紅蓮 -紅目紅髪の断罪者- <ジャンル:ファンタジー 異世界 ダーク シリアス>
この小説も掲載している奴です。
その炎は真っ赤に。
太陽のように真っ赤に。
全てを燃やし尽くす。
跡形もなくなった場所に一人佇む。
男の目からは何も感じられなかった。
いや、感じようともしなかったのかもしれない。
そして男はまた歩き始めた。
行く当てもなく。
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ヴェストリア大陸のほとんどを治める大国、デスピオン帝国。この国は、軍事力に優れ、周りの国を次々と蹂躙し、支配を広げていった、所謂軍事国家である。なぜ、彼らは強大な力を持っているのか。資源が豊富、技術が進んでいる、など考えられる要因はいくつかあるが、その中でも「夜畏刃」という組織の存在が大きい。この「夜畏刃」というのは、帝国の秘密組織であり、切り札的存在である。構成人数はわずか十人であるが、その全員が特殊な能力を持ち、一人で万の兵に匹敵すると言われている。
そんな時代の最中、デスピオン帝国領内のこの農村に一人の商人が現れた。物語はここから始まる。
「コラ泥棒!待ちなさい!!」
少女が怒鳴り声をあげて外に出ていった。おたまを持ちながらの行動であったので、相当急いでいるようだ。
「待てるかよ!」
逃亡を図っているであろう男は見るからに悪役な台詞を吐いた。ちなみに顔も悪人面だ。
そして男が追いかけている少女を見るために後ろを振り返った。そのため前を歩いていた男と正面衝突した。
『イダッ!!』
二人は共に吹っ飛んで尻餅をついてしまい、男の荷物がばらばらと下に落ちた。
泥棒も盗んだ品を落としてしまい、拾おうとするも少女に追い付かれそうになるので結局手ぶらで逃走してしまう。構わず少女が追いかけ続けようとするが、泥棒と接触した男が立ち上がろうとした足に引っ掛かって盛大にこけてしまった。
「ご、ごめん」
男がとっさに謝る。しかし少女は涙目で睨み付けて
「うー」と唸っていた。
「まさか君の取り返したいものはこれじゃない?これだけ僕のじゃないし」
男が少女に泥棒が落としたものを差し出した。すると少女は「あ、本当だ」と言いながらそのアクセサリーを受けとった。
「すいません。取り返してくれたんですか?」
「僕は何もやってないけど、僕とぶつかったのがきっかけなら僕のおかげかもね」
男がばらばらになった荷物を集めながら言った。少女もそれを見て手伝った。
「ありがとう。」
「これでおあいこ。じゃないか」
少女がいたずらっぽく舌を出す。
「ところでこの村ってあんなのが多いのかい?」
男が不思議そうに聞くので少女は「まあ近頃は……」とことばを濁した。
「ふーん」
と男は泥棒が去っていった方を見つめる。
その時少女が「そうだ!!」と手を叩いた。
もちろん男は目線を少女に移す。
「あなた旅人?」
「行商人だよ。まあ似たようなものだよ」
「じゃあ宿に泊まるのよね?」
「そう……なるな」
と男は返す。
「ならウチに泊まりなよ」
「え?」
男が聞き返す。
「今日の恩としてタダでいいから。ね?」
「うーん……そうだね。お言葉に甘えるよ」
そういうと少女は嬉しそうに微笑んだ。
「私、フラン。あなたは?」
「焔」
互いに自己紹介が終わり、フランの家へと向かった。
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「ごちそうさま。美味しかったよ」
「ありがとう。
二人とも食事を終え、片付けをし始めた。
「久しぶり。誰かと一緒に食べたの」
「え?ご家族はいないのかい?」
すると少女はの顔が突然曇った。
「殺されたわ。先月に」
フランが感情を押し殺したように呟く。
「ご、ごめん」
「別にいいわ。慣れてるし」
無理矢理な笑顔で笑う。
「聞きにくいけど……殺した犯人は見つかったかい?」
焔はおそるおそる聞く。
「見つかったけど捕まえられないわ。だって紅蓮の伍號だもの」
「え?それってあの元夜畏刃のかい?」
焔が驚いて聞く。「夜畏刃」というのは十人構成で、十人を強さの順(厳密には違うが、ここでは置いておく)で壱號、弐號と言った風に十人を分けている。つまり、紅蓮の伍號というのは、「紅蓮」という二つ名を持った、五番目に強い男である。いや、「元夜畏刃」なので、強い男だった、である。
「それ以外に誰がいるっていうの?」
「それもそうか」
「絶対に許せない……家族だけじゃないわ。この村のものを強奪するし、無差別に人も殺すわ」
フランが憎しみを込めて語る。
焔は黙ってフランの発言を黙って聞き入っている。
