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カオスヒューマノイド  作者: 大南極ちわわ
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魔界統一戦争編 プロローグ

「暑い…。」


 一学期の学期末試験を終え短縮授業が続く日々。終業式まであと二日。母校までの長い長い坂道を初夏の日差しに照りつけられながら歩く。


 七月も半ばに差し掛かるとセミの鳴き声が忙しく木々から響き渡る。学生達は額に汗粒を覗かせながらも学舎へと進む。そんな中一際汗を流し眉間にしわを寄せて夏の暑さを恨めしく歩く少年がいた。


 ショルダータイプの学生鞄いっぱいに部活用具をつめ込みすぎてスペースが無くなり、仕方なく入りきらなかった白衣を来て歩く。色白に碧眼と涼しそうな見た目だが外観から暑苦しい。


「おはよう。どうしたよこんな暑いのに白衣着てさ。あれ?白衣買い換えたのか?」


 白衣を着てへろへろになりながら歩く少年は氷室ルキア。イタリア人の母と日本人の父を持つハーフ。地中海原産と言わんばかりのイタリア人譲りの白肌に、典型的日本人の黒髪という完全に分離した見た目をしている。そしてルキアの後ろから小走りでやってきた少年は一条焔(いちじょうほむら)。赤茶色に染まったやや長めの頭髪だがその先端数センチは黒髪と元の髪の色が曖昧な外見をしている。


「暑い…。前の白衣はこの前引っ掛けて破いてしまったんだよ。自分で繕おうと思ったんだが親父にみっともないって言われて新調したんだ。けど鞄に夏休み中に使いたい道具を詰めすぎて白衣が入りきらなかったってわけだよ。」


 ルキアは美術部に所属しており、彼の部の方針でエプロンではなく医者が着用するような白衣が指定のユニフォームになっている。


「お前の親父さんめちゃくちゃ体面とか気にするもんな!それとお前聖のやつにこの本渡されなかった?」


 焔が取り出したのはA6サイズ程の深い紺色をした皮素材でできた表紙の本だった。


「何だそれ?小説っていうとなんだか高級感のある本だが手帳か何かか?」


「なんだかうちの学校の図書館にあったらしいんだけどな、あいつ機械いじったりパソコンのプログラミングのしすぎで頭がおかしくなったのか急にオカルトめいた本を読み始めたんだよ。それでついでかわかんねぇけど巻き込まれた。」


 少しページを開いてみると小説のような縦書きではなくむしろ辞書のように横書きの読みづらい細かい文字が羅列していた。


「焔って小説とか読んでたか?しかもこんな目の痛くなるような小難しい本を。」


「ジュブナイル小説とか推理小説とか純文学とか国語の授業以外でよんだことない!読書感想文ですらすげぇマイナーな文庫化もしてるマンガから内容引っ張り出してきたもんよ。けど理由は分からねぇけど変に引き込まれる内容なんだよ…。」


 パラパラとめくる様子を見ていると所々に挿し絵があり、その本の物語に関わりのあるものなのか地図や異形の生物の絵が挿入されていた。少し不気味な雰囲気ではあるが洋画にありそうなジャンルだと認識できた。


「話してたら目の前に聖いるじゃん。走って声かけようぜ!」


「おい、俺かばん重たいからそんな走れないって!」


 ルキアと違って軽装の焔はその本を勧めた張本人である水無聖(みずなしひじり)を発見すると駆け足で近寄って行った。


「よぉ!あれ?お前歩きながら読んでんじゃん。そんなにはまったのかよそれ。」


「おはよう焔。はまったというかこの自分が理解できないような難しさなんだ。知ろうとすればするほど深みに引きずりこまれるというか何か拒まれているかと思えば手招きされているような…恐ろしい…。」


 ぼさぼさの茶褐色の頭にだらしなく下がった眼鏡。それとやや寝不足を疑うような充血した目。聖は学内トップのカ学業成績を修めており、人工知能を独自で研究したりアプリケーションを開発して資金稼ぎをしている程の頭でっかちである。そんな現実思考の聖が何ゆえスピリチュアルな本にとり憑かれているのか焔にも分からなかった。


 少し遅れてルキアも二人に追い付いた。


「はぁ…先に行くなよ焔…。」


「ルキアもいたのね。おはよう。」


 その奇怪な本の話で盛り上がっていた最中校門前へと到着した。三人は同じクラスで下駄箱から上靴に履き替えて二階の教室に向かった。教室には半数にも満たないが生徒が既に談笑していたりクラス委員の女子学生が黒板に日付を書いていたり思い思いに時間を潰していた。


 焔が机に鞄を置くとルキアと聖のもとへやってきた。


「今日も午前で終わるし放課後ショッピングモール寄って飯食って帰ろうぜ。あとあそこのゲームセンターで面白い筐体があるんだよ。行こうぜ!」


「俺は少し部室に寄ってからになるから先に二人で行っててくれよ。顧問に話があるから後で合流する。」


「分かった。聖はいいよな?」


 聖はあくびをしながら適当に返事をする。焔は嬉しそうに自分の机に戻って行った。


 一限目から通知表が手渡されたり夏休みの注意事項のホームルームなど一通りのことをやって、夏休みの課題などを受け取ってその日のカリキュラムは終了した。


 部活に向かう生徒や遊びの予定を話あうグループもいればそそくさと学校から帰る生徒もいる。ルキアは向かいの校舎にある美術室へ足を運んだ。

 

