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第2話「アヤカシのことは、地域の生き物に聞くべし」

 嫌がるツムギを着替えさせて、マンションを出る。

 巫珠みたまが空中をプカプカと移動しながら、近所のコンビニまで先導していく。


 ツムギは赤色のジャージに、白の毛糸の帽子とマフラーという格好。

 寒いのでジャージはやめるよう進言したが、「わしはこの色が気に入ったのじゃ」とかたくなに聞き入れなかった。

 帽子とマフラーは変装用につけさせたが、本人は暑苦しいと言って、しょっちゅう首をいている。


 コンビニでは、シャケとイクラのおにぎり、それとペットボトルの温かいお茶を購入した。

 巫珠が「いなり寿司もあるよ」と勧めるも、おいなりは飽きたと言って見向きもしなかった。


「人間はアホじゃ。稲荷神社と聞くとバカのひとつ覚えみたいに、す~ぐ油揚げと、それに類するものばかりを持ってきよる。それでいて、自分たちはこんなにも多種多様なフレーバーのおにぎりを楽しみおって。まったくもって、けしからん」


 コンビニを出たあとも、ツムギはずっとブツクサ文句を言っていた。


 食事はすぐ近くの公園でとることにした。

 日没後の公園は、街路灯でライトアップされていたが、冬場なので当然人の気配はなかった。

 巫珠がベンチのある場所まで案内すると、ツムギが首を横にふった。「わしはあっちがよいのじゃ」と言って、ブランコのほうへと駆けていく。

 ブランコに座り、ひざの上でコンビニの袋を広げる。

 おにぎりをひとつ取り出し、不器用に包装フィルムをはぎ取ると、ツムギは間髪かんはつを入れず、それにかぶりついた。

 前後にブラブラゆれながら、口の周りを米粒だらけにして食べている。


 まるで子供みたいだな、とほほえましく見守りながら、巫珠はずっと頭に引っかかっていた疑問をズバリ聞いてみることした。


「ねえねえ、ツムギちゃん。いや、ツムギ様って呼んだほうがいいのかな? それとも、ツムギ神? 偉大いだいなるが神様?」

「だァ~もう! そういうムズムズする呼び方はやめるのじゃ。わしのことはべつに呼び捨てでかまわん」

「そうなの? それじゃあ、ツムギ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「なんじゃ?」

「ツムギってさ。うちの神社の神様なんだよね?」

「まあのう。実際には妖怪じゃが、似たようなもんじゃ。わしはおぬしの住む地域一帯を守り、人々の営みを見守ってきた良いアヤカシじゃ。ゆえにあがめられて当然なのじゃ」

「そうだったんだね。でも、それならどうして、いままで姿を見せてくれなかったの? もしかして、どこかに隠れてたとか?」


 ツムギが最後のひとくちをほお張って、ペットボトルから温かいお茶をすする。

 それから、二つ目のおにぎりに手を伸ばした。

 また乱暴にフィルムをむきながら、


「巫珠よ。わしはべつに隠れていたわけではないぞ。長いこと眠りについておっただけじゃ。目が覚めたのは、おぬしの上京と入れ違い。じゃから、おぬしとはこれまで出会うことはなかったのじゃ」

「入れ違いかぁ……。じゃあ、わたしの家族には、ツムギのこと見えてたりするの?」

「一部な」

「一部?」


 ツムギがおにぎりにかぶりついた。かじり取られた断面からあかい宝玉がのぞいている。

 ツムギがモグモグと口を動かしながら、先をつづけた。


「おぬしの両親、それと次女のカエデには、わしの姿は見えんようじゃ。見えておるのは、小学生の弟妹ていまい、タイヨウとヒメの二人だけ。それと長女である巫珠。おぬしはかなり特殊じゃのう。子供ならともかく、大人で妖怪が見える者は珍しい」

