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青春ショートケーキ

青い空に近いところ

作者: 狂言巡

 夜のうちに漂白されたかのような雲は、ゆらゆらマイペースにすぎてゆく。まぶしい青空は朝っぱらからキラキラ笑っている。

 そしてその真下にいる私たちは、オサカナごとくポカンと口を開けて、飛ばしている。何をって、魂を開けはなして、餌を待っているんだ。それは別に喧嘩を売っているような味のクッキーでもいいし、味が溶けてしまったくにゃくにゃのポップ・コーンでもいい。それがなんらかのサクラメントになり得るならば、それがメタファとしての何かのサクリファイスになり得るならば。


(そらはなぜあおいのですか、そらはなぜ)


 おーい、雲さん雲さんよ。ゆうゆうと、


「呑気そうやあーりませんか」


 隣で穂長月竜胆(ほながつき りんどう)がぐうんと伸びした。シンクロした脳裏に思わずしかめっ面。なんだっけ、アフロダイティ、カリフォルニー、シュプリーム、誰それ? 夏の、千切れて空に舞うシナプス。


「ううう」


 暑い。今日は、みいんなだれている。海から引き揚げられた、イカや魚のように。私と、竜胆と、史月義光(ふみづき よしあき)は特に。まだ筋肉がつきづらい手足なんか、焼きついて地面にくっついてしまいそうだ。半ズボンじゃない男子に少し同情。今、私たちの上にとてつもなく大きな肉食系の何かが潜んでいたならば、私達は都合のいいおいしそうな獲物なんだろう。たとえ私たちはそれに気付いたとしても、のんきに口を開けて餌を待ち続けることだろう。


「じりじり」


 義光が口で、自らが焼けている音を表現した。太い眉毛や四角いおでこに、汗の玉が転がっている。これだけ暑いんだから中にいればいいのにとか言われそうだけれど、そうしないところが私たちの愚かかつ特徴的な証拠だ。

 私たちの現在地は、屋上の校内で避雷針の次に高いところの、大きな熱い球体の上へ寝転んでいた。分かりやすく言うと学校の屋上の、なぜだか異常に大きい給水タンクの上だ。

 一体何でできているのか知らないけど、異常にそこは熱い。これならばさっきまで殺人的と心の中で罵っていたコンクリートも、ここちよい南極になってしまいそう。一枚解いた内部には、誰も飲みはしない人間の都合で汚れた水が、あふれているというのに。


「あづい」


 青空と半袖のシャツ。気取って中に色シャツを着る気力なんてない。前は三人して、全部開け放った。お前は一応女の子なのにそんなことしていいのかって? いいんだ、こいつらとは男だとか女だとかで色づけされてないから。薄い、子供の胸。シャツで斜めに遮られた日差し。この侭なら私達の身体は、プールで指を差さされて笑われそうにおかしな日焼けをすることになるだろう。

 空の機嫌を除けば代わり映えない毎日。例えば。例えばもしも明日、この街が水底へ沈んだとしても、私達は気付きもせずに死んだ身体をベッドへ置き去り、魂に制服を着て、学校へ通ってくることだろう。テレビが壊れたことをイライラしながら。暑さなど感じないのにそれに気付きもせず、あついあついと毒づいて水底から見る青い太陽を睨むことだろう。

 習慣性は崩れず仁王立ちのまま。今日の空は、合成みたいだ。うーん、それはうまくないな、なんていうかさ、現実味がないんだ。


(空はなぜ青いのですか、空はなぜ)


 小さい時に浮かんだクエスチョン。物事には必ず裏がある。誰かに聞いて、誰かは教えてくれたけれど、とうに忘れてしまった。きっと、面白くも何ともない回答だったんだろうな。空想だらけの私の頭の中にいるのはガマンできずに飛び出してしまうような、インテリな回答だったんだろう。

 そういえば海はなんで青いのかな。あれは空を映した水だからなのかな。それとも空が、海を映した空気なんだろうか。それを知るのは、大切なこと? 大切なことは、目には見えないんだって。昔空で行方不明になった、どこか外人さんが言っていた。


