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青と赤の炎 -戦え!シルバーマン-  作者: 水里勝雪
第3章 激闘編
9/18

鍬形怪獣セリオ(前編)

「こんなクラブでサッカーなんか出来るか!」

 俊哉は息巻いていた。


 冬の太陽は軌道が低い、そのせいか三階建ての校舎の影で校庭の半分以上が暗闇に包まれている。

 そんな暗い場所を嫌がり、光を求めるかのようにサッカー部の生徒達は陽の当たる所に集まり、ある生徒は白い息を吐きながらグランドを走り、またある生徒は黙々とドリブル練習でボールを追っている。


 普通のどこでもありそうな中学校の放課後の風景、その片隅、校舎の影に包まれた場所で、周りとは少しだけ違う雰囲気の空間があった。


 その場所には、サッカー部のキャプテンである剛と、部員である俊哉とが鋭い目つきでにらみ合っている。

 二人の周りには数人の仲間が心配そうにその動向を見守っている。

 寒さとは違うピンと張った空気の中、マネージャーの香帆もどう二人に声をかけて良いかわからない様子で両者の様子を交互に見比べていた。


「何、勝手なことを言ってるんだ」

 剛は冷静さを保とうとして少し小声で喋った。


「俺は決めたんだ、放っておいてくれ」

 俊哉は相変わらず息巻いている。


「なんて自分勝手な言い分なんだ」

 剛の語気が強まった。


「俺は辞める、誰に何を言われようと」

「そんなことキャプテンの俺が許さない」


「キャプテンって言うなら、昨日試合で一点でも取ってみろよ!」

 俊哉が剛よりさらに強い口調で応える。


「俊哉の言い分も一利あるな……」

 翔太が冷たい物言いでぼそっと呟いた。


 香帆は隣にいる翔太をキッと睨みつける。


「あれは、相手のディフェンダが俺のユニフォームを引っ張るから……」


「そんな言い訳どうでもいい、そもそもあんな下手くそなディフェンダを交わせないお前のレベルが低すぎるんだよ」

「何だと!」

 剛は言葉の勢いそのままに俊哉の胸倉を掴む。


「二人共止めてよ。いがみ合ってどうなるの」

 香帆が二人の間に割って入いる。

 剛が香帆をチラッと見た、その上で俊哉のユニフォームから手を放す。


「兎に角、俺はお前らのようなレベルの低い奴らとは一緒にやっていけない」

 俊哉が吐き捨てるように言う。


「俺のことはともかく、仲間の悪口を言うのは止めろ。それに俺はお前の退部を許さないからな。ちょっと自分の能力が高いからって、偉ぶってんじゃないぞ」

「そうよ、謝りなさいよ。サッカーはチームで戦うものよ。一人じゃなにもできないじゃないの」

 香帆が剛に加勢する。


「チェ、女に何が分かる」

 俊哉は香帆を一瞥しただけで再び剛を睨みつける。

 一触即発、まさにそんな言葉が当てはまる雰囲気の中、二人の同級生である泰人が申し訳なさそうに声を掛けた。


「キャプテン、先生が呼んでます、すぐ来いって」

 泰人の言葉に二人は目もくれない。


「兎に角、明日から俺は練習に参加しないから。先生にもそう言っといてくれ」

 そう言い残すと、俊哉はくるりっと背を向けてその場を立ち去った。


「待てよ」

 と、後を追おうとする剛の腕を翔太が掴んだ。


「ほっとけよ、あいつの言う通り、俺たちのレベルじゃ、小学生全国大会でMVPを取ったやつと一緒に試合なんかできないさ」

 無表情で冷たい言葉を投げかける翔太に少し剛はむっとして


「お前は相変わらず無責任だな」

 と言い放つ。


「何だと!」

 冷静だった翔太が少し口調を強めたが、


「まあいいや。どうせ俺はお前みたいに責任感の厚いリーダじゃないからな」

 そう言うと翔太も剛に背を向けた。

 そして俊哉の後を追う様にその場を離れた。


「どうすんだよ、来週の試合……」

「俊哉無しじゃあ勝てないよ……」

 周りで見ていた仲間たちが口々に不安を漏らし出す。


 不穏な空気が剛とその周りを包んでいく。


