第3話 常識はずれなミュルゲ邸〈2〉
間が空いてしまい、すみません。
10歳の頃のことなんて、もうはっきりと覚えていない……。
引き続きレイ視点です。
体をあらっていて、ふと考える。
ぼくってなんだろうな、と。
ぼくは明日、十才になる。
けど、そのことを知っているのはぼく、女王、王、大みこの三人だけ。
気づいてる人がほかにいたら別だけど。
リリやポニリアさんでさえぼくの生まれを知らない。友だちにも言ってない。
ぼくは十年前、アステル王国の王室に生まれた。
それだけならいい。幸せな人生だったんだろう。
でも、そうはいかなかった。
ぼくはリリといっしょに生まれた。
それも、少しだけ早く。
双子の兄妹の兄として、生まれたんだ。
この国ではごはっとな存在。
母、女王であるナギアは、ぼくを城の庭のすみにある小屋に住まわせ、自分と会うことをきんじた。
父、王であるパテラは、国一番の暗殺者をぼくの師につけ、ときどき悪いやつを殺させる。
ムカさまからの予言をたまわる大みこシエナさまは、ぼくをリリの従者にし、様々なことを学ばせてくれている。
結果、ぼくはおかしな存在になっている。
“いない″ことになっているが、“暗殺者”であり、未来の女王の“従者”である。
こんなやつ、国中を探したってぼくしかいない。
大陸の人とアステル人は同じ種族じゃない、なんて言う学者がいるらしいから、世界中でただ一人かもしれない。
同じきょうぐうの人がいないとか、こどくだね。今さらだけど。
……このままだと、暗いことばかりを考えてしまいそうだ。
落ち着いたり、リラックスしたりすると悪いことばかり考えちゃう。ぼくの悪いくせだ。
こういうときはちがうことを考えるのに限る。
そうだな…… さっきの学者の説とかどうだろう。
アステル人(の血を引く者)が大陸の人とちがうと言われるのはなぜか。
理由は二つある。
一つ目、大陸の人間が使える(らしい)マホーとやらを、アステル人は使えない。
もちろん、ぼくも使えない。
リリがきいた話によると、手から何個も火の球を出したり、いっしゅんでけがを治したりできるらしい。すごい。やってみたいなぁ。
二つ目、アステル人は十才になると、ムカさまから特別な“ひとみ”をさずかる。
“ひとみ”はその人の個性がでるんだとか。かぶることも多いみたいだけど。
どんな力を持つのか、た人に言うことはない。
誕生日は明日。どんな“ひとみ”か、ちょっとわくわくする。
リリにだけは教えてあげるんだ。
うん、いいかんじ。
体をあらい終わり、かみにつけた炭が落ちてないか、ペタペタとさわって確認する。
よし、かんぺき。たぶん。
ふろはあってもかがみはないって、ちょっとおかしいよね……
*
「お、出てきたな。どうだった?」
おふろから上がると、フィルさんがいた。
もしかして、ずっとまっててくれたの!?
「きもちよかったよ! よく分かんないのもあったけど」
今さらだけど、ひん民アピールをする。
あれ、フィルさんが何か考え始めちゃった。
初めてで、さらに字も読めないのにしては早すぎたかな?
不安に思っていると、フィルさんが言った。
「……まだ時間はあるな。よし、俺が教えてやるよ! 来い! オノマ!」
教える? 教えるって、ふろの入り方を?
それってつまり、ぼくをふろにいれてくれると。そういうことだよね? アリスさんの言っていた通りめんどうみのいい人だけど、今回はありがたくない。
なにしろ、今のぼくは変装中なもので。だから、断っているのは本心なんだ!
「えっ、いやっ、大丈夫! 大丈夫だよ、フィル兄ちゃん! ぼく、もうじゅうぶんきれいになったから!」
「まあ、そう遠慮するなって!」
えんりょなんてちっともしてない! だから、その手を今すぐはなしてほしい。今、すぐに!
必死にこうぎする。するが……
フィルさんはあっという間におふろ場に入ってしまった。
……ぼくを引っ張って。く、これが体格のさか……
なんて、げん実からにげてる場合じゃない!
かみをしっかりあらったら、炭をつけているのがバレるかもしれない! しっかりつけてはいるけど…… 絶対に落ちないわけじゃない。
けいかいされたら、仕事はむずかしくなる。
どうしよう!?
*
しっかりあらったらさっぱりしたー! 炭があるときもち悪かったんだよねー!
……なんて言えたなら、どんなによかったか。
あー、気まずい。
「オノマの髪は蜂蜜色だったのか。綺麗になって良かったなー。そういや、カイと同じ色だな。あいつ、喜ぶんじゃないか?」
バレました。
水でながすだけなら大丈夫だと思ったんだけど……
まさか石けんを使われるとは思わなかった。
というか、なんであんな高いものがここにあるんだ!
さすがに質は落ちてたけど! なんか黄色かったけど! こんな所に石けんがあるなんて思わないよ!
「おれも知らなかった! えんとつそうじをいっぱいやったからかなー?」
「そうかもしれないな。年の割に筋肉がついてたけど、煙突掃除をしてたのかー」
「そうだよ。大変だったんだー」
フィルさんの言い方がぼう読みな気がする。
あやしまれた、な……
もっとほかに言いわけはなかったのか。
国に身分をほしょうされてるって言ってるようなものじゃないか! 失敗した!
