第3話「邪魔するやつァ、皆殺し」
ふたりが妖神商店街に着くと、すでにパレードは始まっていた。
商店街の通りに面した片側二車線の道路は、一時通行止めとなっており、そこをサンタの格好をした、多種多様なロボットたちが行進していた。
のだが……
「むう。これだけ人が多いとよく見えんのじゃ」
ツムギが人垣の後ろでピョンピョンと飛び跳ねている。
昨年も大好評だったイベント『サンタロボパレード』。
今年は、地元企業の水神重工が新製品をお披露目することもあって、メディアはもちろん、地元民や観光客で大にぎわいの様相である。
商店街の通りは、普段では考えられないほど人でごった返していた。
目の前にそそり立つ人垣を見て、ツムギが再びぼやいた。
「おぬしの身長がもう少し高ければのう……。そうじゃ! わしの妖力を使って、ちょいと背を伸ばしてみるか!」
横にいた巫珠が、ツムギの頭をムギュッと押さえつけて、
「ちょっと。わたしの身体を勝手に改造しないでくれる?」
「え~、いいじゃろ。少しニョイ~ンと伸ばすだけじゃ」
「ダメです。服のサイズが合わなくなるでしょ」
「まあまあ、そこをなんとか」
とそのとき……
人混みのなかから、パレードを楽しむ男たちの会話が聞こえてきた。
「やっぱリアルだわ。水神のヒューマノイド。マジで魂入ってんな」
「今回のメインはan1maの新型だっけ?」
「“an1ma W2”ね。運搬作業用の大型機らしいけど、需要あんのかね」
「うわさをすれば、ほら。でけえの来たぞ」
パレードの後列。
他のロボットに混じって現れたそれを見て、群衆が息を飲んだ。
体高3m超えの巨人――がっしりとした筐体を持つ、巨大な人型ロボットが長い腕をゆらしながら歩いてきたのだ。
通常のヒューマノイドが2m以下であることを考えると、これはだいぶ規格外のサイズである。
当然、群衆の頭を飛び越える大きさなので、ツムギの目線からも、その姿を確認することができた。
ツムギが巨大ロボを見て、うれしそうに手をたたいた。
「おお。アレならここからでも見えるぞ。たしかにでっかいのう」
「ねえ、ツムギ」
と巫珠が怪訝な顔で、ロボットを見つめながら、
「犯人の妖怪は、本当にあんな大きなものを盗めると思う?」
ツムギが首をかしげて答えた。
「さあのう。じゃが、考えられるとすれば『魂』がカギじゃろうな」
「魂?」
「うむ。わしもさきほど群衆の会話を聞いて、思いついたのじゃが……。最近のロボットはとてもリアルじゃろ? 動きも思考もどんどん人間に近づいておる。となると、いまのロボットは、すでに器としての適性を……」
そのとき、群衆のなかで子どもの悲鳴が上がった。
「ママー! 大変! あそこに人が立ってるー!」
その声を聞くや否や、巫珠は「ちょっと見てくる」と言って、急いで空中に浮かび上がった。
群衆の頭を飛び越え、道路の先へと目を凝らす。
すると……
「あ、あれはッ!?」
視線の先には、たしかに子どもがひとり立っていた。
巨大ロボの前に立つ、和服を着た少年――見た目は人間のようだが、頭には丸いケモ耳と、お尻にはふっくらとした尻尾が生えている。
巫珠はそれを見て、すぐに理解した。あれは妖怪だ。
おそらく、その正体はタヌキの妖怪。
妖狸であるのだと。
妖狸の少年は、巨大ロボに近づくと、あっという間に天辺までよじ登った。
そしてロボットの肩の上に立ち、高らかに宣言する。
「この器、オイラがもらい受ける! いざッ!」
と妖狸が、巨大ロボのかぶっていたサンタ帽子を払い除け、
「隠神流 憑依術! 笠憑き地蔵!」
機械の頭に手を添えて、妖しき秘術を披露する。
すると妖狸の身体から、ボワンと煙が噴き上がった。それは渦を巻いて、ロボットの頭をすっぽりと包みこんだ。
やがて煙が晴れると、ロボットの頭の上には、大きな菅笠がドンと鎮座していた。
笠の前にはタヌキの顔が、後ろには尻尾が生えている。
つまりは妖狸が笠に化け、機械の身体を乗っ取ったのである。
この一連の出来事。
当然、ほとんどの人間には、妖狸の姿が見えていない。
群衆は、パレードの途中で突然ロボットが動かなくなったのを見て、「まだお披露目には早かったんじゃない?」とか「明日の水神の株価はヤバそうだ」などと口々に言い合っている。
なので、静止した巨大ロボに近づく者がいても、それを引き止めようなどとは、だれひとり考えもしなかった。
おそらく水神重工の社員だろう。
タブレットを持った作業員の男が、路上で動かなくなった巨大ロボのもとへ駆け寄っていく。
男はロボットの目の前で、タブレットを凝視して、「あれ~? なんで止まったんだろ?」とブツクサ言いながら首をかしげている。
すると突如――
妖狸の操る巨大ロボが、その長い右腕をふり上げた。
そのまま勢いよく、ふり降ろされる。
あっけにとられる作業員を巻きこんで、機械の重たい右腕が、コンクリートの路面に向けて、するどく叩きつけられた。
群衆の悲鳴。
周囲に、作業員の肉片が飛び散る。
