第4話「これはわたしの人生で、これはわたしの物語!」
不覚を取った――ツムギが歯ぎしりする。
途中、巨大ロボの右腕を奪うところまでは良かった。
右腕にマフラーを巻きつけ、引っ張り、肩のつけ根に蹴りを入れる。
接続部のパーツが破損して、ロボットの右腕は思っていたよりも簡単に外れた。
あとは隙を見て、腕のない側から近づき、妖狸の化けた笠をはぎとる。
容易な仕事に思えた。
だが、この妖狸には矜持がない。
こいつは躊躇なく、歩道に立っていた子どもに向けて、右腕の残骸を投げつけたのだ。
防ぐよりほかはなかった。
ツムギは身を翻し、マフラーをふるった。
マフラーの先端を残骸に巻きつけて、足を踏ん張り、残骸の軌道を変化させる。
そして、なんとかガードレールにぶつけることで惨劇は回避された。
本当にギリギリのところであった。
しかし……
「ハハハ! やっぱり親分の言う通りだ! 人間に味方する妖怪は、人間を守りながら戦う! だから弱い! だから負ける!」
捕まってしまった。
妖狸が嬉々として一席打つ。
巨大ロボの左手で拘束したツムギを戦利品のように高く掲げて、すでに勝ったような面構えで吠えている。
身動きひとつ取れぬ状況のなか、ツムギは苦しまぎれに声を絞り出した。
「非道を強さとはき違えた愚か者が」
「なに?」
「弱き者が虐げられ、アヤカシが生まれる。おぬしも知っておろう。なのに、なぜ子どもを狙った? 妖怪としての誇りを捨てた者に、真の強さが宿ると思うか?」
「うるせえ! ホコリなんぞ復讐の役に立つか! んなもん掃いて捨てちまえ!」
巨大ロボの左手が、さらに強くツムギを締め上げる。
合わせて、妖狸が啖呵を切った。
「強えか、弱えかは単純だ。ケンカに勝った負けた。殺した殺された。結果がすべてだ。戯言はいらねえ。オメーをブッ殺して、オイラの強さを証明してやんよ!」
これ以上、苛烈な攻撃を受けたら、巫珠の肉体がもたないことは明白だった。
ひとつだけ例外があるとすれば……
六尾の力を解放すること――ツムギは考える。
さすれば、この程度の下郎、ねじ伏せるのは造作もない。
しかし巫珠の肉体は、あの猟奇的な力に耐えきれるだろうか?
だが、迷っているヒマはなかった。
すでに選択肢は失われていた。
なにもしなければ、座して死を待つのみ。
ここは巫珠の能力を、神宮寺家の血筋を信じるよりほかはなかった。
決して、気乗りはしないが……。
使うか、久々に。
あの力を――
ツムギがそう覚悟を決めた、矢先のことである。
「あ、イテッ! なんだァ?」
妖狸が素っ頓狂な声を上げた。
なにかが、ゴツンと、妖狸の笠にぶつかってきたのだ。
見ると、それは一台のドローンであった。
ドローンのスピーカーから女性の声がひびき渡る。
「ごめーん! 待たせちゃった?」
「その声は……。まさか、巫珠か!」
「うん! ツムギの言った通りだったよ! わたし、ドローンを操ってる!」
そう言って、巫珠の憑依したドローンはうれしそうにブンブンと飛びまわっている。
面白くないのは妖狸のほうだ。ぶつかってきたのはこいつだな、と妖狸がドローンをにらみつけた。
「テメー! さては、さっきウロチョロしてた幽霊だな!」
「ただの幽霊とあなどらないで。じゃないと痛い目見るよ」
「けっ、しょぼいドローンで偉そうに! たったの一台でなにができる!」
「たったの一台? 勘違いしないで」
ドローンがブウンと低くうなる。
それから発せられた衝撃の一言は、妖狸にとって事実上の死刑宣告となった。
