構えた長髪少女が魔力を練り上げています。魔力感知能力が優れているわけではない私でも感じられるほど膨大な魔力が矢に注がれております。そんな量の魔力を矢に込めたら魔力暴走し、あらぬ方向に飛んでいってしまうのではないでしょうか。


しかし、キィィィンという甲高い音と共に放たれた矢は、ブラックウルフが発動した地魔法ロックブラストを貫通し、ブラックウルフの額に深々と突き刺さっております。どう見ても致命傷です。しかし、先ほどの風魔法をまとった矢の威力は何でしょう?ゲイルアローはメイド長がよく使っておりましたが、あれほどの威力はありませんでした。


「ゲイルアローどころじゃない…。ストームアロー…、いや、ひょっとするとテンペストアローかもしれない…。」


「テンペストアロー!?王都の一流冒険者レベルの武技じゃないですか!?」


「ははは…、そんな冒険者が何でこんな場所にいるか分からないけど、僕達にとってはすごいラッキーだったね。おかげで助かったよ。」


「えぇ、坊ちゃまがご無事で何よりです。しかし、こんなに助けていただいたお礼がどれ程になるかと考えると私は頭が痛くなる思いです。」


「そっか、あの方が何をしたら喜ぶか考えなきゃだね!いっぱい助けられたから、しっかりと考えなきゃ!忙しくなるよー!」


あれ、坊ちゃま。忙しくなるとぼやいてる割には嬉しそうですね。というか、頬を染めて長髪少女の方を見つめておりません?まさか…?

いえ、まだ決め付けるわけにはいきません!!きっと助かった安堵感から一時的に気分が高揚しているだけです。そうに違いありません。決して不安に感じたりはしておりませんよ!坊ちゃまが私以外の女性に恋するなんて有り得ないのです!何歳からアプローチしていると思いますか!ぽっと出の少女に奪われてたまるかって感じですよ!!


そんな気持ちで二人の少女を確認しますと、私の不安なんてどこ吹く風といった感じで喜びを爆発しております。あんな強いモンスターを難なく倒した二人とは思えません。無防備で無邪気な様子に、嫉妬をしていたのが馬鹿らしく感じるくらいです。短髪少女がこちらを指差した後、二人がこちらに歩いてきます。坊ちゃまは元気に手を振っております。


こうして私達は見知らぬ少女達に絶体絶命のところを助けられました。そして、これが私のライバルとなるミユキ・ユヅルとの出会いだったのです。


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