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青と赤の炎 -戦え!シルバーマン-  作者: 水里勝雪
第3章 激闘編
8/18

怪鳥ガルバードン

「わぁ! 誰か助けてくれ!」


 暗闇に男の叫び声が響く。

 街は深夜零時を過ぎている。

 住宅街から外れた線路沿いの通りに道行く人はいない。


 叫び声を聞いた近所の人たちが数人、家から恐る恐る出てきた。

 幾人かの男たちが、不安そうに顔を見合せながら、声のした方へ歩いて行く。


 その手にはバットやゴルフクラブを握っている。

 こわごわ歩く歩幅は、いつ目的地に辿り着くだろうと思わせるほど狭い。


 おそらくこの男だろうさっきの叫び声の主は、線路際の木製の柵に、持たれ掛かるようにして倒れていた。

 男たちは周囲を見回したが、誰か他に人がいる気配がない。


「おい、どうした。大丈夫か」

 一人が、声の主に話しかけた。

 肩に手をかける。べっとりとした液体が手に感じられる。


 懐中電灯で辺りを照らす、辺りは驚くほどの大量の血が散乱している。

 皆がその光景に目を見張っていた時、


「と、とり……」

 柵にもたれ掛かっていた男の口が動いた。


「えっ、何だって」

「鳥が、鳥……」

 それ以降の言葉を発することなく、男は動かなくなった。

 その瞬間、周りにいた男たちの耳に微かに鳥が羽ばたく音が聞こえた。


   ×   ×   ×


 高校生達が帰って行く。

 今の季節は下校の時間になるとかなり日が傾いている。

 彼らは思い思いのマフラーで体を包み、寒さに身を縮めて歩いている。


 そんな帰って行く生徒たちを尻目に、校舎の影で三人の男子生徒が身を寄せ合っていた。

 身を寄せ合っているのは寒いからではない。

 一人の男子の手元をもう二人の生徒が近付いて見ているからである。


「お前のところにも来たか」

 水谷が、手に持っていた黒地に赤い鳥の描かれたカードを杉内と三田に見せた。

 それを見て二人もポケットから、二枚の同じカードを取り出した。


「今朝いつのまにかポケットに入ってたんだ。だれが入れたんだろう」

 水谷は少し震えながらそう言った。


「一枚目は中島が殺された日に届いた。お前たちもそうか」

 杉内の問いに二人とも頷いた。


「このカードって、殺された中島のところにも届いてたって聞いたぞ」

「ほんとかよ」

 杉内の言葉に三田が反応した。

 水谷の震えは更に大きくなって行く。


「俺が聞いた話だと、中島のポケットにも黒地に鳥が描いたカードがあったらしい」

 杉内は落ち着いた声で話した。

 ただ彼の人差し指はカードを落ち着きなく突いている。


「鳥って、昨日ニュースでも言ってたけど……」

「そう、中島が死ぬ直前に吐いたセリフだ」

 三田の質問にも杉内は冷静さを保った。それでも彼の指の動きは止まらない。


「おい、すると今度は、この中の誰かが殺られるってことか」

「やめろ! こんなのはただの悪戯だ!」

 杉内の言葉から冷静さが失われる。

 彼は自分のカードを二枚とも破ると三田に投げつけた。


「何するんだ!」

「お前が、あまりにも臆病なこと言うからだろう」

「でも事実、中島は死んでるんだぞ!」

 叫ぶ三田に背中を向けて杉内は腕を組んだ。


「誰かがこの四人を恨んでいる。そいつさえ見つければ……」

「お前、心当たりがあるのか」

 三田の質問に水谷が反応した。


「もしかして……」

「まさか、あのが犯人とでも……」

 三田の質問に杉内は無言で頷いた。


「でも、女が中島を、あんな無残に殺せるか」

「分からん。でも、あいつ以外考えられない」

 杉内はそう言いながら二人の方向に向き直った。

 水谷は相変わらず震えている。


「兎に角、今夜は外に出ないことだな」

 二人は杉内の意見に同意するように頷いた。


 彼らの話は続いている、そんな三人を遠くで見ている少女がいた。

 少女は笑った。彼らが苛立ち怯えているのを見て。


   ×   ×   ×


『今日、××市××町の路上で男子高校生が、血を流して倒れているところを近所の住民が見つけ119番通報しました。救急が駆けつけ病院に搬送されましたが意識不明の重体です』


