銀と黒
その少女の来訪はめずらしいものではなかったけれど、彼女のそわそわと落ち着かない様子など初めて見るような気がして、レイネシアは細い首を上品に傾げた。
細くしなやかな銀髪が、なだらかな肩の上にさらり、とこぼれる。
雪続きのアキバにあって、水楓の館は心地よい暖かさに満ちている。
けれど、あかあかと薪をくべられる暖炉の炎に照らされてなお、レイネシアの髪は冬の湖水のような透度の高い美しさを保ち続けていた。
一方、小さな耳をほんのりと赤くした黒髪の少女は、日頃の口下手をなんとか返上しようと薄い唇を懸命に動かす。
潤んだ大きな黒い瞳に、同じ色の長い睫毛が影を落とす様子は日本人形さながら。どちらも静かな佇まいであるのに、まるで対に作られたようなふたりの少女であった。
「つまり、だ」
黒髪の少女──アカツキがようやくたどり着いた結論を口早に声に出す。
「そのバレンタインの贈り物を選ぶのに、付き合ってもらえないかと、そう思ったのだ」
「贈り物……ですか」
レイネシアの呟きにはありありと動揺が現れている。
貴族の娘である彼女は、そもそも贈るより贈られる側の人間であったし、相手が誰であれ手ずから何か品物を選ぶような積極性のあるタイプではなかったからだ。
だがそれを言うのであればアカツキもまた、誰かに物を贈るなどという行為に慣れてはいない。
「自分ひとりでは、相手の喜ぶ物を選べるとは思えないのだ。特にその…異性の気持ちというものがあまりに想像つかなくて」
「そういった意味でわたしがお役にたてるとは、あまり思えないのですけど……」
困惑した表情で頬に手を当てるレイネシアに、アカツキはぷるぷると首を振ってみせた。
本来なら、年下の相手にこんな相談など馬鹿げているのかもしれない。
だけど背が低く、人付き合いも得意ではない自分と比べてレイネシアはそう、有り体に言ってしまえば「モテる」のじゃないかと思っていた。
同性のアカツキの目から見てすら、この少女は守ってあげたくなるほど儚げで、美しい。
もちろん交流を深めた結果、この少女が積極的に異性に関わることなんかより、暖かな部屋や甘いお菓子や、静かで脅かされない生活を好んでいることは分かっている。
彼女よりもっと経験豊富そうな人物の心当たりだって、ある。
例えばマリエールや、ナズナや、リーゼ。死戦士ルグリウスとの戦いで共闘した彼女たちなら、きちんと頼めば嫌がらずに相談に乗ってくれることだろう。
それでも。
「選ぶのを迷っているのも勿論あるんだが、実は憧れていることもあって……。<冒険者>の女性たちはよく一緒にそういうショッピングを楽しむものなんだ。その……友だち、と」
言いながらアカツキの顔は見る間に紅潮していった。
アカツキの言葉を聞いたレイネシアも、数度の瞬きのあと、ほのかに頬を桜色に染めた。
友だち。
このありふれた関係性に、彼女たちはこれまであまりに馴染みがなかった。
だからアカツキは思ってしまった。レイネシアと一緒にバレンタインチョコを選びに行きたい、と。
だからレイネシアは思ってしまった。アカツキが求めるのなら彼女の役にたちたい、と。
それがゴッコ遊びのような拙さであるのはお互いに承知していた。でもだからこそ、この行為には意味があるのではないかと思えた。
「あの、そういうことでしたらわたしも、微力ながらお手伝いしたいと思います」
彼女にしてはめずらしく、レイネシアが前向きさを表して言った。
はっとした表情でその言葉を受け取ったアカツキは、眼差しを真剣なものに変えて彼女を見返す。
「レイネシアの分はわたしが手伝うから」
「え……あの、わたしの分、ですか?」
思いがけないことを言われてレイネシアが大きく目を見開く。
それにこくり、と頷きを返して、早速というようにアカツキは立ち上がる。
「勿論だ。一緒に選ぶのに意味がある、たぶん」
「でも<冒険者>さんのバレンタインって、意中の方にプレゼントを贈るのでしたわね? わたしには特に、そういった心当たりはありませんし……ほ、本当ですよ?」
そんなレイネシアの言葉に今度はアカツキが飛び上がった。
「い、いや待て、違うぞっ、バレンタインは別に絶対に好きな相手にだけ贈るものではなくて、友人や日ごろお世話になっている人や尊敬する人や、そういう人に贈ることもあるのだからな…!」
慌てたアカツキの言葉に、なぜかレイネシアも動揺した様子を見せる。
「あ、なるほど、そうなのですね。それでしたら……ええ。別にお友だちな訳でも尊敬している訳でもありませんけど、お世話には……なっています、悔しいですけど」
「そう、わたしだってその、主君に対しての忠義というか、畏敬の念というかだな……ええい!」
ひとしきり慌てた二人はふと目を合わせると、力が抜けたように同時にくすくすと笑い出した。
部屋の外にこっそり控えていたエリッサが呆れたようなため息をつき、主人の外出着を整えるべく衣装室へと向かって行った。