さぁ武器を手にしろ、戦いの時だ
前回のあらすじ:ある日、草原で、熊さんに、出会った♪
すたこらさっさっさーのさー♪すたこらさっさっさーのさー♪
と軽い感じではなく、私と道着の少女は黒い熊から全力で逃げる。先ほどまで戦っていたふわふわとした白マルモコとは異なり、するどい牙と爪と針のような毛を持った恐ろしいモンスター。野生の獣特有の恐ろしい表情を浮かべながら懸命に追いかけてくる黒い熊。なんだ、あの熊は!?そして、なぜ私も一緒に逃げている!?
私は少し前のことを思い出す。見るからに強い黒い熊が目に入った瞬間、私は脱兎の勢いで逃げたが、熊の前を走っていた少女はそんな私を追いかけてきた。その結果二人一緒に熊から逃げることになったのだ。
幸い、黒い熊の動きはそんなに速くなかったため、付かず離れずの距離を保つことが出来た。いや、全力疾走でも逃げ切ることができなかったというのが正しいだろう。
このままでは埒が明かない。もし熊がお腹を空かせて少女を追いかけていたのなら、私のスタミナが尽きた時、あの熊のエサになってしまうだろう。そんな死は嫌だ!そして私には、そんな死に抗う武器がある。
「あなた!ちょっと私から離れてくれる!!」
「嫌だよ!見捨てないでよ!助けてよ!反省してるから!!」
「あなたを見捨てるわけじゃない!!私に作戦があるの!お願い、少し離れて!!」
「ぐぬぬ、わ、分かった!エサにされたらお姉さんのこと恨むからね!!」
そう言うと少女は左の方に逸れていく。私のほうに来たらどうしようと思ったが、黒い熊も少女を追って左の方に逸れていく。黒い熊が離れたため、私は弓矢を構える。動く敵でもスキル必中があれば当たる!ロケットアローのあの威力なら強そうな熊でも倒せる!とっておきのスキルと武技でこの状況を打破できるだろう!
「ロケットアロー!!!」
私は熊に向かって必殺の矢を放つ。ドゴォォン!!!と轟音を響かせ、音速を超える勢いで放たれた矢は熊に向かって飛んでいき、右の目に命中する。
「ぐがぁあああああ!!!」
熊は右の目に受けた矢を両手で振り払いながら、恐ろしい鳴き声を上げる。私の必殺技を頭に受けながらも熊は光の粒になって消えることはなかった。矢の長さを見ると、そんなに深く刺さっていない。
仕留め損ねた!?
「いや、お姉ちゃんナイスだよ!牙と爪と毛が離れて弱点のお腹が、がら空きだよ!!」
声の方を見ると、逃げていた少女が両手を顔の前に出し、格闘家のような構えをしている。
「鬼火流剛術 壱の型 牡丹!!!」
少女の周囲の景色が少しゆがんだように見えた後、彼女は黒い熊に走って近付き、がら空きになった胸に豪快な正拳突きを打ち込む。
「ぐががぁあああ!!!」
猛烈な正拳突きに熊の体が少し浮く。しかし、熊は光の粒になることはなかった。あの正拳突きでも倒せないの!?
「ぐがぁ、ぐ、ぐがぁ!!!」
しかし、熊は胸に強い衝撃を与えたためか、呼吸困難に陥っている。
「今の内に逃げるよ!!!」
「え!?せっかくのチャンスじゃん!!このまま倒しちゃおうよ!!」
「熊の眼光と両手を広げたあの構えを見なさい!近付いたら確実に手痛い反撃を受けるでしょ!!」
追撃を加えようとしていた血気盛んな少女の手を握り、全力でその場から走り去る。熊は私の予測どおり、追いかけてくることはなかったが、背後から熊の咆哮が聞こえてくる。私は少女の手を引き安全なところまで全力で逃げた。
「助けてくれてありがとう!絶対絶命だったよー!私の名前は鬼火 愛!よろしくね!」
しばらく走った後、少女が満面の笑みを浮かべながらお礼を言ってきた。彼女の名前は鬼火 愛というらしい。道着を着た中学生くらいのショートカットの女の子。不思議とどこかで見たことがある気がする。初対面のはずなのに、なんでだろう?
