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霧の街、麗華へ 2

「この計画は大きな賭けだった。暗殺に成功すれば、高橋政権は当然のように崩れる。戦争は避けられる。素人なりにそう考えていたつもりだ」

 朝美は、和志の言葉の意味が、理解出来ていた。

 素人なりに。その通り。和志と朝美は素人だからこそ、暗殺計画を託されたのであり、同時にミスも仕出かした。

 「熱に浮かされた」。この言葉が正に当てはまる。

 和志は口元を左手で抑える。

「でも計画は失敗に終わった」

 和志は悔しげに、仄かに疑念さえ漂わせて、話を続ける。

「そう。そしてその結果、高橋が反戦家を弾圧するきっかけを作ってしまった。最悪だ」

「……」

 現状を悲観する和志を、朝美はただ見つめるだけだ。和志は右手で軽く頭を抱える。

「高橋が暗殺の首謀者に野党議員を仕立て上げるかもしれない。そうすればこの国は……」

 和志は自嘲する。

「報復どころじゃない」

 朝美は、和志の気持ちを和らげる。和志に押し寄せる不穏なイメージを拭えるのは自分だけ。

 そう思うと朝美は楽観せざるを得ない。

「高橋首相、そんな強引なことまでやるかしら。ひょっとすると、彼自身少し考えをあらためる契機にもなったんじゃない?」

 和志は、朝美の言葉を聞いているのか聞いていないのか、神経質に口元を抑え、何やら独り言を呟いている。

 朝美は、和志の高ぶる気持ちを抑えるため、キッチンへと向かう。キッチンには生活用品、食料で溢れており、しばらく生活するのに支障はない。

 手配されている。ありがたいことに。だがこれは勝利者のみに与えられる環境だったはず。

 そう思うと朝美の胸は詰まった。だが構わずにコーヒーの準備を始める。和志をリラックスさせられるのは、性格的に対極にある自分だけ。朝美はそれを知っていた。

 朝美は和志に呼び掛ける。

「和志、コーヒーはいつものでいい?」

 和志は色々と考え事をしているのか、髪に何度も手櫛を入れ、応える様子はない。

 どこで? 誰が? どういう風に? 朝美は伝達ミスの原因を探るも答えは出ない。

 朝美は、互いに気分を入れかえようと、少しハミングをする。和志はそれをよく思わなかったのか、俯いて静かに口にする。

「こんな時に……」

 朝美と和志は、お互いにその性分をよく理解しあっている。朝美は和志の性格を誰よりも知っていた。だから和志の気持ちもよく分かった。

 ハミング。陽気な声。それらは和志の神経に触れるのに充分だった。

 居間に戻った朝美は和志にコーヒーを手渡す。彼女は和志の斜め向かいに腰を降ろす。

 ようやく和志も気持ちの整理がついてきたのか、彼は自分自身を苛めるよりも、真相を明らかにすることに心を傾ける。

 和志は推し量り、呟く。

「政府内に内通者? 嘘だ。政敵を追いやるつもりなのか? 高橋は。どこまで計算づくなんだ」

 朝美はなるべく落ち着いた口調で、疑問に思っていたことを和志に尋ねる。

「硬質ガラス。高橋首相は自分が狙われるのを知っていた。どういうこと?」

 和志は乱れた心を整えて核心を突く。

「どこからか情報が漏れていたんだよ」

 どこから? そう。それは予想出来たことだ。偽った情報が流された以上、そう推察するしかない。和志は口にする。

「反戦グループに密告者がいたとして、どうそれを、一介の市民運動家に過ぎない俺達が探し当てる? ほぼ不可能に近い」

 朝美は和志が冷静なのが分かった。和志は状況をしっかりと把握して、これからの展望を見据える。

「一週間。一週間から十日だ。今後どうなるのか見守ろう。無理に動けば高橋首相の思う通りになる。麗華が逃亡先に相応しいのは、分かっているのだから」

 話が一段落すると、和志はほっとしたのか、コーヒーを口にすると、一言零す。それは朝美を不本意にも、軽々しく誘ってしまった後悔から来ていたた。

「朝美、こんな暗殺なんて大それた計画に、そして報復行為に、君を巻き込んで本当に、すまなかった」

 朝美は俯きがちに和志に視線を送ると、彼を庇う。

「大丈夫。私自身が選んだのだから。私にも責任はあるわ」

 和志は少し気持ちが和らいだのか、ほんのりとした笑みを浮かべる。

「そうか。だけど自分が恨めしいよ。少し銃の知識に詳しいからって安請け合いしてしまった」

 和志はその言葉を最後に、物憂げに黙り込む。和志の揺れ動く気持ちが手に取るように朝美には分かった。


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