第一章<~プロローグ~>
「ちょっと待ちなさいよ!」
はぁはぁ。
ほんっとに!すばしっこいんだから。
「まさか俺が狙った女が実はおとり捜査をしている吸血鬼の刑事だったとはな。
俺もやきがまわったって事か…。
空中から見ると美形に思ったけどこうして見ると、案外ちんちくりんだな!」
るっっさい!
ちんちくりんで悪かったわね。
でもそんな事、あんたに言われるまでもなく相棒から散々言われてるのよ。
別にあんたに認めてもらわなくても、私はこれでも男性からの熱い支持層があるんだから。
「ククククク、警察の犬に成り下がった吸血鬼なんぞに俺を捕まえられると思ったか?」
容疑者である伊東 雅人は必死で追いすがる私を嘲笑うと、ヒラリと夜空を舞った。
くっそぅ、本当に憎らしい…。
悔しいんだけど私には奴のような飛行能力はない。
しかしせっかく見つけた容疑者を逃がす手はないので、私はパトカーに戻ってニヒリストの相棒と連絡を取ることにした。
「ごめん春樹。
せっかく容疑者らしき男を見つけたのに逃がしちゃった…。」
さぁて…。
どうせ最初に無線から聞こえてくるのは深い深い溜め息。
「はぁぁぁぁ。」
ほら、ね?
緊急時でなければ、ここから長い長いお叱りがあるんだけど。
「いいか!
奴の根城はすでに割れている。
だがな、今の奴は飢えているのだぞ?
今取り逃がしたら、絶対にまた被害者が生まれるんだ!
だいたいお前は…。」
プッ…。
まだまだ春樹の長いお説教が続くと踏んだ私は、思わず無線をぶっちしてしまった。
はぁ、そんな事は私だってわかってるっつーの!
私はあんたの知恵を借りたいだけなのに。
ともかく。
今は時間が惜しいので、この街の交通機関の要衝であるサンシャインブリッジを完全閉鎖する事を提案しようと、再び無線のスイッチをいれようとしていた。
吸血鬼にもいくつかの決まり事?
ルール?
ううん、いわば弱点ってやつかしら。
まぁ、そんなものがある。
容疑者の伊東 雅人は水に囲まれた埋め立て地などでは、橋を渡らないと目的の場所へ行けないっていう、変な弱点がある。
なので、橋さえ閉鎖してしまったら容疑者は他の場所へは逃れられずその場所から身動き出来ない。
で、春樹のお小言にうんざりしながらも無線を入れる…、予定だったのだけれど。
「くっそぉぉぉ!」
ほんの少しここから離れた場所から容疑者の悲鳴が聞こえてきた。
私って飛行能力はないんだけど耳だけは良いのよねぇ。
ついでに言うと走るスピードも本当はチーターなみなので、私は急いで悲鳴が聞こえた場所までフルスピードで向かった。
「あいたたた。
ちきしょう、またしても刑事だったのか!
しかも…、女装した男だとぉ?」
あっははははっ。
なんとも奇想天外な光景に私は思わず爆笑した。
だって…。
だってさぁ、あの無愛想でニヒリストの相棒が完璧なまでの美女に女装してるんだもの。
でも呑気に笑ってばかりもいられない。
癖っ毛で細目のこわぁい美女が私を睨んでいるんだもの。
「はぁぁぁ。」
きたよきたよぉ!
相棒名物のお小言ターイムっ!
…っと、とりあえず耳は塞いでおこう。
私の耳って吸血鬼だから特殊な動きが出来るの。
なんとっ!
耳たぶだけを動かして耳栓にする事が出来ちゃったりする。
はい、そこのサラリーマンの貴方。
便利でしょ?
ね、便利でしょぉ?
今、とっても羨ましいって思ったでしょぉ?
でもざぁんねん。
これって非売品なんだぁ。
って事であしからず。
「遅い!
何をやるにもするにもお前は遅いんだよ、このアホぅは!」
はいはい、お小言は署でゆっくりと聞いたげるから…。
って、ん?
なんかおかしいような?
…。
まっ、いっかぁ。
私って吸血鬼だから人生アバウティーなんだよねぇ。
え?
アバウトは吸血鬼とか関係ない、ですって?
まぁ!
そんな細かいつっこみしてたら、春樹みたいになっちゃうんだから。
とまぁ、私はくだらない事を口走って春樹のお小言をやり過ごした。
そろそろかな?
そろそろかしら?
私は恐る恐る塞いでいた耳を解放してみる。
「とにかく、だ。
早く容疑者の確保を行え!」
ほっ、お小言タイムはどうやら終わったみたい。
私は春樹に敬礼!などをやっておどけながら、春樹に押さえつけられている容疑者の手を取り、手錠をはめた。
「伊東 雅人。
婦女連続暴行、及び連続吸血殺人の第一級容疑者として逮捕します!」
なんだかんだ言って、やっぱ春樹って頼りになるよねぇ。
格好良いしね。
「美紅。
署に戻ったら話がある。
たぁぁ~っぷりな!」
わぁお、前言撤回(汗)
こうして私は相棒とともに容疑者をパトカーに連行し、署に身柄を移した。