ダンジョン挑戦に向けて夢の中で弱点を学びつつ、日常の幸せを嚙み締める
前回のあらすじ:推奨挑戦レベル51の剣のダンジョンへの挑戦資金をガチャに溶かしてしまい、シロ君とトウカさんに説教を受けた。でも、星五装備品の妖精王の弓を手に入れたんだよ?そんなに怒らなくても良くない?
ガチャで散在したことをシロ君とトウカさんに怒られ、深く反省した日の夜。私は傷心の中で夢を見ていた。
「ユウキ!!あと妹ちゃん!!これからダンジョンに挑戦する上で大事なことを伝えるわ!!よく聞きなさい!!」
目の前には、いつもの草原にいつもの名も知らぬ少女…、いや、いつもと少し違うな…。なんだか、いつもより少し幼いような?
いつもが高校生くらいだとすると、今日は中学生って感じかな?気持ちユウキの視界も低い気がする。
どうやら今日の夢は、いつもより少し前の出来事のようだ。
「お兄ちゃん…。」
小さな声と共に、私ことユウキの着ていた服の袖が引っ張られる。ユウキが横を確認すると、一人の少女が立っていた。
茶髪ポニーテールでつり目の名も知らぬ少女は活発的な印象だが、ユウキの袖を引っ張る少女は、長いストレートの白髪で全体的に色素が薄く、消極的で大人しい印象を受ける。
不安げに見上げる少女の頭を、ユウキは優しく撫でる。名も知らぬ少女の先ほどの言葉を考えると、大人しい少女はユウキの妹らしい。名も知らぬ少女と紛らわしいので、妹ちゃんと呼ぼう。
今日は妹ちゃんと一緒に彼女の講座が始まるようだ。いつも助かっております。心の中でお礼をしていたところで、名も知らぬ少女は何かをユウキへと投げ渡す。
「妹ちゃんのハードな修行でボコボコなユウキ!今投げ渡したポーションを飲んでみて!」
妹ちゃんのハードな修行?疑問に思っていた私に、ユウキの手が視界に入る。
ひぃっ!!すごい血まみれなんだけど!?え!?大人しい顔した妹ちゃんのハードな修行で、こんなに血まみれに!?どういうこと!?
意識でしかない私の疑問の声は届くことなく、ユウキは手にしたポーションをグイっと飲み干す。
ユウキの体が赤く光ると共に全身の傷が塞がるのを感じる。HPが回復していくのを感じていたところで、ユウキが首を傾げるのを感じる。
どうしたんだろう?何か疑問に感じることがあったのかな?
何度も首を傾げるユウキに対して、名も知らぬ少女は嬉しそうに笑いながら説明を始める。
「疑問に感じた?その感覚が、今日の講座の内容よ!!」
ポーションでのHP回復量に疑問を感じるのが、今日の講座内容?
赤い色のHP回復ポーションはHPを回復する物。青い色のMP回復ポーションはMPを回復する物。
そのくらいの認識しかない私は、名も知らぬ少女の言葉を待つ。
「今回ユウキが行った、妹ちゃんとのハードな修行で気になってたことがあって…。って偉そうに言ってみたけど、実は私のママからの指摘が今回の講座内容なんだ!今日のユウキはボロボロだし、ママからの指摘を伝える良い機会だと思ったから、突然のポーション講座ね!ありがたく聞きなさい!」
以前の夢の中でも出てきた、名も知らぬ少女のママ。凄腕冒険者かな?娘さんにはいつも色々と教わっています。ありがとうございます。
少女の母親に感謝をしていたところで、今日の特訓の説明が始まる。
「さぁ、ユウキ!今日まで効率的なレベルアップのために、スキル背水を常時発動できるHP二割以下状態に削られた状態で、妹ちゃんが引きつけてきた大勢のモンスターと戦う、というハードな修行を受けていたところだけど…、HP回復ポーションを飲んで、何か感じることはあったかな?」
スキル背水を常時発動できるHP二割以下状態に削られた状態でモンスターと戦う修行!?ちょっと間違えたら死んじゃうじゃん!!
