動きだす時間 1
その日の朝。それは丁度、十数回繰り返された一週間が終わり、8月17日を迎えた朝だ。和志は朝から<、最早習慣となったストレッチをして、体をほぐしている。
ただ一つこれまでと違うのは、彼の瞳に一つの決意が宿っていることだった。
「おはよう。和志」
「おはよう。朝美」
挨拶を交わし合う朝美と和志は、それがもう何度も「繰り返されない」ことに気付いていた。
午後少し過ぎ、シフォンを持って簑島が、和志達のもとを訪ねてくる。いつものようにご機嫌にケーキを取り分ける簑島は、和志の異変に気が付く。
簑島はケーキを配膳し終えると口を開く。
「和志さん、試すのね。たった一つの残ったアイデアというものを」
和志の心と瞳は穏やかだった。静かに応じる。
「ああ、今日からの七日間で、『繰り返される一週間』を終わらせる。覚悟はついた」
「そう」と応えたまま、簑島は何も言わなかった。簑島は、和志が自然と話を始めるのを待っているようだ。和志は姿勢を整える。
「一つ確認したいことがある」
「どうぞ」
蓑島は冷静に応じ、和志に促した。和志は両指を組み合わせる。
「あなたの父親……、不破克彦が犠牲になるがいいか」
蓑島はこの日が来るのを、こう和志が決意するのを、予想していたようだ。表情を少しも変えずに応える。
「あなたの判断に任せるわ。それに第一、私自身も父を手に掛けようとした人間。いかに父が日本を、多くの人々を裏切ったかを知らないわけじゃない。あなたに委ねるわ」
和志は、簑島の言葉を聞いて彼女自身苦しみ、そして業を背負う覚悟でいるのが分かった。和志は話を続ける。
「次の『麗華の虜囚』が生まれれば、時間は動き出し、俺達はこの街から抜け出せる。それに間違いはないね」
「私はそう聞いた。その仕組みに変わりはないはず」
「そうか」と和志は頷くと一つの考えを口にする。それこそ彼が最後に「残しておいたアイデア」だった。
「俺は馬淵さん、馬淵浩三さんを『麗華の虜囚』にするための手筈を整える。この一週間で」
「それが確実に上手く行くかどうかは分からないわよ」
和志のアイデアにあらかじめ簑島は釘をさした。
たしかに和志が試すアイデアで、馬淵が「麗華の虜囚」になる保障はないからだ。
だがその点も和志は了承済みのようだ。和志は言う。
「例え『消失』する可能性があるとしても、俺はこの一週間の4日目に麗華を出るつもりだ。上手く行けば、高橋首相の戦争は回避される」
和志はそう言うと天井を仰ぎ見る。
「綺麗な家屋だ。この家をあてがってくれた仲間達に感謝するよ。俺はこの家での想い出を一生忘れない」
和志のその様子を見て、朝美の心を様々な想いがよぎる。
和志を、彼を引き止めることが出来るのは私だけだ。そしてそうしなければならない。
だが和志は私の言うことを聞いてくれないし、聞かないだろう。そう朝美は思っていた。