「ペリカン運輸の営業所! オペレーターAIに憑依して! 近場を飛んでた二十四台! まとめて強奪してやったわ!」
「な、なにィーッ!?」
ウソではなかった。
商店街の上空からドローンの群れが降り注ぐ。
配達を終えた帰宅組、二十四台が妖狸のロボを包囲した。
「その笠を引きはがせば、すべて終わりよ! 覚悟しなさい!」
「や、やめろ! 来るなー!」
妖狸がつかんでいたツムギをドローンに向かって投げつけた。
ツムギが二、三台を巻き込んで、遠くへと飛んでいく。
それからは、てんやわんやの大騒ぎ。
巨大なロボットが笠を押さえて、ドローンの群れから逃げ回る。
「取られてたまるか!」
「いいえ、絶対に取り戻す! これはわたしの人生で、これはわたしの物語! 主人公の座を取り戻す!」
「な、なんだこいつッ!? 気色悪い! あっちいけ!」
一方で、ふっとばされたツムギはどうなったのかというと……。
もちろん、心配せずとも無事だった。
天地無双の大妖怪は、アスリート超えの妙技を披露。
俗にいうスーパーヒーロー着地を華麗に決めて、大地へと帰還した。
それから、巫珠に聞こえるようにと今日一番の大声を張り上げた。
「よくやった、巫珠ッ! さすがは神宮寺家の子孫ッ! 今宵の宴のMVPは、まさしくおぬしがふさわしいッ!」
そう言って、手に持ったマフラーをふるう。
マフラーがツムギの妖力で、棒状に硬化していく。
即席の槍の完成である。
ツムギが槍を構えた。
「あとはわしがッ! 画竜点睛じゃーッ!」
力のかぎり、ブン投げる。
槍と化したマフラーは、ビュンと音を立てて飛んでいき、ワタワタと逃げ惑うロボットの片足を、ものの見事に貫いた。
妖狸の巨大ロボが、バランスを崩して、ひざをついた。
その隙に、巫珠の操るドローンたちが笠の下へと潜りこんだ。
押しくら饅頭状態で、妖狸の笠を押し上げる。
「ぐうう……。固い!」
「よいぞ、巫珠ッ! そのまま押せいッ!」
遠くからツムギが走ってくる。
ツムギは、電光石火の早業で距離を詰めると、地面を蹴って高く飛び、ロボットの上で宙返り、笠の縁へと手を伸ばした。
指先がふれる。勢いのまま引っつかみ、あとは流れで……
「せーの! よいしょー!」
巫珠とツムギの掛け声が上がる。
押し上げる力と引っ張る力、両方が合わさって、ついに妖狸は観念した。
巨大ロボの頭から、妖狸の化けた笠が引きはがされる。
数秒後、ツムギが掲げる右手には、妖狸の笠がしっかりと握られていた。
「と、取ったァー! やったよ、ツムギ!」
「うむ。これにて一件落着!」
それから妖狸の術が解け、笠は少年の姿に変わった。
妖狸はツムギに襟首をつかまれて、ひどくご立腹な様子だった。
なんとかその手から逃れようと、ひどく暴れ回っている。
「クソッ! 離せ!」
「ムダじゃ。これ、暴れるでない」
とツムギが妖狸の顔をのぞきこんだ。
「おぬし、妖怪にしてはずいぶんと若いのう。おそらく今回の件も、おぬしが考えた作戦ではあるまい。して、黒幕はだれじゃ? 妖怪変化の術をだれに教わった?」
「し、知らねえ! 知っててもオメーにゃ教えねえよ!」
ツムギと妖狸がギャーギャーと言い合っているあいだに、巫珠はドローンから抜け出した。
もとの幽霊にもどり、ほっと一息つけるかと思いきや……。
一難去ってまた一難、巫珠が歩道を指さして言った。
「ツムギ、まずいよ! 向こうから、お巡りさんが来ちゃう!」
「むう。公僕か。話がややこしくなるのう」
その一瞬の隙であった。
ツムギが妖狸から目をそらした瞬間、妖狸はツムギのジャージのポケットからはみ出ていた『なにか』を手早く盗み取った。