 美術準備室の真横に図書室があり、顧問や他の部員達が集まるまでデッサンに用いる本を探しに図書室へ入った。試験期間中利用者が少なかったのか埃っぽく、実際窓から差し込む日差しが舞っている埃を映し出していた。


 図書室のカウンター横に並べられた返却された本の中に見覚えのある背表紙を見つけた。ルキアは分厚い植物図鑑とスポーツの専門書に挟まれていた小さな本を抜き出した。


 その本は今朝焔が手にしていたあの皮素材の本だった。


 よく見てみると背表紙下に貼られている学校図書の番号タグがこの本にだけ貼られていない。種別毎に整理がしやすくなるように番号分けされたラベルタグが他のどの本にも添付されているのだが、まだ新しい文庫なのかまだ無かった。


 今朝は内容に触れるまで読んでいなかったが少し時間に余裕があったのでルキアはインデックスから少し触れてみることにした。


「思ったより文字が小さいな…。」


 序幕にはこう綴られていた。


「世界はいくつかに別れていた。天に住む者。地に堕ちた者。そして他の干渉を遮る者。それぞれが住まう世界がある。上は四人。下は七人。それぞれ世を執り纏める存在がいる。下の七人は主張が反発し合い未だ一つになれずにいた。」


「何だこれ…謎かけみたいな始り方だな…。」


 始めから訝しいような触れ込みだったが少しずつその内容に引き込まれていった。


「七人を監視する傍観者は干渉を遮る世界から異端者として七人の頂点に立つ存在を擁立しようと目論んだ。しかし脆弱な異端者は傍観者が何人召喚しようが次々に殺害されていった。異端者には統一するに足りる十分な力がなかったのだ。」


 まるで中世に書き記されたような内容だった。しかし近代的文学の発想でもありその二律背反した物語がルキアを引き込んだ。


 時間が止まったかのように次々とページを開いていく。


「おっ…と。」


 ルキアが夢中になっていると図書室の入り口を明けっぱなしにしていたこともあり風が吹き込んできた。ページが一気にめくり上がりルキアは我に返った。顔を上にあげて深呼吸するとページをペラペラとめくり裏表紙裏に何か彫刻刀で刻まれたような加工の文字が綴られていた。


 ルキアはネタバレではなく作者の名前や本の製版年などが記されていると思い覗きこんだ。


 外国人の名前がずらりと彫られていたが終わり頃に翻訳者の名前だろうか一部日本名も存在した。そして最後の名前に…。


 水無聖、一条焔。


「何だよこれ…。」


 暑い空調も利いていない夏の一室でルキアは鳥肌に包まれた。制作に関わった人間の名前であろうリストに幼少の頃から共にいた親友の名前が刻まれていた。


 「いたずらにしてはあの二人手が込んでるじゃないか…。」


 しかし先に彫られた外国人の名前と字体が同じである。美術に精通している訳でもないあの二人が同じ字体を真似て皮生地に彫り込むのは冷静に考えると難しいだろう。それは美術部員のルキアにはすぐに理解できた。その事実を問うためにルキアはその本をかばんに入れて美術室に戻った。


 顧問の教員に夏休みに挑戦したいことやそれにかかる費用などの相談も終えルキアはやや早足で学校を後にした。


 行き道は上り坂だが帰りはその逆に下り坂。ルキアはいつもより早く普段あまり使わない近道を通った。住宅街から少し離れ田畑の続く一本道。稲穂が成長の階段を登る過程の途中。その田舎道をひたすら早足で歩いた。


 途中思い出すと変な寒気と鳥肌を感じたのでもう一度かばんから件の本を取り出した。貸し出し申請も提出せずとにかく急いで持ってきたのだ。一瞬のめり込んだとはいえやはり不気味だ。改めて裏表紙裏を確認したがやはり夢ではなく彼らの名前が刻まれていた。


「何なんだ…何でこんなに心が乱されるんだよ。」


 普段から絵画や造形を嗜む落ち着いたルキアではあったが無性に不安感に駆られた。


 遠目にショッピングモールが見え始めて田んぼ道も終わりを告げようとしていた最中だった。


「何だ!!?」


 突如ルキアの背後から強い風が吹き付けた。


砂埃が舞いルキアは右手に本を握りしめた状態で腕で顔を覆った。そして数秒しても止まない突風がどう吹きすさんでいるのか確認すべく後ろを振り返った。


「何っ!?うわぁ…!」


 さらに突風は強く体重50キロ台のルキアの体を浮かせ、そのまま仰向けに倒れるように飛ばされた。


「ーーえっ…。」


 咄嗟に後頭部をおさえて倒れる衝撃を緩和しようとしたが目の前は真っ暗になり何も無い空間のような場所に存在していた。感覚的には仰向けに倒れる様に落下している感覚が持続しているが、落下している時の浮遊感が無い。無重力というにはあまりに違和感があり、明確に落ちているのではないかという自覚もある。


「何だこれは…どうなって…。うっ…。」


 事態の理解が追いつかないまま何もない落ちっぱなしの真っ暗な周囲をじたばたと見渡すが次第に意識が遠退いた。


 ルキアが飛ばされた地点には一冊の小さな本が落ちている。そこにルキアの姿は無くただ本だけが裏表紙裏のページを開いたまま落ちていた。


 そしてその刻まれた名前の一条焔のすぐ真後ろに「氷室ルキア」の名前が刻まれていた。

 


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