【幕間】黒剣は邪推する
冒険者パーティ、黒夜翼集。
コウモリの羽に剣のマークをパーティのシンボルとした冒険者パーティは、黒夜翼集から派生した黒薔薇剣劇団などの冒険者パーティも合わせたら、王都内の冒険者の四割以上が所属すると言われる、北大陸最大規模の冒険者パーティである。
そんな黒夜翼集のパーティリーダーは、黒剣という異名で知られるエスペルト・シェーデル。
蝙蝠のような翼を背中に持つ有翼人種の彼は、深緑の森の奥の中、目の前で光の粒へと変わる一匹のモンスターを前に、胸に片手を当て天に祈っていた。
エスペルトが祈る手と逆の手に持つのは、荒れ狂うモンスターの命を絶った一本の大剣。黒剣の異名の由来にもなった、星五装備品である神話級の魔剣グラムである。
2メートルを超す体躯を持つエスペルトよりも一回りも巨大な魔剣グラムから滴る、青色のモンスターの血をそのままに立ち尽くすエスペルトへ、一人の男が駆け寄って声をかける。
「旦那ー。クエスト中すんまへーん、ご報告が…って、適正討伐レベル89のフォレストドラゴンをソロ討伐ですか…。まったく旦那には驚かされてばかりですわー…。さすが、レベル99の上級冒険者やな。」
長い尻尾を揺らしながらエスペルトへ声をかけるのは、黒夜翼集のサブリーダーである有尾人種のテツト・イイジマ。
レベル80を超える転生者の彼でも、目の前に立つリーダーから立ち昇る強者のオーラに、この人が自分たちのリーダーで良かったと、思わず口元が緩んでしまう。
イイジマの言葉を受けたエスペルトは、装備していたスカルヘルムを外す。髑髏のような見た目のスカルヘルムの中から現れたのは、剃髪された頭部であった。
堀りの深い痩せた白い顔に、ギョロリと大きな赤色の目。巨大な右目の上の傷が無かったら、髑髏の中から髑髏が現れたと勘違いする人もいたであろう。
背中に生えた巨大な蝙蝠の翼と、2メートルを超える体躯も相まって、彼を初めて見た者は恐怖のあまり言葉を失う。
魔王よりも魔王に相応しい見た目、と陰で揶揄されるエスペルトは、ギョロリと大きな目をイイジマに向け、地を震わせるような低い声で呟く。
「フォレストドラゴン如きで尊大に語るでない、蠍。敵の急所と行動パターンを冷静に観察し、落ち着いて対処をすれば難しい相手ではない。お主一人でも倒せるモンスターであろう。」
自分の異名である蠍という名前で呼ばれたイイジマは、エスペルトの言葉と表情と見た目に一瞬怯む。
しかし、エスペルトが別に怒っているわけではなく、謙遜をしただけということをイイジマは普段の付き合いで知っている。イイジマは自慢の尻尾を左右に揺らしながら、尊大に両手を上げる。
「旦那はわいのことを過大評価し過ぎや。わいが一人でフォレストドラゴンを倒せるわけないやん。そんなん出来るんは、あん頭のおかしい姫騎士様か、鉄壁の異名を持つ騎士長…、正体不明の鉄波くらいやろ。」
騎士長、鉄波という自分と共通点のある二人と並べられたことに、エスペルトは一瞬怒りの表情を浮かべる。
百に至らぬ者たち。
北大陸の王都に所属する者の中で、レベル100の壁を超えられずレベル99に留まる、黒剣、騎士長、鉄波の三人のことを揶揄した呼び名である。
姫騎士のようなレベル100を超えた者を、限界を超越した者たちと呼ぶのに対し、百に至らぬ者たちは、冒険者として充分すぎる実力を持ちながらも、どこか侮られる存在である。
不名誉な異名に怒気のオーラを浮かべ始めたエスペルトへ、イイジマは無理矢理に笑顔を作り、飄々とした印象を与えるために無理して普段から使っているエセ関西弁で声をかける。
「旦那、わいはそんな意味で言ったんやないで!単純に事実を言うただけや!邪推して怖い顔をせんでよー。パーティーの中の若い子らなら、怯え切って震えてまうでー。笑えーなんて無茶なことは言わへんけど、少しはおでこのしわを伸ばしてみたらどうや?」
イイジマの言葉に、エスペルトは魔王よりも魔王に相応しい見た目と揶揄されている現状を考える。目を瞑り、大きく息を吐いたエスペルトは、イイジマへと声をかける。
「先ほど言っていた報告について話せ。」
「あー、そやったそやった!わいは旦那に報告しに来たんやった!あかん、忘れかけてたわ!」
