第6話 何気ない日常
かなり間が開いてしまいましたが、第6話、レイ視点です。
朝がきた。ぼくとリリの誕生日だ。
……きのうはひどいゆめを見た。ぼくの最初の殺しだ。
あのときの二人の顔や短けんをさしたときのかんしょくはもうおぼえていない、というよりわすれたけれど、ゆめの中でははっきりと感じていたような気がする。
せっかくあのこわさをわすれかけてたのに、ゆめのせいで思い出しちゃったじゃないか。またわすれなきゃ。
……ゆめのせいで一回おきたような気がするし、そのときに温かい気もちになったような気もするんだけれど、かんちがいかな?
「朝だー! 起きろー!」
ところで、さっきからきこえてるどなり声はなんだろう? いや、フィルさんの声っていうのも、朝だからおこしてるっていうのもわかるんだけどさ。バタンバタンと大きな音がしているし、声も音もだんだん近づいてきてるんだよね。朝ってもっと静かなものだったと思うんだけど……
「デニス! エレニ! 朝だっ! さっさと起きろ! オノマ! は起きてるな! 偉いっ! ご当主! 寝坊だ! 起きろ!」
フィルさん、台風みたいだ。みんなをおこしてまわってるのか。というか、アルノーさんがねぼうしちゃだめなんじゃ?
なんだか、にぎやかで楽しい。
「ふふっ」
とくにおもしろいわけじゃないはずなのに、気づいたらわらっていた。
「ふっ、ふふふっ! あははっ!」
わらいが止まらない。ベッドの上で、足をばたつかせてなみだをうかべながら大わらいする。
なんてにぎやかで、なんて楽しくて、なんておかしくて──なんて幸せなんだろう。
「聞き慣れない笑い声だと思ったら、オノマ君だったのか」
「アルノーさん! おはようございます」
「驚いたろう? 毎朝こうしてフィルが起こしてくれるんだ。あの子は朝早くから稽古をしているようでね。終わった後、皆を起こして回ってくれるんだ」
「へえ」
アルノーさんは、さっきまでねていたと思えないほどしっかりとしたかっこうをしている。いつもギリギリまでねているからじゅんびが速くなったとか、そんな感じなのかな? おもしろい人だなあ。
……できれば、この人を殺したくない。そんなことできっこないけど。
じっと顔を見ていたら、アルノーさんがふしぎそうな顔をして言った。
「寝癖でもついてるのかな?」
あわててなんでもないと言ってごまかす。つい見つづけちゃった。反省、反省。
「そうだ、オノマ君。具合はどうかな? ムカムカするとか、どこか痛いとか、あるかい?」
アルノーさん、なんでぼくがいやなゆめを見て気分が悪くなったのを知ってるの?
……あ。きのう会ったとき、気もちが悪くなってフィルさんに運んでもらったんだっけ。ねおきで、頭がぼんやりしている。うう、なにやってるんだ……
「もう元気になりま、じゃなくて、なったよ!」
そ、そういえば、おきてからのぼくのえんぎは大丈夫だったかな……? どうしよう、ぜんぜん気にしてなかった!
「それなら良かった。じゃあ、顔を洗ったらその中に入っている服を着て、食堂で朝ごはんだ。今日はアリスの当番だったかな」
ほっとしたように言うすがたからは、やさしさと温かさを感じる。心配してくれたんだ。心のそこから。なんだか、ジーンとくる。
……これでにやにやしてなければすごく決まるのに。アルノーさんって、ちょっと残念な人?
