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霧の街、麗華へ 1

 道沿いに緑が覆い繁る。閑散とした道路を走り抜けると、麗華まではあと少しだった。

 心の空白。虚脱感。それらを振り切るように、和志はハンドルを強く握りしめる。

「ひっそりと孤立した街。それが麗華だ。あそこなら捜査の手を逃れられるはず」

「大丈夫、なのね?」

 そう和志に尋ねる朝美は、和志の痛々しい思いを和らげようとする。

 和志は朝美の癒すような声に、反応しない。いや出来ない。和志のハンドルを握る力は、より一層強くなる。

 和志達の車の視界に濃霧が遮り、和志は車のスピードを落としていく。

 暗殺失敗の原因は、情報伝達のミスという初歩的なもの。どこに不手際があったのか。和志の心は穏やかではない。

 麗華の入り口。錆び付いた看板には「ようこそ。麗華へ」とだけ書かれている。和志は少し冷静さを取り戻したのか、落ち着いたように零す。

「着いたぞ。ここが、麗華だ」

 看板を通りすぎて、麗華へと走り抜ける和志達の車。それは孤独な二人きりの逃亡生活が始まったのを表していた。

 麗華は、民家がポツポツと立っているが、人けは少ない。

 広場を抜けてすぐの場所に、一軒の家屋がある。それが潜伏先として確保されていた場所だった。

 茂みに覆われたその一軒家は、洋風の佇まいで、どこか長閑な雰囲気さえ醸す。

 和志と朝美の揺れる心情を表すかのように、屋根の上では風見鶏が揺れている。

「童話から出て来たような家ね」

 家屋を一通り眺めた朝美はそう呟くと、和志とともに荷物を手際よく纏める。

 和志は、陰鬱な気持ちが少し晴れたのかやや自嘲気味にこう零す。

「こんなのんびりした家屋に暗殺未遂犯が住んでるとは、誰も思いやしないさ」

 その和志の言葉を耳にした朝美は、和志が屋内に入るのを見送ると、麗華の街並みを見回す。

「本当に何もない街」

 静かな街並み。

 童話風の家屋。

 人けのない街。

 都会とはかけ離れた空気に馴染んでくるにつれ、何か他の選択肢があったのではないかとの想いが朝美に去来する。 

 朝美は、両手を合わせ、指先を唇にしばらくあてると、気持ちの整理をつけたのか、和志を追って家屋へと入る。

 和志と朝美は居間へと向かい、バッグや武器類を収納したケースを仕舞っていく。これで少し「後悔」から解放される。そう朝美は思っていた。

 朝美の気持ちを知ってか知らずか、和志は無言のままTVのスイッチを入れる。

 和志は、自分の境遇をやや受け止めたのか、その動き、仕草には彼特有の落ち着きが戻っている。

 TVではほぼ全ての放送局が、和志と朝美が手をつけた、高橋首相暗殺未遂事件を取り上げている。

 キャスターが上気した声で、原稿を読み上げる。

「……遊説中、高橋首相が何者かに狙撃されました。銃弾は防弾ガラスに阻まれ……」

 キャスターの声は二人には虚ろに響く。 

 画面には穏やかに民衆を落ち着かせる高橋の姿が映る。キャスターは原稿を急ぎ、読み纏める。

「高橋首相は、直後に声明を発表。これは民主主義への挑戦だと、反体制派を激しく非難しました」

 「民主主義への挑戦」。二人はやられた。先に手を打たれてしまった。

 和志は悔しそうに舌打ちをする。

「平和デモを、武力で弾圧した男の言葉じゃない」

 和志の悔しさを差し置いて、キャスターの原稿を読み上げる声は響く。

「なお、高橋首相は政府内に内通者がいるとの見通しも立てており……」

 和志は、若干苛立たしげにTVのスイッチを切る。朝美は、右手を軽く和志に差し伸べる。

「見ないの?」

「ああ、混乱するばかりだ。いやな予感がする」

 和志は、自分が夢に浮かされ、報復心に突き動かされて「仕出かした」未遂事件の行き先を予想していく。


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