飄々と笑っていたイイジマは、表情を引き締めてエスペルトへと向き直る。
「銀琴と竹調が手を結んで、冒険者パーティを立ち上げた。」
「銀琴と竹調が…。」
イイジマの報告内容を復唱したエスペルトは、手に持っていた魔剣グラムを地面に突き立てる。
両手を組むための何気ないエスペルトの行動だったが、周囲に響いたズズンッ…と地を震わせる音に、どれだけの重量の剣を片手に持ってたんだよ…とイイジマは冷や汗を垂らす。
イイジマの困惑に気付かないエスペルトは、銀琴と竹調が手を組んだという情報の意味を考える。
「演奏に使う銀琴をハンマーのように振り回してモンスターを蹴散らす、銀等級冒険者並の実力を持つ銀琴。師匠である老騎士ローグの死で冒険者として道を絶たれたと思っていたが…、独特の音楽で敵対する者の感覚を狂わせる、支援職ながらも銅等級冒険者に到達した竹調と手を組んでいたとは…。私の記憶が正しければ、二人は冒険者ギルド内で何度も喧嘩を目撃される程、仲が悪かったはずだ。二人が手を組むとは思えない。その情報は信憑性がある物なのか?」
「数日前に洋食屋くろばらで偶然話を聞いとったパーティメンバーが教えてくれたんや。そんで今日わい直々に、冒険者ギルドに確認したんやけど、二人が所属するパーティの結成申請が出されとった。二人が手を結んだのは間違い無いで。」
「そうか…。」
イイジマの言葉に小さく呟いたエスペルトは、銀琴と竹調が手を結んだ目的を考える。
やがて一つの推論に至ったエスペルトは、イイジマに聞こえないように小さい声で呟く。
「月影の敵討ちか…。」
銀琴の先輩冒険者であり、今は歌姫のマネージャーをしている元冒険者のことを思い出す。
俊敏な動きと適切なタイミングで繰り出される地属性魔法で将来有望な冒険者とされた月影は、些細な行き違いでの衝突により、エスペルトの手によって冒険者の道を絶たれた。
同じ師を持つ先輩冒険者の道を絶った後輩冒険者が、恨みを抱いていてもおかしくない。しかし、一人ではエスペルトに挑むには実力不足だから、同程度の実力を持つ竹調と手を結んだ。
そう考えて納得したエスペルトは、サブリーダーの一人であるイイジマへと指示を出す。
「蠍、銀琴と竹調の新生パーティーには警戒をするように皆に伝えろ。少しでも何か情報が入った場合は、すぐさま俺にも伝えろ。」
「そう言うと思って、少し情報を集めておいたで。中には報告が必要な物もいくつかあるで。ひとつひとつ伝えるな。」
パーティリーダーの考えを先読みし、事前に準備をしていた出来るサブリーダーことイイジマは、一枚の紙を取り出し、エスペルトへと報告をする。
「銀琴と竹調のパーティーやけど…。パーティーリーダーは銀琴でも竹調でもない。」
「パーティリーダーが、銀琴でも竹調でもない…?どういうことだ?二人がリーダーじゃないとしたら、誰がリーダーなんだ…?」
「銀琴と竹調の新生パーティーのリーダーやけど…。最近、闘技場で二人の支援を受けながら月影を爆殺した、殺し屋爆弾らしいで。」
「月影を爆殺した、殺し屋爆弾がリーダー…。」
魔王よりも魔王と言われるエスペルトでも、闘技場で目撃したスーツ姿の女性が尋常ではない眼光で、観客全員をステータス異常の恐慌にした姿には恐怖を覚えた。自分が使うスキル眼光威圧でも、あそこまでの恐慌を生み出すことは出来ないだろう。
まだレベルは低いが、戦力としては十分過ぎる。現に、支援魔法を受けていたということを差し引いても、見事なナイフ捌きと体術で月影を圧倒し爆殺している。
エスペルトは銀琴と竹調が組んだだけでなく、パーティリーダーがあの殺し屋爆弾であるという、パーティに対して警戒を強めながら、イイジマの報告の続きを聞く。
「竹調の元いたパーティのメンバー三人と、エルフの姫を探す少女こと薄幸と、殺し屋爆弾と一緒に王都に来た、まだ異名すら無い二人の男と、謎拳法の鬼火流剛術を使う剛々少女の合計十人がパーティメンバーやな。出来たばかりやけど、充分すぎる戦力を持つパーティー…」
「待て!!今、鬼火流剛術と言ったか!?」
「ん?そう言うたけど、急にどうしたん?謎拳法のこと何か知っとるんか?」
