第五章<事情聴取なんだけど…>
「んじゃ、面倒くさいし。
ちゃちゃっと終わらせますかね。」
…。
ちょっとちょっとぉ、なんなのこの人。
私は思わずあっけにとられた。
だってさぁ?
仮にも容疑をかけられている訳じゃない?
なのに立川医長って、まるで他人事なんですもの。
って喉まででかかったけど、恵子さんが怖い目で院長を睨み付けたので私としては黙っておく事にした。
「で、犯行時分に僕が何をしていたかだよね?
僕は研究成果が出ずに、ふてくされていたよ。
だってそうだろ?
僕は別に頼みもしないのにニュースだの新聞だのに取りざたされてさ。
これで、次の研究成果が出なかったら鼎の軽重を問われる事にもなりかねない。
だから思案に暮れていて、そのまま悲鳴が聞こえるのにも気づかずに朝まで爆睡してたんだよ。
だから僕は院長室から出ていないし、誰にも姿を見られてないから犯行は無理って事だから。
これでいいかい?
僕は疲れてるんだから、寝かせといてくれよ。」
「は、はぁ。」
あっきれた。
失礼だけど、恵子さんはどうしてこんな無気力で頼りなげな人を好きになれたんだろう?
しかも、事情聴取なのに聞いてもいない愚痴まで聞かされるし…。
あぁ、なんだか頭が痛くなってきた。
「しかし犯行は無理とおっしゃいましたけど、院長室からお出になっておられないという事は、それを証明する証人の存在もないという事ですよね?
でしたら、本当に殺吸血鬼事件で誰もがパニックの中で立川院長が変装をしていたとしても冷静にそれを看破する人もいなかったんじゃないですか?」
と私が言うと、院長は明らかに不愉快な顔をした。
「どういう事だね?」
つっけんどんに言われて、私は少し春樹のような陰険な顔をしていたかもしれない。
朱に交わればってやつかしら?
「つまり、こうです。
あなたは昨夜、研究すべき事があるから何かあるまで院長室へ立ち入らないでと他の先生や看護師、准看護師の皆に言い渡しておき、美咲さんと恵子さんが夜勤明けで帰るのを見届けた後に、ナースステーションの二人を殺害。
そして近くて意識のない重病患者の東雲さんの病室へと駆け込み、隠れた。
その後、病院内がパニックになった隙にあらかじめ東雲さんの病室に隠していた看護師の服を着て、院長室へと舞い戻り寝たふりをすればアリバイは簡単に作れちゃうわよね。」
うーむ、我ながら随分と無理があるなぁ。
でも、あまりにも非協力的な態度なんだもん。
これぐらい発破をかけても罰はあたらないわよね?
って春樹がいたら怒鳴られそうだけど。
「ま、待ってくれよ!
冗談じゃない。
そんな当て推量で犯人にされちゃたまんないよ!」
うふふふっ、慌ててる慌ててる。
とほくそ笑みながら、私はウインクしつつ恵子さんに謝った。
恵子さんはというと、私を睨みつつもしょうがないなぁといった意味でのため息をついてみせた。
「わかった、わかったから!
僕も何か思い当たる事があったら協力させてもらうから!」
と懲りたご様子だったので、私は恵子さんに免じて院長を許してあげる事にした。
あぁ、なんだか春樹になったみたいで気分がいい。
などと、少し溜飲が下がる思いになった。
「では事件の事、何かわかったら是非お知らせください。」
とはいっても、院長室で得るものは何もなさそうだけど…。
私は出来得る限りの微笑を浮かべつつ、恵子さんを伴って退室する事にした。