そんな危険な修行をさせていたという妹ちゃんに、私は少し恐怖を感じる。
こんな大人しい見た目な少女なのに…?人は見た目によらない、ということを実感していたところで、名も知らぬ少女に対して、ユウキは片手を上げる。
お、どうやらユウキは疑問に感じていたことを確認するようだ。今まで一度も言葉を発さなかったユウキがついに…!?と思っていたところで、妹ちゃんが声を上げる。
「お兄ちゃんは修行で、レベルが10以上も上がって、HPも400くらい上がってる。だから、お兄ちゃんはポーションの回復量に疑問を感じている。今までなら全快していたのに、今回はHPが半分くらいしか回復しない、おかしいって言ってる。」
ユウキの代わりに妹ちゃんが名も知らぬ少女に答え、ユウキはうんうんと頷く。どうやら妹ちゃんの答えは合っていたようだ。
何度も憑依させてもらったユウキの声が、やっと聞けると思ったのにー…。少し残念に思いながらも、名も知らぬ少女の説明を待つ。
「さっき渡したHP回復ポーションの性能が低いわけじゃないわよ!今までユウキが飲んでいたHP回復ポーションと同じ物よ!それでも回復量が少ないと感じるのは、ユウキのレベルが上がったのが原因よ!」
今まで飲んでいたHP回復ポーションと同じ物だけど、回復量が少ないと感じるのはレベルが上がったせい?
私の疑問に応えるように、ユウキも首を傾げる。私の気持ちとユウキの動きがシンクロしたところで、名も知らぬ少女は説明を始める。
「レベルが上がったことで回復量が下がったと思った原因は、ポーションが割合回復じゃなくて定量回復ってこと!」
割合回復と定量回復?割合は三割とかそんなのよね?それに対して定量って、定まった量ってことよね?…って、そういうことね。なるほど。
少女の言葉の意味を反復していたところで、私は彼女が言いたいことを理解した。しかし、ユウキは定量回復という言葉にピンといかないのか頭を傾げたままである。
「んー?って感じでキョトンとしているユウキのために、ひとつひとつ、ゆっくり説明するわね!割合回復ってのは、二割回復とか、HPの大小に関係なく全体量に対する割合で回復すること!二割回復のポーションなら、HP100の人は20回復、HP10,000の人は2,000回復ってところね!」
うんうん、割合回復は私の認識通りで割合での回復で間違ってないようだ。ユウキと一緒にうんうんと頷いてたところで、名も知らぬ少女は説明を続ける。
「割合回復が割合で回復するのに対して、定量回復ってのはポーションでの回復量がどんな人でも同じ数値回復するってこと!20回復するポーションなら、HP100の人もHP10,000の人も20回復ってとこ!だから、定量回復のポーションを飲んだユウキが、レベルアップ以前より回復量が少なく感じたわけ!」
やっぱり私が最初に思った内容で合ってたわね!うんうんと頷くが、ユウキは首を傾げる。あら、まだピンと来ていないか。
まぁ、小中学校の義務教育で算数と数学を学んだ私に比べたら、学校って概念が無いこの世界じゃ仕方ないことか。意識だけの私じゃ説明できないため、名も知らぬ少女の説明を待つ。
「具体的に説明するとー…。HPが300くらいの特訓前のユウキは、300回復するHP回復ポーションで全快していたけど、レベルが上がってHP700くらいになったユウキは、300回復するHP回復ポーションじゃHPが半分しか回復しないってこと!これが割合回復なら回復量は変わらなく感じるだろうけど、定量回復ならポーションの効果が半分になったって疑問を感じるわね!これが、ユウキがさっきポーションを飲んで疑問を感じた理由!理解できたかな?」
名も知らぬ少女の疑問に、ユウキは首を縦に振る。
良かった、ユウキも理解が出来たようだ。やっぱり具体的な例を交えた説明って大事ね。
でも、この世界のポーションが定量回復ってことが今日の講座と何が関係あるのかな?
