プロローグ
世界には科学で証明できない現象が、いくつもある。神の御業であると思われることさえある。
そんな中、本当に神によって与えられたかのような異能を持った人間や他の動物がいる。普通なら見えないものが見えてしまう能力もあれば、瞬間移動や透明化のような能力を持つ者もいる。しかしその能力は必ずしも当人を幸せにはしなかった。
その能力が認められ、ある国のトップまで登りつめた人間もいれば、また畏怖の対象とされ人間社会から隔離されて一生を過ごした者もいた。また、スポーツ界で名を轟かせた選手もいれば、犯罪者として死刑判決を受けた者もいる。
怪奇現象の類は、そのような異能者の能力によるものか、また、本当に怪奇現象が起きている(いや、異能者によるものも怪奇現象ではあるが)、かのどちらかである。と、いうのは、他の動物が起こす場合もあるが、魔獣や魔物、妖怪といった類のものが怪奇現象を起こす場合のほうがその割合の半分以上を占めているのだ。
そのような魔獣や魔物というものは、異能者、異能を持った生物にしか感知できない。普通の人間から見れば、ポルターガイストのように見えてしまう。
魔獣や魔物を利用して悪事を働く異能者もいれば、人間社会に害を及ぼす怪奇現象を解決しようとする異能者もいる。しかしどちらにせよ、異能者はあくまで「異」能者だ。
これはそんな異能者の宿命を背負った少年少女、そして大人たちの、戦いだ。
深夜、高層ビルの立ち並ぶ都市の中を飛ぶ影が三つ。いや、正確には飛ぶ丸い影が一つに、それを追いかけて跳ぶ影が二つ。
「亜嵐、そっち行ったぞ!」
「あいよ!」
亜嵐と呼ばれた影が、丸い影に向けて弓を引き絞った。放った矢はわずかに的の右を通って当たらない。
「馬鹿!」
もう一つの影が槍を出して手に持ち、追いかけるスピードを上げた。
「悪い!朔、狙える?」
亜嵐は追いかけるスピードを緩めて、耳につけた通信機に話しかけた。
『当然』
『こっちは準備万端だぜ』
通信機のイヤホンからは、別の二つの声が流れた。
亜嵐は後ろを少し確認し、少し頷いた。
「陽!離れて!」
「オッケー!」
陽は追いかける足を止めて、槍を投げる体制を取った。瞬間、丸い影の動きが止まり、その影の真ん中へ向けて、その槍を放り投げた。丸い影に槍が突き刺さるや否や、それは呻く様子もなく静かに姿を消した。
「外すなよ!」
「いや、暗くてよく見えなかったんだよ」
「うるさい、今何時だと思ってんだ」
「帰ろうぜ」
先ほど通信機で話していた二人のもとへ合流してすぐ、陽は、亜嵐に向けて叫んだ。そこはビルの屋上で、ライフルがセットしてあった。
ため息を吐きながら朔がそれに触れると、その銃は姿を消した。亜嵐と陽の様子を見ているもう一人は、ただただ笑っている。
「響紀も笑ってないで止めろよ」
「いやまぁいつも通りだからいいかなって」
歩きながら五分経っても言い合いをしている亜嵐と陽に向けて朔はマグナムを向けた。
「それ撃った方うるさいから!やめて!」
陽も亜嵐も意識を朔のほうに向けて必死になって謝り続けた。
さらに歩いて十分と経たないうちに、四人は『ホーム』へとたどり着いた。そこは住宅街の中で営まれている喫茶店であった。
「帰ったぜー」
マスター、と叫ぶ陽にもう一回銃を向けようとする朔を、まぁまぁ、と響紀が抑えた。店の奥から、おかえり、と言う声が朔達に届いた。
これは、この喫茶店『アキヅキ』で毎晩のように見られる光景である。