第一章
状況を整理しよう。
周りにはたくさんの人。何を急いでるんだかみんな早歩きだけど、全然ぶつからない。そして空を覆うほどの細長い建物がズラリ。
息苦しくも感じるこの空間で、僕は……そう、目立っていたんだ。
「~~~……! ~~」
「……? ~~~……」
言葉はわからないけど、言いたいことはだいたいわかる。
時々僕を指さし、小声で何か言いながらそれでも立ち止まらず通り過ぎていく人たちは、みんな同じような格好をしていた。黒い髪黒い瞳、露出の少ない黒っぽい服。
僕は小さなため息をひとつして、胸ポケットのボールペンに手を触れた。
「何? コスプレ……?」
「やだ、かわいいー」
「中二こじらせた外国人観光客だろ」
一瞬の間のあと、僕の耳にはちゃんと理解のできる言語が届く。よし、この世界でも魔法は使えるみたいだな。それがわかれば、まずこの目立つ格好をどうにかしないと。僕は人の流れに逆らって進んだ。
完全に人目が途絶えた薄暗い路地裏で、僕はボールペンを取り出した。
頭の中で起動式を組み立てる。必要なのは、アレとアレと……そしてアレだ。右手に握ったペンが仄かな熱を帯びていくのを確認し、僕はペンを体の中心に構えた。
「クライドゥング・ヴェクセルン」
呪文に反応し、ペンは魔法精製反応の光に包まれる。同時に僕自身も光に覆われ───
着替えが、滞りなく完了した。
僕は、ここでは限りなく目立つ魔法学校の制服ではなく、いかにもその辺を歩いていそうな無難なニホン人の服になっていた。見本はいっぱい歩いていたし、これなら指をさされることもないだろう。
僕はボールペン───ペンシル型魔力伝導装置───通称魔法の杖をズボンのポケットにしまい、これからどうしようかと考えながら路地の入口を見て……
一人の少女が、こちらをじっと見つめていた。
……見られた!
教官の言葉が頭をよぎる。
『派遣された世界でお前達が魔法使いだと認識された時には、もう二度と魔法学校の敷地は踏ませんからそのつもりでいろ』
大丈夫。まだ“認識”されてはいない。ただ着替える瞬間を見られただけだ。手品か何かだと思わせて切り抜ければ───
「あなた、魔法使いでしょ!」
今起こっている事って、どれくらい予測できたと思う?
数分前には思いもしなかっただろう。僕の人生が、こんなところで終焉の危機を迎えるだなんて。
◇
つい数分前まで僕が暮らしていたのは西暦5017年のパラディという国。僕が魔術学校で習得した歴史によると、西暦4000年ころには科学技術が限界を迎えた。地球上のあらゆる資源は搾取され、再生エネルギーも、人口に対して追いついていなかった。人類は衰退していったのだ。
そこにへ現れたのが、三人の魔法使いだった。彼らは突然に現れ、僕らの世界を魔法の力で作り替えてしまった。おかげで僕の暮らしている時代は、資源も豊かで───しかも底つかず─―─戦争もなく、科学の代わりに魔法が発展する暮らしやすいものになった。
三人の魔法使いは、ヴァイセ、シュヴァルツェ、クリムゾンと言われ、魔法使いの始祖とされている。僕らの時代に魔力電動装置や起動式なしに魔法を発動できるのは、始祖の血を引くものだけだ。
僕は血統ではない。血統のものは、その血族だけで独立しているのだ。だからこうして、僕は魔法学校の抜き打ち試験で冷や汗をかいている。
落ち着け、落ち着くんだ僕!! 試験官にバレなければいいんだ。
黒髪をツインテールにした少女はにこにことこちらを見上げている。でもこっちは冷や汗だらだらだよ!
「お、お嬢ちゃん、今見たことは忘れて……」
「いばらも魔法使えるよ!」
少女はぴょんぴょんと僕の方へよってきた。
「いや、これは別に魔法じゃ……」
「お兄ちゃん!いばらの魔法も見て!」
にこにこしながら、ずいっと両手を差し出してくる。
すると、その小さな手がぽわんと光って、手のひらからぴょこんとバラの花が出てきた。魔法の杖も使わずに──―
「ほら! あげる!」
こいつ、一体なんだ?!僕は警戒した。そもそも、見ず知らずの(歴史の教科書にもほとんど載っていないような)時代に飛ばされてきたのだ。もっと用心するべきだった。少女だからと油断した。敵かもしれない。
僕は差し出された手を払い除けて、ざっと後ろへ退いた。
「お前、何者だ! 杖も使わず魔法を発動させるなんて……もしや血統の者か?!」
ペンシル型魔力伝道装置に手を伸ばす。
「お花、嫌いだった?」
少女は、うさぎの耳がたれたみたいにしゅんとしてしまった。何だか心が痛む。
「いばら、この力のせいでお友達がいないの。だから、同じ魔法使いなら、仲良くなりたくて」
いばら、という名なのか。いばらはスカートをぎゅっと握りしめた。声は震えていて、泣いているみたいだった。
小さい子を泣かせるなんて……僕はひどいやつだ。
「お、おい泣くなよ」
僕のお人好しが発動しかけた時。ピーーーーッ!と鳴き声が聞こえた。頭上を見上げると、黒く人の腕ほどのドラゴンが飛んでいる。監視用のドラゴンだ!
