後編
ディウスの部屋に新たな訪問者が来ます。誰でしょう。
「だから馬鹿だって言われるってわからないの?」
「ヒッ!」
甲高い少年の声にガルシアが飛び上がる。
「リズ。お久しぶりですね」
ディウスは懐かしい顔に微笑み、立ち上がって声をかけると、短い栗色の髪をしてメガネをかけた少年の姿をした天使は弾けるような笑顔で駆け寄ってきた。
窓から差し込む夕日を受けて、ループタイを止めている青い石が光る。
「ディウス〜!元気だった?うちはね、超元気!この馬鹿が馬鹿しなければもっと元気なんだけど」
「この馬鹿」という言葉から声を低くしてじとりとガルシアを眺める。
リズは天界にいた時からディウスを慕っていた。
それは彼が魔界に堕ちた今でも健在らしい。
「ほら、ほらまた馬鹿って言った!」
「お前のやったことでうちの部署がどれだけ大変なことになったか…まさか知らないとは言わせないよ」
じと、と再び眺め、リズはディウスに隠れて、ガルシアに向けて舌を出す。
ガルシアは返す言葉がないらしく、悔しそうに拳を握って歯ぎしりをしている。
「リズ、どうしてここに?」
そんな2人の間に入ってまぁまあとなだめる。
「うちだけじゃないよ。シャミィも一緒」
ディウスの腰のあたりまでの身長しかない彼は、笑って自分が入ってきたドアを指差した。
「堕天なさるならどうぞ、なさってください。ほら今すぐ。そうしたらすぐに私がこの刀で一思いに消し去って差し上げます」
リズが示した方向には白のパンツスーツ姿の女性天使が脇差を持って立っていた。
長身の天使はスラリと刀を抜き、切っ先をガルシアに向けた。
サラサラとまとめられた長い藍色の髪が動作に揺れ、夕日を受けて輝く。
「堕天すれば天界に二度と入れませんよ。私が作り、監視している規範を破ってばかりのあなたがいなくなるのは正直嬉しいですが、ララはどう思うでしょうね…?」
ララはシャミィの大切な友人で、天界でガルシアの補佐をする天使だ。
「や、やだなシャミィったら。堕天なんて冗談、冗談じゃないの〜本気にしないでくれよ〜」
慌てて取り繕うガルシアにシャミィは表情を変えない。
「ララを悲しませるような冗談はやめてください。ただでさえ今もあなたの代わりに忙しくしているというのに…あなたは…!」
さらに刃先を近づけて言う。
「わかった、もう言わないから、俺に刀をむけるのをやめてくれ!」
悲鳴のように叫ぶとようやく刀を鞘に収めた。
剣の腕は天界一といわれるシャミィである。
規範に厳しい彼女は、違反したものをためらいなく消滅させることで有名だ。
命が助かり、胸をなでおろすガルシアをみて、「命拾いしたな」とリズが笑う。
そんなリズをたしなめ、女性天使に言葉をかける。
「シャミィ、相変わらず美しいですね」
「あなたに言われても嫌味にしか感じないのですが、とりあえず礼は言っておきましょう」
美形の魔王に褒められ、少し頬を染めた彼女は照れくさそうな顔をして礼を言った。
「…シャミィ、俺の時と態度違くない?」
自分の時は「俗な言葉は嫌いだ」と一蹴したのに、ディウスには女の子のような態度である。
いや、女の子なのだが、見た目ではディウスもガルシアも、タイプは違うが美形の類であるのを自覚しているガルシアには納得いかないようだ。
「ご自身の普段の行いを振り返ってみたらわかることでしょう?」
ふん、とシャミィはガルシアには冷たく言ってそっぽを向く。
「それで、ここへは何の用で?」
「はい、ガルシアを迎えにきました」
ご迷惑おかけしています、と言ってガルシアの方を向いた。
「俺は帰らないぞ!リズは馬鹿って言うし、シャミィは冷たいし、やだ!」
シャミィの言葉にずっとここにいる、とソファにしがみつく。
冗談でも居座るだなんてやめてほしい。天使…しかも最高位の熾天使がいると悪魔たちが相談に来づらくなる。
「リズやシャミィはガルシアのことが嫌いなんですか?」
「何で?」
「嫌いだったら迎えになんて来ないで放置しますが?」
