いつもの夢の中での特訓を妨害される
前回のあらすじ:ホームを入手して早々、推奨挑戦レベル51の剣のダンジョンに挑戦することになった。
「ユウキ!今日は複数の敵に囲まれた状況…、ダンジョンでモンスターパニックに遭遇して、突然大勢のモンスターに囲まれた、といった感じの危機的状況の対応方法を教えていくわよ!!」
周囲の光るキノコと、ユウキが持つ松明の炎のみが周囲を照らす薄暗い洞窟の中、私の耳に少女の声が聞こえてくる。
あ、これは夢の中で無口な少年ユウキと、名も知らぬ少女から戦闘指南を受ける夢ね!今日は複数のモンスターとの戦闘編か!
しかし、モンスターパニックとは何だ?モンスターとパニックという二つの単語から嫌な予感がするのだけど…?モンスターパニックって何?聞いたことない。
私の中で浮かんできた疑問に答えるように、ふっふーん!と前置きを置いた名も知らぬ少女は、人差し指を立てながら得意気な表情で説明を始める。
「ユウキ、その表情はモンスターパニックって何?って表情ね!良いわ!私がママとパパに教わってきた、モンスターパニックに関する情報を教えてあげる!有難く聞きなさいよね!」
ありがとうございます。
なんとなく見覚えのある、名も知らぬ少女の言葉に素直に感謝をしながら、私はユウキと一緒に少女の言葉を待つ。
「モンスターパニックっていうのは、ダンジョンの中で稀に起きるモンスターの大量発生のこと!何かの拍子にモンスター召喚トラップが複数発動したり、ダンジョンの中ボスが軍勢系のモンスターだったり、ダンジョンでモンスターとの戦闘中に他パーティのモンスターとの戦闘を押し付けられたり、ダンジョンで孤立してモンスターのタゲを一点に集中したり、色々な理由があるんだけど…。とにかく、多くのモンスターに突然囲まれることをモンスターパニックって言うわ!」
なるほど、なるほど。
私達パーティがファストの町のダンジョンの中ボスとして出会った、コボルドキャッスルもモンスターパニックの中のひとつだったのね。
あの時は、トウカさんフィーネさんとの早朝特訓で感じた実力差に対して、愛と私がいらだちをぶつけて完封したけれど…。
って、それだけじゃないわね…。私が落とし穴トラップで孤立した時も、コボルドの群れとブラウンウルフの群れを筆頭に様々なモンスターが陰から現れて、本当に危ない命の危機を招いたけれど、あれもモンスターパニックだったの?
あの時はトウカさんとフィーネさんに助けてもらったから、危機を脱することが出来たけど…、二人がいなかったら今頃、その後私の行方を知る者は誰もいなかった…、という状態になっていたことは間違いない。
ファストの町のダンジョンでの危機を思い出して背筋が凍る。
ちなみに、少女がタゲと言った単語だが、ターゲットの略らしい。つまり、タゲが集中するって言うのは、ターゲットが集中するって意味らしい。
私達の普段の戦闘では、ユウジという防御を主とするタンク役が、スキル挑発を使ってモンスターのタゲを集中することで、攻撃特化の愛が伸び伸びと攻撃を出来ており、後衛のシロ君と私がサポートに集中することが出来ている。
では、そんなユウジがいない状態で、モンスターの群れを前にしていたら…?
うん。モンスターパニックは危ない。タンク役がいないと全滅は避けられない。対策が早急に必要。
これから推奨挑戦レベル51の剣のダンジョンという、レベル40程度の自分の実力に見合わないレベルのダンジョンに挑戦する現状としては、モンスターパニック対策講座はとても有難い講座だ。
もしかしなくても、私達の状況に合わせた夢を見せてくれてるのかな?じゃあ、先日の巨大モンスター対策講座って何?近いうちに、私達が巨大モンスターと戦うってこと?