「物騒な世の中ねぇ」

〈ほとり〉にはいつも通り数人の酔っ払い客がいるのみ。

 客に混ざって(というかこの人数では混ざりようもないが)いつものように比呂子が梅サワー片手にテレビを見ていた。


『発見されたのは近くの東谷高校二年、三田明さんで、第一発見者の話では、路上に倒れていた三田さんが「鳥の怪獣を見た」と話したということです』

 勇一は洗い物の手を一瞬止めた。


『警察では一昨日発生した同じ高校の中島光男さんの殺害事件と何らかの関係があるとして詳しく調べを進めています』


「殺人事件だと思ってたら、怪獣が一人一人襲ってたなんて。今までは大勢の人間をまとめて襲ってたのにね」

 厨房にいる勇一に比呂子が声を掛けた。勇一は再び洗い物を始めている。


「見間違いかなにかじゃないのかな。襲われた時に本物の鳥を見たとか」

 そう言いながら全ての皿を乾燥台に並べて終え、勇一は水道栓を止めた。


「鳥って夜は目が見えないんじゃないの。鳥目って言うよ」

「一部の鳥にはフクロウのように夜行性のものもいる」

「でもフクロウってなんか見た目優しそうじゃない」

 勇一は手をしっかりとタオルで拭きながら解説を続けた。


「ふくろうは猛禽類って呼ばれていて、鷹とか鷲とかと同じ肉食鳥類だからね。小さなネズミなんかを食べるんだよ。

 人を襲ったって話は聞いたことないけど、爪は鋭いからケガぐらいはするよ」

 勇一の解説を比呂子はじっと聞いていた。というよりじっと見つめていた。


「今まで感じたことなかったけど、勇一さんって博学だったんだね」

 いつものように茶化した言い方ではない。

 本当に感心した様子だった。勇一は少し照れた。


 再びニュースでさっきの高校生傷害事件が報道されている。やはり勇一は被害者が「怪獣」という言葉を残したことが気になった。


「おーい、裏からビールをワンケース取って来てくれ」

 坂田がそう声を掛ける。ビールならまだあるのに、と思いながらも


「分かりました」

 と勇一は答えた。


「客は少ないからゆっくりでいいぞ」

 坂田の付け加えた言葉を聞きながら勇一は裏の倉庫へと向かった。


「兄さん、なんかまるで勇一さんが邪魔みたいに聞こえるよ」

「そんなことはないよ。それよりも奴の方が一人になりたいんじゃないかなぁ」

「何で?」

 比呂子は坂田の言いたいことの意味が分からなかった。


「それよりお前、勇一が来てからカウンタに座っていること多くないか」

「えっ、そんなこと…… 前からだよ」

 比呂子は少しうろたえた。


 比呂子がうろたえていたころ、勇一は裏の倉庫で目を閉じていた。

 坂田がどう言う意図で自分を一人にしてくれたか分からない、がチャンスである。


 勇一はテレビで見た事件現場を頭の中で思い浮かべた。

 体がだんだん軽くなっていく。


 体の感覚が元に戻った時、彼の耳にざわざわと幾人かの話声が聞こえる。

 目を開けるとそこには『Keep Out』と書かれた黄色いテープが張られていた。


 テープの内側では青い制服の人たちが地面を這うようにして何かを探している。テープの外ではヤジ馬達が口ぐちにこの事件について喋っている。


「ここが現場か」