なんだか変なものが見えていると思ったが、まさかこんなカラクリとは――と妖狸がニヤリとほくそ笑む。
妖狸が手にしたもの――それは、神宮寺家のお守りであった。
妖怪が取り憑いた身体でありながら、神社のお守りを大切そうに持っている。
やってることが見え見えだ。ならば、こちらのやることはひとつ――と妖狸は、手に持ったお守りをグシャリとにぎりつぶした。
つぎの瞬間、ツムギが「ウッ」とうめき声をあげて、地面に崩れ落ちた。
そうしてツムギの手から解放されると、妖狸はそそくさと逃げ出した。
お守りを放り出し、「変化!」と叫んで、ネズミに化ける。
「バーカ! つぎは覚えてろ!」
妖狸はそう言い残すと、ネズミの身体で側溝のすき間にもぐりこみ、姿を消した。
「くっ、あのガキ……。巫珠、ここは一旦引くぞ」
「あ、待ってよ~」
ツムギはヨロヨロと立ち上がると、お守りを拾って走り出した。
巫珠もあわてて、そのあとを追った。
それから、しばらくして……
ふたりは路地裏に隠れていた。
幸い警察官は追いかけてこなかった。
ツムギはビルの外壁に手をつき、苦しそうに息を切らせている。
「不覚じゃ。子狸一匹を取り逃がすとは、わしも衰えたのう」
「ねえ、大丈夫なの? 息が荒いけど」
「心配無用、と言いたいところじゃが……。そろそろ限界のようじゃ」
そう言って、ツムギはヨレヨレになったお守りを取り出した。
「お守りの反応がうすくなってきておる。わしは神社に帰らねばならない。それに……」
「それに?」
「神宮寺家はちょうど夕食の時刻じゃ。わしもお供え物を頂戴しなくては」
「ご飯なの!? ご飯の時間だから帰るの!?」
「というわけで、巫珠よ」
とツムギが親指を立てた。
「あとは、グッドラック! さァて、今日の晩飯はなにかのう~」
のんきな捨て台詞を残し、ツムギの魂は空の彼方へ飛んでいった。
操縦者を失い、巫珠の肉体がグラリとゆらぐ。
「ちょっと! そんな引き継ぎってある!?」
そう言って、巫珠があわてて自分の身体に触れた瞬間――
ドクンという心音とともに、彼女の肉体は、自身の魂を受け入れた。
巫珠は無事に、自分の身体を取り戻したのである。
「も、戻った! わたし、もとに戻ってる!」
だが喜びと同時に、彼女の背中を悪寒が駆け上がった。
「さ、さぶッ! もうッ! だからジャージじゃダメだって言ったのにィ~!」
そう泣き言を言いながら、彼女は自宅へと帰っていった。
◇
あれから一週間が過ぎた。
商店街の事件は不自然なほど話題にならなかった。
それが妖怪の力によるものか、あるいは企業がもみ消したのか、真相は知る由もない。
巫珠は無事に復職を果たした。
ペリカン運輸はドローンの暴走を受け、オペレーターAIを停止。
解雇された者を呼び戻しにかかった。
暴走の原因は自分にあるので、巫珠は当然辞退した。
しかし人手不足で仕事が回らないと説得され、(ある種の罪滅ぼしのつもりで)今日も職場に通っている。
一方そのころ、ツムギはというと……
「ただいま~」
「もう、遅かったのじゃ。こちとらお腹ペコペコじゃぞ」
「はいはい。いま着替えるからちょっと待ってね」
現在、巫珠のアパートに居候中である。
妖神街には、まだまだ事件が起きるニオイがすると言って、直接本人が乗りこんできたのだ。
ツムギは一見、ちんちくりんのケモ耳少女といった風体だが、人一倍飯を食うので、巫珠は今後食費で苦労しそうだな、と感じている。
ふたりのにぎやかな生活は、もうしばらく続きそうである。