私のそんな疑問に答えるように、名も知らぬ少女は説明を始める。
「それじゃ、ポーションが定量回復ってことを分かってもらったところで、今日の本題…。要はママがユウキに何を指摘したかったかって話なんだけれど…。ママはユウキが普段の戦闘の中で、ポーションに頼り過ぎって感じたらしいの!HP、MP両方ね!」
名も知らぬ少女の指摘に、ユウキはドキッとしたのか胸を押さえる。ユウキだけでなく、私もファストの町のダンジョンでの戦闘を思い出してドキッとする。
あー。確かに私もファストの町のダンジョン内でポーションをごくごく飲んでたなー…。
シロ君がいっぱいポーションを用意してくれてたから、戦闘と戦闘の間に、給水代わりに飲んでたくらいだったなー…。
ポーションが定量回復って情報を得た今としては、ファストの町のダンジョンでの、ポーションがぶ飲みも反省点が見えてくる。
「レベルが上がってHPが増えたら、それだけ飲まないといけないポーションの量も増える!今までは一本で全回復だったものも、今後は二本三本と飲む量が増えていく!ポーションは体にかけても効果があるけど、飲んだ時に比べたら三分の一程度!だから、飲んで使った方が効果あるけど、そんなに多くの液体を飲めないでしょ?100ミリリットルくらいのポーションでも、10本以上飲むのは気合い入れなきゃ無理でしょ?これが、今日ユウキに教えたかったポーション講座の内容!要約すると、レベルが上がってきた今は、ポーションの使用に注意ってことー!!ポーション飲み過ぎで、お腹ちゃぷちゃぷになっちゃうからね!」
なるほど。
名も知らぬ少女のポーションの説明に、私はうんうんと頷く。レベルが低い内はポーションは有効だけど、レベルが上がるにつれてポーションの回復量に気を付けないといけない…、つまり、なるべく受けるダメージ量を減らさないとダメってわけね…。
今日の講座内容も、剣のダンジョン挑戦を控えた私にとって、とても助かる内容ね…!!
ファストの町のダンジョンでの内容を考えると、このままじゃ愛と私はポーション頼りで無茶をしていたに違いない。
シロ君がスキル治癒を取得してまでも、光魔法の回復効果を上げたのもこれが理由だったのか…。
未来を見据えたシロ君のスキル取得に感謝をしていたところで、少女が声を上げる。
「まぁ、どんなにHPが高くても全回復できる神秘の霊薬エリクサーなんて例外もあるけどね!あれは例外中の例外だから、頼りにしちゃダメよ!」
エリクサーといえば、ファストの町のダンジョンで愛の髪の毛がアフロになった時に、フィーネさんが使ってくれた回復薬ね。
そういえば、あの時にフィーネさんに必ずエリクサーを返すって約束をしていたな。どこかで手に入れたら、フィーネさんのところに持っていこう。
「私やユウキの家には何本かエリクサーがあるけど…、本当はすごい貴重品なんだからね!エリクサー一本で、家が建つんだから!」
え?エリクサーってそんな価値あるものなの?愛のアフロを治すためなんかに使っちゃったわよ?
とんでもない貸しを作ったことに気付いた私は、そんな貴重品をどうやって返そうと考える。最近、ホームを購入したばかりだし、ガチャで散在したからなー…と反省していたところで全身がふわりと浮かぶような感じを覚える。
あ、夢からの目覚めが来たか。いつもの浮遊感に身を委ねていたところで、ユウキの隣に立っていた妹ちゃんと目が合う。
「またね、美雪さん。」
天へと私の意識が昇っていく中、妹ちゃんが私の名を呼び、にこりと笑いながら小さく手を振る。
え?なんで意識だけの私に気付いてるの?しかも、しっかりと私の名前を呼んだよね?
妹ちゃんに疑問と恐怖を感じたところで、私は夢から覚める。
夢から覚めた私は、側机に置かれた眼鏡をかける。伊達メガネだから別に無くても良いんだけど、いつもかけてるから、無いと落ち着かないのよね。
そんなどうでも良いことを考えながら、カーテンを開き窓を大きく開く。日の光と朝の風が心地良い。んーっと背筋を伸ばして、最近見た夢について考える。
巨大モンスター、モンスターパニックの対処法、ポーション講座。
剣のダンジョン挑戦を控えた現状で、この三つの夢を見た理由を考える。
「十中八九、巨大モンスターと戦うし、モンスターパニックに出会うし、ポーションの使い方を誤ると危険な状態に陥るってことよね…。はぁ…。」
前途多難なダンジョン挑戦に思わず溜息がこぼれたところで、机の上に置かれた一枚の紙封筒が目に入る。
「この紙封筒の意味も考えないとだよね…。隙さえあれば、ずっと考えてるけど…、まったく分からないのよねー。本当にこの紙封筒って何?これが愛を救うためのヒントで間違いないの?」