「あいつ抜きでも何とかなるさ。俺たちはチームで戦ってるんだ。みんなで頑張れば何とかなるさ」

 剛がその重い空気を払拭するように、明るく強い言葉で全員に向かって声を挙げた。


「そうよ、彼抜きでも頑張れば勝てるわよ」

 香帆も剛を後押しする。少しだけ周りの空気が緩み出した。

 周りの部員たちは少し戸惑った表情を浮かべていたが、


「そうだ、何とかなる」

 誰かが同調した。


「そうだ、そうだ」

 周りがどんどん同調しだした。


「さあ、練習再開だ!」

 剛の掛け声に「オー!」と威勢の良い声がグランドにこだまする。

 剛の周りの部員達は各自グランドに散っていく。


 剛の横を通り過ぎるチームメイトからは

「頑張ろうぜ!」

「キャプテン、期待してるぜ!」

 などと声が掛かる。剛は満面の笑みを浮かべながら仲間に頷いてみせた。


「あのぉ、キャプテン。先生が……」

 剛が振り向くと、そこには気弱そうな泰人がボールを持って佇んでいた。


   ×   ×   ×


 勇一が浜辺を歩く、いつものように。どこ行くあてもない、ただ波の音が聞きたいから。

 今日もいつもと同じ空の青と海の青。

 そして目の前の白い砂浜。いつもの風景、そしていつもの不安、そしていつもの「なぜ」の繰り返し。


 だが今日は、いつもと違う景色が見えた。


 少年がたった一人、砂浜でサッカーボールを無心で追っている。

 足元に転がるボールはすぐに止まって動かない。

 それを匠にリフティングし、そのあと素早く空中に蹴り出す。

 ボールは高く跳ね上がり再び少年の足元に落ちてくる。


 今度はそのボールを見えない幾人の敵から守るように、その周りをくるくると回り出した。


 制服から近くの中学生と直ぐにわかったが、その年齢に似合わない身のこなし、素人である勇一ですらその動きに見惚れてしまい、無意識のうちに両手を叩いて彼のプレーを賞賛していた。


 その拍手に少年はハッと驚いた表情になった。ボールを追っていて勇一の存在に気づいていなかったようだ。


「すごいね、君。サッカー上手だね」

 勇一の賛辞にムッとした顔で応える少年、勇一は何か悪いことを言ったのかと錯覚した。


「どうしてこんなところで練習してるの」

「砂浜だと、足腰が鍛えられるんだ。それにボールが大きく転がらないからひとりでも練習できる」


「友達と練習しないの」

 少年は勇一を鬱陶しそうに眺めながら、


「一人で練習してる方が、気が楽なんだ」

 相変わらずぶっきらぼうな返事に勇一も困惑し始めた。


「ごめんね、邪魔したね」

 勇一が少年の横を通過しようとした時、彼の足元に写真が落ちていることに気がついた。

 拾い上げる勇一、アイドルの写真かと思いきや、そこに写っていたのはなんとシルバーマンの姿であった。


「これ君の?」

 勇一が少年に写真を見せた。少年はポケットをまさぐる。

 そしてその物がないことに気がつくと勇一の方を向き直して小さく頷いた。


「ありがとう」

 と、言って彼は写真を受け取った。


「どうしてシルバーマンなの」

「一人で頑張ってるから」

「一人?」

 少年は写真をポケットに仕舞うと、


「たった一人で怪獣と戦ってる。傷ついても、傷ついても一人で戦ってる」

 勇一はそういう風にシルバーマンの事を見ている少年がいるのかと思った。

 だがその前に最初の言葉に引っかかりを覚えた。


「どうしてたった一人を強調するの」

 少年はボールを蹴り上げた、そして落ちてきたボールを両手で掴んだ。


「サッカーは一人じゃ勝てないんだ。俺がどんだけ頑張っても、みんながついて来なけりゃ勝てない。

 もう嫌になったんだ。だから一人がいい。シルバーマンはいつも一人で戦っている。だから憧れるんだ」


 少年の深く冷たい目が勇一を睨みつける。

 勇一は彼がなぜ孤独を自ら求めているのかが分からなかった。


「僕はこう思うんだ。本当は、シルバーマンは一人で戦いたいなんて思っていない。彼だって仲間が欲しい。でも自分と同じ能力を持っている人がいない以上、一人で戦うしかないんだって」

