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第二章

 パラディ王立魔法魔術学校は静まり返っていた。生徒は全て寮へ返し、自室待機させている。とても一日では負えられないほどの術式課題が課せられたので、暫く騒動を悟られずに済むだろう。

 マダム・メリアベルは、コプラサーの対応に追われていた。つい半日ほど前に実施した対コプラサー試験でポルタ・ファートゥムを発動した際、彼女は重大なミスをした。空間連続魔法を行使すると、その副作用として空間の歪みが生まれる。逆に言えば、魔法を使用しなければ、歪みは生まれず、コプラサーも出現しないはずだ。そして、空間連続魔法はこの国の管理下にあるポルタ・ファートゥムを使用するか、始祖の魔法使いでもない限り行えない。

 ポルタ・ファートゥムを発動する前に、空間に歪みができていることなど、本来考えられないのだ。だが事実、歪みは生じていた。その上、その歪みを隠そうとする強大な魔力が働いていたのだ。マダム・メリアベルは、その歪みを見落としてしまったのだ。

 元々生じていた歪みの影響により、試験中の生徒ルシウス・ローズブレイドが想定外の僻地へ召喚されてしまった。より大きくなった歪みのせいで、ルシウスのいる空間と、さらに広範囲にコプラサーが出現。試験は続行不可能となった。

 マダム・メリアベルは糾弾された。その責任を取って、各次元へ対コプラサー戦闘ドラゴンを飛ばし、事態の収束を図っている。空間連続魔法の権威マダム・メリアベルをもってしても、これは手に負える事態はなかった。

 空間の歪みは、いずれこの世界にも到達する。

 過去の歪みは歴史を変え、この安寧のパラディもどうなるか分からない。魔法自体が消滅する可能性もある。そんなことになったらルシウスは……


「メリアベル先生、この事態どう責任を取るおつもりかね」

「スパルタが聞いて呆れますよ! 生徒の安全が最優先では?」

「空間連続魔法の権威も落ちたものですな、教壇を降りてはいかがですかな?!」

 メリアベルに叱責が飛ぶ。しかし彼女は毅然としていた。

「わたくしの失態であることには変わりありません。お詫びして、責任を取りますわ。ですが先生方、今は事態の収束とルシウスの安全が第一。くだらない口を閉じて、皆様方もドラゴンを使役してください」

「何を生意気な! 立場をわかっておいでか!」

 火に油を注ぐとはまさにこのこと。魔法魔術学校はこの緊急時に機能していなかった。



「あたくしの犬が脱走したというのは本当ですの?!」

 荒れた職員室を静まらせたのは、一人の生徒だった。

「ああ、クロエ・リリーブレッド。今は自室で課題をするようにと言ったでしょう」

 メリアベルは頭を抱えた。職員室のドアを豪快に開けたのは、ルシウスのルームメイトだ。プラチナのロングヘアに、気の強そうなつり目。この少女が首を突っ込むと、いつもろくなことにならない。

「あんなもの、ヴァイセの血統であるこのあたくしにかかれば、なんてことないのだわ! そうでしょう、ジル?」

 高飛車にそう言うと、後ろから全身をローブで覆いフードを目深に被った青年が現れた。シュヴァルツェの血統、ジルナール・アミュレットだ。

「そうですね、クロエ。マダム・メリアベル、ルシウスを連れ戻しますので、ポルタ・ファートゥムの使用許可をいただけますか」

 ジルナールはさらりと言った。

「犬の分際で飼い主のあたくしから離れるなんて信じられないわ!」

 血統の魔法使いには、クロエのような気質の者も多い。中でも彼女はそれが激しく、お気に入りのルシウスを召使いのようにそばに置いていた。当のルシウスはお人好しなので、世話の焼ける妹のようにしか思っていなかったが……。

「このあたくしが、コプラサーをさらっと退治して、ルシウス(下僕)を連れ帰って来ますわ」

 いつになく自信満々だ。

「なりません! あなたはまだ学生なのですよ! 立場をお考えなさい」

 マダム・メリアベルがいさめる。

 するとクロエは急に静かになって

「あなたこそお黙りなさい。あたくしの魔法に魔法学校の先生ごときが叶うと思って?」

と、ドスの聞いた声で言った。そこへジルナールがさらに続ける。

「僕の占いでは、一週間ほど前から空間の歪みを確認しています。それが今、ルシウスの周りに集中している。彼を中心にぐるぐると、そう、まるでバラの花びらのような真紅のオーラです」