 勇一はヤジ馬に混じってテープの奥を更に覗き込んだ。

 しかし被害者が倒れていただろう場所には捜査員達が取り囲んで捜査を続けているらしく、ここからでは良く見えない。


「八時ごろ、すごい悲鳴だったよね」

 後にいた中年女性が、その隣の中年女性に話している声が聞こえた。


「八時?」

 数時間前、勇一は手に熱い物を感じていた。確か八時ぐらいだった。

 一昨日の高校生が襲われた時間にも左手が熱くなった気がする。

 とすれば、やはりこの騒ぎの犯人は……


「そう、そう。助けて、と、ごめんなさい、って聞こえた気がした」

「なんで、ごめんなさい、なんだろうね」

 確かにその通りである。ごめんなさい、その言葉が被害者から出たと言うことは、襲われた相手に被害者が何か悪いことをしたからなのだろうか。


「とにかく怖いねぇ」

「本当、本当。夜歩けないねぇ」

 二人の中年女性は喋り続けている。それ以上の有益な情報はなさそうだ。


 そう思った時、左手にまた熱いものを感じる。

 慌てて周りを見回した。人ごみの中に赤い光が見えた気がした。

 人を掻き分けてもう少しだけ近づいてみる、と、そこに高校生ぐらいだろうか、一人の少女が立っている。


 彼女は勇一の視線に気がついたのか彼の方を見つめた。

 勇一が更に近づこうとした時、彼女は人ごみの中へ身を隠した。

 彼は追いかけようとしたがヤジ馬たちが邪魔をして進めない。

 とうとう見失ってしまった。


 左手の熱さはなくなっていた。だが勇一はその少女が気になった。

 なぜなら、あの赤い光は彼女から立ち昇っていた炎だったからである。


   ×   ×   ×


 ちひろは家に戻った。玄関から自分の部屋に向かおうとした時、後ろから母の声がした。


「ちひろ、学生がこんなに夜遅くまで出歩いちゃ危ないじゃないの。近頃は高校生を狙った殺人鬼がうろついていのに」

 ちひろはそんな母を一瞥して、すぐに自分の部屋に戻った。


 ちひろは母が嫌いであった。そして父にかしずく母が最も嫌いで吐き気すら覚えた。


 母はもともと実業家の娘で、開業医である父とはお見合いで知り合った。

 これは噂だが父は開業する上でお金が欲しかった、だから資金の援助を得るために母と結婚したんだと。


 その噂が本当かどうか、父に確かめた訳ではない。

 ただ状況証拠は揃っていた。

 不況のあおりで祖父の事業は失敗した。


 それ以降、父の母に対する態度は冷徹に変わった。

 それがきっかけなのか、それともそれ以前からなのか、父は女を作った。家に帰ってこない日もしばしばである。


 母はそんな父でも耐えていた。文句も言わず帰らない父を待っていた。

 一度、お金が心配なら離婚して多額の慰謝料を請求すればいいのに、と忠告したこともある。

 でも母は笑っていた。当然彼女の忠告も聞き入れなかった。


 ちひろは気が付いた。

 母が欲しいのはお金ではない、恐らく父の愛情なのだと。母は今日も待っている、永遠に訪れない父の愛を。


「私は母みたいにはならない」

 ちひろはそう心に決めていた、そのはずだった。


 部屋に入ってすぐにちひろは机の中から四枚の写真を取り出した。