「だからシルバーマンは自分ひとりで戦うことを選んだ。彼はすごく偉いんだよ」


「選んだ?」

 勇一は「選んだ」という言葉に違和感を覚えた。


「多分、選んだとか偉いとかじゃなくって、その運命を受け入れた。諦めたと言ってもいいかもしれない」


「諦めた?」

 少年は訝しげに勇一を見下ろす。


「どうしてそんな風に言うんだ、シルバーマンがそんなこと思っているかどうか分からないじゃないか、本人でもないくせに」

 勇一はそれ以上何も言えなかった。


 今言ったことは真実なのだが、この少年に正体を明かす訳にはいかない。

 ただ少年にはわかって欲しかった。本当に諦めていることを。


「でも仲間が欲しいとは思っているはず、それに彼は自分の仲間を守りたいとも思っているはず」

 勇一の脳裏に比呂子の笑顔が浮かんだ。


「君の場合チームメイトがいるなら、その仲間と戦えばいいじゃないか」

「ダメなんだ!」

 少年は息巻いた。


「この前の試合でも、和義は何も考えずに俺にパスを回そうとしてインターセプトされた。

 巌なんて俺がパスしたことも気づかずボールを後ろに逃しやがった。

 あいつら全く当てにならない。何かあれば俺に頼ろうとする、だから相手のディフェンダも俺だけに注意すればいいから自分の周りに張り付いて身動きが取れないんだ」

 少年は悔しさなのか握りこぶしを強く握っている。


「でも、誰か君のことを助けようとした子はいなかったの」

 勇一もなんとか分かって欲しいと彼の言葉を否定する。本当の孤独はそんなものではないことを伝えたかった。


「さすがにキャプテンは囲まれた俺のそばに来てパスを受け取ってくれたけど、それも敵にあっさりボールを奪われやがった」

「でもキャプテンは精一杯君を助けに来たんじゃないの。それを否定するのはよくないな。シルバーマンなんか本当に誰も助けに来てくれないんだから」


「それはそうだけど……」

「例えば君が戦っている時にベンチでサポートしてくれる仲間もいるんだろう」

 少年は少し考えた。


「マネージャーは頑張ってサポートはしてくれるけど、それだけじゃ…… 泰人は真面目に交代準備していたけど、真面目だけじゃ試合に勝てないし……」

 少年が口ごもった。

 彼にとってはベンチにいる仲間もやはり頼りにならないと言いたげであった。


「君のその境遇を聞いたらシルバーマンは羨むと思うよ。

 だからそんな強がり言わないで仲間のもとに帰ったら。

 そうだ、君が仲間を守るんだよ、シルバーマンが仲間を守るように。

 君が本当にサッカー上手で、その力を発揮さえすればチームメイトを救うことができる。それが君の持つ特殊能力なんだから」


「特殊能力?」

 少年はその言葉を繰り返した。だが思い直したかのように首を左右に振り、


「兎に角、俺は一人がいい。放っておいてくれよ」

 少年は手に持っていたボールを放し、それを足の甲で思いっきり蹴り上げた。

 ボールは遥か遠くに飛んでいく。


「じゃあ、さよなら」

 少年はボールの落ちた方向へ走っていく。

 見送る勇一は自分の言葉を彼が受け入れなかったことに落胆した。


 彼には未だ戻るチームがあるはず。

 そして自分の能力を受け入れ、仲間を助ける、それは辛いことだが運命として受け入れる。


 ただなぜそんな辛いことを自分は少年に押し付けようとしたのか、なぜいつもと違ってあんな説教臭いことを言ったのか、ただ自分の悩みを共感したかっただけなのか。


 もう、少年は見えない距離まで走って行っている。

 残ったのは、いつもと同じ空の青と海の青。

 そして目の前の白い砂浜。そしていつもの不安、そしていつもの「なぜ」の繰り返し。


   ×   ×   ×


 スーパーのお菓子コーナー、真っ赤な下地にピンクの文字で「バレンタインデーフェアー」と書かれた大段幕の下、色とりどりの包装紙と、ピンクのリボンが巻かれた箱が、棚に所狭しと、大量に陳列されている。