「だから夜畏刃を辞めさせられたんだわ。そうでもなければ、あの英雄がそう簡単に解任されるわけないわ」
フランは一気に言いきった。彼女の言葉から分かるように、「夜畏刃」は帝国では英雄扱いである。
「あなたも気を付けた方がいいわよ。商人なんてやっていると真っ先に狙われる」
フランが心配そうに発する。焔は肩をすくめる。
「君が追いかけていた男は違うのかい?」
「あんなのじゃない。もっと凶悪。体から炎を出せるんだから。それに紅蓮の伍號の特徴はあともう一つ……」
「紅の髪と瞳」
「そう」
どうやら紅蓮の伍號の特徴は紅の髪と瞳で体から炎を発するらしい。焔もやはりその特徴を知っていた。
「ところであなた行商人でしょう? ちょっと商品見せてよ」
「いいですよ」
フランのお願いに焔は荷物を弄りはじめる。
するといろいろな品物が出てきた。
「うわあ……変わった趣味〜。」
「珍品ばかり集めていたらこんな風になってしまいました」
フランの発言に苦笑しながら答える焔。
「あ、これ綺麗ね」
一つの宝石を指差す。
「ああ。これは真珠ですよ。でもただの真珠じゃないんですよ。レア中のレアで深海にしかないアクアパールですよ。値段はかなり高いですよ?」
「へ、へえ」
突然饒舌に話し始めた焔にフランはひきつった笑みを浮かべた。フランは焔の中にある商売魂を垣間見た気がした。
「欲しいですか?」
「遠慮するわ。私は生活するだけで手一杯だし」
少し残念そうにしているフランを、焔は読めない表情で見つめていた。
するとフランは焔の荷物に変なものを見つけた。
「ねえ……何あれ? 刀?」
「ああ……これは売り物じゃないんですよ。少し曰く付きでしてね」
「何がまずいの?」
「さあ? ですがあまり触らない方が身のためです」
「じゃあ何で持っているの? 売り物じゃないんでしょう?」
フランが当たり前の疑問を投げ掛ける。
「これはちょっと訳ありの人からの頼みで届けている最中なんです」
声を小さくして焔は語った。それを聞いてフランはそれ以上聞いてこなかった。
その後は二人でいろいろな世間話などをし、夜も更けたころ……二人は寝る準備を始めた。もちろん焔は離れで寝ることになった。
「荷物は身近に置いた方がいいわよ」
最後に焔はフランに忠告され、軽く会釈しながら「おやすみなさい」と言った。
「おやすみ」
そうして二人は床に着いた。
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深夜……
一人の大男が気味の悪い笑みを浮かべていた。そして紅の髪をかき揚げながら紅の瞳に狂気を浮かべる。そんな表情のまま大男は村の中に入っていく。
すると一人の村人が大男の前に立ちはだかった。
「お主、何者だ? 村人じゃないな」
すると大男はクックッと笑い始めた。
「紅蓮の伍號」
すると村人が驚愕と恐怖が入り交じった表情をして、「ヒィ!」と悲鳴をあげながら逃げようとし始める。
「無駄」
大男の発した炎で村人が悲鳴をあげながら燃え始める。そして村人は焼かれた。
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一方、村人の悲鳴を聞いたフランは急いで飛び起きた。そしてドタドタと音をたてながら木の棒を片手に装備する。
「(現れたわね……今度こそ……!)」
フランは決意を胸に秘め、最後に離れにお辞儀して外へと駆けていった。
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村人を焼き尽くした大男は次の獲物を探しに向かった。しかし大男にとっての獲物は自分から現れた。
「待ちなさい!!あなたが紅蓮の伍號!?」
フランである。
「そうだと言ったら?」
そう言うと、大男が火炎を腕から放出し、フランの木の棒を燃やしてしまった。いきなり満身創痍になるフラン。
「く……」
すぐにフランに苦渋の顔が浮かぶ。
「クックックッ……」
それを見て、男が気味の悪い笑みをまた浮かべた。
「どうしてこんなことをするの?」
フランが大男を睨み付けながら問う。
「夜畏刃の誇りはないの?」
フランがさらに続ける。
しかし大男は答えず、フランに近づいてきた。
フランは唇を噛みしめる。、
大男がフランを手にかけようとするその時にこの場の雰囲気にそぐわない緊張感のない声が響いた。
「フラン?」
二人は同時に発声源へと目を向ける。
「焔!?」
「ああフラン。びっくりしたよ。突然すごい音がしたから。ここにいたのか……ところであの大男誰?」
焔と大男の視線がぶつかる。
「紅蓮の伍號よ……」
フランが呟く。
「あの大男が?」
焔は大男の全身を見渡す。
「何だテメエ?」
大男が始めて焔に口を開いた。