私が転生初日の夜に夢で見た、魔王に体を奪われた愛を私の手で射殺す、という最悪の未来を避けるためのヒントとしてセクレトに託された紙封筒。
そんな紙封筒を片手でくるくると回しながら、使い方と現状を考えてみる。
「あの日の夢の愛は、今より成長した姿だったから、まだ時間はあるだろうけど…。んー…。紙封筒で本当に救えるかー?この紙封筒は、あくまでもヒントってセクレトは言ってたけどー…。どういうことだー…?んー?」
目の前の何の変哲もない紙封筒について考えてみる。紙封筒、紙封筒、かみぶうとう、かみぶーとー…。
そういえば、昨日ガチャを前にした謎の感覚も捨て置けない情報よねー…。紙封筒とガチャー…。関係ないだろうけど、直感は大事にしたいのよねー…。でも、悪い文明のガチャには当分、近づきたくないなー…。
散財してせっかく良い武器が手に入っても、妖精王の弓って使い方に困る武器だしー…。いや、使い勝手が悪いと言っても、サっちゃんがー…。んあー…。
「あー、ダメだー…。寝起きってこともあるけど、他の考え事が沸々と湧き上がってきて、紙封筒に集中できないー…。ガチャで散在したのを取り戻さないといけないし、妖精王の弓の利用方をサっちゃんに相談しなきゃいけないし、魔王に対峙するための実力をつけるためにレベルも上げなきゃだし…。あー…、やることいっぱい。」
やることいっぱいと口にしてみたが、頬が上がっているのを感じる。
あー、やっぱり私は仕事が好きなんだな。やることが無いと辛いタイプの人間なんだな。
転生する時にノアからのんびりライフを過ごして、疲れ切った魂を回復しろとか言われたのに、忙しいのが良いってどうなんだろうな?と思う。
ふわー…と思わずあくびが一つ出たところで、気合いを入れるために両頬をペチーンと叩く。
「まぁ良いか!まだ時間はある!ゆっくり考えよう!」
これ以上考えごとが増えても面倒なので、開き直ることにする。身支度を整えて、私室を後にする。
「おはよう、サっちゃん!今日も朝早くからお疲れ様ー!」
「おはようございます、美雪さん!もしかして、私の作業がうるさくて起こしちゃいましたか?」
「いや、普通に早起きしちゃっただけだから、そんなに気にしないで!はい、これタオル!」
「あ、ありがとうございます!」
とりあえず、早起きして昨日の夕方に出来上がったばかりの簡易炉で、作業をしていたサっちゃんを訪れることにした。
悩みごとのひとつ。まずは、妖精王の弓の利用についてから考えることにする。
「…と、こんな感じで妖精王の弓を使えるようにしたいんだけど、サっちゃんどうかな?」
簡易炉でミスリルゴーレムからのドロップアイテムであるミスリル鉱石を薄い板にしていたサっちゃんへ妖精王の弓の利用方(案)の詳細を伝える。
私のふわっとした説明でも、サっちゃんにちゃんと伝わったのか、大きな紙を取り出してガリガリと何かの図面を書き始める。
うわー、あっという間にそれっぽい図面が出来たよ…。大人しい少女って感じのサっちゃんだけど、目を輝かせながら鍛冶に熱中する姿を目にすると、やっぱり職人なんだなと感心してしまう。
「うーん…。多分、美雪さんが考えている妖精王の弓の利用方は実現出来ると思いますが…、簡易炉だと出力不足ですね…。本格的な炉が出来たら作成できそうですが…。」
「じゃあ、本格的な炉が出来上がってからで良いよ!そんなに急ぎでもないから!サっちゃんもミスリル鉱石を加工してるってことは何か作ろうとしてるってことだよね?そっち優先で良いよ!」
私の何気ない言葉に、サっちゃんは「やはり美雪さんには全てお見通しでしたか…」と小さく呟く。
全然お見通しじゃないけど、サっちゃんが尊敬の目で見てくるため、期待を裏切らないためにも、全てお見通しという表情をしておくことにする。
その後は、微力ながらサっちゃんのお手伝いをしていたところで、開けっ放しにしていた私の部屋の窓から、声が聞こえてくる。
「お姉様ー!!朝の目覚めのチュー…、その先の寝惚けての抱擁や添い寝を期待して、ユリが参上しましたよー…って、お姉様いない!?えぇ!?誰がお姉様を誘拐を!?って、早朝ってことはサチ様かー!?サチ様ですかー!?」
開けっ放しにした私の部屋の窓から、ユリが顔を出す。キョロキョロと周囲を見回していたユリと、裏庭に立っていた私は目が合う。
「あー!!いました、お姉様ー!!まーた、サチ様と一緒にいたんですねー!!たまには私とも遊んでくださーい!!」
遠目でも分かるくらい、ユリはぷくーっと頬を膨らませている。
そういえば、ユリにはギルドや有名パーティへの挨拶回りとか毎日の食事の準備とか、面倒事ばかりをしてもらっていたな…。たまには労ってあげよう。私はユリにちょいちょいと手招きをしてみる。