 それぞれに男が写っている。そのうち一枚を選び出すと、彼女はカッターナイフを手に取った。


 そして写真に写る男の顔にバツを彫り込む。

 残った三枚のうち、一枚はすでにナイフで傷つけられた跡がある。


「後二人」

 写真は残り二枚、だがちひろが見入っているのは片側だけ。

 そこには杉内隆弘の姿が写っていた。


   ×   ×   ×


 三ヵ月前、ちひろは学校帰りの道で立ち往生していた。

 自転車のチェーンが外れたのである。

 自宅までの距離はかなりあるし、自転車屋も近くにはない。

 時間はかかるが押して帰えるしかない、と思った時だった。


「見せてみろよ」

 その声の主は杉内だった。クラスでも不良の部類に入る彼にちひろは竦み上がった。


 そんな彼女にお構いなしに杉内は自転車に手をかけた。

 彼は慣れた手つきでチェーンを嵌めて行く。

 最後の一噛みを嵌めたところでペダルを回してみる。

 スタンドのお陰で宙に浮いる後輪が静かに回り出した。


「俺、自転車屋でバイトしたことあるから」

「ありがとう」

 ちひろは不自然な笑いを浮かべた。心臓の鼓動が速い。


「顔、引きつってるぞ。教室で笑ってる時はもっと可愛いのに」

 ちひろの顔が赤くなった。そんなことを言われたのは始めてだった。

 と言うか、同世代の男の子とは、めったと喋る機会すらなかった。

 男は汚いものだと思っていたから。


 杉内は右手を上げ

「じゃぁな」

 と言い、悠々と去って行った。


 それからである。杉内と喋る機会が増えたのは。

 最初は教室で、シャープペンシルの芯が無くなったと言ってきたので、二本だけ渡した。

 次は買いたてのマフラーをしてきた時、とても似合っていると誉めてくれた。


 ちひろの友人たちは、杉内と付き合わない方が良いと忠告してきた。

 彼女も頭の中ではその方が良いと思いながらも、彼が声を掛けてくれると妙に心臓の鼓動が早まる。それは怖いから、それとも嬉しいから。


 頭で考えるのと裏腹に、彼女は杉内に付いて行った。

 そして、しばしば夜の街にも出かけるようになった。


 冬休みに入って彼女の外出が増えて行った。

 初めの頃はそうでもなかったが、だんだんと杉内も調子に乗り、彼女から金を借りて夜遊びの回数が増えて行った。


 そんなことが続いたある夜、彼女が帰って来た時に父に呼び止められた。

「ちひろ、お前、このごろ夜遊びしているらしいな。母さんが心配してるぞ」

「……」

 ちひろは父の話を無視した。


「悪い男と遊んでるって噂だ、そんな男とは付き合うな!」

 父の剣幕は凄まじかった。たぶん本気で怒っているのだろう。

 だがちひろは笑った、冷ややかに。


「なにが可笑しい」

「だって、父さんだって愛人と夜どこかへ行ったきり帰ってこない日なんていくらでもあるじゃない。なに自分のこと棚に上げてるのよ」


「なに!」

 父はちひろの頬を平手打ちする。

 鈍い音が響いた。ちひろは父を睨み返すと


「なによ、自分の都合が悪くなると暴力振るうなんて、だから父さんなんて嫌いなのよ!」

 そう言うと彼女は家を出て走った。

 暗い夜道をひたすら走った。向かう先は決めていなかった、だが付いた先は杉内の家だった。