 占いという言葉に職員室はざわついた。ジルナールは、シュヴァルツェの血統アミュレット家の末息子でありながら過去最強の魔力と予知能力を備えていた。彼の予言は、ほぼ100%的中する。

「……僕らを呼んでいるのです。それは僕らが長年探し続けている同胞、クリムゾンの血統」

 魔法使いの始祖ヴァイセ、シュヴァルツェ、クリムゾンのうちパラディに根を下ろしたのは先の二人のみであった。クリムゾンは、世界を作り替えたあと消息を絶ち、行方知れずのまま時が過ぎた。クリムゾンの能力は謎が多く、パラディの血統の者達は長い間、クリムゾンを探し続けてきたのだ。

「月は満ちました。僕達は2017年のニホンへ飛びます。」

「あの犬の近くにクリムゾンが現れるのは明白なのだわ。マダム、あなたの手に負える相手じゃなくってよ」

 マダム・メリアベルは、この事態が自分一人の魔力だけではもうにもならないと、分かっていた。




   ◇




 いばらが、危険なコプラサー?


 リンネル教官から事の次第を聞かされても、僕にはピンと来なかった。だっていばらは不思議な力を持っているけれど、それを除けば普通の女の子だったから。

「2017年のニホンに、この少女のように魔力を持った者が存在すること自体が歪みなのだ」

「存在、自体が……」

「そうだ、我々の魔術・魔法は1000年まえの始祖の出現により与えられた恩恵。それが2017年に存在するなどありえない。パラディの歴史を帰ることなのだぞ」

 歴史が変わるほどの存在……いばらが?

 小さな手が、僕の手を握っている。なぜ出会ったばかりの少女をこんなにも大切に思うのだろうか。

「ルシウス、そこをどきなさい。お前の手に負えるコプラサーではない。直ちに5017年へ帰るのだ。始末はわたしがつけよう」

 教官がそういうなら仕方が無いのか……。そう思ってそっといばらの手を解こうとした。すると、まるで行かないでとでも言うようにぎゅっと握り返してきた。


 やっぱりだめだ!


「嫌です! その命令には従いません!」

 僕はペンシル型魔力伝動装置を構えた。寂しがり屋のこの子を見殺しにするなんてできない。

「自分が何を言っているか分かっているのか?! そこをどけ!」

「どきません!」

 リンネル教官と渡り合うなんて、大怪我じゃ済まないことは分かっている。それでも、僕はこの子を守りたい!

「ならばよかろう、その選択を後悔せんことだな! ヴィント・シュナイデン!」

 風属性の攻撃魔法。本当に殺す気だ!

 僕はとっさに守備魔法を唱えたが、先生と生徒、力の差は大きかった。気がつくと僕は、身体をはっていばらを守っていた。

 かまいたちのような攻撃。こめかみから血が流れた。

「ルシウス……これが最後だ。そのコプラサーを渡せ」

「嫌だ!」

 僕はいばらを守る。初めて会った時の笑顔、泣きそうな顔、なぜかその姿が目に焼き付いて離れないのだ。友達も両親もいないこの子を僕だけは見捨てない。

 血がつくのも構わずに腕の中いばらを強く抱きしめた。

「ぉにいちゃ……?」

「いばら! 大丈夫、僕がいるからね」

 騒動に目を覚ましたいばらは、ぼんやりと目をこすった。小さな手に、僕の血がつく。

 次の瞬間、僕とリンネル教官は強い魔力に吹き飛ばされ、部屋の壁に叩きつけられた。一体何が──?