「私の名前は弓弦 美雪。よろしく。愛さん、少し質問しても良いかしら?」
「よろしく美雪!私のことは愛で良いよー!質問って何?」
「それでは、愛。なぜ黒い熊に追われていたの?」
彼女が黒い熊に追われていた理由を知ることで、強いモンスターと遭遇する可能性が減るかもしれない。強いモンスターに遭遇した傾向から、森で熊に遭遇したなら森に近付かないようにするといった対策を練ることが出来る。そのための質問だ。
「黒い熊に追われた理由?強そうだったから、戦いを挑むために殴った!」
愛が熊に追われていた理由が自業自得だったと知ると、私は思わず愛のほっぺたを両手で軽くつねっていた。
「いひゃい、いひゃい、なにするらー!?」
「なんで見るからに強そうなモンスターに喧嘩売ったかなー?」
ほっぺたをつねっている状態だと話せないため、一旦つねるのを止める。彼女の弁解を聞こう。
「そりゃあ強い相手がいたら、戦うよー!だって私は強敵と戦うためにマグノキスに来たんだからね!」
そう言って彼女はピースする。
「マグノキスに来たということは、あなたもノアに選ばれた転生者なの?」
「ノア?あの子供みたいな人?」
ノアを知っていると言うことは彼女もどうやら転生者のようだ。
「そう、その子供みたいな人。やっぱりあなたもノアの力で転生したのね?」
「転生ってのが何か分からないけど、多分違うよ!私はノアに隠れてこの世界に来たんだから!」
えっへん!という感じで愛は胸を張る。愛は転生者じゃない?隠れてこの世界まで来た?
「えっとー。私の母ちゃんってすごい強くて!昔から憧れで勝ちたくて!そんな母ちゃんに勝つために、羅鬼様に強敵と戦いたーいってお願いしたら、鬼火の里からノアのいた部屋に飛ばされたんだ!」
鬼火の里?羅鬼様?分からない単語ばかりだったが、愛は説明を止めない。
「でも、ノアに断られたんだよね。鬼火の里出身だと魔法を使えないから苦戦するよーってさー。でも、諦めきれなくて黒い布を被って隠れてたの!そしたら、男の人に見つかっちゃって、夢中で逃げてたら門みたいのが現れたからダッシュで飛び込んだ!そしたらマグノキス!」
そんな方法でマグノキスに来れるのか…と思ったが、愛の言葉にひとつ思い当たる節がある。私が転生する直前、どこかから黒い布を被った何かが目の前を通り過ぎ、門の中へ消えていった。あー、あの時のは、愛だったのかー。
「いひゃい、いひゃい、なんれー!?」
私のマグノキスへの旅立ちを邪魔した愛に、思わずほっぺたをつねる。そういえば、あの後すぐに創さんが来たけど、愛を追いかけていたのか。一度ならず二度までも。怒りの感情が沸きあがり、ほっぺたをつねる力を少し強くする。
「いひゃひゃひゃー!!」
愛はつねられながらも楽しそうにしていた。つねる手を離す。
「なんで楽しそうなの?」
「あはは!鬼火の里には私以外に同世代の女の子がいなかったから、美雪は私にとって初めての友達なんだよね!って思ったら楽しくて!」
無邪気を絵に描いたような笑顔に怒りの感情は浄化される。
「ふふ、あなた変わってるわね!」
「よく言われる!それで、美雪は私の友達になってくれるのー?」
愛は満面の笑顔で首を傾けながら片手を伸ばしてくる。そんな顔で言われたら断れないじゃないか!それに、愛の竹を割ったような性格は好感が持てる。少し気恥ずかしいが、友達になることはやぶさかでない。
「もちろん!よろしくね、愛!」
私は愛の差し出していた手に握手で応える。
「美雪は、笑顔だと目つきの悪さが和らぐねー!そっちの方が良いよ!」
「なんだとー!目つきの悪さは気にしてるんだからねー!」
「いひゃい、いひゃい!」
目つきの悪さを指摘された私は、握手をしていない方の手で愛のほっぺたをつねる。そして私達二人は笑い合う。草原に二人の笑い声が響く。
これが魔王退治パーティーの一人である愛との出会いだった。