   ×   ×   ×


 次の日の夕方、新聞を挟んで杉内と水谷が向かい合っている。

 ファーストフード店で一番安い飲み物を注文し席に着いてから適当には時間が立っている。

 だが二人には会話らしい会話がない。しばらく新聞記事を二人で見つめていたからである。


「なんで家の外へ出たんだろう、三田の奴」

 沈黙の後、水谷が口を開いた。


「三田の兄貴の話だと、部屋から急に飛び出して来て、「ごめんなさい、ごめんなさい」を繰り返しながら外へ出て行ったらしい」

 杉内は飲み物を口に運んだ。


「兎に角これで二人目だ。三田の兄貴の話だと、あいつはもう意識は戻らないらしい」

 杉内は紙コップを乱暴に机の上に置く。

 コップの底のかたい部分が当たって甲高い音が鳴った。


「なんとかしないと……」

 杉内は思案するように目を閉じた。


「なんとかって、相手は怪獣だぞ。なんともならないじゃないか!」

 水谷は声を荒げた。


「怪獣? ちひろだよ。俺たち四人に共通して恨みを持つなんて奴しかいない」

「でも、女が一人でできる仕業か」

「あいつがどんな方法をやっているか知らない、でもあいつさえ死ねば俺たちは助かる」


「本気か」

 水谷はまた震えだした。手に持った飲み物のストローが左右に振れている。


「そもそも、お前の遊びが過ぎたからじゃないか。なんで俺たちまで巻き添えに遭うんだよ」

「何言ってんだ、お前たちがやりたいって言うからだろう!」

「もういいよ!」

 水谷がコップを叩きつけた。


「俺はもう嫌だ、お前に付き合うのは止めだ。俺はちひろに謝って来る」

 そう言いと机の上の新聞を片づけ出した。

 片づけた新聞を鞄に仕舞おうとした時、水谷の顔色が一気に変わった。


「なんで、なんで俺の鞄に……」

 水谷が取り出したのは、黒地に鳥の絵のカード。

 杉内も慌てて自分の鞄の中身を見る。

 確かにそこにも同じカードがある。


「殺される…… 今度こそ俺だ…… 嫌だ、死にたくない……」

 水谷の恐怖が最高潮に達した時、彼の耳に不気味な声が聞こえる。


「そうだ、次はお前だ。お前は死ぬんだ」

 水谷は周りを見た。杉内も不思議そうな顔をしているだけである。

 不気味な声は更に続けた。


「早く死になさい。お前は生きている価値などない人間なのだから」

 水谷の顔が見る見る青ざめて行く。


「ごめんなさい、ごめんなさい!」

 そう言うと水谷はいきなり立ち上がった。

 そして「ごめんなさい、ごめんなさい!」を繰り返しながら店の外へ走り出す。


 杉内は呆然と見送るだけであった。

 水谷が外に出たにも関わらず、それでもあの声が聞こえてくる。


「死になさい、早く」

 彼は無我夢中で走った。どこをどう走ったか覚えていない。

 とにかく声がする方向とは反対に向かって走った。


 どれぐらい走ったか分からない。

 いつの間にか人通りの少ない場所に辿り着いていた。

 もう日は暮れて周りは闇の中である。


 声は聞こえなくなっていた。水谷は少し安心したのかその場にへたり込んだ。

 その瞬間、ばさばさという音が。ハッと上を見ると、そこに人間ほどの大きさの影が彼に覆いかぶさって来る。鳥だ!