「殺し屋爆弾の仲間の少女ということは、彼女が月影を倒した時に現れた少女のことだろうが…。まさかあの子が鬼火流剛術を使うとは…。」
腕を組んだまま顔中をしわだらけにして喋らなくなったエスペルトに、イイジマは首を傾げる。腕を組んで立ち尽くし、コウモリのような黒い翼をはためかせるエスペルトの姿は、まさに悪魔そのもの。イイジマは恐怖を感じながら、エスペルトの言葉を待つ。
どんなに待っても声を上げなくなったエスペルトに、痺れを切らしたイイジマは、ひとつ溜息をついた後に報告を続けることにする。
「ちなみにやけど、銀琴と竹調と殺し屋爆弾と剛々少女が所属するパーティ名は、平和への旅路、言うらしいで。南大陸で起きとる魔族の反乱を鎮めて、世界を平和にしたいいう想いが込められたパーティ名らしいで。けったいなパーティ名やな。」
「平和への旅路…。蠍。お主はそのパーティ名を、そのままの意味に受け取るのか?」
「そのままの意味?あー、わいは転生者やから違和感無いけど、旦那は馴染み無いかもしれんな。わいが昔にいた世界では、ピースは平和を指しとるし、ロードは道って意味で旅路として使っても問題ないんやで。そのままの意味やないんか?」
現状で充分な実力を持つ銀琴と竹調が、間違いなく将来的な脅威になる殺し屋爆弾と剛々少女とパーティを組んだ。この事実が意味することを考えたエスペルトは、転生者であるイイジマに確認をする。
「蠍、お主の転生前の世界では、ピースは平和という使い方よりも、このハンドサインのことを指す方が多いのであろう?」
人差し指と中指を立て、蟹のハサミのようなハンドサインを作ったエスペルトは、ちょきちょきと二本の指を動かす。手の甲を向けた逆ピースである。
なんでわいらの世界のことそこまで知ってるねん、と博識なパーティリーダーにツッコミをしようとしたイイジマだが、目の前の光景に言葉を引っ込める。
魔王よりも怖いと評される見た目のエスペルトが、カメラを向けられた女子高生のように逆ピースを向けている。
魔王が逆ピースしとる!!イイジマは笑いそうになるのを必死に堪えて、エスペルトの質問に答える。
「…そうやね。ピースはそのハンドサインを指すことが多いな…!!」
真面目な表情で逆ピースちょきちょきするエスペルトに、イイジマは笑いを堪えながらも肯定をする。イイジマの言葉に、やはりそうか…と呟いたエスペルトは、自分の考えを説明する。
「銀琴と竹調が転生者という情報を考えると、パーティ名に使われているピースはこのハンドサインを意味していると考えた方が良いであろう。この二本指を立てたピースが、何を意味しているか蠍には分かるか?」
「ピースが何を意味しとるか?指二本立てとるから…、何か二つを指してるってことか?」
深く頷いたエスペルトは、逆ピースをやめて両手の人差し指のみを顔の横に立てる。かなり間抜けなポーズだが、イイジマは真面目な表情でエスペルトの言葉を待つ。
「そうだ。俺の推測では、ピースは亜人族を含む人族と、魔族の二つを意味していると考える。ピースロードというパーティ名が、表立っては人族と魔人族の戦争を止めるという意味ということを考えても、ピースは人族と魔族のことを指しているので間違い無いであろう。」
「一つの言葉で、二つの意味を持たせる、ダブルミーニングってやつやな。おしゃれやなパーティ名やなー。」
そんな意味は持っていない。邪推だ。と平和への旅路のパーティリーダーである殺し屋のような目つきをした女性が、この場にいたら呟くであろう。
しかし、彼女はこの場にいないため、邪推は続く。
「洒落の利いたパーティ名。本当にそう思うか?ロードという後に続く言葉が、別の意味であると考えた場合、同じことを言えるか?」
「ロードが道や旅路って意味やなくて別の意味…?って、まさか…?オー〇ーロードの方のロードか…!?」
エスペルトと同じ考えに至ったのか、イイジマは驚愕の表情を浮かべる。自分の思い至った推論が信じられないイイジマに、肯定するようにエスペルトは深く頷く。
「オーバー〇ードが何かは分からぬが…、蠍の想像通りの意味であろう。ロードはお主がいた転生前の世界の言葉では、支配者という意味も持つ。」
