第五章〈悲哀〉
「確かにね。
最初は闇組織の命で立川院長に取り入り、いずれは院長を始末して医院を乗っ取ろうという
算段だったのよ。
院長によって死徒となったって言ったけど、あれは嘘。
元々は真祖の種族だから。
そこで、私は一芝居をうって死徒になったふりをして看護師の一員にしてもらったの。
そして医療麻薬の密売や血の売買、はては息絶える寸前の患者を亡くなったと偽り組織の
戦闘員として死徒にしたりもしたわ。
でもね?
本当に彼ったら純真なのよ。
以前に警察の捜査のメスが入った時、わたしを寸分も疑う事をしなかった。
確かにこの人は無気力で頼りなくてだらしないけど。
でも請け負った仕事に対しては、物凄く一途で真面目でストイックで。
何より人を真剣に救いたいって熱い情熱は誰にも負けない素晴らしい医師なの。
そして、私たち吸血鬼も人も分け隔てなく接して信頼し、心を開いてくれた人なのよ。
そんな彼に、いつしか惹かれていくのを感じた。
なんとか彼を闇組織の魔の手から救いたい・・・。
その為に、わたしは同志である潜入していた闇組織の看護師を一掃する事を決めた。
まずは幹部の美夜の息のかかった準看護師の2人を殺し、潜入リーダーであった
工藤 美咲殺害を計画したのよ。
慎重で気まぐれで気難しい美咲を親友とまで言われるのに、どれだけの苦労があったか。
人に言えないような苦渋を味わったのも一度や二度じゃない!
でも、それももう終りね。
わたしの種族はエンプーサ。
ギリシャ神話にも登場するサキュバスの一種。
顕身した姿は醜い巨大な蟷螂。
男と交わった後に食い殺し、眠っている男には悪夢を見せて血を啜る。
そんな私の姿を愛する彼には見せたくないから、大人しく捕縛される道を選ぶわ。」
そう言うと、彼女は静かに目を閉じた。
「美夜・・・。」
私は思わず呟いた。
まさかこんな所で許しがたい美夜の名前が出てくるとは思わなかったからだ。
以前の事件でも、そして今回も・・・。
私は運命を強く感じた。
自己を省みて逮捕出来ればよし。
さもなくば法の正義のもと必ず私が!
「おい。
今はまず目先の事件を片付ける事が肝要だろう?
現場で呆けているなら、捜査官の職務を本当に剥奪しなければならんぞ?」
静かだけれど、凍りついた冷酷な表情で春樹は私をみた。
でも、それは当然。
今はまず目前の事件を終わらせなければ。
「渡瀬 恵子さん。
殺害の動機と殺害された被害者が闇組織の一員であったとかは後で署で聞きます。
貴女には十分、情状酌量の余地があると思うから。」
私は、今にも泣きそうな立川 弘院長を尻目に彼女に手錠をかけた。
その刹那!
後ろの患者や看護師の群れを突き抜けて恐ろしい速さで投げられた剣は、私も智弘くんも
シンディーはおろか、春樹ですら反応出来ない速さで恵子さんの胸を背後から貫いた。
「ふん、使えぬ奴とはわかっていたが裏切りまでしおるとは愚かな女よ。」
投げた張本人は臆する事も逃げる素振りすら見せず、おずおずと私達の前に
その姿を現した。
「なんでもかんでも味方に引き入れるから、こうなるのじゃ。」
そう嘯いたのは、普段地下二階で外科医をやっている緒方 雄三先生だった。
「貴様っ!」
すぐさま反応しようとした春樹だったが、緒方先生は隣にいた地下二階の患者
201号室の高田 康子さんを盾にしたのだ。
それを見て、思わず春樹や智弘くん、シンディーや私もたじろいだ。
「自己紹介をしておこうかね?
わしは正体は当然、外科医の緒方ではない。」
そういうと緒方先生の皮を剥いでいき、その老人は真の姿を見せた。
「ふん。
この姿を人前に晒すのは初めてじゃが・・・、まぁよいわ。
どうせここの医院にいる人間全員を皆殺しにして、吸血鬼には戦闘員として利用させて
もらうからの。
わしは中国は華僑の生まれでの。
かつては香港マフィアやシシリアンマフィアともパイプを持つ、上海でも名のある
チャイニーズマフィアよ。
お方様に拾われて今は腹心の1人ともなっておるがの?
その真の名は、張 猛起じゃ。
と、わしの紹介はこんなもんで良かろう。
そこの女、小生意気な美夜の妹であろ?
貴様だけは生かして連れ帰るとしようかの。」