『心デ見ナケレバ、肝心ナ事ハ見エテコナイ』


 だってさ。心の目で見れば、空はどうして青いのか、見えるのかな? その時、空が青くなかったら、私はきっと混乱してしまうだろうな。心の目で見た空は、何色をしているんだろうか。本音って、うまく言えないもんだな。実にもどかしい。

 大切なことは目には見えない、けれど。夢も希望も、愛も未来も、昨日にパックリ食べられて、ボロボロの悪夢だけが残っている。誰がそんなもの食べてくれない。その後に、一体全体なにが残るっていうの、テグジュベリ?


(空は何故青いのですか、空はなぜ)


 薄笑いの奥の強がり。下からセミの音が聞こえる。竜胆は目を閉じて、眠っているように見える。義光は虚ろな目で飲み干した、空っぽのペットボトルの、飲み口をカジカジと噛んでいた。

 私は、とにかくだらだらしている。球体のエッヂに沿い、腕を投げ出した。熱い。ここで眠ったら、寝相の悪いらしい私は転げ落ちるだろうか? 被っていた帽子をずらして顔に載せた。遮られる日差し。けれど代わりに息が中へ籠もって、かなり熱い。あついのなんの! 本物には入ったことはないけど、例えるならサウナだ。鼻血が出たら嫌なので、さっさと投げ出した。


「なあ、義光」

「あー、何や?」

「空って、どうして、青いんだ?」


 デオキシリボが溶けて見えなくなる。遠く霞む、逃げ水に蜃気楼。すうっと、遠くに。そこは冷たいのだろうか。


「あーオレも今それかんがえとった」


 またも。シンクロした脳裏に、しかめっ面。その時、寝たと思っていた赤いのが、目を閉じたまま突然喋った。


「知ったこっちゃないわ」


 私は少し驚いてその、汗ばんだ顔を見つめる。竜胆はいつも綺麗に整えている、けれど今は崩れて見る影もない茶色い髪を、少し指先に捕らえながら言った。


「ええやんかそんなの」


 見えない校庭から、誰かが、キラキラの笑う声がする。暑いのに、どうしてもこの季節は人のなにかを駆り立てるのだ。


「俺ら阿保だし。考えてもわからんやろ。でも、」


 竜胆は目を開けた。


「なんでか知らんでも、阿保でも、目ぇ閉じとってもずっと、空は青いんや」


 キィィィィィィィィィィィィン。

 今のところ一番空に近い飛行機が、私たちの頭上を切り裂いていった。あの中は涼しいんだろうなチクショーめ。知っているか? 飛行機の豆知識。世界で年間約一二〇〇人の人間が、飛行機で金と共に命を落っことしているんだぞ? 名も知らぬ誰かに嫌がらせしてみる。


「そやな」

「ていうか海はなんで青いんだ? 空を映しているのか?」

「知るかいな、空のことと合わせて理科の先生にでも聞いてみ」

「理科の先生ってアレか、爆発頭の白衣のチビか」

「あー、あいついつもウロチョロしとるよなー。あいつ担任持っとんの?」

「一年か二年か三年」

「アバウトすぎるわ!」

「後で姉さんに聞いてみよう」


 ああ今すぐかき氷かアイスが食べたいなあ。ブルーハワイかソーダ味がいいな。帰りにどこか寄ろうか。今の空、すっごく青い。まるで何かの合成を見ているみたいだ。けど、合成じゃないんだから、つまり、今時の合成が本物すぎるんだろうな。どうしてか知らない、私はまるだし阿保だし。

 目を閉じていても、たとえ明日私たちが一斉に死んでも、気付かないと思う。でもやっぱりずっと、多分この空は、青いまま。少し不謹慎なほどの青さ、私たち阿保組とお揃いだ。どんなバカにも優等生にもお金持ちにも貧乏にも、はたまた犯罪者や全然知らないかわいそうな人にだって。フールプルーフのこの空は、公平にいつでもどこでも見上げることができる。

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