 その棚には「愛する人からお世話になっているあの人まで、あなたの気持ちを伝えましょう」と売り手に都合の良いポスターが貼られている。


 華やかな箱の前には、少女からおばさん、主婦から学生まで、いろいろな女性たちがどの箱を選ぶのか、吟味に吟味を重ねて思案している。

 その中、比呂子も今日はその女性達の一人となって箱を選んでいた。


「えーっと、××先生と××先生はこの百円チョコで、生田先生だけはちょっと奮発してゴールデンチョコレートにして」

 棚からチョコレートを取り出し、無造作にスーパーの買い物かごに入れていく。


「兄さんはチョコ嫌いだからいつものお酒でいいとして……」

 比呂子の手が止まった。


「勇一さんはチョコ嫌いじゃないよね。食べてるとこ見たことないけど、甘いものは食べるもんね」

 比呂子の手が再び動き始める。しかしその手は当てもなく漂っていた。


「百円チョコじゃ愛想ないし。ゴールデンチョコ? なんか違う」

 比呂子は片っ端からいろんなチョコレートを手にとってみる。

 しかし今ひとつしっくりくるものがない。


「どうしよう、どれもイマイチ」

 そうやって比呂子が迷っていると、


「比呂子さんもチョコ探してるんですか」

 ハットして比呂子が振り返る、そこには和やかに微笑む女子中学生がいた。


「あ、香帆ちゃん」

 彼女は以前比呂子が働く病院に、中学校の職業体験授業で看護師体験をしに来た女の子であった。


「比呂子さんはどんなチョコ買ったんですか」

 香帆が比呂子のかごを覗き込んだ。


「全部義理チョコなんだけどね」

「え、本命いないんですか」

 比呂子が苦笑いを浮かべる。


「可愛い顔してきついこと言うよね、いないよ」

 そう言うと、今度は比呂子が香帆のかごを覗き込む。

 そこには「手作りチョコセット」と書かれた少し大きめの箱がある。


「そうか、香帆ちゃんには本命がいるんだ」

「え、あゝ。まぁ少し気になる子がいて……」

 香帆は少し顔を赤らめた。


「えー、いいな。誰々?」

「内緒です」

 香帆はくるりと比呂子に背を向けた。


「そうか、手作りチョコセットか。私も買って練習しようかな。本命が現れた時の練習に」

 その言葉に香帆は比呂子の方を向き直し、


「いいんじゃないですか。簡単みたいですよ」

 香帆が嬉しそうにかごから箱を取り出して比呂子に見せた。


「じゃあ買っていきますか」

 比呂子がはにかみながらそう言った。


   ×   ×   ×


 勇一が砂浜を眺めている。


 その彼の視線の先には一人の少年がサッカーボールを蹴り続けている。

 足を砂に取られながらも懸命にボールを追いかけて、その必死な姿が同時に彼の孤独を物語っている。


 なにせサッカーは十一人で行うスポーツなのだから。


「彼が俊哉君?」

 後ろで聞き覚えのある声が聞こえた。勇一が振り返るとそこに比呂子と中学校の制服を着た女の子が立っている。


「彼がチームメイトと喧嘩して、クラブを辞めるって言った子ね」

 比呂子は勇一の隣まで来て品定めするかのように俊哉を眺めた。


「俊哉君は去年の冬に別の中学校から転校してきたの。

 彼は昔、小学校の全国大会で賞をもらうほど将来を嘱望されていたみたい。


 でもお父さんがリストラにあったらしくって、お母さんの故郷だったこの町に越して来たみたいなの。

 最初はみんなとも仲良くやっていたんだけど、やっぱりこんな田舎の学校じゃねぇ、彼の通ってた有力候補を集めた街の私立中学校とはレベルが違いすぎるのよ。


 俊哉君から見れば練習そのものが不満で段々苛立つことも多くなってきたの」


