表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ゼロ

作者: 三本指

 凍えそうな夜の空気の中を歩いて愛機の前に行くと、その男が先に愛機を見つめていた。

 何も言わずに彼の横へ並んで立つ。


「どうしてこいつがゼロって名前なのか知ってるか」


 数えきれないほど世話になった、第二の親父と呼んでも構わないような老いた整備士は、おもむろにそんなことを聞いてきた。


「……こんなときになんだよ」


「お前を一端に戦わせてくれる相棒の名前の意味ぐらい知っていても罰はあたらんだろう」


 ――――それはそうだ。しかし自分もそのぐらいは知っていた。


「皇歴の下がゼロの時に出来たからだろ?」


「……お前にしちゃ、まァよく勉強してたな。だが本当は違う」


「何?」


 そんな話は初耳だ。

 しかしこの爺さんが零のことで嘘をつくとは思えない。


「この名前にはな、戦士の心意気が込められているのさ」


 戦士の心意気?


「ああ。これを作った人の爺さんの爺さんの爺さんの、ずっと昔の本物の侍だった人から一族の男に残された言いつたえがな。死ぬ前の準備をするときは、真っ白の褌を締めて、この詩を胸に抱けって言われてるんだとよ」



 そっと横の老整備士の表情を覗くと、穏やかな顔でじっと零を見上げていた。

 俺もまたそっと零を見上げた。


「どんな詩だったんだ」


「ゼロの、無の心の話だ」





 ――――――男が本当に戦う時ってのは、心に零があるもんだ。





 真っ直ぐで、がむしゃらで、ただ死に物狂いで


 忘れられねえ色んな重いものがどれだけ背中にのし掛かっていようが、戦う為に全部忘れるんだ。


 勝つために、死ぬために、生きるために、活かすために。


 余計な事は全部わすれちまえ。



 ここにあるのはお前だけだ。

 お前自身と、お前自身の魂だけだ。

 生まれた時にもらったそれだけだ。



 

 迷うな。



 ただゼロに帰れ。





「何の心配もしとらん、いってこい」





「――――応」




 先輩の激励に、ありがとな。と心の中で静かに礼を言って、零に乗り込む。



 戦う為に。ただ無心で、己の為すべきを為す為に。




 老いた整備士が見送るなか青白い光の名残を残して、若く精悍な兵士は、夜空の水平線に消えて行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