「わっ、助けてくれ!」

 怪鳥は水谷を下敷きにし、嘴で彼の胸を突き刺そうとする。

 まさにその瞬間、怪鳥の頭に青い光線が命中した。


 怪鳥は怯んだ。そして光線の発せられた方向を見る。

 そこには勇一が立っていた。怪鳥は勇一の姿を認めると慌てて空へ飛び上がっていった。


 勇一は追わなかった。そして水谷の側まで歩み寄り、彼を助け起こした。

「助けて……」


 水谷の声には力がない。まだパニックから抜け出られていない。

「おい、しっかりしろ」


 勇一の声に水谷も我に返った。

「鳥は? 怪獣は?」

「大丈夫、飛び去って行ったよ」

 水谷はそれを聞いてホッとした顔をする。


「ところで教えてほしい。君はなぜ狙われたのか」

「えっ」

 水谷は起き上って逃げようとした。勇一は彼の左腕を掴んだまま放さない。


「放せ、放してくれ!」

 勇一は彼の腕をねじあげた。


「痛い、分かった。喋るよ」


   ×   ×   ×


 ちひろは走った、夜の暗闇を。あの時と同じ、父に平手打ちされて杉内の所まで走った時と同じ暗闇を。


 あの時の杉内は優しく彼女を迎えてくれた。

 だからそれまでとは違って、彼の望むままに体を委ねたのに。

 それが数日後には裏切られる結果になろうとは思いもよらなかった。


 彼女の家が見えてきた。彼女は走る速度を緩めた。

 もうここまで来れば大丈夫だろう、そう思った時だった。


「ちひろさん」

 彼女は止まった。落ち着きなく周りを見回す。

 すると人影が見えた。


「誰!」

 近づく影が街灯に照らされて姿が見えた。

 それはさっき水谷を助けた男、そう、三田を襲った現場にもいた男。


「あなたは誰」

 勇一は何も答えず彼女に近づいていく。

 そして彼女を真っすぐ見つめ訴えかけた。


「お願いだから、彼らを恨むのを止めてもらえないか」

「どうしてあなたは彼らを守るの!」

 ちひろの姿に赤い炎が重なった。

 勇一はできるだけ彼女を刺激しないよう心がけた。


「人を恨んでも良いことはない。説教で言ってるんじゃないんだ。君がもし彼らを襲った怪鳥に姿を変えているなら、やがて君もシルバーマンに殺される」

「シルバーマン?」

 ちひろの炎が一瞬勢いを失った。

 そして何かを察したかのように勇一を見た。


「そう、あなたがシルバーマンなの」

 勇一は頷いた。

「ならば私を殺しに来た訳?」


「違う、僕は君を助けたいんだ」

 勇一は彼女に自分の意思が伝わることを期待した。

 彼女も暫く黙った。だがちひろの頭の中にはあの時の光景が蘇る。


「お願いだからあいつらにもやらせてやってくれ、あいつらから金借りてるんだ」

 そういって手を合わせる杉内。

 そして容赦なく自分に襲いかかる三人の男達の姿が。

 彼女の炎は更に燃え上がった。


「私は殺されても構わない!」

 勇一は彼女の言葉にたじろいだ。


「私は彼らを、いえ、彼を決して許さない。私を裏切った、それだけじゃない。人間として許されないことをした人を」

 ちひろも真っすぐに勇一を見る。彼女の言葉の方が力強かった。


「もし、もしもあなたの恋人が私と同じひどい目に遭ったら、あなたはその男たちを許せる。殺したいとは思わないの!」

 勇一はなにも言えなかった。確かに悪いのは彼らだ。もし比呂子が被害にあったら。


 しかしこのままでは自分は彼女を死に追いやることになる。何とかしなければ。


「でも、そのために君が死んだら何にもならない、ご両親も悲しむ」

 勇一は何とか言葉を探して再度彼女に訴えかけた。


「母なんかもどうでもいい!」

 父を待つ母の顔が浮かんだ。

 自分は母のように男から裏切られる女にはならない、そのはずだったのに。


 ちひろの頭の中で父と杉内が重なって見える。

 なんて醜いんだろう、なんて汚いんだろう。

 彼女の赤々とした炎は、勢いが収まる気配がない。


「もういい! あなたが何と言おうと私は彼を殺す、何としてでも、殺されてでも!」

 彼女は勇一に背を向け走った。

