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第二章 ~ 訃報 ~ 第三話

 思いがけない言葉にルシルベアイスは自分でも変だと思うくらい裏返った声で訊き返した。


「おや、違ったかい? クルド爺さんの事を訊いてたし、その風体だろ? てっきりあの爺さんのところへ用兵を学びに来た浪人さんだと思ったんだがなぁ」


 自分の見立てが外れたと思った店主はしょぼーんと眉を垂らした。

 それを見たルシルベアイスは、これが好機とばかりに慌ててその話に乗った。


「そ、そ、そうなのだ。見ての通り私は諸国を巡る浪人でな、どこか良い仕官先がないものかといろいろと捜し求めているのだが……なかなか思うようにはいかず。うん、そんな感じだ」


 ルシルベアイスの返事を聞くなり、店主のどんよりとした曇り顔は強風に雨雲を吹き飛ばされた五月の空のように晴れ渡った。


「ふふん、こう見えてもおっちゃんは三十年もこの商売で接客しるからよぉ、人を見る目は確かなんだ」

「な、なるほど。いやはや、その慧眼けいがんには恐れ入ったぞ。いや、まったく」

「んふふふん」


 店主、すっかりニコニコ上機嫌である。


「しかし残念だったなぁ。噂だとあの爺さんはイースト大陸グラウンドでそれなりに名を馳せた軍学者だったらしいな。ま、それを知ってるからアンタはわざわざここまで来たんだろうけどよ」

「そうなのか? ……いや、そうなのだ。店主殿の言う通りだ」


 クルドに関する情報をほとんど持たなかったルシルベアイスは、彼が東方の大陸での名を馳せた人物だったことを知って、つい「そうなのか?」と言ってしまったが、この返事はおかしいと自分で気付き、すぐに言い直した。


(それにしても……)


 ルシルベアイスは抱えていた食料をカウンターに置き、腕を組んで考え込んだ。


(東の大陸で名を馳せた老齢の軍学者で、名がクルド……まさか!?)


 王妃がなぜ王家と縁のないクルドという名の人物を頼れと言い残したのか分かった気がした。


 もし王妃が勧めた『クルド』が、自分も伝え聞いたことのあるあの『クルド』であったなら、なるほどミルクマードを庇護する者としてこれ以上適任の人物はいない。

 しかし、その肝心のクルド老が、もうこの世にいないのではどうすることもできない。


 これから先どうしたらよいのか途方に暮れていると、ルシルベアイスの正面でなぜか同じように腕を組んで難しそうに顔をしかめていた店主が再び声を掛けてきた。


「まぁあれだ。そんなに気を落としなさんなよ。おっちゃんはお前さんみたいな美人がしょげているのなんて見たくねぇからよ。……そうだ! いっそ爺さんのお弟子さんに弟子入りしたらどうだい?」

「弟子に弟子入り?」


 店主の突拍子もない提案に、ルシルベアイスは眉をひそめた。


「なんといってもあの爺さんの下で学んだ弟子は優秀な奴が多くてな。仕える先はちりぢりになっているが、皆それぞれの仕官先で順調に出世しているらしいぞ。こないだあったシュタインゲルグ王家との戦いでも、ブルジュ・ローリエに仕官した爺さんのお弟子さんがかなり活躍したそうだ」


「クルド老の弟子がブルジュ・ローリエに!?」

「あぁ。タオル・ファイアウォールという弟子だが、爺さんのところで一、二を争うキレ者だだった奴でな……。おいおい、知らないのかい? 仕官先を求めている浪人なら、それくらい知っていて当然のことだろうに」


「い……いや、知っている」


 ルシルベアイスが店主に表情を見られないように顔を伏せ、歯を噛んだ。


「その名は聞いたことがあるが、その者がクルド老のお弟子だったとは知らなかったのだ……」


 そう答えながら、必死に胸の内から湧き上がってくる怒りを抑えていた。


 彼女はタオルの名を知っていた。いや、知っているどころの話ではない。タオルなら戦場で幾度となくその姿を見た。

 騎士としては小柄ながらも、赤い羽根飾りのついたフルフェイスの兜を被り、深紅のマントを翻して戦場を飛翔するように駈けるタオルの姿は、まるでフェニックスのようだった。


 今にして思えばタオルの存在こそが、シュタインゲルグ王家が敗れた要因だったのかもしれない。なにしろタオルが出陣した戦場では、シュタインゲルグ軍が必ず負けていたのだ。


「そうか、タオルはクルド老の弟子だったのか……」

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