ディウスの問いに二人はキョトンとして首を傾げた。
「え…俺、嫌われてないの?」
その二人の答えにガルシアは予想外というように頬に手を当てている。
「ではなぜリズはガルシアに悪口を言うのですか?」
「だって馬鹿なことばかりするんだもん」
「でも馬鹿と言われるとガルシアは傷つくと言っています。リズも馬鹿って言われるのは嫌でしょう?」
「うーん…」
ディウスの言葉にリズは考え込む。
「嫌だ」
「ね。自分が言われたりされて嫌なことは、他人にもしないように気をつけましょう」
「わかった。気をつける」
リズはガルシアの方を向いて頷いた。
これでガルシアが堕天し、天界に戻らない理由はなくなったはずだ。
「まぁ、査問委員会が開かれますので、紐でくくってでも連れて行きます。ご心配なく」
ディウスの心配を悟ったのか、シャミィが懐から麻縄を出して微笑んだ。
「御子が詳しく話を聞きたいんだってさ」
自分にくっついたままのリズにテーブルの上にあったお菓子を勧める。
彼はガルシアの正面のソファに座り、菓子鉢の中からラムネ菓子を選ぶと包み紙を開き、口に放り込んだ。
「立会人の件ですか?」
自らの野心のために人間界に禁忌である天界の知識を持ち込み、混沌とさせた天使を処断するときに立ち会ったのは自分だ。
天使の処遇は、本来天界で決めるものだが、ことの重大さと緊急性を考慮して、ガルシアが独断で天使を消滅させたのだ。
「それもあるけど、本題は別みたいだよ。御子に聞いてみないとわからないけど」
リズは短パンから覗く白い足をぶらぶらさせながら言った。
「なので、彼を連れてすぐにでも天界に帰らないといけないんです」
リズの言葉を引き継ぎ、シャミィが言った。彼女にもお菓子をすすめたが、やんわりと断られた。
「なんだシャミィ、ダイエットしてるのか?」
ガルシアの能天気なセクハラまがいの問いに、シャミィの目がつり上がった。
せっかくうまくまとまりかけたのにぶち壊しである。
「違います」
シャミィは素早く刀を抜き、ガルシアに突きつける。
「そういうデリカシーないところがディウスと大違いだよね」
リズはため息を吐き、だからシャミィは冷たい態度をとるのだと呟き、今度はクッキーに手を伸ばす。
「悪かった!だから刀をしまってくれ」
白刃取り状態でソファに押し倒されているガルシアはシャミィに懇願する。
「天界に、戻りますね?」
「はい、戻ります戻ります!戻りますったら!」
やけくそのようにガルシアはソファからたちあがった。シャミィはその様子を見てようやく刀を鞘にしまった。
「じゃあ帰りましょう。今すぐ」
「はい…」
何となくガルシアが憐れに見えるが、ここは笑顔で見送ろう。
「では、お邪魔しました」
「はい」
シャミィは窓枠に足をかけ、純白の翼を広げて一気に外へ飛び上がった。
「また来るね!」
「いつでもどうぞ」
名残惜しそうにディウスの手を握るリズに、残っていたお菓子を袋に詰めて渡す。
「俺もまた来るね!」
「ちょっと、うちの真似するのやめてよ」
不愉快だとリズは眉間にしわを寄せ、だが満面の笑みでお菓子の包みを受け取るとディウスに手を振り、鷹のような茶色の羽を広げて飛び去った。
「ガルシアは仕事をちゃんとしたら来ても良いですよ」
「そうきたかー」
ディウスの言葉にとほほと笑って、彼もまたエメラルドグリーンの翼を広げて飛び去っていった。
窓から三体の天使を見送り、ディウスは息を吐いた。
床にたくさんのガルシアの羽が散らばっている。
その一つをひろうと呟いた。
「ご利益ある羽として売れるでしょうか…」
浮かんだ考えをくだらないなと一笑し、指を鳴らして全ての羽を燃やし、消し去る。
そして自分も、妻の作る夕食のメニューがポトフで、正解なのか確認するために部屋を後にした。
誤解?も解けて良かった…かな?
ディウスは既婚者で人間の妻がいます。
モデルが人に恋した悪魔アスモデウスなので、そうしました。