 自分の家に向かって。勇一は追いかけたが彼女の方が先に家に入ってしまった。


 勇一はただ独り暗い街に取り残された。


   ×   ×   ×


「助けなくても良い人間って、いるんだろうか」

 閉店後の暗いカウンタに座り、勇一はポツリとそうこぼした。


「今日はどんな哲学的な話?」

 比呂子は笑った。


「看護師として言わせていただければ、そんな人間はいない」

「どれだけひどい奴らでも?」

「どれだけって?」

 比呂子は横で勇一の顔を覗き込んだ。


「例えば、罪のない人間を殺したような人でも」

 比呂子は少し考えて、


「たぶん、助けるでしょうね」

「自分の肉親や恋人を殺した相手でも?」

 比呂子は心配そうに


「どうかしたの?」

 と聞いた。

 彼女の優しい言葉に、勇一は自分が混乱していることに気付かされた。

 本当はちひろを殺してしまう恐怖を打ち明けたいのだが……


「ごめん、変な質問だったね」

 勇一はむきになった自分を責めた。

 こんなこと比呂子に聞いても彼女が困るだけだ。


「分からないけど…… たぶん目の前に傷を負って運ばれてきたら助けると思う」

 比呂子はそう答えを出した。


「なぜ?」

 勇一には予期していない回答だった。


「性分かな、前に言ってた特殊能力よ。目の前にいる傷付いた人を助けてしまう。私がその場に立ち会ったら助けてしまう、そんな気がする」

「そう、特殊能力ね……」

 勇一は少し救われた気がした。


 それは彼女の言葉になのか、それとも彼女といるこの空間になのか。

 答えが出ないまま夜が静かに深まって行った。


   ×   ×   ×


「おい、本当に大丈夫なんだろうな、ちひろ、本当に来るんだろうな」

 相変わらず震えが止まらない水谷に、杉内は見栄を張って笑って見せた。


「心配なら俺だけで殺る。嫌ならお前はそこで見とけ」

 夜の校舎は不気味なものである。

 昼間はあれだけ生徒がいて騒々しいのに、夜には何の音も聞こえない。


 彼らのいる教室の電灯も消えたまま、窓からの月明かりだけが頼りである。

 ここは人が来ない、つまり、今の杉内たちには都合のよい場所なのである。


 胸の前にナイフを構えている水谷の手は、相変わらず小刻みに震えている。

 杉内は息を殺して金属バットを構えている。


 そんな二人の耳に、コツ、コツ、と靴音が聞こえる。水谷は息を飲んだ。

 杉内は扉の前でバットを振り上げる。扉が開いた。


 杉内はバットを振り下ろす。しかし手応えがない。


 バットは宙を切りそのまま床を叩いた。廊下に甲高い音が響く。

 彼らは慌てて廊下に出た。彼らから離れた場所に黒い影が見える。


「ちひろ! お前だろう、中島や三田を襲ったのは!」

 大声をあげた杉内に影は笑った。


「怖いの?」

「怖い? ふざけるな! 俺は全然怖くなんかない」

 影は更に笑った。声は廊下を反響して不気味に重なり合う。


「あなたは怖がっていたわ、そう、そのために一人ずつ、あなたを残して殺して行ったのよ。あなた、顔が青ざめてたじゃない」

 影は楽しそうに笑い続ける。


「なんでこんなことをする!」

 杉内は怒り立っている。彼はバットを再び振りかぶった。


「なんで? あなたが私を裏切ったからよ」

「お前が信じようが、そうで無かろうが、俺の知ったこっちゃない。お前が勝手に俺を信用してただけだろう」

 その言葉を聞いて笑いは止まった。


「それがこの世に言い残す最後の言葉?」

 影の言葉がそう言い放った時、杉内はバットを担いだまま影に突進した。

 その瞬間、影の周りが光に包まれた。杉内は怯んでその場に立ちすくんだ。


「ギャー!」

 杉内の後ろから叫び声が聞こえた。

 振り返る彼の目に、血だらけで廊下の壁にへばり付く水谷の姿が見えた。

 さすがに強気の杉内も腰を抜かしたようによろめき、その場に座り込んだ。


 その時、辺りに轟音が響きわたる。校舎の壁が崩れ落ちた。窓越しに巨大な鳥が校舎を破壊している姿が見える。