「おいでってことですか!?分かりました!!今行きます、お姉様!!」
私の手招きに目を輝かせたユリは、私の部屋の窓からぴょーんと飛び降りる。
ん!?と突然のことに驚いている私を気にすることもなく、ユリは私の目の前へと駆け寄ってくる。
「参上しました、お姉様!!」
「いや、飛び降りなくて良かったんだよ!?階段下りて、裏口から来れば良かったのに…って、結構な高さから飛び降りてたけど大丈夫?」
「私のことを心配してくれるんですか!?優しい、お姉様ー!!」
三階から飛び降りたダメージを心配した私に、目をうるうると潤ませたユリが抱きついてくる。
私の胸に頭を埋めるユリの頭をぺしっと叩こうと思ったが、今日はユリのことを労おうとしていたことを思い出す。サっちゃんが優しい表情で見守る前でユリと抱擁を交わす私は、彼女の頭を優しく撫でることにする。
ユリがいつもの暴走をするまではこうしていよう…と思っていたところで、頭上から声が聞こえてくる。
「ユリー、お腹空いたー。朝ご飯まだー…って、あー!!美雪にぎゅーしてもらってるー!!ずるーい、私も私もー!!とぉっ!!」
ユリの頭を撫でていたところで、愛が自分の部屋の窓からぴょーんと飛び降りる。
いや、窓から飛び降りるんじゃなくて、階段を下りて裏口から来てよ。という私のツッコミは無視して、愛が私の背中に抱きついてくる。
「美雪ー!!んぎゅー!!」
寝惚けてるせいか、力強く私の背中に抱きつく愛。寝起きだからか温かい。
いつもは強気でわんぱくな愛が、素直に甘えてくることに思わずニヤニヤしてしまう。
「くっ!!さすが、正妻ポジションの愛さん!!自然にお姉様に対して甘えている…!!普段はツンケンなお姉様が、いつもは強気でわんぱくな愛さんが、素直に甘えてくることに思わずニヤニヤしてるじゃないですか!!私も負けませんよー!!んぎゅー!!」
「なんだと!?負けないぞー!!んぎゅー!!」
背面の愛、前面のユリ。二人が張り合うように力強く私に抱きついてくる。
あー、ふわふわで温かくて幸せー…。ちょっと二人の握り締める力が強いけどもー…。いや、ちょっとじゃないな…。だいぶ痛い。ギリギリ二人の腕が私の体に食い込んでいる。
あと、たまに聞こえてくる尊い…という呟きが気になる。どこかにいるレズメッグァナーイさんを探していると、私に抱きついていた愛とユリが喧嘩を始める。
「愛さん、お姉様にくっつき過ぎです!!いつもお姉様と一緒なんですから、今日くらいは私に譲ってくださいよー!!なんだか、今日はお姉様が優しいんですからー!!」
「いついかなる時も、戦いになったら逃げてはいけない!!剛極めて、すべてを手に入れる!!それが鬼火の里の教え!!」
「鬼火の里って何ですか!?このバカ!!きー!!」
「バカ!?急に褒めんな!!うがー!!」
「褒めてない!!このー!!きー!!」
「顔を掴むな!!うがー!!」
「愛さん、ユリさん、まだ早朝なので静かにしないと…」
「うるせぇ!!」
愛とユリが私を挟んで言い争いをし、私の肋骨がギリギリと嫌な音を上げる中、頭上から窓が大きく開かれる音と聞き馴染んだ怒りの声が聞こえてくる。
恐る恐る上を見ると、寝ぐせでボサボサ銀髪のトウカさんが私達を睨んでいた。睨む目から怒りの感情がひしひしと伝わってくる。あー…、朝からうるさくしたから、トウカさんが怒ってるー…。
「人がせっかく惰眠をむさぼってたってのによー…。朝からきーきーうがーうがー騒いでんじゃねぇよ!!うるさくて仕方ねぇ!!ふざけんじゃねぇ!!とぉっ!!」
三階からトウカさんが窓を力強く開け放って、ぴょーんと飛び降りる。
いや、なんで三人して窓から飛び降りるの?窓から飛び降りるんじゃなくて、階段を下りて裏口から来てよ。という私のツッコミは無視して、トウカさんが私に抱きついていた二人の頭を掴んで、無理矢理に引きはがす。
愛とユリが、むむむーって表情でトウカさんを見上げる中、トウカさんは怒りの表情で口を開く。
「おいこら、お前ら。朝は静かにしやがれー…って、ダメだー…。説教したいところなのに、低血圧が押し寄せてきやがった…。わりぃ、美雪…。ちょっと暖を取らせてくれ…。」
怒りの表情から、急にふにゃーとした表情になったトウカさんは私の胸に顔を埋める。
いや、愛とユリを引きはがしておいて、トウカさんが抱きついてくるんかい!!もにゅーんとトウカさんの大きい胸が私のお腹にあたる。柔らかい。
突然の出来事に驚く私を無視して、トウカさんは緩み切った表情で呟く。
「あー…、美雪の薄い胸がちょうど良い…。温かいー…。」
薄い胸言うな…!!いや、確かにトウカさんの大きな胸と比べたら、私の胸は薄いけれどもー…!!
