第2話 常識はずれなミュルゲ邸〈1〉
見切り発車です。
話によって長さはまちまち……。
今回は短めです。
引き続き、レイの視点からです。
屋しきの中はさぞごうかなんだろうと思った。
かれはまずしい人々をさらってるらしいから、その人たちを売ってお金もうけをしてるんだと思った。ぼくは今まで、そういうのを何回も殺してきた。そういうやつがいることくらい、いやというほど知っている。
アリスさんの話を聞いても、だまされてるのかもしれないって思ってた。だってそうでしょ? 暗殺されるような人なんだから。
でも、これは……
「オノマ君、とりあえず、お風呂で体を綺麗にして、これに着替えようか」
なんだ、このしっそな屋しき!
外から見るだけだと分からないけど、かなり節約して作られてるのが分かる。
柱や天井、かべにもそうしょくはないし、家具も必要最低限。
こんな屋しきもどき、見たことないよ!
「オノマく~ん。聞こえてるか~い?」
使用人が着ている制服も、見た目より使いやすさと安さを大事にしてるみたい。
使われている道具にいたっては、平民と同じものじゃないか!
いげんなんてこれっぽっちもない。
「お~い、オノマ君! あ、フィル君、この子固まっちゃったんだけど、どうしよう?」
王宮だけじゃなくて、色んなりょう主やかんり、ごう商の屋しきを見てきたからこそ思う。
ここは本当にりょう主の屋しきなのか?
平民であっても、ごう商の方が良いくらしなんじゃないか?
お金はあるはずなのに、なんで……
「アリスさんが保護してきた子? そんなに驚いたのか」
「そうみたいねぇ~」
「アリスさん、視察から帰ったばかりで疲れてるだろ? 俺が面倒見とこうか?」
「いいの!? ありがとう、フィル君! あ、その子、オノマ君っていうから! じゃあ、宜しくね!」
まさか、この豊かなりょうちで財政なん!?
いや、今年はきょう作の場所なんてなかったはずだ。内そうも最近変えたわけじゃなさそうだし。
でも、お金を持ってるなんて、これを見たら考えられないな……
「えっと…… オノマ? そろそろ戻って来い」
もしかして、とんでもない変人なのか?
かれについて、少し調べてから暗殺した方がいいかもしれない。
これがワナのかのうせいも捨てきれないし。
「オノマ!」
「わっ!?」
なにごと!?
「オノマ、であってるよな? 俺はフィル。十五歳だ。ここに住まわせてもらってる。要するにお前の先輩だな! 宜しく!」
「よ、よろしく、おねがい、します」
フィルさん、ね。びっくりした……
赤色っぽい、つんつんしたかみに、つり目がちの炎のようなひとみ。信念とか情熱とかを大事にしそうな人だ。
見た目ではんだんするのはよくないけど。
あと、体ががっしりしている。せもそこそこ高い。正直、十五才には見えない。ぼくとならんだら親子に見えるかも。ぼくはせが低いし、おさなく見える顔だからね。自分で言ってて悲しくなってきた……
と、かんさつしていたら、いきなり手をつかまれた。そのまま引っ張られる。
なんなんだ、この人! っていうか、力強いな! ぼくだってきたえてるのに! 体格か! 体格なのか!?
「まずは風呂だ。で、綺麗になったらご当主に挨拶。ご当主っていうのは、この屋敷に住んでるアルノー様のことだ。アリスさんに聞いたと思うが、ミュルゲの領主様だ。まあ、普通に領主様とかアルノー様とかで良いと思うぜ。アリスさんはアル君なんて呼んでるけどな。あそこは特別なんだ。挨拶した後は、お前に割り当てられる部屋に行く。多分、二階。荷物はなさそうだから、部屋に寄らずに皆に埃拶しても良さそうだな。うん、そうするか。いや、仕事中だから、やっぱり晩飯の後がいいか。それまで部屋でここでのルールを教えてやる。俺は今日の仕事を終わらせたからな。晩飯を食ったら皆に挨拶して就寝だ。分かったな?」
……ごめんなさい、わからないです。
すごい量をすごい速さでまくし立てられた。聞き取れたのは「りょう主」「あいさつ」「晩飯」「分かったな?」だけだ。何を話してたの?
「えっと……」
「フィル、そんな風に言われても分かるわけないよ」
後ろ、というより上から声をかけられる。
はちみつ色のかみに、切れ長でサファイアのようなひとみ。きれいな顔立ちだ。ぼくと同じかみの色だね。平民にしてはめずらしい。いないってわけじゃないけど。
どこかで見たような…… 気のせいか。線が細いから、かんりと被ったのかもしれない。
「僕はカイ。フィルとは、まあ、相棒みたいなものだよ。君は?」
「オレ、オノマ! まだ十才じゃないよ!」
「オノマ君、ね。宜しく」
そう言って、フワッとわらう。気品のあるえがおだ。社交界のマダムたちがとりこになりそうな……
ん? 気品? なんで?
「フィル、ゆっくり説明してあげて」
……かんちがいか。ここにいる人たちは大半が元ひん民。
気品なんてあるわけない。
でも、何かひっかかるなぁ……
「ごめんな、オノマ。考え事をしながら話すと、つい速くなっちまうんだ」
とりあえず、説明をきかないと。
そう言うと、フィルさんは、今度はゆっくり説明してくれた。
①おふろに入る。
②りょう主にあいさつ。部屋をわり当てられる。
③部屋でここのルールについての説明。
④夕食をみんなで食べる。
⑤先ぱいたちにあいさつ。
⑥ねる。
「分かった! あっ、分かりました!」
「分かった、でいい。てわけで、まずは風呂だな」
「じゃ、僕はここで失礼するよ。まだ仕事の途中だからね。後でね、オノマ君」
「うん! ありがとう! カイ兄ちゃん!」
カイさんは、にこにこと手をふりながら歩いて行った。僕も手をふり返す。
にしても、ふろ、か……
平民をふろに入れようなんて、ますますかれがわからない。まあ、わかる必要はないし、わかりたいとも思ってないけど。変に情がうつったらやりにくいもんね。
ここが階段、ここが食堂、なんて、屋しきの説明をうけながら歩いていたら、いつの間にかおふろ場に着いてたんだけど……。
「ここが風呂だ」
あー、うん。ここも節約されてる。
木でできた床に木でできた湯船やおけ……じゃないな、あれ。べつのものを代用してるのか。そこってけちるとこなの?
あの黄色いのは…… なんだろう?
「とりあえず、埃とか砂とか出てきそうだから、今回は流すだけにしておけ」
まあ、湯船に入れるわけがない。
「はーい! おふろなんて初めてだから楽しみ!」
もちろん、ウソだけど。
今のぼくは、平民出身の“オノマ”だからね。
ざんねんだけど、水浴びしかしたことがなくて、おふろは初めてなんだ。わー、楽しみ。
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フィルのアルノーの呼び方を「アルノー様」から「ご当主」に変えました。