 香帆も比呂子の横までやって来た。勇一はチラッと香帆を見たが、また直ぐに俊哉の方に目をやった。

 彼の姿に薄ら赤い炎が重なる。その炎の正体がさっき香帆のいったことにつながるのであろう。


「試合でも俊哉君中心の試合運びになるから、一人で敵陣から自陣まで走り回ることになるの。

 それに相手もそれがわかってるから、彼にマークがいっぱいついて自分のプレーが全然できないの。

 だから俊哉君、イライラしてキャプテンの剛ちゃんとぶつかってばかりいるの」


「剛ちゃん?」

 比呂子が誰? という感じで聞き返した。


「幼馴染なんです、キャプテンの剛ちゃんとは。

 剛ちゃんもチームのことを一番に考えて頑張ってるんだけど、俊哉君がいることで彼に頼ろうとする人が多くってチームがまとまらないっていつも嘆いてるんです」


 俊哉は相変わらずボールを追いかけている。

 ボールは砂が邪魔をして直ぐに止まってしまう。


 それでも彼はそのボールをリフティングし、更に大きく蹴り出す。

 そしてボールの方向へ走り出そうとしたが、砂に足を取られて手を突いてしまう。

 それでも俊哉は立ち上がり、再びボール目掛けて走り出す。


「でも辞めるって言ったのになんで練習してるんだろう」

 比呂子が不思議そうに言うと、


「サッカーが好きなんですよ、彼は」

 香帆がポツリと答えた。その言葉に今まで黙っていた勇一も口を開いた。


「人間は自分を高めたい欲求がある。でも皮肉なことに、高めれば高めるほど周りの人との差がどんどん広がって更に孤独になっていく。

 でも高めたい欲求は止められない。たとえ自分一人になっても」

 その言葉に比呂子は少し笑った。


「勇一さん、またそんな哲学っぽいこと言って」

 困ったねぇ、と言う顔で勇一を見る比呂子。

 勇一はその言葉に反応せず俊哉を見続けている。


「私達もいけないんです。周りの人も彼を頼りにし過ぎて自分たちを高めようとしない、私もマネージャーとしてそんな人を見てて少し苛立つことがあるんです。

 俊哉君に頼りっぱなしで、まるで人ごとのように試合に負けてもしょうがない、みたいに言う人たちに」


 香帆がため息を吐く。

 勇一はそんな香帆の方に目をやった。


 そう言えば俊哉もマネージャーが頑張ってサポートしていると言っていたことを思い出した。

 そう、彼女は精一杯頑張っている、だから頑張っていない周りに対しての失望感につながる。

 それが今のため息なのだろうと。


 そんな時、香帆の後ろに赤い炎が見えた。

 道の反対側、車の陰に隠れるように誰かがいる。

 しかし勇一の視線に気づいたのだろうか、炎は路地の方に逃げていった。


「どこ行くの」

 炎を追いかけようとした勇一に比呂子が声を掛けた。


「いや、なんでもない」


「勇一さんもどうしたら良いか相談に乗ってあげてよ」

「うん、そうだね」

 勇一は赤い炎が気になったが追いかけるのを断念した。

 恐らくもうすでに遠くに逃げている可能性があったからだ。


「ほんと、男ってよく分からない。何を意地張ってるんだろうね」

 比呂子がふてくされるように言うと、


「比呂子さん、そんなこと言ってたら本当に本命が現れないですよ」

 香帆が笑った。


   ×   ×   ×


「飲んだくれてんじゃねぇよ! 仕事しろよ!」

「うるさい、親に説教するつもりか! お前のような小生意気な奴は出て行け!」

「おう、出て行ってやるよ!」


 翔太はその言葉を吐き捨てると家の扉を力任せに閉じた。

 長屋のように小さな家が立ち並ぶ隣近所にその音が響き渡る。


 翔太が誰かの視線を感じたのは勢いで家を飛び出し、そのまま道路へ出た瞬間であった。