というか……
「アリスさんのごはん! た、たのしみ! オレ、いそいで行くよ!」
「待ってるね」
そう言ってアルノーさんが出て行く。
アリスさんって料理できるんだ、と思ったのはひみつだ。だってひしょさんだし、なにより、ちょっといっしょにいただけでどじってわかる。きのうだって、少なくとも二回は何もない所で転んでた。仕事はできる、らしいけど。
料理、ね…… アルノーさんの方がまだ想像できるかな……
*
なんと、アリスさんの作ったごはんはふつうにおいしかった。失礼なことを考えてごめんなさい、と心の中であやまる。
ちなみに、その朝ごはんは何だったかというと、軽くやかれたパンにキャベツ、トマト、ベーコンをはさんだサンドイッチと、白身魚のさっぱりとしたフライだった。
「アリスが料理とか、意外だって思っただろ? しかも美味いし、全員がお腹一杯になるくらいの量を作ってるんだぜ。まあ、料理っつっても簡単な物ばっかだけど」
そうぼくに話しかけたのは、二つ年上のデニス。きのう友だちになった男の子で、同じく十二才のエレニとなかよしだ。この家の中で一番年が近かった二人は、さっそくいろんなことを教えてくれた。アリスさんのことをからかうとアルノーさんにおやつをへらされるとか、アルノーさんの部屋には外につながるひみつの通路があるらしいとか。そういう話をしていると、なんだか自分がずっとここに住んでいるような気分になる。
そうそう、この家にいる子どもは、ぼくをいれて全部で七人。フィルさん、カイさん、デニス、エレニ、ぼくの男子五人と、十三才と七才の姉妹、ネリーとカライオピの女子二人だ。ネリーとカラはくせのある赤毛で、二人とも小柄だけど気が強い。
おねえちゃんとデニスはよく口げんかをしていてふうふみたい、あ、ふうふか、とはカラの言葉だ。それがきこえたらしい二人は息ぴったりにひていしていたけど。
同じくらいの年の友だちが少ないこともあって、そういうやり取りを見るのは新せんだった。
「デニス、しつれいだよ。アルノーさまにきこえたら、おやつをへらされちゃう」
「大丈夫、大丈夫! アルノーならあっちでアリスとしゃべってるからさ」
デニスがこれ以上やらかさないように注意したけど、残念ながらぼくのけいこくは耳に入らなかったらしい。アルノーさんはアリスさんと話しているだけのように見えるけど、ちゃんと見ればわかるはずだ。食どうの会話をそれとなくチェックしている。
あ、こっちに集中しはじめた。
「だってさ、アリスはどじだから失敗しそうじゃん。初めて食べたとき、びっくりしたんだぜ!」
デニスは、アルノーさんがしっかりときき耳を立てていることに気づいてない。おやつをへらされても知らないぞ。
「この前の失敗はすごかったぜ! とにかく笑えるんだ! なっ、エレニ! ……エレニ!」
「……」
「エーレーニ!」
「話しかけるな。今大事なところなんだ」
「ちっ」
エレニはおとといの誕生日にもらったスライドパズルに熱中しているみたいで、デニスはほうっておかれてる。きのうこっそりエレニが教えてくれたけど、デニスもこんな感じだったから仕返ししているらしい。なかよしだね。
「さて、みんな食べ終わったかな?」
食どうをぐるりと見わたして、アルノーさんが言う。こういうすがたしか見ていないからか、りょう主さまというより、こじいんの神父さまっていう感じがする。
「大丈夫そうだね。じゃあ、今日の予定を確認するよ」
「はーい!」
エレニにかまってもらえないデニスが元気よく返事をする。わくわくしてて、でかけるのがすごく楽しみって伝わってくる。まあ、ぼくも楽しみなんだけどね!
アルノーさんはデニスにほほえんでから言った。
「今日はみんなで王都に行く。向こうに着いたら、私の友人の案内でお昼を食べてくれ。その後は自由だ。子どもたちにはお小遣いとして一人三百デメテル渡すけど、ちゃんと考えて使うように」
子どもに三百デメテルわたす!? そんな大金をもらってもいいんだろうか? 三百デメテルあったら、屋台でくしやきを何本買えることか!
アルノーさんが「大人たちは自分の稼いだ分で宜しく頼むよ」とほほえむと、あちこちからいろいろな声があがった。
りょうかいの返事がほとんどだけど、中には「子守りの特別手当てを頂きたいのですが」なんて、ちゃっかりした声も混ざっている。「僕達も子どもに入りますか?」という質問の声は、カイさんのものだろうか?
みんなふつうにしているけれど、ここではこれが当たり前なのか……? だとしたら、アルノーさんはかなりのお人よしだ。
「ね、ねえ」
「ん? どうした?」
「三百デメテルももらって大丈夫なの……?」
とりあえず、となりのデニスに小声できいてみる。
「まあ、王都に行くときだけだからな。それに、自由って言っても大人が管理するだろうし」
「ああ、大人もいっしょだからか」
「やっぱり子どもだけの方が楽しいよなあ」
こそこそと話していると、さっきまでスライドパズルをしていたエレニが話に加わってきた。
「アルノー様は俺たちを驚かせるつもりかもしれないけどさ、『友人』って、たぶんあの人だよね?」
「だろうな。というか、あの人以外に友だちがいるのか心配だ」
あの人? みんな知ってるのかな?