 『我らが同胞よ、その血によって我は目覚めた』



 僕らを吹き飛ばした魔力の中心には、いばらがいた。深く紅い魔力が渦巻いている。ビリビリと身体が反応して、立ち上がるのもやっとだった。

 そこにいるのはいばらだと確かにわかるのに、その姿は今まで抱いていた女の子のそれではなかった。

 手足が長く、白い肌の上に漆黒の髪が墨絵のように落ちていた。

「くっ、化け物め、正体を表したな」

 リンネル教官が攻撃魔法を唱える。

『貴様に用はない』

 いばらは視線を動かしただけで攻撃魔法を発動させた。教官は吹き飛ばされ、部屋の窓を突き破り落下した。

「リンネル教官!!」

 助けに行きたいのに、強力な魔力の前に足がすくんでいる。

 いばらはじっとこちらを見ていた。ごくりと唾を飲む。

「いばら……だよな?」




   ◇




 少女ではなく、妖艶だが無機質な女がそこにはいた。先ほどまでの紅茶に蜂蜜を溶かしたような優しげな瞳とは違う突き刺さるような深紅の双眸が、その燃えるような色とは反対に真冬の湖のような冷たさを湛えて僕を見下ろしている。

「どうして………? いば…」



 ドォン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



 いばらに語りかけようとすると、突如暗雲が立ちこめ、雲間を走るライトグリーンの閃光の中心部から何かが落下してくるのがわかった。

 あれは……まさか……!

「オーッホッホ!!!! ここがHey! Say! Japanとやらね!なんだかあんまりSexyなZoneじゃないわ!! それで!? 私のしつけのなってない犬はどこへいるのかしら!?」

「クロエ…そうやって特定の言語のみを英語にしてしまうことをこの世界ではルー○柴…通称ルー語というらしい…淑女の使う言葉ではないようだよ……」


 …………!!!! あぁぁぁぁあれはぁ!!!!!!

 クロエとジルナールじゃないか!?!? 何やってるんだよ!!!! しかも、気のせいかルー語とやらに少しの偏りを感じる。

「あらジル!! 私たちの恰好、この世界では少々高尚すぎるようでしてよ!! ほら、あちらの看板のような格好が良いのではなくて!?」

「そうですね…クロエ…ではあの看板のデザインをお借りしましょう。」

 嫌な予感がしすぎる。あの二人、天然だからな……。言語が読めるようになっている僕には、二人が見ている看板に書かれていることがわかる。『プリキュナ劇場版~レインボーカーニバル~』…。

「私はあの真ん中のピンクにいたしますわ!! ジルはその隣のにいたしましょう!!」

「僕はセンスがないとよく言われますので…全てはクロエにお任せしますよ……」

 ジルは真剣な面持ちで眼鏡を光らせながら、ふちを中指で持ち上げて言った。

 ……いやいやいやおまえ、そこはクロエに任せちゃダメだろう……。クロエとジルナールは血統・外見・実力と三拍子揃っているが、決定的に欠けてあるものがあった。センスと協調性だ。ジルは自覚してるようだけど、クロエに対してセンスがあると思っている様だから駄目だった。

「いきますわよ!! ヴァイス・エンデン!!」

 オーロラに輝く光の粒と白いリボンがパールのような照りをともなってクロエとジルナールの周りを取り巻きはじめた。

 そういえば、魔道書あるある本でこういう変身シーン中は相手の敵は手を出してはいけないと、それが暗黙の了解であると読んだことがある。……。そうだよ!! いばらは!? いばらのいた方向を振り返ると、彼女は無表情のまま(むしろ悟りを開いてるような……)微動だにしていなかった。



 テッテレー♪



「あらまぁ!! 流石私!!! この世界のウェアもキューティーに着こなせてますわ!!」

「僕も…このフードはいつもの感じで落ち着きますね…流石はクロエ」

 フードの着いたキャラなんていたか? ジルの方へ目線をやると、そこにいたのは人間ではなかった。……いや、ジルだ。確かにジルなのだが、頭は大きなハムスターに囓られており、全身毛むくじゃらだ。魔道の古今東西という書で読んだ、モンスター“シブヤのガングロギャル”が着用していたという“キグルミパジャマ”というのに似ている。

 というか、あの看板を参考にした衣服にしたのではなかったのか……? そうか!! あのハムスター、美少女の隣にいるお付きの(?)ハムスターか!!