 視線を感じるその方向に目をやる、そこにはサッカーボールを抱えて立っている俊哉の姿があった。


「よ、天才! こんなところで何やってんだ?」

 翔太の問いかけに


「練習の帰りだ」

 と、相変わらずぶっきらぼうに俊哉が返える。


「お前、サッカー部辞めるんじゃなかったのかよ」

「サッカー部は辞めても、サッカーは止めない」

「ほう、さすが天才。一人でもサッカーやるって言うのかよ」

 俊哉は何も言わない。


「何黙ってんだよ、どうせ俺を見下げてんだろう。

 そうさ、今お前が見た通り、俺の親は飲んだくれで金もない、おまけに俺自身はお前と違ってサッカーの才能もない。

 俺なんてもう人生終わってんのと同じだよ、この先楽しいことなんかありやしない」


「俺の家にも金なんかないさ。それに街に帰れば俺みたいな選手は掃いて捨てるほどいる。お前と対して変わらない」


「じゃあなんで練習なんか」

「上手くなりたいから、単にそれだけ」

 俊哉は手に持っていたボールをじっと見つめる。

 翔太もボールを見つめた。同じボールを見つめる少年二人。


「サッカーの練習、一人でやってても面白くないだろう。しょうがないな、俺が相手してやるか」

 翔太の問いかけに俊哉は黙った。


「なんだ、やっぱり俺とはレベルが違いすぎて相手にならないとでも言いたいのかよ」

「いや、そうじゃなくて。お前がキャプテンから叱られやしないかって」

「なんで?」


「俺、キャプテンに悪態付いたから、あいつに嫌われてると思うから」

「大丈夫、俺は剛なんて相手にしてないから」

 翔太は少しだけ笑った。


 俊哉は頷くと、両手を上へ、それに伴ってボールがフワッと浮き上がったところをヘディングで翔太へ。

 翔太もボールを胸でトラップし、数回のリフティングの後、翔太へ返そうと軽くボールを蹴る、だが俊哉の方向から大きく逸れてしまった。


「ごめん、やっぱりダメだな」

「大丈夫、大丈夫、今のリフティング、なかなか良かったよ」

 そう言いながら俊哉はボールを拾いに行く。


 その時、彼の前に自転車が通り過ぎようとした。


「おう、泰人じゃないか」

 翔太が声を掛けた。

 自転車は甲高いブレーキ音と共に停止した。


「あれ、翔太。俊哉と練習?」

 自転車を止めて、泰人はボールを拾いに行く俊哉をちらっと見た。


「お前も仲間に入らないか」

 翔太が気軽に誘ってくる。


「いや、僕は……」

 泰人は困っている。


「俺と練習しているとこ、キャプテンに見られたら都合悪いもんな」

 ボールを取って戻ってきた俊哉がイヤミっぽく言う。


「そう言うんじゃなくて、今から塾だから……」

「そうか、相変わらず真面目だな。しょうがない、呼び止めて悪かったな」

 俊哉はボールを翔太に投げる。


「行くぞ、翔太」

「おう!」

 応呼した翔太が砂浜の方へ走り出す。


「じゃぁな」

 泰人の肩を叩いて俊哉も後を追う。

 そんな二人を泰人はただただ眺めるだけであった。


   ×   ×   ×


 二月十四日、俊哉たちが通う中学校の掲示板には「校内での贈り物の禁止」と書かれた貼り紙が異様に大きい文字でその場を占めていた。

 朝礼でもホームルームでもそのことは担任から生徒たちに伝えられる。


 しかし現実は違っていた。

 女の子たちのカバンの中には、彼女たちの想いを伝えるための着飾った箱が忍ばせてある。

 放課後、チョコレートを貰えそうな男子は浮き足立ち、貰えないことが分かっている男子は、僅かな望みを持ちながらも、その期待が叶えられなかったことが判明したとき、落胆していることを悟られないようにして家路を急ぐ。