『ルシウス! 試験に集中しなさい!』
ドラゴンを通して試験官の声が聞こえる。もしかして、魔法使いだとバレたことがもう知れてしまったのだろうか。
背筋が凍った。
気づくと、少女を小脇に抱えてドラゴンの元から逃げ出していた。
だって、魔法学校を追い出されたらどうするんだよぉぉぉ!!
ちょっとしたパニックに陥ったまま、行く当てもなく監視用ドラゴンから全力疾走で距離を取る。ええと、僕は何をするべきだ……? そうだ、とにかく試験をクリアしなくては。
◇
今日の授業で突如課された抜き打ちテストは、僕が予想していた筆記試験ではなく難易度の高い実技試験だった。
『皆さん、おはようございます。今日は空間連続魔法の応用編、時空間の移動により生じる崩壊星の除去について簡単な実技テストを行います。この授業の前期で扱った範囲ですから、復習を兼ねての簡単な確認ですわ』
簡単な、とさらりと言った先生は一見穏やかそうな割にスパルタで有名なマダム・メリアベルだ。無茶苦茶な課題や試験を出しては落第者が続出し、彼女の授業の単位を取れるものは年に数名しかいない。
『運命の扉から空間連続魔法による時空間の移動を行い、皆さんには空間移動をしていただきます。その際に、移動した先で起こる空間の歪み──崩壊星の対処をしていただきます。授業でお話ししましたように、コプラサーが発生することで自分の周りにプラズマが奔ったり、自身が発火したり、突如現れる未知の生物に攻撃されるなど予想のつかない被害が発生します。それらを他の人間に全く不自然に感じさせないよう速やかに除去しなければなりません。当然誰かを巻き込む事などあってはなりません。また、周知の通り魔法界の事を知らないものに魔法使いと知られれば退学です。ここまで、何か質問はございまして?』
ポルタ・ファートゥムは、時間と空間を自由に行き来できる、この国に二つしかない大型の設置型魔力伝導装置だ。高位の魔術師ですらなかなか使用許可が下りない装置で、今回使えると聞いて正直吃驚したし、ちょっと興奮した。時間と空間を移動する際は、本来あるはずのないものを移動先に出現させるために空間に負荷がかかってしまう。物体の大きさに比例して負荷も大きくなり、移動距離や移動する時間の長さに比例して魔力を消費する。空間にかかった負荷により、その歪み―──コラプサーから異常が発生する。空間移動できる魔術師は、コラプサーの除去が出来ることが第一条件だ。
『移動先は私が個々の技能面を考慮して決定いたしますわ。大丈夫、そんなに遠くには送りません。移動先では公平を期して血統魔法は禁止、派手な魔法を使って被害を増やしてはなりませんので魔力を70%カット、各々一番得意な攻撃魔法は使用禁止と致します』
さすがのスパルタメリアベル、条件が厳しい……。教室は悲鳴とブーイングの嵐だ。
『みなさん、あたまを使ってこの試験課題をクリアしてくださいませ。考えることの出来ない魔術師は無能ですわ。試験課題をクリアできなかった生徒はこのクラスを落第、夏休み返上で私のお手伝いをしていただきます。以上!』
───つまり僕のすべきこととは、僕が現れたことによって発生するコラプサーを除去すること。大型の派手な魔法は人目を避けること。一般人を巻き込まないこと。だいたい何で僕はこんなに時間も空間も遠くへ飛ばされているんだ……? みんなこんなものなのかな?ここってけっこう遠いと思うんだけど……。メリアベル先生は空間魔法の権威で、すごい先生だけどスパルタ先生の手伝いなんて何をさせられるかわからない!! とにかく課題をクリアしなくちゃ……………
「お、おにいちゃん……痛い…っ」
「……! ご、ごめん!!」
走りながら考え事をしているうちに、小脇に抱えていた少女の存在をすっかり忘れていた。そうだった、目下の問題はこの少女だ。辺りをうかがうとドラゴンの気配がなくなっていたので、少女をなるべく優しく地上におろし少し乱れてしまった彼女の前髪を梳いて整えてあげた。
……ていうか、僕魔法使いってバレたら退学じゃないか。先生の第一助手のリンネル教官も行く前にぞわぞわする様なバリトン声で忠告してたじゃないか。先生の手伝いどころか二度と学校の敷居はまたげないし、就職も出来ないし、処罰もある。本当にマズいことになった……どうしたら……
「おにいちゃん、頭痛いの?」
女の子が心配そうに訪ねてくる。
「あ……いや、違うんだ。ごめんね、いきなりこんな所まで連れてきてしまって……お母さんとか、心配してるんじゃ……」
「ううん、いばらは大丈夫」
女の子はふわふわした雰囲気でにっこり笑っている。そういえば、この子……
「きみ、魔法が使えるの……?」
「…! そう!! おにいちゃんもでしょう?」
「え、ええと、うん……いや、これは魔法じゃなくて……その…」
だいぶ前だけど、図書館でこの時代について書かれた本を少し読んだぞ……ええと、たしかなんか変な職業があったはずだ!!