「お?」
そして大男が何かを見つけたような顔をする。その視線の先には焔の荷物があった。焔はフランの言う通りにしっかりと荷物を肌身離さず持ってきていたのだ。
そして大男がニヤリと笑った。
「イイもんあんじゃねえか」
大男の興味がフランから焔に移った。商人など、自分にとっては格好の獲物である。
「焔!逃げて!!」
フランが大声で叫ぶ。しかし、焔は逃げなかった。
「フランこそ逃げるべきだ」
突然口調が厳しくなる焔。目をスッと細め、大男を睨みつける。
「何だテメエ。この紅蓮の伍號に勝てると言うのか?」
大男が焔を威圧するが全然怯まない。
「威勢だけは認めてやる。だが、殺す!」
男が手を翳すと青紫色の炎が見え始めた。
「あれは完全燃焼の炎!?」
フランが驚愕するが焔は落ち着いていた。
「フラン。炎色反応って知っているか? 燃やしたものにカリウムが含まれていると青紫色の炎が出るんだ」
『な!?』
二人同時に驚く。
「どこで火炎放射機なんか拾ったのか知らないが、俺にはそんなトリックは通用しない。一般人相手ならそれで十分だろうがな。人間は動揺すると正常な行動を起こせない。だが、残念だったな」
大男はぐうぅと呻き始めた。そしてフランは焔に感心しつつも、最初に会ったときと感じが違うことに違和感をもっていた。
「なあフラン。お前の家族を殺した奴はこいつで間違いないな?」
焔は今までとは違う空気を纏っていた。
「そうよ!こいつの顔は死んでも忘れない!!」
「そうか……よかった」
焔はフランにいつもの笑みを浮かべて荷物にあったあの刀に手をかけた。
「ちょっと焔!?それ曰く付きじゃないの?」
「そうですよ」
焔が刀に手をかけた瞬間、今までの焔はいなかった。いたのは紅の髪と瞳を持った焔と瓜二つの顔をもつ男だった。
「ちょっと…あなたまさか!」
「この刀は妖刀紅蓮。何故曰く付きなのかと言うと、この刀を鞘から抜くと、普通の人間は灼熱地獄を味わう。だから……この刀は紅蓮の伍號の愛刀になった」
焔は淡々と語った。
「テ、テメエはまさか!」
「あなたって……」
二人同時に驚愕する。
「元夜畏刃の紅蓮の伍號、焔だ」
その途端、焔は刀を鞘から抜き、真っ黒な刀身が姿を見せた。その後すぐに、真っ黒な刀身が紅に染まった。そして大男はいきなり怯え始める。
「う、嘘だ……こんな辺鄙な村に紅蓮の伍號がいるわけがねえ……」
大男は現実を認めたくないように呟いた。
「試してみるか? あとフラン、あまり見ない方がいい。気持ちのいい光景じゃない」
焔は大男を挑発する。しかしフランへの配慮も怠らない。
「いえ、お願い。私には最後まで見届ける義務があるの」
フランは退かなかった。ただ曇りの無い清んだ瞳で前を見つめていた。
「わかった。おい! デカブツ。覚悟は出来てるんだろうな?」
「ぐ、ぐおぉぉぉ!!」
退路を絶たれた大男が焔に飛びかかってきた。焔はそれを軽々と避けて大男の巨体に紅蓮を突き立てた。
「ギャフッ!!」
体から大量の血を吹き出した大男が悲鳴をあげる。
「お前には生きている価値もない。燃え死ね」
そして突如紅蓮が燃え始めて大男に火が移る。その光景はまさしく灼熱地獄のようだった。
そして炎は大男の骨すらなくなるまで燃え続けていた。そんな光景も見ずに、焔は紅蓮を鞘に収めた。それと同時に髪と瞳も元に戻った。
その後、結局疲れて眠ってしまったフランを焔は、背中に抱えながらフランの家に向かった。フランの寝顔は安らぎに満ち、焔を安心させた。
「……(本来なら俺の正体を知った時点でフランを殺さなければいけない)」
焔はそんなことを思いつつも、結局彼女には何もしなかった。
そして翌朝、フランの家の前でお辞儀をし、静かに村を出た。
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フランが目を覚ましたとき、すでに日が真上にあった。
少しの間寝ぼけていたが、いきなり何かを思い出したように跳ね起きて離れに向かって走った。
離れの引き戸を開けると、そこには一切れの紙とアクアパールが置いてあった。そしてその紙には「ありがとう。一宿一飯の恩は必ず返す」と書いてあった。
それを見たフランは涙がこぼれるのを止められなかった。
「結局お礼も別れの言葉も言えなかったわ……それにもう恩は返したわよ……」
フランは悲しそうに呟くが、「恩を返す」という言葉にとある可能性を見出した。
「また……会えるよね……」
焔の最後の言葉は、再会を示唆する言葉。そして、フランはそのいつ来るか知れない未来を楽しみに待った。右手にアクアパールを握りながら。
そして今、元、国の英雄は、一人の少女の英雄になったのであった。