いつもの散歩道
「ああ、ミス・五十鈴、よかったここにいたのか」
背後から響いたやけにさわやかな声に、五十鈴は相変わらずだなあという気持ちで振り返る。
いつでも、いつになっても無駄に王子様気質なのがルディのおもしろくてかわいいところ、なんて本人には決して言わないけれど。
「どうかした、ルディ?」
訊いてから少し緊張してしまったのは、鞄に入れたまま、まだ渡していないプレゼントのせいだ。
ミノリとセララの買い物に付き合って、どうするか迷ってつい買ってしまった、小さな箱入りのチョコビスケット。バニラ生地の上にわんこ肉球型のチョコレートが乗っかっていたのだ、これを買わずにいるなんて飼い主失格──というのは言い訳だって、もちろん五十鈴だって気がついている。
動揺を隠した五十鈴の前で、近づいてきたルンデルハウスが気取って頭を下げた。
「どうかした? ではないよミス・五十鈴。今日が何の日かは君も知っているだろう?」
そう堂々と言いきったルンデルハウスを見て、五十鈴が、ぽかん、と口を開いた。
──すごい。
──こんなに直球でチョコを欲しがる人って初めて見たよ?!
そう思うとひどくおかしく思えて、いけないと思いつつ五十鈴はつい笑い出してしまう。
「もう、しょうがないなルディは。そんなにチョコが欲しいだなんて思わなかった」
けれど五十鈴の言葉と態度の両方に、ルンデルハウスは不思議そうな顔をして見せた。
「チョコ? ミス・五十鈴、君は何を言っているんだい?」
「へ?」
何を言っているもなにも、バレンタインの話ではないのだろうか。
他に何の日なのか思い当たるものもなく、五十鈴は疑問をルンデルハウスにぶつける。
「何って、だからバレンタインの事でしょ?」
「そうとも。今日はバレンタイン、日ごろの感謝を大切な相手に伝えるべき日だ。という訳でミス・五十鈴。これから少し付き合ってもらえないだろうか?」
「……は? え……ええええっ?!?!」
驚きの声をあげる五十鈴にルンデルハウスはいまだ不可解顔だ。
「どうかしたのかい? 僕は、何かおかしな事を言っただろうか?」
「や、だって、バレンタインってほら、女の子が男の子に、だからええと……これじゃあ何か逆でしょ、逆!」
慌てる五十鈴に首を傾げて、ルンデルハウスが顔を覗き込む。
いつもはあまり気にならなくても、この近距離で見る彼の容貌はなかなかどうして恰好いい。ドキドキしてしまったらどうしよう、なんて、すでにドキドキしてるのにも気づかないまま五十鈴は思う
ルンデルハウスは真面目な顔で言葉を続けた。
「逆とはどういう意味だろうか? 僕の故郷では、今日は男性が女性に贈り物をする日だよミス・五十鈴。それとも<冒険者>の間では違う意味合いがある日なのかい?」
「えっ、それは……つまり、その……」
五十鈴たちの世界では、バレンタインは女の子から男の子に好きと伝える日だ。
そう言葉を作ろうとして、大慌てで自分の中から考えを追い散らす。
そんな風に定義してしまったら鞄の中にある、あのクッキーが急におおごとになってしまう。
親愛の情。友チョコ。そう、たぶんそれなんだから。
「ううん……とにかく、<冒険者>風が別にあるらしいことは分かった。が、まずは僕にエスコートさせてくれないかミス・五十鈴」
「えすこーと……あのさ、ちなみにどこへ行こうっていうの?」
「それはもちろん──」
白い歯が光るんじゃないかという笑顔でルディが胸をはる。
こういう仕草の時は、おばかっぽくって五十鈴も安心できる。
「<RP.jr>さ! あそこの明太子ポテトサラダは僕たちにとって大切な思い出の味だろう?」
「思い出の味って……先週も食べたばっかりじゃない」
「今日は僕がご馳走するのさ。もちろん、クラッシュ・シャーベットもデザートにつけよう」
「こんなお天気でシャーベットなんて食べたらお腹壊しちゃうでしょ!」
「むむ……では何がお好みだろうか。今日はミス・五十鈴の好みに合わせるよ」
「……でも、ルディはホットサンドが食べたいんでしょ?」
確かめるように言うと、ルンデルハウスの背後に幻の茶色のしっぽが確かに見えた。
嬉しそうにぶんぶんと振って、五十鈴の決定を心待ちにしている。
「ま、いっか」
そう呟くとにやけすぎないように、五十鈴はきゅっと唇を引いた。
行く道のどこかでチョコを渡すこともできるかもしれない。
そんな事を考えながら五十鈴は、相棒のわんこといつもの散歩へでかけるのだった。