「あら……あなたね…コプラサー! いや、クリムゾンのなれの果てと呼ぶべきかしら!」

「我が同胞の《クリムゾン》我々と共に来てもらおう!!」

 いや……ジルぜんぜん恰好ついてないから……。

 二人は決めぜりふを吐くと、各々の魔力伝導装置を取り出した。

「待ってくれ!! クロエ! ジルナール!! その子はただの人間だ!!!!」

「あら!! こんな所にいたのね私のチワワちゃん♡そんな地面と同化するような色の服を着て相変わらずのセンスのNASAね!」

「君はクロエを見習うべきだな……」

「うるさいな!! 君たちだけには言われたくない! じゃなくて、その子に攻撃しないでくれ!! その子はコプラサーとは関係ないただの人間だよ!」

「何を言っておりますの、ルシウス。今し方トランスフォームする所を見たのではなくて? この方がタダの人間な訳がありませんわ。我々の同胞であり、始祖の魔法使い……」

「そして今に至るまで尾を引き続ける大罪を犯した罪人……クリムゾンの娘」

「貴方のお顔、古い書物で拝見したことがございますわ……。あれから1000年も経ってまさか貴方が生きているとは誰も思っておりませんでしたけれど……」

「漂う魔法力……血の濃さは信じられないくらいだ。殆ど始祖と同じだな。」

 二人が何について話しているのか全く理解できない。いばらはコプラサーに巻き込まれてしまっただけではないのか……? いばらは一体……

「貴方はパラディ建国の祖、メフィスト・R・クリムゾンの一人娘、マルグリート・R・クリムゾン」

「そして唯一の肉親であるメフィストを殺害し、血統の者を無差別に襲った上、三人の始祖が作った魔方陣に重大な傷を残した……血統の者のみが知る大罪人だ」




   ◇




 クロエは僕を巻き込んで遊ぶのが好きだ。

 魔力も魔法の才能も、家柄だって申し分ないし家来や召使いもうんと抱えている。そんな彼女が僕に仕掛けるいたずらやハプニングは、いつも大がかりで信じられないものばかりだ。

 たとえば植物魔法の先生と僕が手塩にかけて育てた魔法アスパラ園を一夜にしてピンクのバラ園にしてしまったり。(頑張って元に戻したけど。)あるときは寮のトイレが狭いからと、トイレとクロエの実家と空間を繋げてしまったり。(何故か僕だけが先生に怒られた。)その時クロエが実家で飼っている虎のケルベロスが寮に居着いてしまい、ここで飼うと言い出したり。