「マ…マジシャン見習いなんだ!!」
「まじしゃん……?」
少女が首をかしげてこちらを見上げている。僕は思い立って、マジックとやらを見せることにした。……もちろん魔法だけど。
「いいかい、見てて」
まず、手を広げてそこに何も無いことを見せる。それからぐっと握り、ペンでトントン、と二回叩く。なるべく小声で呪文を唱え、手を開けばあら不思議。イメージはさっき彼女が出現させた花なので、同じような花が手のひらに現れる。マジックってだいたいこんな感じだろ?
「す、すごぉーい! やっぱりおにいちゃんは魔法使いだ!」
「だからマジシャンだって……」
「まじしゃんまじしゃん!」
少女は花を両手に持ちながら僕の周りを嬉しそうに駆け回っている。とりあえずは、大丈夫かな?
安心したのも束の間。ピーという耳障りな機械音のような音を響かせて、頭上に迫るものがあった。あのドラゴンだ!
僕はまた逃げようと身構えた。が、それより早く少女が動く。
「おにいちゃんをいじめるわるい子! いばらがやっつけてあげるね!」
えいっ! という掛け声とともに彼女の指先から放たれた光線は、寸分の狂いなくドラゴンに命中した。ドラゴンはそのまま力なく落下する。
少女は誇らしげに両手を広げて僕に駆け寄ってきた。
「いばらすごいでしょー!」
何なんだ……? この子は……。少女の無邪気な笑顔が怖くなって、僕は自然と距離をとってしまう。
「おにいちゃんも、いばらのことが嫌いになったの……」
僕の顔を見て、少女は今にも泣き出しそうな声を出した。その声は僕の胸をきゅっと締めつける。
妹が生まれたとき、僕は嬉しかったんだ。大きくなった時、僕は妹に誇れる立派な魔法使いであろうと決めた。それなのに今の僕はなんだ。一日に二度も、いたいけな少女を泣かせようとしている。お人好しの僕だけじゃなく、良心が許さなかった。
僕は少女の元に跪き、小さな手をとる。
「お兄ちゃん、魔法使いなんだ」
ペンの一振りで、彼女の手のひらに花を出現させる。それを見た少女は顔をパッと明るくした。
「すごぉーい!」
友達になろう。少女の笑顔に完全にノックアウトされた僕は自然とそう口にしていた。
もう、僕はおしまいだ。魔法使いだと公言してしまったのだから。だとしたら、試験官に失格を伝えられるまでせいぜいこの時代でいい人でいようじゃないか。少女の笑顔を奪うよりはよっぽどいい。
その後、僕といばらは夕暮れの街でデートした。いばらの行きたいところに行き、派手にならない程度に魔法もたくさん使った。生まれ故郷のパラディでもこんなに楽しい時間はなかったかもしれない。それくらい幸せな時間だった。
もう夜になろうかという頃。僕は心配になっていばらに聞いてみる。
「いばらちゃん、おうちはどこ?」
それまで楽しそうにしていたいばらは、花が枯れるようにしゅんとなって、ものすごく小さな声で言う。
「わかんない」
家族のこと、両親のことを尋ねても同じ答え。困ったな……。でもまぁ、今の僕と一緒か。
「そっか……。実は、お兄ちゃんもなんだ。一緒にどこか行こうか」
「うんっ!」
いばらは元の明るい笑顔になって僕に抱きついてくる。
とりあえず、今夜寝る場所を確保しないと。本当はいけないんだけど、僕は魔法を使って宿を調達することにした。
いばらの穏やかな寝顔を見ていると、自然と顔が綻ぶ。僕にはこれから先、厳しい叱責や罰が待っているだろう。それを思うと悔しさや悲しさがこみ上げてくるけど、故郷にいるまだ小さい妹を思い浮かべて自分を鼓舞した。
「ルシウス」
僕を呼ぶ声。部屋の中から聞こえる。ああ、そうか。
「……リンネル教官」
失格だ。迎えが来たんだ。
「悪いな。お前の試験はここまでだ」
「わかっています。ご迷惑お掛けしました。この子、この子は関係ないんです。ちゃんとご両親の元に返してあげてください」
巻き込んでしまったいばらに心の中で謝る。ごめんね、僕もう帰らないといけないんだ。さようなら……
いばらの使った魔法は気になるが、もしかしたら僕が来てしまったことによるコプラサーの一つなのかもしれない。普通の女の子だったのに、僕のせいで辛い目に遭ってしまったんだ。本当にごめんね。あとは教官たちがなんとかしてくれる──―
「は? お前何言ってる?」
「え?」
何言ってるの教官。僕何か間違ったこと……
「ドラゴンの警告を聞かなかったのか? これはイレギュラーだ。マダムも想定外の事態で、生徒の安全を最優先させて試験中止を決定した」
あとに続く教官の言葉は、驚くべきものだった。
「その少女が、危険なコプラサーそのものだ」




