第三章 ~ 招かれざる客 ~ 第一話
エントランスホールに無理矢理引き出された少年は、薄く埃の積もっている床の上で正座をさせられていた。
「ううっ……ひどい目に遭った。いったい俺が何をしたってんだよ……」
頭のたんこぶを擦りながら、少年は目の前でふんぞり返って立っているミルクマードとルシルベアイスを恨めしげに見上げている。
「貴様が変態行為に耽っていたからだ! この痴れ者がっ!」
まだ顔に赤さを残しているルシルベアイスが怒鳴りつけた。
「てゆーか、あんたたち誰? 勝手に人ん家に上がり込んでさぁ……」
「手紙に書いたでしょ。私はシュタインゲルグ王家王位継承権第一位ミルクマード・シュタインゲルグ」
ミルクマードは頭に被っていたブーケを外し、腰にまで届く長い直毛の金髪を解放した。
「私は近衛騎士ルシルベアイス・アイアンゲートだ」
ルシルベアイスは腰に提げていたロングソードを少しだけ抜いて、刀身に刻印されている『猟犬と槍』の紋章を少年に見せた。シュタインゲルグ王家の近衛騎士だけに許されている紋章だ。
「……ふぅん」
正座させられたままの少年は目の前に立つ二人を蒼い瞳で見上げ、それからふて腐れたように顔を横に向けた。
「……なんだその態度は。貴様」
「なんだって言われてもねぇ……」
少年のあからさまに不遜な態度に腹を立ててルシルベアイスは注意したが、少年は耳をほじって、小バカにするように鼻息を吹いた。
「ねぇ、あんた本当にトロン・リザード?」
今にも少年を殴り飛ばしそうになっているルシルベアイスを視線で止めてから、ミルクマードが前に進み出た。
「そうだけど」
「『伏龍』って呼ばれているあのトロン・リザード?」
「そう呼ばれているみたいだけどね。それが?」
目の前にいる少年が、どうしてもあのタオル・ファイアウォールと比肩するキレ者には見えなくて訊いたのだが、残念ながらこの少年が伏龍トロン・リザード本人だった。
「そう……なんだ……」
ミルクマードはがっくりと肩を落とした。
昨日、一昨日とトロンの姿を背後ろから見てはいたが、こうやって正面からしっかりと見るのは初めてだった。
眠そうなタレ目と、臆病そうに眉尻の下がったその相貌からは覇気の欠片も感じられない。
少し癖のある柔らかそうな青色の髪は寝癖がついたまま放置されていて、みすぼらしいよれよれの服には、なぜか小さな木屑がいくつもひっついていた。
家の荒廃ぶりだけではなく、日常のだらしなさが身だしなみにも現れている。
女の子のようななで肩をしているせいか、男性特有の逞しさも感じられない。むしろ女装が似合いそうなくらいに柔和な顔をしていて、体の線も細い。なのに――、
「で、いつまで俺をこうやって座らせておくつもりだ? 言っちゃなんだけど、ここは俺ん家で、あんたたちは招かざる客なんだけどな」
外見に反して、喋り方はひどく生意気だった。
「貴様、無礼にもほどがあるぞ。それが姫様に対する口の利き方か!?」
ルシルベアイスが、その不遜な態度を再び強い口調で注意した。
「無礼? シュタインゲルグ王家ってもう滅んだんだろ? その子はもうお姫様なんかじゃなくって『元お姫様』。で、今は俺と同じ平民。十六歳の俺よりも二つ年下の十四歳なんだから、敬語を使う必要なんて全然無いだろ」
トロンの立場から見ればミルクマードたちは勝手に家の中まで入り込んできた迷惑な客であり、すでに敬意を払う必要も資格もなくなっているのに、それでも彼に対して礼節的な譲歩を迫ってくるような非常識な相手だ。
そうされればトロンでなくとも腹を立てるのは仕方がないだろうし、言っていることも事実であり正論だった。が――、
「き……貴様ぁー!」
が――、それがいくら事実であっても、口にするのは憚られる事が世の中にはある。
今の発言こそ正にそれだ。
愛する両親も今までの生活をも失って失意の中にあるミルクマードに対して全く気遣いをしようともしないトロンの言葉に、ルシルベアイスが額に青筋を立てて逆上した。
「やめなさいルーシー!」
剣の柄に手を掛けて、今にも少年に斬りかかろうとしている彼女をミルクマードが素早く制した。
「ですが姫様!」
「いいのよルーシー。彼の言っていることは事実なんだから」
ルシルベアイスはその言葉に反論しようとしたが、頭に血が上った精神状態ではどう言葉にしていいかわからず、もごもごと口の中で何かを言いかけた後、悔しそうに口をつぐんだ。