どうしよう…… って思ってばかりだな。
とりあえずわだいをかえよう。
まあ、そうじゃなくてもアレは気になるんだけど。
「ねえねえ、さっきの黄色いのなに?」
「黄色いの? ああ、あれはな、石鹸っていうんだ。あれで洗うとよく汚れが落ちるから、便利なんだよなぁ」
「じゃあ、おせんたくで使えるね! でもあんなの、市場でも見たことないよ?」
そう。石けんは気軽に使えるようなものじゃない。
かんりやりょう主でさえ買えない人がいるくらいのねだんなのだ。この家、すごく節約してるのに。
それに、売られている石けんは白いのに対し、ここのは黄色かった。ゆ入しているのとはちがうのだろうか?
……はっ! まさか、人身売買によるうらルート!?
「あれはなかなか市場に出回らないからな。知らないのは当然だ」
「もしかして、すっごく高いから?」
おそるおそるという風にきいてみる。
さあ、どう答える?
「本物は高いんだけどな、家にあるのは無料みたいなもんなんだ」
ただ? ……どんなにゆうふくでも、石けんがただ同然なんてことはないはずだ。どんなからくりだろう?
やっぱりうらルートなんだ。そうなんだね?
じゃあ、ぼくは彼を殺さなきゃいけないな。うん。やっとかくしょうをえたよ。
「うーんと…… あ、わかった! 商人さんからちょくせつ買ってるんだ!」
「いいや、そうじゃない。実はな…… 石鹸は自分達で作れるんだ!」
「!?」
自分たちで作れるだって!?
そんなことができるのか!?
「はっはっはっー! すごいだろー!」
「すごい! どうやるの!?」
おどろきだ! 一大事だ!
石けんはアステル王国の貿易が赤字になりかねない原いんなんだ。ほか国のざいげんもへる。石けんを自国で作れるのは、かなり大きい。
ぜひ作り方を教えてほしい!
もれなく王族にも伝わるけど。
「秘密だ。てか、俺も知らない」
「え~、つまんないの!」
知らないのか…… ざんねん。
「そう言うなよ。担当の奴らが絶対に教えてくれなくてな。ケチな奴らなんだ」
フィルさんはそう言ってつかれたような表情をした。
失礼だけど、何回も聞きに行って失敗するすがたが目にうかぶ。
でも、ぜひともこれからも聞きに行ってほしい。
そして真っ先に教えて!
「じゃあ、わかったら教えてね!」
「どうしよっかな~。情報は統制するからこそ価値が出るんだぜ…… って、わかんないよな」
あーあ、けいかいされてる。
仕方ない。ほかのことを聞こう。今は少しでも情ほうがほしい。
石けんのこともくわしくききたいけど……
一番大事なのは対象のひとがらだ。
「そういえば、これから会うアルノーさまってどんな人?」
「ん、そうだな…… あの方は優しさの塊だ。無償で衣食住を提供してくれるだけじゃない。子供でも出来る仕事を回してくれたり、仕事のやり方を教えてくれたり、職人に弟子入りさせてくれたり。読み書きや計算の仕方も教えてくれるんだ。独り立ち出来るようにって配慮を感じる」
「へぇ、すごい人なんだね!」
遠くのものを見ているような、そんな目をしながらフィルさんは答えた。
アリスさんと同じようなことを言っている。まさか本当なのか? それとも、だまされている?
「ああ! ご当主がいなかったら、今頃俺は生きていなかった。もちろんカイも。ここにいるのはそういう奴らばっかりだ。だから皆、ご当主に恩を感じてるし、何倍にもして返したいと思ってる。そのうち、オノマもそう思うようになるよ」
そう言って、ぼくの頭をなでる。むぅ、子どもあつかいは不満だ。
それにしても、生きていなかった、か……
あれが死んだら。いや、殺されたら。
ここの人たちはどうなるんだろう。
生きていけなくなるかもしれない。
衣食住のめんでも、せいしん的なめんでも。
きっとすごく悲しんで、ぼくをうらむんだろう。にくむのかもしれない。ふくしゅう、されるかも。
少しいっしょにいるだけで、ここの人たちがとってもやさしいってことは、いたいほどわかった。そんな人たちにうらまれるのは辛いけど……
これは、仕事だ。
暗い想像を頭から追い出す。
アリスさんやフィルさん、カイさんがどうなろうと、どう思おうと、それはぼくには関係のないこと。
ぼくがしなきゃいけないのは暗殺で、考えることじゃない。
*
さて、そろそろしつむしつに着くころか。
「オノマ、あそこにあるのが執務室だ。ご当主がいるか確認するから、ちょっと待ってろ」
「はーい」
ああ、声がふるえなくてよかった。
ついに対象と対面する。
まぬけな悪人だといいな。一番楽で、心がいたまない。
……こわい。
正体がバレるんじゃないか。
追い出されるんじゃないか。
だまされてるんじゃないか。
何もかも信じられなくて、頭の中を不安の声がぐるぐるまわる。
王がぼくをだまして、殺そうとしているかのうせいだってあるんだ。気をぬけるしゅん間なんてない。
つねにきんちょうして、でもそれを気づかせないで。
いつもやってる通りにやるんだ。
そう言い聞かせても、ぼくの心はずっとドキドキ言ってるし、気をぬいたら息をするのに失敗しそうだ。
いやなあせをかく。さっきおふろに入ったばっかりなのに。
そんなぼくの心など知らずに、フィルさんはニコニコしながらもどってきた。
「すぐに手が空くってよ。準備は出来てるか?」
アリスさんやフィルさんの話が本当か、確かめるために。
「うん」
ウソだったら楽だな、なんて考えつつ。
「どんな人か楽しみ!」
ぼくは部屋へと歩きだした。
ありがとうございました。
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