疑問が湧き上がってくるが、今はモンスターパニックに対策するのが大事だ。
期待に胸を弾ませながら、目の前の少女の言葉を待つ。
「モンスターパニック講座を始める前に!まずは、絶対に覚えておかなければいけないことを説明するわ!準備は良い、ユウキ?」
少女は得意気にもったいぶって、ユウキに人差し指を向けながら、にこりと笑う。
なぜか、はい、いいえ、という二つの選択肢が頭に浮かんでくる。ん?と思ったところで、ユウキは肯定の意味を込めた、首を縦に振る。どうやら、はいを選択したようだ。
「うん!よろしい!それじゃ、絶対に覚えておかなければいけないことだけど、モンスターパニックは基本的に起こさないのが最善ってこと!当然って思うかもしれないけど、ダンジョンの中では全神経を集中し、細心の注意を払って、自分が脅威にさらされないように行動するのが大切なの!中ボスの場合は仕方ないけど、それ以外の原因でモンスターパニックを起こした場合、ダンジョン挑戦は負けと同じ!冒険者として、半人前ってこと!考え無しのバカがすることね!」
すみません…。冒険者として半人前です…。考え無しのバカです…。
落とし穴トラップを発動したのが愛とはいえ、ダンジョン内で孤立して、ベルセルクタイガーに殺されかけた私は半人前冒険者で考え無しのバカ以外の何者でもありません、はい。
自責の念が押し寄せてくるが、目の前の少女とユウキにとっては関係ない。少女はにこりと笑って、モンスターパニック対策講座を始める。
「モンスターパニックは起こさないことが一番だけど、起こしてしまった時に、対策を知っているかいないかでは大違い!対策を知らないと、いざ起きた時にパニックになっちゃってろくに動けずに、数の暴力でモンスターに蹂躙されるだけだからね!だから、対策は大事!良い、ユウキ?」
ユウキは無言で首を縦に振る。今の私は意識だけの幽霊みたいな存在だから伝わらないだろうけど、私も首を縦に振る。
「それじゃ、大事な対策の内容だけど…。モンスターパニックはとにかく冷静になって、一方向のモンスターを集中して攻撃して、なんとかして突破口を見つけることが重要なの!」
突破口を見つける?
私の疑問に答えるように、ユウキは首を横に傾げ、少女はにこりと笑って説明を続ける。
「突破口を見つけるっていうのは、四方八方をモンスターに囲まれた状態から、なんとか一方向のモンスターを集中して倒して、囲まれた状態を脱するってこと!八方向から一気に攻撃されたらひとたまりもないけど、背後を壁やモンスターが来ない状態にして、ある程度攻撃が来る方向を制限できたら、タンク役がいればなんとかなる…、かもしれないからね!」
なるほど。
もし複数のモンスターが前後左右から同時に攻撃してきたら、私達はあっという間に蹂躙し尽くされてしまうだろう。
しかし、背後からの攻撃が無い状態にしてしまえば、私達のパーティの防御の要であるタンク役のユウジを前面に押し出し、モンスターの攻撃を集中させることでなんとかなる。
複数モンスターと囲まれた状態での戦闘に、なんとなく対抗策が思いついてきたところで、遠くから聞いたことのない女性の声が聞こえてくる。
「おふたりー…。モンスター、いっぱい連れてきました…けどー。どうすんすか、これ?本当に倒せ…」
少しも気だるさを隠さない感じが伝わってくる、教会で働くシスターのような女性の声は、その女性の背後から迫り来る数多くのモンスターでかき消える。
見るからに凶悪な大勢のモンスターが、土煙を上げながらシスターに向かって一目散に駆け寄ってくる。
気だるそうにしながらも、必死に走るシスターがダンジョンの中のモンスターをかき集めてきたのだろう。
危機的な状況だが、いつもの流れ的に、これは少女の訓練の実技編で間違いない。
モンスターをわざと集めて、疑似的なモンスターパニックを作り出したのだろう。
でも、大丈夫!先ほどのモンスターパニックの対策を考えると、突破口を見つけるのよね!確かに戦わなければいけないモンスターは多いけど、まだ一方向からのモンスターの押し寄せ!