トウカさんに怒ろうと思ったが、指先が異様に冷たかったため、低血圧というのは本当のようだ。少しでも温められるように、温度操作魔法を使いながら背中を撫でる。
「美雪…、温かい…。ありがとう…。」
「そうだぞ、トウカ!!美雪は温かいんだぞ!!」
「トウカ様!!その温かさを私にも分けてください!!」
「お前ら、うるさい…。寝れないだろ…?」
「いや、寝ないでくださいよ…。」
「皆さん、まだ早朝なので静かにしないと…」
私の胸の中で寝始めたトウカさんに、愛とユリがわーわーぎゃーぎゃー騒ぎ、サっちゃんが仲裁をしていたところで、バンッ!!とひとつの部屋の窓が開かれる。
「愛はーん、ユリはーん、朝からやかましいわ…って、んな!?なんでトウカはんが美雪はんと抱き合ってるん!?どういう状況なん!?とりあえず、とうっ!!」
三階からササラさんが窓を力強く開け放って、ぴょーんと飛び降りる。
窓は出口じゃないってことを全員に教えないといけないな…と思っていたところで、着地したササラさんからグキッという嫌な音が響く。んな!?と声を上げたササラさんは、寝間着のままで地面をゴロゴロと転がる。
「美雪…、ササラ足首をくじいたぞ…。」
「あんな高さから飛び降りてたら、怪我しても仕方ないですよね…。」
「相変わらず軟弱だなー、アホササラはー。」
「さすがササラ様です…。期待を裏切りません…。」
「皆はん!!冷めた目で見てへんで、ポーションをくれまへん!?」
「わりぃ、ササラ。寝起きだからマグカは部屋に置き忘れた。」
「「「私も」」」
「もれなく全員なんな!?ほなら、肩を貸してくれへん!?ほんまに足が痛いねん!!」
んなーんなー言い始めるササラさんに、仕方ねぇなと呟いたトウカさんが肩を貸す。突然のトウカさんの接近に、顔を赤らめたササラさんは、足首をくじくのも悪くないなぁ…って表情を浮かべる。
アホなことを考えてないで、ちゃんとしてほしい…と天を仰いだところで、私達の様子を見守る二つの視線に気付く。
「女性陣は朝から元気ですね…。」
「まさに、女三人寄れば姦しいだな…。」
「なに言ってるんですか、ユウジ?」
「転生前の世界には、そんな感じの慣用句があったんだよ。女って字を三つ合わせると、やかましいって意味の姦という字になる…が語源だったかな?おしゃべりな女性が三人もいたら、うるさいって意味の言葉だ。」
「今の状況をとらえた良い言葉ですね。」
シロ君、ついでにユウジ。早朝からうるさくしてごめんね…。
私に再度抱きつく愛とユリ、それを優しく見守るサっちゃん、足をくじいたササラさんに肩を貸すトウカさん、窓からため息交じりに見守るシロ君とユウジ、どこかから尊いと呟くレズメッグァナーイさん、どんなにうるさくしても爆睡のユリスキーさん。
「ふふっ!」
「どうしたの、美雪?急に笑って?」
「なんでもない!」
三者三様で個性的なパーティメンバーに、思わず私は笑い出してしまう。それぞれの個性が光る束の間の日常を、私達は堪能する。
これから挑戦する剣のダンジョンに、大きな波乱が待っていることなど知らずに。




