和志と茉奈との対話 2
8月21日は、不破が加藤長官邸で密談する予定だったが、不破が意識不明の重体となった今、この日は空白の一日となった。
不破の後ろ盾のなくなった加藤長官がどれほどの規模で、反戦グループを手入れするか和志は分からなかったが、彼らは大きく動かない、いや動けないだろうと予想された。
何しろ情報源の一つである不破と、加藤長官はコンタクトが取れない。彼一人で出来ることには限界があるだろう。そう和志は思っていたし、事実そうだった。
和志は自分の介入で生まれた、新しい動き、それは高橋政権の基盤が一枚岩ではなくなってきている、というニュースだった。それをテレビで見ながら、右腕に装着した機具の点検をする。
「これで高橋首相も、逃げられない」
機具は致死量を含んだ毒針が、止め具を外せば飛び出す仕組みになっており、それで和志は高橋首相を仕留めるつもりだった。
その和志を見咎めて、軟禁状態にある茉奈は尋ねる。縛られた両足で和志を指し示して。
「あなた、高橋首相を襲うのね」
彼女の勘は鋭い。淡々とした様子の和志を茉奈は問い詰める。
「あなた、どうして高橋首相を手に掛けようとまで思うの? ニュースを見れば明らかよ。高橋首相は戦争を始められない。私達が一斉蜂起すれば政権は倒れるわ」
「どうしてって」
冷たい瞳をした和志の顔を、茉奈は覗き込む。和志は答える。
「一つは報復のためだ。先のデモで倒れた人々のための」
「その他には?」
和志は一瞬ためらったが、すぐに応じる。
「制裁だよ。これは。全ての戦争を始めようとした人々への。あるいは戦争の火種をまいた人々ヘの」
茉奈は顔をしかめる。
「あなた、狂ってるわ。公正な手段でも高橋首相は止められるんじゃないの? 少なくとも私はそう信じている」
和志は淡泊だ。機具のメンテナンスを続ける
「そう、かもしれないな」
「だが」と言って和志は目を一際鋭くさせる。
「一度芽生えた『不和』の種子は一度には、中々刈り取れないだろう。火種は燻り続け、いつか爆発する。その前に」
「高橋首相に全てを委ねて、そして自分が泥を被るつもりで」
茉奈は顔を一度横に大きく振る。
「幕を引こう、というのね」
和志は感心した様子だった。自分の心持ち、心情を巧みに読み取った茉奈の勘、洞察力に優しく笑みを零す。
「そう。その通り」
茉奈はしばらくの間、押し黙る。和志は、茉奈との対話を締めくくるように、こう口にする。
「それが俺の使命だからだ。君の言葉を借りれば『少なくとも』俺は、そう信じている」
「あなた、おかしいわ」
茉奈の指摘に和志は笑う。
「そうだろうな。俺は理想主義の実験体だ。理想を一つ、形にしようと思えば、歪な現実も生まれる。そういうものだよ」
「あなたは、可哀そうな人なのね」
そう茉奈が言ったきり、二人の会話は閉ざされ、途絶えてしまった。茉奈は黙りきり、悲しげに窓の外を飛ぶ鳥の群れを眺める。
その茉奈に一度だけ視線をやって、和志は機具のメンテナンスに時間を掛けて、一日を終えた。
8月22日を迎えた和志は、慌ただしいニュースを目にする。その一報は、昨日に引き続き、高橋首相政権の足元が崩れつつあると知らせていた。