 そんないつもと違う空気が流れる中、校舎の陰で男女ではなく男同士が向き合っている。

 周りの甘い雰囲気や、やるせない雰囲気とは全く違う、殺伐とした雰囲気のみが漂う、その男同士とは剛と俊哉であった。


「何度も言うように、俺は部活へは戻らない」

「そんなことは分かってる、しかしな……」

 剛はいつも以上に俊哉をきつく睨みつけていた。


「お前がサッカー部を辞めることはお前だけの問題だ。そんなお前のことなんかどうでもいい」

「それなら放っておいてくれよ」

 俊哉が振ろうとした時、


「お前だけなら問題はない。だがキャプテンとして、チームに悪い影響を及ぼすことだけは止めてくれないか」

「悪い影響?」

 俊哉は動きを止めた。


「悪い影響って、なんのことだ」

 俊哉が剛とまっすぐ向かい合う。


「お前、翔太を誘って砂浜で練習してるらしいな」

「それがどうしたって言うんだ」


「奴はチームには必要な存在なんだ。変な考え方を吹き込まないで欲しい」

「変?」

 俊哉は眉間にしわを寄せた。


「あいつはサッカーが上手くなりたいと思ってる。だから俺と練習したがってんだ。お前があいつの思いを邪魔する権利なんてない」

「何!」

 剛は怒りを露わにした。


「俺はキャプテンとして!」

「キャプテン、キャプテンって言うなら、あいつの思いを考えてやるのがリーダってもんだろう。

 翔太は家族がゴタゴタしていて、だから全てに嫌気が差してるんだ。だからサッカーだけがあいつを支えてる。そんな思いをお前は汲んでやれないのか!」


「うるさい! 俺だって奴のことは気にかけてるんだ、お前が考えてる以上に」

「なら、好きにやらせてやれよ!」


「うるさい、お前みたいな我が儘で傲慢な男に言われる筋合いはない」

「なんだと!」

 俊哉が剛の胸倉を掴んだ。


「俺は我が儘でも、傲慢でもない!」

「うるさい、お前みたいな奴は、」

 今度は剛が俊哉の腕を取る。二人はもつれ合った。


「何してるの!」

 二人の姿を見て大声を上げたのは香帆であった。


「二人共何してるの! 止めてよ」

 駆け寄る香帆の姿を見て二人の動きが止まった。

 そして剛の両手が掴んでいた俊哉の腕を突き放すように解き放った。


「剛ちゃん、喧嘩は止めてよ。あなたはキャプテンでしょ」

 剛は香帆も睨みつけた。


「なんでお前まで奴の肩を持つんだよ」

「別に肩を持ってるわけじゃなくて」


「お前がどれだけ俊哉のことが好きなのか知らないが、こいつは俺たちを裏切った男だぞ」

「好きって!」

 香帆が妙に上ずった声を上げた。


「そうか、今日俺がお前に呼び出された意味がわかったぞ。お前焼いてるな、俺のこと」

 俊哉が薄笑いを浮かべた。


「違う、俺は翔太が心配で……」

「嘘つけ、さっきお前が香帆を責めたときの目、あれは嫉妬している人間の目だよ」


「俺は嫉妬なんかしてない!」

 剛が強く否定する。そんな彼を寂しげに香帆は見ている。


「まぁいいや。とにかくサッカー部員でない俺が、お前にとやかく云われる筋合いはない。自由にやらせてもらう」

 そう言うと、俊哉は剛に背を向け、そそくさとその場を立ち去った。


 残された剛と香帆の間には気まずい空気が漂う。


「剛ちゃん、あのね、私ね……」

「聞きたくない!」

 そう言うと、剛もその場をそれ以上何も言わず立ち去った。


   ×   ×   ×


「はい、これ兄さんへ」

 比呂子がカウンター越しに少し大きめの箱を坂田へ渡した。


 夜の〈ほとり〉はいつも通り、数人の酔っぱらい客の喋り声とテレビの音と比呂子たちの話で構成されている。


 いつもと違うのはその三者の話題が同じであるということ。

 酔っぱらい達の話題は、今日いくつ義理チョコをもらったという話で盛り上がっている。


 テレビのニュースでは街にある港のデートスポットで恋人たちにインタビューしている。

 そして比呂子までもがバレンタインデーの話をしている。


「チョコの代わりのブランデー」

「ありがとう」

 調理をしていた坂田が受け取った箱を厨房の一角に無造作に置いた。


 テレビの中継が続いている。

 アナウンサーがある女性にインタビューをしている。


『どんな男性にチョコレートをあげたいですか』

『面白い人がいいですね、とにかく楽しい人』

『どんな男性にはチョコを渡したくないですか』

『あまり真面目な人は硬苦しくて苦手です』


「真面目のどこが悪い」

 玄さんがグラスに残ったビールを一気に飲み干した。

 そして比呂子の方を向き直して、


「ところで俺にはないのか、チョコ」

「心配しなくてもあるわよ」

 比呂子はカウンターに置いてあった紙袋から、坂田に渡したものよりもかなり小さい箱を取り出して玄さんに渡した。


「おう、ありがとう。これが本命チョコってやつか」

「そんな訳ないでしょ」

 比呂子が笑いながら玄さんの肩を叩く。


 玄さんは苦笑いを浮かべている。

 酔っ払い達が義理チョコの大きさのうんちくを語っている。

 そんな中、倉庫からビールケースを抱えて勇一が戻ってきた。


「で、勇一にはチョコはないのか」

 もらった箱から百円チョコを出し口に放り込みながら玄さんがその質問をする。


「それがね……」

 比呂子が言葉を濁した。