「ほなら、ピースロードいうパーティ名は…!?」
「そうだ。ピースが人族と魔族、ロードが支配者を意味していると考えると、ピースロードというパーティ名には、人族と魔族を支配するという意味にも考えることが出来る。銀琴と竹調が、若くても実力のある冒険者を集めて、パーティーを組んだ意味を考えると…、ピースロードというパーティ名は、平和への旅路という意味ではなく、この世界の種族の支配者という意味で捉えるべきであろう?」
捉えるべきではありません。間違った解釈ですと殺し屋のような目つきの、爆発魔法で全てを爆殺する女性がこの場にいたら呟くであろう。
しかし、彼女はこの場にいないため、間違った解釈は続く。
エスペルトに疑問を投げかけられたイイジマは、スキル思考加速を使って考える力を加速させる。
エスペルトの言葉はイイジマにとって、いや考えすぎやろ、自分どんだけ慎重派やねんと笑いに付すような考えだが、闘技場で見た殺し屋爆弾の異様な眼光と威圧感と殺気を考えると、あながち間違いではないと感じられる。
いや、間違いです。と殺し屋のような目つきを伊達メガネで必死に隠そうとして隠しきれいていない女性が、この場にいたら呟くであろう。
しかし、彼女はこの場にいないため、間違いは続く。
「世界の支配者…。そない意味がパーティ名に隠されてるんか…。平和なパーティ名を掲げて、裏ではそない危険な思想を持ってるんか…。」
「そうだ。新生パーティである平和への旅路が、油断できない相手であることが伝わったであろう?」
エスペルトの問いに、イイジマはゆっくりと頷く。
緊迫感を共有できたエスペルトは満足気に頷き、地面に刺していた魔剣グラムを抜き去り、天高く掲げる。
「蠍よ!!全パーティメンバーに伝えろ!!平和への旅路への警戒を高め、奴らが何か行動を起こそうとしたら、妨害するのだ!!」
「了解!!すぐに全パーティメンバーに伝えるわ!!」
エスペルトの指示に力強く頷いたイイジマは、他のパーティメンバーの下へと走り出す。走り出すイイジマの背を見送りながら、エスペルトは魔剣グラムを地面に突き立てて呟く。
「軽薄そうな話し方の蠍だが、根は真面目な男だ。蜥蜴、蜘蛛といった他のサブリーダーとも協力して、事に当たってくれるであろう。」
イイジマが去った今、エスペルトの独り言に返答する者はいないと思われたが、地を震わせる多くのモンスターの咆哮がそれに答える。
先ほどエスペルトが討伐したフォレストドラゴンの敵討ちと言わんばかりに、森の木々の間からフォレストドラゴンの幼体であるフォレストドラゴが数十匹現れる。
「何十匹と群れようと、所詮はフォレストドラゴ。我が敵ではない。」
新たなモンスターの出現に、エスペルトは頭防具を装備しないまま魔剣グラムを構える。
重厚な大剣を構えたはずのエスペルトだが、剣の重さを感じられない軽々とした剣捌きでフォレストドラゴを切り伏せていく。
背中に生えた翼をはためかせながら、エスペルトはフォレストドラゴの攻撃を一度も受けることなく、魔剣グラムでモンスターの頭を砕いていく。
程なくして、全てのフォレストドラゴを切り伏せたエスペルトは、光の粒に囲まれながら、フォレストドラゴンを討伐した時と同様に祈りを捧げる。
エスペルトはモンスターといえども、生を刈り取ったことに祈りをかかさない。命を糧に自分を高めることへの感謝と謝罪。それが、モンスターを倒した後のエスペルトの決まった所作。イイジマがルーティーンと呼ぶ動作である。
モンスターに対する祈りのルーティーンを終えたエスペルトは、魔剣グラムを地面に突き刺し、重々しい声で呟く。
「平和への旅路…。貴様らの思惑通りにはさせぬぞ…!!」
王都の中で最大級の規模を誇る冒険者パーティのリーダーとして冒険者としての秩序を重んじるエスペルトは、世界征服を企てる新参者の暴挙を許さない。
いざという時は、パーティリーダーである自分自身が動くことを決意しながら、エスペルトは深緑の森を後にする。
「べっくしょーん!!んばらっせい!!」
黒剣のエスペルトが、平和への旅路が企てる世界征服の妨害を決意していた中、その平和への旅路のパーティメンバーである剛々少女こと愛は大きな声で豪快なくしゃみをする。