「ねえ、その人ってどんな──」
「そこの三人。仲良しなのは良いことだけど、今は話を聞こうか。それに、私の友人は彼だけじゃないよ」
二人にきこうと思ったら、アルノーさんにおこられちゃった。わらいながらだけど。というか、きこえてたのか。食どうはけっこうざわざわしてたんだけどなあ。
「「「ごめんなさい」」」
三人であやまる。たしかに、今はアルノーさんの話をきく時間だ。アルノーさんの友だちがどんな人なのか気になるけど、ちゃんと話をきかなきゃ。
「まあ、予定と言っても基本は自由行動なんだけどね。ただし、子どもは必ず大人の誰かと行動するように。私は王宮の方に行かなきゃならないから、そのつもりでいてくれ。各々準備をして、三十分後に大広間に集合だ。鞄と上着、クッションを忘れないようにね。では解散!」
クッション? どうして必要なのかいまいち分からない。カバンも上着もないけど、どうしたらいいんだろう? あとでフィルさんにきいてみよう。
みんなとの王都への遠足。今日は一日楽しむぞ!
*
フィルさんのカバンをかり、エレニのお古の上着を入れて大広間に行く。みんなじゅんびを終わらせていたのか、ぼくが最後だったみたいだ。持ち物のかくにんをして、げんかんを出る。
と、馬のいななきがきこえた。
「っ! 馬っ!?」
どうしてこんな所に馬が!?
あわてて辺りを見わたすが、馬はいない。外、か?
きのうぼくがアルノーさんを殺さなかったから、だれかがさいそくに来たのかもしれない。
みんなよりも先に行かなければと、急いで門を出る。
門の近くに馬車が二台とまっていた。木でできたちょっとみすぼらしいものと、そうしょくされているりっぱなもの。
りっぱな方を見ると、もんしょうが入っていた。
あのもんしょうは──
「ったく、オノマ! 急に走り出すと危ないだろ! 馬が興奮してお前に突っ込んでったらどうするつもりだ!」
「いてっ!」
フィルさんの声がしたと思ったら、頭をはたかれた。
手加減のおかげですごくいたいってわけじゃないけど、いたいものはいたい。
「ねえ、あのばしゃって──」
「ああ、ミュルゲ家の馬車だな。そういや、オノマが見るのは初めてか」
もんしょうは、ここ、ミュルゲ家のものだった。羽ペンとインクつぼがかかれている。たしか、ミュルゲ家の黒いかみが由来だったかな。
王宮からの使者じゃなかったことにほっとして、改めて馬車を見る。
先頭にとまっているのは、もんしょう入りで上品な四頭立ての馬車だ。後ろのものと比べて小さい。あれは王宮に入るために用意したんだと思う。あまりみすぼらしいと、門番さんに止められちゃうからね。
つづいてとまっているのは、二頭立てで、六人くらいがすわれそうな馬車。木でできているけど、所々を鉄でほ強している。むき出しのざせきは固そう。……というか、これにのるためにクッションを持ってきたんだね。やっとわかった。
四頭立てにアルノーさん、アリスさん、二頭立てにぼくたちがのりこんで、馬車は出発した。ちなみに、四頭立てのぎょしゃはフィルさんだ。るす番の人からたずなを受け取っていた。
今日王都に行くのは、子どもが七人と大人が三人。そこにアルノーさんとアリスさんが加わって、全部で十二人だ。子どもの方が多いし、大人の一人がぎょしゃをするらしいけど、それでも馬車の中はせまい。
三列あるうち、前の列におじさんとおばさん──やしきの外で働いているらしい──がすわり、真ん中の列にエレニ、デニス、ぼくが、後ろの列にネリーとカラ、カイさんがすわる。カイさんのひざの上にすわるカラはごきげんだ。こういう馬車にのるのは初めてだけど、せまいしおしりはいたくなりそうだしで、もう乗りたくないかも…… リリとのる馬車と比べちゃいけないのはわかってるつもりだけどさ。つい、ね?
