第四章<~エピローグ~>
40年後
夕日が差し迫る学校。
あたしは下校を始める高校生の一団を近くの神社にある鳥居に腰掛け、品定めをしていた。
「ふぅ。
そろそろあたしのお腹の虫も五月蠅いというのに、なかなかめぼしい人間はいないものよねぇ。
でもこれ以上は、あたしも待ってられないし贅沢を言っている場合じゃないかな。」
あたしは神社の鳥居を降りると、見栄えは悪くないけどかなりチャラそうな少年にめぼしをつけた。
そして見失わないように高速で繁華街を抜けると、いきなりチャラそうな少年の手を握って人気のない路地裏に引きこんだ。
「おいおい。
あんた誰だよ?
ってか、ちょっと君可愛ぅぃ~ねぇ!
どうどう?
こんだけ強引に誘ってくれちゃった訳だし、このまま俺と遊んでかない?」
はぁぁ、軽い。
あたし、こういうチャラい男って一番嫌いなのよねぇ。
でも、ま。
背に腹は代えられないしね。
「うふふふっ。
あたしも君の事、一目見て気に入ってしまったの。
だ・か・らぁ。
その綺麗な瞳で、あたしを見つめて?」
あたしはチャラい少年の頬を両手で押さえた。
「何なに?
君って実は積極的な肉食系ってやつ?
う…。」
「もう黙ってて。
これ以上、反吐が出そうな言葉は聞きたくもないから。」
あたしは有無を言わせず魅了[チャーム]をかけてチャラい少年を黙殺した。
「ふぅ。
確かにお腹は満たされたけど、あぁいう手合いとは極力関わり合いになりたくないわ。」
なんていうのかしら。
あんな不味い人間の血なんて、金輪際御免被るわ。
あれじゃあ人工血液の方が、まだましってものだもの。
血を吸い始めてすぐにわかった。
あの少年、薬物を常習的に摂取している。
違法なのか脱法ハーブだか、それはわからないけどね。
だから不味いのを我慢して、あたしは一気に必要最低限の血だけを頂いた。
あんなチャラい少年、死徒はおろか幻想を見せるにも及ばない。
まぁ、まだ若いんだし。
あの程度の量の血を抜いたってどうという事はないでしょうね。
どうも近頃、美味しい血を飲んだという記憶がない。
だからこそ美しい人間の血が闇組織において、高値で取引されるのでしょうけど…。
でも実際に売買されるのは、その人間の容姿が貼られたラベルの缶。
別にそれでも良いんだろうけど、なんだか人工血液缶を飲んでいるみたいで至極つまらない。
やっぱり吸血鬼である以上、生身の人間の血潮を頂きたいじゃない。
あたしはそのまま夜の繁華街を歩いていると、急に何やら慌ただしい場所に来てしまった。
見ると、大勢の警察官が厳戒態勢を敷いていた。
「何かしら。
物騒ね、こんな繁華街の中心で事件だなんて。」
と言って、あたしは思わず噴き出した。
だって、よくよく見れば見覚えのある場所だったから。
そう、警察の皆さまが大勢で取り囲んでいるのはホストクラブ「never」。
今日の昼間、あたしはそこの可愛いホスト君達の血を1人残らず頂いた所なんだもの。
そして、全員に永劫の夢を見せてあげたの。
永遠に続く、幸せな時間をね。
残念ながら、あたしの下僕に出来るような男性はいなかったのだけれど。
ドキっ!
「やっと、見つける事が出来たのかもしれない。」
その他大勢の警察官や刑事さん達。
その中で、ひときわ美しく輝く美形の青年に、あたしは釘付けとなった。
170cmはありそうな高い背丈。
スラッとしたスレンダーな肉体。
癖っ毛だけど、それがまた青年の美しさを引き立たせている。
目は細目だけど、それがまたなんとも言えない魅力のある瞳なの。
見た目はストイックで寡黙。
そんな印象かな。
「今までに見た事がないタイプ。
だけど、これだけの逸材が早々いるとは思えない。」
あの青年の血は、果たしてどんな味がするのだろう…。
と想像するだけで、あたしの鼓動は高鳴っていた。
やがて1人の老刑事が、その青年を呼んだ。
「藤田警部補。
この事件、どう思わはる?」
ふぅ~ん、藤田って言うんだ。
思ってたよりも、渋い苗字なのね。
「私が思うに、この連中を襲った吸血鬼は、かなりの大食漢だと思います。」
あら、随分と失礼ね。
あたしはれっきとした女なのに。
「いや。
大食らいではありますが、正しくは吸血姫という線の方が有力やもしれません。
何故なら、ここ最近襲われている大量吸血事件のうち、同じ症状の者の殆どが男性という実績があります。
思うに、犯人は相当なメンクイなのだと思われます。」
へぇ。
なかなか有能じゃない。
益々、気に入ったわ。
とその時、同僚の刑事が青年を冷やかした。
「せやったら、春樹もヤバいんちゃいます?」
うふふっ、そうね。
その発言は正しいと思う。
「くだらない冗談は、やめにして頂きたい。
ともかく私は一度、京都府警に戻って検討をさせて頂きます。」
あら、なんだか相当怒っているみたいね。
珍しい。
醜い姿にコンプレックスを抱く人間は沢山いても、美形である事にコンプレックスを抱く人間だなんて見た事も聞いた事もないもの。
ふぅ~ん。
藤田 春樹くん、ね。
あたしは思わず、口元を歪めてニヤリと笑った。
決めたわ!
彼を絶対に、あたしの下僕にしてみせる!
「ふふっ。
うふふふっ。
うふふふふふっ。
あはははっ。」
あたしがその場を離れる間際、彼は一瞬あたしの姿を捉えていた。