第五章<把握>
シンディー・ジャナサンの顕身した姿は、まだ私も見た事はないけど。
なんでもネイディブアメリカンの伝承に伝わる、トード・ウーマンが正体らしい。
トード・ウーマン(アメリカ)
男性を誘惑し、子供を殺す女性の幽霊。メイン州の中央部に住むネイティブアメリカン、アルゴンキン族に伝わる。また、男性に罠を掛けて血を吸うトード・ウーマンや、子供をさらうトード・ウーマンの伝承もある。これらは、ラ・ルロロナの伝承が取り入れられて変化したものであるといわれている。
伝承のひとつを紹介すると、ある女が夜営地に現われ、亡くした自分の子供のことを嘆いた。かわいそうに思った一人の母親が自分の子供を抱かせようとしたが、夫が猛反対し、女を追い払ってしまった。夫は女がトード・ウーマンではないかと疑ったのだ。するとその女は泣きながら次の獲物を探しにいったという。
でも実際には詳しい事は、わかんないのよねぇ。
だって吸血鬼の種族は、伝承や伝説も含めると世界中に数えきれないぐらいは存在しているから。
その中でも、アメリカ発祥の吸血鬼が世間に認められたのって最近なのよ。
つまり、吸血鬼世界連合政府が把握して市民権を与えている種族って、実はまだ半分にも満たないって言われているしね。
でもまぁ、そんな事は私達との友情には関係ないもん。
「で、智弘。
事件についての詳しい話を聞こうか。
まずは第一発見者の2人を呼んでくれ。」
春樹はナースステーションの中にある椅子の一つを無造作にひくと、偉そうに足を机に放り出して座った。
「じゃあ、立川院長の所に行ってお二人を呼んできますね。」
そう言うと野川 智弘刑事とシンディー・ジョナサン刑事の2人はナースステーションを後にした。
ふぅ、なんだか調子が狂っちゃう。
だってね?
いつもだと事件があった時って、決まって私と春樹の2人で動いているのに今回は4人なんだもん。
しかもシンディーは直感やあらゆる事態になっても、それに適応した情報で事件を解決する能力が高いって署内では評価も高い。
それに、智弘君だって決断力や実行力、それに推理力も凄いって聞いているし…。
智弘君曰く、それらは全て春樹から学んだ事だって以前に言ってたけど。
なんだかなぁ。
ひょっとして今回って、私の出番なんかないんじゃないかなぁ?
「おい。」
はぁ。
なんだか最近、自己嫌悪する事が多いのよねぇ。
私の存在意義って、本当になんなのかしら。
「おいって!」
そっかぁ、こんな私が春樹のパートナーだから智弘君も私に対して挑発的なのかも…。
「はぁぁぁぁぁぁ。」
あ、あれ?
なんだか嫌ぁな予感。
「こぉぉの、ドアホぅがぁ!!
呆けているのか?
事件現場で呆けるつもりなら、今すぐここから叩きだすぞ。」
あったぁ、鼓膜が破けちゃうじゃないのよぉ。
人[吸血鬼]が物思いにふけってるっていうのにぃ。
「はいはい、しゃんとしますよ。
で、何よ春樹?」
って私が開き直ると、春樹は呆れ顔で私を見た。
「馬耳東風って知っているか?
まぁ、いい。
お前は今回の事件、どう思う?」
あら、私に意見を求めるだなんて嬉しいわ。
珍しく春樹から意見を求められたので、私は思わず神妙な面持ちをした。
「うん。
その看護師さん2人の証言によると、夜勤開けに帰りの挨拶をしたまでは殺害された準看護師と看護師さんはまだ生きていた。
で、地上出口付近で断末魔の2人の準看護師と看護師の叫びを聞きつけて舞い戻った時には、すでに2人は殺害されていた。
状況から考えたら当然、外部の犯行は無理。
となると、内部による犯行なのは自明の理よね。
病院内に残っていたのは3人の重病患者と、立川院長のみ。
だったら普通に考えれば、どう考えても怪しいのは院長しかいないはず。
なのに、智弘君もシンディーも考えあぐねている。
それは恐らく、院長にはアリバイがあるからって事?」
とここまで述べると、春樹ったら欠伸をしてる!
ムっカぁ~っ。
「ちょっとぉ、あんたが意見を求めたから答えてるのに!」
思わずキレそうになったけど、春樹はいきり立つ私を軽く手で制した。
「まぁ、そう怒るな。
状況については、何一つ間違っちゃいない。
が、それはすでに明らかとなった現状の把握にすぎん。
俺が意見を求めたのは、その先の事なんだよ。
が、まぁいい。
お前にそこまでの事は、期待しちゃいないからな。
現状がわかっているだけでも、お前にしちゃ成長したって事だな。
あぁ、わかったよ。」
くくっ!
やっぱりやっぱりやっぱりっっ!
ほんっっとうに春樹ったら、可愛いくないんだから。
と私は思わず握り拳を作った時に、智弘君とシンディーが2人の看護師さんを連れだって帰ってきた。