第一章 ~ 落城 ~ 第一話
「お母様……どうして?」
王女は声を震わせながら訊いた。
その問いに王妃は小さく溜息を零し、それから哀しそうな笑みを浮かべながら呟いた。
「あの人、ここで死ぬんですって」
「お父様が?」
「ここで自分だけ逃げたのでは、これまで共に戦って、そして死んでいった家臣たちへの裏切りになる……ってね」
そう言って王妃は少し目を伏せ、あの人らしいわ。と、また溜息を吐いた。
「あの人がそう決めたんだから、私も最期のその瞬間まで側に居ようと思うの。だから――」
二人がいるのは簡素な調度品しか置かれていない王妃の私室。
その部屋の飾り窓は外から差し込む赤い光で揺らめいていた。
城下町から赤い炎が吹き上がっている。
炎から吐き出されるどろどろとした黒煙が天を覆う、その下では今もまだ戦闘は続いている。
猛り狂った馬の嘶き。
剣と剣が噛み合う鋭い金属音。
城壁の内外から聞こえる怒声。
城内を行き交う女官たちの黄色い悲鳴。
城門を破ろうとする破城槌の突貫音。
数多の命を散らせながら奏でる滅亡という名の協奏曲は、すでに終盤へとさしかかっていた。
この西の大陸で覇権を握った時代すらあったシュタインゲルグ王家。
その居城であるオルドブリア城が間もなく陥落する。
「だから、ミルクマード。貴女だけで逃げて」
「お母様……」
王女ミルクマードは母を説得するのを諦めた。
このまま城に居残っていれば必ず殺される。それを分かっていて城に残ると決め、そしてなお柔和に微笑んでいる母の決意は、どんなに言葉を費やしたところでもう揺るがない。
それが分かったから――。
「だったら……」
ミルクマードは自分のドレススカートの裾をきつく握り、薄青色の瞳に涙を浮かべて眉を吊り上げた。