 そんな冗談みたいな事ばかりするクロエだけど、今度こそ冗談だって言って欲しい。僕を驚かせるためのドッキリだって。



「貴方には聞かなくてはならないことが沢山ありますのよ。私の父や祖父も貴方がパラディに戻ってくるのを心待ちにしておりますわ。

 まぁ戻ったところで歓迎パーティーとはいかないでしょうけれど。」

「僕の一族も同じですよ。アミュレット家は貴方を血眼になって探してきましたから……。僕らの大事なものを奪った貴方を」

 いばら……マルグリートはそれまで人形のようであった顔にうっすらと笑みを浮かべた。

 とても美しい顔であった。

「わたしからあなたがたに話すことなど何もないわ」

 黒い髪が舞い上がり辺りに薔薇の香りが立ち込める。

「わたしはわたしのするべきことをするだけ」

 空気が凍るように冷たくなり、鋭利な棘を伴った薔薇の蔓が辺りを這い回りはじめた。

「そうはTON-YAがおろしませんわよ……」

 あのクロエがひあせをかきながら警戒を強める。ジルは強力な結界魔法を唱えている。

「貴方には来てもらいますわ!! 貴方の故郷に! 来たれ!! ズューサースプラッヒェ・デス・ヴァイセンリッター!!」

 クロエが唱えたのは強力な召喚魔法だ。

 白い霧が立ちこめ、白馬に跨がった彼女の白い騎士が召喚された。クロエたちは試験でここへ来たわけではないから、強い魔法も使える。

「あの者を捕らえなさい!」

「イエス・マイ・ロード」

 命令し慣れたクロエの声が響き渡ると同時に、マルグリートの漆黒の髪が勢いよくクロエへ向かって伸びてきた。髪はナイフのように鋭利になっていた。

「いばら………! やめてくれ………!!!!!」

 僕はまだ、あのいばらがこんなことをするなんて信じられなくていばらの名前を呼んでしまう。

「ルシウス……どうやって誑かされたか知らないが、彼女は冷徹で残酷な女だ。甘い顔を見せては直ぐやられるぞ。」

「ジル…! でもあの子は……優しくて…少し寂しいただの女の子だったんだよ……」

 真剣に語りかけてくるジルはハムスターの恰好をしていてシリアスなシーンをぶちこわしているけど、そんなことに突っ込んでる余裕はない。

「それはお前を騙すためのまやかしだ。あの女の別名は“血濡れのマルグリート”油断をすれば僕らが生きて帰れない」

「そんな……」

 辺りに立ちこめる薔薇の香りは、なんだか懐かしく優しい香りなのに冷たいマルグリートの微笑が僕のいばらを殺していく。

 幾千幾万もの鋭い髪が、クロエを襲った。騎士が盾で防ごうとするが、手持ちの盾ごときでは到底敵わない。溢れた分はクロエ自身が持つ杖によって薙ぎ払われていく。

「うっ」

 それでも払いきれなかった髪がクロエの肌を掠めた。ひらひらしたスカートの一部が大きく抉れる。

「何よ! 戦いにくいわねこの服! どこのバカがデザインしたのかしら!!」

 クロエよ。その服を選択したのは、そもそも君だ。

「もう邪魔だわこの紐! 杖が絡むじゃない!!」

 クロエは衣装の腰部分についていたキュートなリボンを引きちぎった。ああ、なんという映画泣かせ。プリキュナの衣装は、クロエの容姿によく似合っていたのに。本人には口が裂けても言えないが。

「だいたい杖も邪魔だわ! 何もかも邪魔よ! 私の邪魔をするなんて許せないわ」

 マルグリートによる攻撃の第2派が迫る中、クロエは士気を極限にまで高めていった。クロエの身体がぼうっと白い光を帯びていく。

「食らいなさい! グロース・リヒトシュトラーーーーーーール!!!!」

 杖を放り捨てたクロエの両手から、凄まじい光線が放たれる。まるで隕石が横に飛んでいったかのようで、視界が焼き切れた。

 それほどの魔力の塊を放っておきながら、クロエは呼吸一つ乱していない。しかし対するマルグリートも難なく薔薇の蔓で光の束をはじいていた。

「まだですわ」

 クロエは口の端を吊り上げた。直後、マルグリートの“頭上から”光線が降ってくる。

 彼女は防ぐ間もなく、直撃を受けた。

 ようやく目が慣れてきて周囲を見回すと、騎士が持っていた盾があちこちに浮いていた。クロエは光の屈折を利用し、盾で光線の束の一部をマルグリートの頭上まで送ったのだ。もっとも、盾を配置したのは彼女ではない。

「まったく、クロエも人使いが荒いんだから」

 ハムスターが僕の隣で指を動かしていた。とても動かしにくそうだが。

「オーーーッホッホッホ!!!! 私の全身全霊のスペシャルライトニングスターのお味はいかがかしら!」

「君はただぶっ放しただけだよ……」

 魔法学校でも最高クラスの二人による、連携プレイ。そのネーミングセンスも含め、僕が割って入る隙は1ミリもなかった。

 そして。

「あっ……」

 轟音と共に部屋が崩れる。そりゃそうだ、室内であんなに派手に魔法バトルしてたんだから。今まで崩れなかったことが不思議なくらい……

 でも待てよ。ここって……結構縦に細長い建物だったんじゃ。

「……うわあああ!!!」

 僕は情けない悲鳴をあげ、瓦礫と共に真っ逆さま──―


 ─―─とはいかなかった。




   ◇




 あれ……?