背後を守りながら戦えば…と思っていたところで、背後から聞いたことのない男性の声が聞こえてくる。
「お三方ー!!自分、任された任務を無事に問題なく達成して完遂してきましたよー!!モンスター、数多くいっぱい連れてきましたよー!!」
背後からも大量のモンスター!?
なんか学ランみたいな服を着た男が元気良く手を振りながら、先ほどのシスターの倍以上のモンスターを引き連れて背後から現れたんだけど…。
こ、これは…、まさか…!?
ユウキの視線に合わせて、少女はにこりと笑う。
「さぁ、ユウキ!!二人のがんばりが想像以上で、予想の倍以上のモンスター集めちゃって、正直本番と同じくらいのピンチになっちゃったけど…。いつもの特訓よろしく、今日もお待ちかねの実践編よー!!さぁ、モンスターパニックを対処しましょう!」
やっぱりー!!
このモンスターの量は、さすがにヤバいわよ!!軽く見ても、百なんて軽く超えてるじゃない!!
無理無理無理無理!!このモンスターの量は、突破口を見つけるとか、そういう次元を超えてる!!
だって、モンスターが押し寄せる勢いで、地が震えて私の体が前後左右に大きく揺れるほどなのよ!?どんだけのモンスターが押し寄せたら、こんなに揺れるのよ!?
まるで、私の両肩を誰かが掴んで揺さぶっているような錯覚を抱くレベル…!!
「…美雪さん!!異常事態です!!」
慌てるサっちゃんの声が幻聴で聞こえるレベルのピンチ。分かってる。異常事態ね。
いつも冷静沈着に首を縦か横に振るしかしないユウキも、心が乱されているのを感じる。私の意識が憑依しているユウキは、首を左右に振りながら、押し寄せてくるモンスターの数を確認している。
私は思わず、隣に佇む少女を睨んでしまう。
いや、実践編って言ってもやり過ぎでしょうよ!!こんな数のモンスターを相手に、特訓ってレベルを超えているでしょう!?ぐぬぬぬー!!
今まで色々な戦闘技術を教えてくれていた少女だが、目の前に押し寄せてくる大量のモンスターという惨劇に、思わず反論の念を抱いてしまう。訓練の域を超えてるでしょー!!やり過ぎでしょうよー!!ぐぬぬぬー!!
「…美雪さん!!起きて!!起きてー!!ぐぬぬぬ、って辛い表情を浮かべてるくらいだったら、早く起きてくださいよー!!悪夢を見てるんですか!?」
慌てるサっちゃんの幻聴の後、体の揺れがさらに大きくなる。もはや震度6の地震くらいの揺れ。立っているので精一杯。
いや、意識だけの幽霊みたいな状態だから、地面からの揺れは感じないはずなんだけどな…。ユウキの感じてる揺れを、私も感じてるのかな?
私が揺れに耐えている中、ユウキは黙ったまま背中から剣を抜く。堂々と多くのモンスターの前に立つ姿は、地面の揺れを少しも感じさせない。
ユウキの隣に立つ少女も、にこりと笑って背中から大きな弓を手に持ち、モンスターに向かって構える。
二人とも、こんな揺れの中でよく…って、あれ?二人は揺れてない?異常に揺れてるのは私だけ?
「…美雪さーん!!起きてー!!起きてって言ってるでしょー!!もうー!!こうなったらー…、えいっ!!」
「痛い!!」
頭へゴチンという音が響き、私の意識は夢の中から強制的に戻される。
ズキズキと痛むおでこを片手でさすりながら寝惚け眼で目の前を確認すると、サっちゃんが涙目でおでこを押さえていた。
どうやら、私の夢の中での特訓は、サっちゃんの頭突きによって無理矢理に夢の中から覚醒させられたようだ。
でも、なんでサっちゃんが頭突きをしてまで、私を夢から覚醒させたっていうの?夢の中で、異常事態って声が聞こえたけど、何が起きたっていうの?
疑問いっぱいで、今後の私達の運命を左右する、波乱いっぱいの一日が幕を開けた。