「わぁー、助けてくれ!」

 杉内は恐怖で動けない。

 その彼がいる校舎に翼が振り下ろされようとした瞬間、怪鳥に飛びかかる銀色の影。


 怪鳥はバランスを崩し、校庭の側に倒れ込んだ。シルバーマンはその怪鳥ガルバードンに覆いかぶさり攻撃を加える。

 羽をじたばたした時、校庭の土が舞い上がりシルバーマンの目に入る。


 彼の攻撃が一瞬攻止んだことで今度はガルバードンが嘴でシルバーマンの顔面を狙う。

 シルバーマン避けようとガルバードンから放れた。


 立ちあがったガルバードンが嘴から光線を放つ。

 それを避けるシルバーマン。それでも執拗に光線を吐き続けるガルバードン。

 シルバーマンが光線を避けるため空へ飛び立つ。


 ガルバードンも空へ、空中でシルバーマンを目がけて光線を発射し続けるガルバードン。

 シルバーマンは空中で旋回しガルバードンの背中に体当たりする。

 その勢いでガルバードンが落下、校庭に激突する。その衝撃で校舎の一部がまた崩れ出した。


 その音に我に戻ったようにガルバードンが校舎に向かう。

 向かう先には杉内がいる。


 シルバーマンがガルバードンの背後に着地、そして後から羽交締めにした。

 ガルバードンも体を揺さぶりその腕を払いのける。

 そして再び校舎へ向かう。一直線に杉内の見える窓を睨みながら。


 シルバーマンがガルバードンの足にしがみ付いた。倒れるガルバードン。羽をバタつかせ何とか前へ進もうとするが、シルバーマンが重くて動けない。


 ガルバードンは更に羽をバタつかせて空へ飛び立った。

 引きずられてシルバーマンも空へ。


 ガルバードンが足元のシルバーマン目がけ光線を発射。

 シルバーマンが思わず手を放す、彼はそのまま地上に落下する。

 落下した衝撃でまた校舎が崩れ出す。


 痛みに堪えてシルバーマンは空に目がけ左手を押し出した。

 そして狙いを定めて光線を放つ。光線がガルバードンの羽の付け根に当たる。

 バランスを崩して落下する怪鳥ガルバードン、そして地面に叩きつけられる。

 羽をバタつかせ苦しむガルバードン。


 その視線の先は校舎の窓に向いている。

 口を開き光線が校舎の方向に。しかし狙いが外れ、校舎に光線は当たらなかった。

 それを見届けられたのかそうでないのか、再び光線を吐くこともなくガルバードンは跡形もなく消えて行くのであった。


   ×   ×   ×


 シルバーマンは暫く怪鳥が消えた場所を見つめていた。

 これで良かったんだろうか、ふと崩れた校舎の屋上に人影が見えた。そこには里子がいた。


 シルバーマンは勇一の姿に戻り急いで階段を駆け昇る。

 屋上に続く扉を開いたとき、そこは闇に包まれた世界だった。

 その闇の中白く浮かび上がる人影、里子の姿がそこにあった。


「なぜ殺したの」

 里子はいつも以上に冷静に、いや、冷徹に話しをする。

「前にも言った通り、自分の意思に関係なく怪獣の前に現れるんだ」

 里子の表情は動かない。いつものように瞳も潤んでいない。


「でも、あなたのしたことは何? 生きていても何の価値もない人間を助け、心が傷ついた少女を殺した」

 里子は冷めた目で勇一を詰問する。


「僕だって倒したくって戦った訳じゃない。僕だって彼女を救いたかった」

 勇一の脳裏にちひろの姿が浮かんだ。

 彼女の強い意志にたじろいだ自分の姿もそこにあった。


「あなたには誰も救えない。誰も幸せにはできない。いえ、誰かを不幸にさえしているの。他人を傷つけて、そして自分も傷つける。それが今のあなたなの」

 里子はそれを言い終わると、屋上出口へ向かった。


 彼女は勇一にそれ以上何もいわずに立ち去った。

 彼は再び闇に包まれた。心も含めて。


 なぜ自分だけこんなに苦しい思いをしないといけないのか。

 彼の問いは答えが出ない。その答えが出ないまま夜が静かに深まって行った。


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