「急に豪快なくしゃみしてどうしたのですが、愛さん?風邪の引き始めには生姜湯が効きますので、作ってきましょうか?」
豪快に鼻をこする愛に、薄幸のエルフ少女ことサっちゃんは老婆心から甲斐甲斐しく世話をしようとする。
「いや、私は軟弱じゃないし、バカだから風邪は引かないんだけど…、なんだろうなーこれ。急にくしゃみが止まらないんだよー…。へっくしゅーん!!だらっせい!!サっちゃん!!その生姜湯っての、頂戴!!へっくしゅーん!!くいどぅるるるる!!」
サっちゃんの申し出を断りながらも、愛は豪快なくしゃみを繰り出す。
愛の立て続けのくしゃみに、サっちゃんがソワソワと動こうとする中、パーティリーダーである殺し屋爆弾こと美雪は、その殺し屋のような見た目とは異なり、可愛らしい小さなくしゃみをする。
「くしゅん…!!サっちゃん、生姜湯は私にもお願いして良い?なんだか、急に寒気と嫌な予感が押し寄せてくるのよねー…。くしゅん…!!」
「美雪さんもですか!?分かりました!!すぐに用意してきます!!」
美雪の言葉を聞いたサっちゃんは、一大事とばかりにパーティホームのキッチンへと向かう。
頬を赤らめたパーティメンバーの一人であるユリ・シンジョウが「風邪で寒いのなら、私の体温で温めますー!!」と迫るのを、頭をベアクローで抑えることで回避をしながら美雪は呟く。
「昔から、誰かが噂してるとくしゃみが出るっていうけど…、くしゅん…!!出来たばかりの私達のパーティを噂するような…、もの好きはいないよね…。くしゅん…!!なんだろうー、このくしゃみはー?風邪引いたかなー…?くしゅん…!!」
「風邪なら、誰かに移したら治るって言いますよ、お姉様!!さぁ、私と濃厚な一夜を過ごして…って、痛だだだ!!お姉様!!私の顔を掴む力が、だいぶお強いです!!痛だだだだだ!!」
後に進撃する百合という異名を貰うユリ・シンジョウだが、パーティリーダーの前には、その攻撃力と突貫力を発揮することが出来ないようだ。
美雪のベアクローで頭を締め上げられたユリ・シンジョウが、悲痛な大きな叫び声を上げる中、美雪はくしゃみと共に小さく呟く。
「くしゅん…!!うー…。嫌な予感と寒気が止まらないー…。剣のダンジョンを明日に控えた現状で…?うぅ…。なに、このくしゃみー…。くしゅん…!!」
「美雪さん、こちら生姜湯です。お砂糖を多めに入れて、少し甘めに味付けをしていますので、これを飲んで早く元気になってください!」
「ありがとー…、サっちゃーん、くしゅん!!くしゅん!!」
「べっくしょーん!!んどぅるふふふ!!」
美雪と愛を襲うくしゃみの原因が、王都内最大最強の冒険者パーティである黒夜翼集が、自分達のパーティに最大級の警戒を張り巡らせているせい、ということを美雪達はまだ知らない。
波乱いっぱいの剣のダンジョン。その先に待つ王都最大級の脅威。それを発端とした本格化する魔王軍との攻勢。
自分達に待つ数多くの脅威など気付くこともなく、美雪と愛はサっちゃんが用意してくれた温かい生姜湯を、ずずず…とすする。
「うっまー…。ありがとう!サっちゃん!!」
「ほっこりとした安心感が良いわね…。ありがとう、サっちゃん。」
「そんな喜んでくれると、逆に恥ずかしいです!!」
「「尊い…。」」
「お姉様…、そろそろ私の手から頭を離してくれませんか…?ミシミシと嫌な音が私の頭から聞こえてきてます…。」
「おいこら、お前らー。じゃれてないで、あんま夜更かしするんじゃないぞー。明日は剣のダンジョン挑戦なんだからよー。早く寝ろよー。」
「美雪はん、愛はん、なんか良い匂いのする飲み物を飲んどるな…。それ、ササラにも分けてくれへん?寒がりなササラには、良さそうやんな!」
「緊張感のかけらも無いですね…。ユウジ、剣のダンジョンはユウジの守りにかかってますよ!!気を引き締めてくださいね!!」
「ついでのユウジ扱いせずに、ちゃんと戦力として頼ってくれるのってシロくらいだよな…。俺、明日がんばるよ…。」
迫る黒夜翼集の脅威に気付くことなく、平和への旅路の面々は剣のダンジョン挑戦前日の呑気な夜を過ごすのであった。




