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【銀文字の書】 幸運のつかまえかた

作者: 杜野 玖真

 ある日のことです。

 一人の旅人が突然降り始めた雨に、大慌てで山すそにある大きな岩の下に駆け込みました。

 男は荷物から布を出してしきりと濡れた身体をぬぐっていましたが、ふと、その岩陰には先客がいることに気がつきました。

 元は白かったと思われる薄く土ぼこりに汚れた長衣をまとい、深く頭巾を下ろしています。

 その端からは綺麗な金の髪が一房垂れておりました。


「やあ、おじゃましますよ。」

 旅人は挨拶をしましたが、相手はおびえたようにおどおどと黙って頭を下げただけでした。

 あちらこちらへ長く旅をしていると、いろんな事情を持つ人に出会うものです。

 男はそんな相手の様子に、あまり気にしないことにしました。

 雨はどんどん強くなる気配がしていました。

 岩陰の野営地は色々な人が利用しているのか、乾いた薪や粗朶そだが岩の隙間にしまわれていました。

 旅人はこれはありがたい、と以前の利用者が使った焚き火跡に火をつけて身体を乾かすことにしました。


 白い長衣の旅人にも火のそばに寄るよう勧めましたが、やはりおびえたように頭を下げます。

 男は苦笑し、自分はある村から街へ行くただの旅人だ、なにもしやしませんよ、と告げました。

「旅は道連れ、といいますし、ここであったも何かの縁。

 この雨が止むまではのんびり休みましょう。」

「あなたは、私を捕まえに来たのではないのか。」

 初めて白服の旅人が口を利きました。

 やはりおどおどとした口調ですが、若くも聞こえながらも落ち着いた老成した声でもありました。

 男はしきりとかぶりを振り、

「いやいや、私は本当にただの通りすがりの旅人です。

 なぜ見ず知らずのあなたをつかまえなきゃいけないんで?」


 すると白長衣の旅人は深くかぶっていた頭巾を肩に落としました。

 やはり声のとおり、若くも見えながら年降りたような穏やかな顔立ちの人物でした。

 ですが―――。


 その人の頭は前髪だけがかろうじて一房残り、ほかの頭髪は乱雑にむしられたかのよう。

 ところどころは地肌が丸くはげているという、見るも無残な様子です。

 元は残っている一房のように、豊かで美しい髪をしていたことでしょうが、その面影すらありませんでした。

 男はあまりの痛々しさに顔をしかめてうめきました。

「なんと言う目に遭いなさったか。むごいことを・・・。」

「皆は私を幸運の神と呼びます。誰もが私を見かけると、髪をつかんでひきとめるのです。

 引き止めるならまだしも、勢い余って髪を引き抜く人間が後を絶ちません。

 そんなことをしなくても、私の服の裾でもつかんで声を掛けてくれたらいいのに・・・。」

 そういうとさめざめと泣き始めました。


 幸運の神のあまりに気の毒なようすに、男はどう声を掛けていいのかわかりませんでした。

 そもそも神様にあったことなんて初めてです。

 どうすればいいのかわかりませんでしたが、自分ができる精一杯のもてなしをしようと思いました。

「まぁまぁ、神様も苦労が多いのはそのお姿からよくわかります。

 ぼくは神様にひどいことをしなくても、十分に幸運を得ていると思います。

 なので今日は心穏やかにお休みください。」

 そういうと、小さな鍋を雨がしのつく岩場に置いて雨水を受けます。

 水が溜まると焚き火の上にかけて湯を沸かしました。

 町へ運ぶ荷の中から、村で作った最高の出来の茶葉を出して沸いた湯に振り入れると、大変よい香りが岩陰に立ち込めました。

 旅のときいつも背負いかばんにぶら下げている、木をくりぬいた杯に注いで幸運の神様にお出ししました。

 幸運の神はゆっくりゆっくりおいしい茶を飲み、ようやく穏やかに微笑んだのでした。


 雨はまだまだ降る様子でした。

 男と神様は夕飯にパンとチーズを分け合って食べ、お互い差しさわりのない話をして楽しく過ごした後、眠りにつきました。


 次の日、雨はすっかり止み、とてもいい天気となりました。

 幸運の神様は男のもてなしに礼を伝え、あなたに長く幸運が訪れるように、と祝福してくれました。

 そして頭巾を深くかぶって、道のない野原のほうへと歩いて去っていきました。


 旅人も岩陰の野営地を片付けて出立の用意をしていると、荷馬車を何台も引き連れた大きな隊商が通りがかりました。

 隊商の長らしい男が、どこまで行くのか、と旅人に声をかけました。

 男が行き先の町の名を告げると、乗って行けと誘われました。

 この隊商は、その町の一番大きな商家のものでした。

 ありがたく便乗させてもらい、自分が思うより早く町へ着くことができました。


 商隊長は雑談から誠実そうな旅人のことが気に入って、自分の主人である大商人に紹介をしてやりました。

 事実、旅人の持ってきた茶葉は、彼らが商ってきた中で最高の質の品物でした。

 こうして旅人は街の大商人と取引先ができ、彼はのちに村長むらおさとなりました。

 その後、村はよい茶葉を作り続け、大変栄えていったということでした。


 この話をするとき、村長はいつも言います。

「幸運をつかみたいときは、決して神様の髪の毛を引っつかむなんて失礼なことをしてはいけないよ。

 いっときの幸運は得られるかもしれないが、やはり誠実な態度でお願いしてお引止めするのが一番長く続く物だよ。」

 幸運の神様は遠い空の下、風が運ぶ彼の言葉を聞き、静かに微笑まれるのでした。 


 その後、幸運の神様の髪の毛はどうなったかって?

 私たち人間が失礼なことをしてなければ、元の美しい髪を取り戻されていることでしょう。

 きっとそうに違いありません。


-fin-


2016.9.11



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― 新着の感想 ―
[一言] むかーし読んだオリンピックの会場に現れた幸運の神さまの お話を久しぶりに思い出しました。 誰にも見えてないはずなのに見えちゃったので後を付けて 行ったらアチコチで前髪を触らせていたという、…
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