「勇一さんには申し訳ないんだけど……」

 俯き加減の比呂子を見て、勇一が微笑みながら、


「義理チョコの数が足りなくなったんなら別に構わないよ」

「え、勇一にはチョコなし?」

 玄さんが素っ頓狂な声を上げる。


「いや、そう言うことじゃなくって」

 歯切れの悪い比呂子を見て、坂田が少し含み笑いをしながら、


「そういえば、昨日台所からお前の叫び声が聞こえたが、何か関係があるんじゃないのか」

「いやぁ……」

 比呂子は少し照れながら、


「実はね、手作りチョコを作ってたら失敗しちゃって」

 玄さんに渡したチョコレートが入っていた紙袋に比呂子が手をいれる。

 そこから少し大きめで綺麗に包装された箱が取り出された。


「ほう、手作りね」

 玄さんが嬉しそうにそう言うと、


「勘違いしないでね、来年以降本命の人が現れたらって考えて、練習かたがた作ってみたのよ。でもね……」

 比呂子は取り出した箱をカウンターに置いてそっと蓋を開けてみた。

 そこには形が不明確な、まるで岩石のようにひしゃげた形の焦げ茶色の物体が鎮座していた。


「でもね、聞いて。味は保証するから。さっき食べてみたら美味しかったから」

 比呂子はひしゃげたチョコが入った箱を恐る恐る勇一の前に差し出した。


「ありがとう、とっても嬉しいよ」

 勇一は万遍の笑みを浮かべて箱を受け取った。


「誤解しないでよ、あくまで練習だから、それに分量さえ間違わなかったらうまくいったんだから」

 念を押す比呂子。


「来年に本当に本命の人が現れてこんなチョコ挙げることになったら、私死にたくなるかも……」

 自分が本命ではないとあからさまに言われると、勇一はいつも寂しい気分になる。



「まぁ、失敗して落ち込むなんて若い証拠だね。俺なんて失敗続きの人生だから、少々の失敗でもめげる事すらないけどね」

 玄さんが百円チョコの包紙を丸めながらそう言うと、


「そうよね、大人になると失敗するのが当たり前って言うか、学生の時なんて、今考えたらなんであんなに悩んでたんだろうって。一つの失敗が大事件として受け止めてたもんね」


 そう言えば、この間の砂浜のサッカー少年も同じなのだろうか。

 街のエリートから田舎のレベルの低いチームでプレーすることが、きっと彼には大きな挫折と思っているのであろう。

 もしかすると自分の人生は終わった、とでも思っているのかもしれない。


「大丈夫、来年は成功するから」

 と力強く言い切る比呂子。

 勇一は来年そのチョコを貰えるのは自分ではないことを更に寂しく思った。


 と、その時左手が熱い。


「比呂ちゃん、チョコ本当にありがとうね。自分の部屋で大事に頂くよ」

 そう言うと比呂子と玄さんを残して二階の自分の部屋へ戻った。


 その後ろ姿を不安そうに見つめる比呂子の視線に気づかないまま。


 部屋でチョコを大事に机の上に置いた後、勇一は何時も通りに目を閉じた。

 しばらくの間なにも聞こえない、闇と静寂が自分を包み込んでいる。


 やがて静寂の中から人々の悲鳴が徐々に大きくなってくる。

「怪獣だ、逃げろ!」

「助けて! 殺される」


 勇一がゆっくりと瞼を開く。

 彼の立っているところはさっきテレビのニュースで映っていた港のデートスポット。そのロマンチックなはずの場所が悲鳴と瓦礫の崩れる音で充満している。


 見上げるとそこには鍬形虫を思い起こさせる二本の顎を持つ二本足の怪獣が、周りの商業施設を片っ端から破壊している。

 商業施設になにか恨みでもあるのかと聞きたくなるほど無茶苦茶に。


 このままではいけない。勇一は静かに左手を上げる。

 光の柱が天に上り、そしてその光が消えた、その場所にシルバーマンは立っている。


 怪獣セリオはシルバーマンを見つけるやいなやその鋭い顎を向けて突進してくる。

 シルバーマンの腹のあたりを二本の顎が挟み込む。

 苦しみながらもセリオの頭上に拳を振り下ろすシルバーマン。


 それでもセリオは突進を続ける。

 なんとか踏み留まろうとするがその勢いには勝てない。

 一歩、一歩と後退していくシルバーマン。


 今度はセリオが顎を大きく持ち上げる、シルバーマンは高く空中へ投げ出されてしまった。

 そのまま崩れた商業施設に落下するシルバーマン。


 セリオがそれを見てシルバーマンの背後から覆い被さりシルバーマンの首を絞める。苦しむシルバーマン。

 それでもシルバーマンは肘でセリオの腹を付き上げる。

 そして一本背負いでセリオを地面に叩きつける。


 立ち上がったシルバーマンが今度はセリオに覆い被さる。

 そして二本の顎を両手で掴み、動けない状態で膝蹴りをセリオの腹に喰らわせる。

 セリオは態勢が悪いまま今度は首を何度も大きく横に振った。

 顎を持っていたシルバーマンはその力で左右に振られ、最後には投げ飛ばされてしまう。起き上がったセリオ、シルバーマンも立ち上がり両者は睨み合う。


 そのとき、港にあった大時計が八時を指し、教会の鐘を思わせる大きな音が八回鳴った。


 セリオの動きが止まった。

 そしてゆっくりそして何事もなかったかのようにその姿を消していく。 


 八時の鐘の音が鳴り終わった時、その姿は完全に消えていたのであった。


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