くぼんだ路面には、血でできた大きな池が――
……という風には、ならなかった。
妖狸が小さく舌打ちした。
「チッ……。余計なマネを」
間一髪、ツムギがロボと対峙する。
路上におどり出た我らが神は、片手で作業員の衣服を引っ張って、目の前の惨劇を回避したのである。
一命をとりとめた作業員は、なにがなにやらわからぬまま、とりあえず悲鳴を上げて一目散に逃げていった。
ツムギはそれを見送ると、なるべく妖狸を刺激しないように明るい調子で声をかけた。
「大したものじゃ。憑依術をロボット相手に使うとは。おぬしが考えたのか?」
答えはない。返ってきたのは機械の拳だった。
ツムギは難なくそれをかわし、
「せっかちなヤツじゃのう」
「うるせえ! オイラは家族のかたきを討つ! 邪魔するやつァ、皆殺しだ!」
再びパンチが飛んでくる。
ツムギは、首に巻いていたマフラーをほどくと、それに妖力を流し込んだ。
そして鞭のようにふるう。
妖力で強化されたマフラーと機械の拳がかち合って、バチンと大きな音を立てた。
ツムギが再び声をかけた。
「その復讐。ここにいる者たちと関係あるのか?」
「おおありだ! 人間さえいなけりゃ、オイラの兄弟は死なずにすんだ! 人間は全員同罪! ここで並んでいるヤツらにも、その罪を償わせてやる!」
「うつけ者が。話にならんな」
「話はしねえ! 文句があるなら止めてみろ!」
しばらく殴打と鞭打の応酬がつづいた。
刹那、妖狸のロボットが渾身の力をこめて、両手でツムギを殴りつけた。
それを弾いた衝撃で、ツムギが大きく飛び退る。
空中で脱げた毛糸の帽子が風に舞い、視界の端へと消えていった。
おたがいに距離を置き、一時の静寂が訪れる。
「ねえ、ツムギ。大丈夫?」
いつの間にか、ツムギの背後に巫珠が立っていた。
巫珠がさらにつづけて、
「いきなり飛び出していくからビックリしたよ。ケガはないの?」
ツムギが乱れた髪をかき上げ、答えた。
「わしは平気じゃ。それより、おぬしは遠くへ避難しておれ。妖力のこもった攻撃、食らえば幽体が消し飛ぶぞ」
「げぇ~、わたしまだ成仏したくない。でも逃げる前に、なにか手伝えることない? 必要なものとかあれば持ってくるけど」
「おぬしにできることは、なにもない。じゃが、強いていえば――」
言葉を切って、マフラーをふるう。
巨大ロボが投げつけた、家庭用人型ロボを叩いて落した。
ツムギが話をつづけた。
「おぬしは霊力が強い。わしを拘束できるほどじゃ。その力をもってすれば、わしらと同じ技が使えるかもしれん」
「技って、たとえばどんな?」
「それは自分で考えるのじゃ。さあ行け!」
ツムギに言われた通り、巫珠は歩道へと避難した。
歩道に立つ群衆は、目の前で起きている乱闘を見て、大盛りあがりのようだ。
皆、この騒ぎをパレードの演出の一部だと勘違いしていた。
「このままじゃ、だれかが巻き添えになるかも。早くなんとかしないと」
巫珠が思案していると、群衆からひときわ大きな歓声が上がった。
皆がツムギを応援していた。自分の姿をしたツムギを……。
巫珠の心がザワザワと音を立てる。
そういえば、昔から自分は蚊帳の外だった。
学校では常に脇役で、周りからは下に見られ、借りパクされた私物は数知れず、貸したお金はなかなか返ってこなかった。
そういうあつかいがイヤで、それで地元を出てきたのに……。
いまでは仕事を失って、身体までなくなってしまった。
そのとき、ふと道ばたに降り立つドローンの姿が目に入った。
ペリカン運輸の機体。商店街の店に荷物を届けにきたらしい。
それを見て、巫珠は思った。
――もしツムギが言ったことが本当なら、わたしも妖怪みたいにアレに乗り移れるのだろうか?
そうすれば自分だって、少しは活躍できるかもしれない。ツムギといっしょに戦って、この事態を早急に解決できるのかも……。
「って、なに考えてんだろ。いくら正義のためだからといって、さすがに物を盗んじゃダメでしょ。大丈夫。このままうちの神様に任せておけば、全部キレイに解決してくれるはず……」
長いこと物思いにふけっていたせいか、巫珠は気がつかなかった。
強烈な違和感を覚え、背筋に冷たいものが走る。
群衆が、あれだけ騒がしかった群衆が――
ひっそりと静まり返っている。
巫珠は顔を上げて、急いでツムギの方を見た。
しまった。もっと早く気づけばよかった、と後悔する。
ツムギは、巨大ロボに捕まっていた。
ロボットの長い手につかまれて、身動きが取れなくなっているようだ。
もはや窃盗がどうのと言ってる場合ではなくなった。
このままではツムギがやられてしまう。
それによく考えたら――
これまで自分はずっといい子ちゃんで過ごしてきて、そのせいで奪われてばかりの、理不尽な人生を送ってきたではないか。
「だったら……。ひとつくらい奪い返してもバチは当たらないよね?」
巫珠はそうつぶやくと、目の前を通り過ぎようとするドローンに向かって、そっと青白い手を伸ばした。