もう一時間はたったかな。それともまだまだ? もしかして、もっとたってる? 馬車の旅はつかれるし、早く王都であそびたいから、いつもよりも時間がたつのがゆっくりになったように感じる。雲一つない、と言えるほどの青空が広がっているけれど、ぼくは太陽の高さで時間をはかることができないから、正かくな時間はわからない。この仕事が終わったら練習しようかな……
たいくつなときは友だちとしゃべるのが一番! というわけで、情ほうしゅう集をさいかいしよう。
「ねえ、デニス、エレニ。アルノーさんの友だちがだれか、知ってるの?」
「もちろん知ってるよ! よくお世話になってたんだけど、最近は忙しかったらしくて、久しぶりに会えるから楽しみなんだ! すっごくかっこいいから、きっとびっくりするよ!」
「そ、そうなんだ」
よくぞきいてくれた、とでも言うようにエレニが早口で答えるので、びっくりした。おとなしいやつだと思ってたけど、静かなばかりじゃないようだ。目をキラキラさせて顔を赤くしながら語ってる。ぼくとエレニの間にはさまれたデニスもちょっとひいてる。
「エレニは本当にあの人のファンだよな」
「まあね! だってかっこいいもん!」
「どんな人なの?」
「えっと、お仕事が──」
「ストップ! オノマには秘密にして、びっくりさせようぜ」
ええ!? デニス、そこで止めるの!? エレニがあんなにかっこいいって言うのがどんな人か、気になって仕方ないのに!
デニスをにらんでも、にやにやわらいながらこっちを見るだけだ。いらっとくるから、その顔をやめてほしい。自分たちだけ知ってるからってよゆうを見せつけて……!
でも、エレニはしゃべってくれると思う。その人が大好きなみたいだし、目をすっごくキラキラさせてたから、きっと話したいはず──
「そうだね。直接見た方が感動は大きいからね!」
「そんなことないよ! 今教えて!」
なんでエレニまで! 楽しそうだったよね? 話したいんじゃないの!?
「おい、ちびっこ! 騒がしいぞ! 少し静かにしとけ!」
いけない、またおこられちゃった。えっと、あの人は…… そうそう、りょう軍のへいたいさんだ。さいしょにぎょしゃをしてた人。ごわごわしたひげを生やしてるし、目付きがするどくてちょっとこわい。声がガラガラしてるし、当然だけどぼくなんかよりもせが高いから、よけいに。見た目だけで言うなら、元殺し屋らしい先生よりもこわい。
「あ! 王都が見えてきたよー! ほら! あれが王宮!」
やることがなく、うとうとしていたぼくたちは、アリスさんの声で起こされた。……前の馬車から。
どうやら王都が見えてきたみたいだ。ねる前よりも馬車の中がさわがしい。……ぼくには見えないけど。みんな、目がいいなあ。
ぼくにとっては家──王宮を家と言っていいのなら──がある街なわけだけれど、今感じているものは「なつかしさ」ではなく「わくわくした気もち」だ。まあ、王宮から王都の街中に出るのは友だちと会うときくらいで、そういうときもわくわくしてたから、いつもと同じと言えるかもしれないけど。
「なあ、オノマ! お前、王都に行ったことはあるか?」
「うん! というか、オレはもともとこの近くにいたんだ。でもアルノーさまのうわさをきいてミュルゲに行ったんだよ!」
街中で友だちを見かけたら声をかけられるんだから、今かくしてもしょうがないよね。
「へえ! じゃあ、オノマが王都で迷子になる心配はなさそうだね。良かった」
真っ先に気にするのがそこなんて、エレニはしっかりしてるよね。でも、なんでぼくの名前を強めに言ったんだろう?
「おい、エレニ。嫌味のつもりか?」
「何の事? それにしても、良かったな、デニス。新しく来た弟はきっとお前を案内してくれるよ」
ああ、なるほど。デニスのむすっとした顔と、エレニのにこにこ顔でなんとなくわかった。
デニスはまだ王都で迷子になる、と。そしてそれをエレニがからかっている、と。つまりそういうことか。
……王都はわりとわかりやすい建物のならびをしていると思うんだけどなあ。まあ、だれにでも苦手なことってあるよね。ぼくにだって苦手なことはあるけれど、わらわれたらいやだ。そっとしておいてあげよう。
それにしても、王都で迷子か。ぼくの友だちとの出会いもそれだった。なんだかなつかしいな。最近会ってなかったけど、あの子は元気にしてるかな?
『アルノーさんの友だち』も気になるし、早く街に入りたい。
こうしてぼくは、最近感じることのなかったわくわくをむねに王都に入っていった。
ミュルゲりょう主の館で待っている『アルノーさんの友だち』があの人だなんて思いもせずに。
1デメテル=1円の価値で設定しています。
レイは王宮で暮らしてはいますが、金銭感覚や価値観は庶民に近いものがあります。
次回、いよいよレイの友人の登場です。あ、アルノーの友人もですね( ̄∇ ̄)
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