 なす術もなく落下しようとしていた僕は、不思議な空間に浮いていた。クロエかジルが浮遊魔法で助けてくれたんだろうか。

 二人の姿もある。シャボン玉のような球体の中にいて、ふわふわと空間を彷徨っていた。二人は何かに驚くような表情のまま固まっている。シャボン玉は他にもたくさん漂っていて、大小も様々、建物の瓦礫から部屋にあった家具、それに見知らぬ人々までもが浮いていた。

「おにいちゃん」

 耳を突く幼声がして振り返ると、僕と同じシャボン玉の中にいばらの姿があった。

 妖艶な美女の姿ではない、黒髪をツインテールにした、あのいばらだ。

「いばら……どうして……」

「おにいちゃん、またいばらにまほうみせて……?」

 小首を傾げ、愛くるしい表情でいばらは言った。やっぱり、いばらはいばらだ。僕が知ってる、あの無邪気で悪戯っぽくてかわいいいばらなんだ。

「うん。見てて……」

 ペンを振り、手のひらにバラの花を出現させる。いばらは小さな手でバラの乗った僕の手をすくい取り、とても愛おしそうに頬に寄せた。

「ありがとう……」

 そんないばらの姿に違和感を覚えていると、いばらは僕の体に手を回してきた。手も、足も長くなり、体のふくらみも強調されていく。

「ありがとう……わたしの愛しいルシウス……」

 マルグリートは僕をきつく抱き締め、涙を流していた。

「あなたは……一体……?」

 先程クロエの光線により受けた傷なのだろうか。マルグリートの涙に混じった赤い液体が、僕の頬に一滴落ちた。



 空間が、烈風と共に弾け飛ぶ。

 同時に、言葉が、映像が、津波のように僕の中に押し寄せてきた。




   ◆



『だめだ……我々の魔力だけでは足りない……やはり世界の崩壊を阻み続けることなど』

『何を言う、メフィスト。神に与えられしこの魔法の力は、絶対なる力ぞ』

『足りぬのならば、我らの血を分けてでも補えばよい』

『……!』

『それが我らの役目ぞ』



   ◆



『――マルグリート! 早くその子を差し出せ!』

『その子はこの魔法陣の中で、永遠に生き続けるのだ』

『すまぬ……マルグリートよ……』

『父様! なぜです!? なぜこの子が』

『それがその子の役目ぞ』

『その子の魔力のおかげで、世界はまた平穏を保つのだ』

『世界は保たれても……この子がいない世界なんて……滅びてしまえばいい!!』

『マルグリート…………!!!』



   ◆



『ルシウス……わたしの愛しいルシウス……あなたは生きて…………嗚呼、わたしの可愛いルシウス……世界の崩壊は、わたしが止めるわ…………たとえどんな犠牲を払ってでも……わたしが止めてみせる……………あなたが生きる未来が、平和でありますように……さようなら、ルシウス…………』




   ◇




「ああああああああああ!!!!!!」

 僕は叫んでいた。頭が割れるように痛い。

『ルシウス……』

 頭の中で声が聞こえた。どこまでも優しく、あたたかい声。

『わたしの役目は終わったわ……次は、あなたの番よ……』

「……母さん?」

 声はもう聞こえない。だが、自分がやるべきことがはっきりとわかった。なぜかは知らないけど。


 頭の中でイメージする。いばらと一緒に来た、この建物を。

 ああ、数分前は平和だったなあ。いや、数時間前……? とにかく、クロエやジルがやって来てからは騒々しくてどれくらい時間が経ったかなんてわからない。そういえば、僕は試験に落ちかけてたんだっけ。あれ、でも想定外の事態らしいし、落第にはならないかな。学校に戻れば、また騒々しい日々が待ってる。嫌だけど……嫌いじゃないな、そんな日常も。

 早く取り戻してあげなくちゃ。

 時計の針が逆回転するように、瓦礫が、モノが、人が動いていく。もといた場所へ、もとあった状態に。

 この空間において異質な二人は、シャボン玉で包んでおいた。時空間移動してきた彼らはこの時空魔法において異物と判断され、どこともわからない別の場所へ飛ばされてしまう。……えーと、誰か一人忘れてる気がするけど、忘れるくらいなので重要なことではないんだろう。



「ふう」

 イメージ通り、できたかな。

 建物はすっかり元通りだ。ただしベッドには皺一つ付いておらず、いばらがそこに寝ていた痕跡はない。

「さあ、僕たちの世界に帰ろう」

 2つのシャボン玉に手を伸ばす。二人はまだあの時間にいるので、驚いたような表情のままだ。

 僕は目を閉じ、呪文を唱えた。


「アペリ・ポルタ・ファートゥム」

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