「うーん。なんか小学生といっしょにされるのは複雑……。あ、それともうひとつ。ツムギはどうやって、わたしの家まで来たの? ひとりで来るの大変だったでしょう?」


 それを聞いて、ツムギの食べる手が止まった。


「なにを勘違かんちがいしておる。わしは神社の外には一歩も出ておらんぞ。わしの本体はいま、おぬしの実家のコタツのなかじゃ。そこでヌクヌクと過ごしておる」

「え、どゆこと? じゃあ、どうやってわたしの身体に入ったの?」

「それはこれのおかげじゃ」


 そう言って、ツムギはジャージのポケットからなにかを取り出した。

 ひもを持って、巫珠の目の前でぶら下げる。紐の先端には小さな鈴。それと長方形の赤い袋……。

 巫珠がそれを見て答えた。


「それって、うちの神社のお守り?」

「そうじゃ。わしは山梨の山中から妖力を送りこみ、おぬしの部屋に置かれていた、このお守りを動かした。いわゆる念動力ねんどうりょくというやつじゃな。お守りを床の上に落として、トラップをしかけたのじゃ」

「わたしの部屋にトラップを!?」

「フフフ……。見ものじゃったぞ。おぬしがそれに引っかかるところは。巫珠がお守りを踏んで気を失い、わしがその身体を、お守りを通じて見事に乗っ取った――とまあ、こういうカラクリじゃな」

「なるほど。つまりドローンみたいに、通信で遠隔操縦えんかくそうじゅうしてるってことね」


 そうこうするうちに、ツムギがおにぎりを食べ終えた。

 お茶の残りを一気に流しこみ、元気よく立ち上がる。


「さァて、腹ごしらえはすんだ。そろそろ本腰を入れるかのう」

「本腰って……なんの?」


 ツムギが口の端についた米粒をペロリとめ取り、ニヤリと笑った。


「決まっておろう。悪者退治じゃ」



 ◇



 さて、ふたりは今夜起こる事件の手がかりを求めて、さっそく街へとり出した。

 ……かと思いきや、かれらは再びコンビニを訪れていた。

 巫珠は、コンビニの駐車場の前で仁王立ち。あきれた顔で、足もとを見下ろしている。

 視線の先でうごめくなにかを見て、彼女は深いため息をついた。


「ハァ~……。ゴミ捨てついでに寄ったのはいいけどさ。な~んで猫といっしょにゴロゴロしちゃうわけ?」

 

 そのとおり、地面ではツムギがゴロンと横になり、野良猫とたわむれている。

 おたがいに「まーお、まーお」と鳴き声を上げながら、猫パンチの攻防が止まらない様子である。

 とそこへ、コンビニから出てきた親子が通りかかった。

 子どもが寝転がるツムギを指さして一言。


「ママー。あれなにしてるの?」

「シーッ! 見ちゃいけません!」


 母親は子どもの手を強くにぎり、足早に去っていく。

 それを聞いて、幽霊こと巫珠の青白い顔が一層青みを増した。

 巫珠がツムギをにらみつける。


「いまの聞いた? 完全に不審者ふしんしゃあつかい! このままじゃ通報されちゃうよ! ほら、ちゃんと立って!」


 しかしツムギはめんどくさそうに、巫珠をあおぎ見て、


「だァ~、うるさいのう。聞きこみ捜査の邪魔じゃまをするな」

「聞きこみって、猫じゃん!」

「アヤカシのことは、地域の生き物に聞くべし。昔からの鉄則じゃ。野生動物の情報収集能力は、意外とあなどれんからのう。なあ、ミャーコ?」

「もう、勝手に名前つけないでよ」


 ミャーコと呼ばれた野良猫は、ふたりのいさかいを気にも留めず、のん気に小さくニャーンと鳴いた。

 それからほどなくして、猫は立ち上がった。

 スタスタと歩き始める。ときおりツムギたちを気にかけるようにして、後ろをふり返りながら、スタスタ、スタスタ……。


「おおっ、見ろ。ミャーコが動き出したぞ。どこかへ案内してくれるようじゃ」

「案内ってどこへ?」

「ヒトでもケモノでもない。あやしいモノがひそむ場所じゃ」


 ふたりは猫を追った。

 猫は公園を横切って、川の土手に沿って進んでいく。

 途中、かかっていた橋の下をくぐり抜け、古い民家の立ち並ぶ住宅街に出た。

 そのうちの一軒の前で、猫はピタリと立ち止まった。


「どうやらここのようじゃ」


 見ると、それはいまにもくずれそうな、木造平屋の廃墟だった。

 家の前には、ツタのからみついた鉄門が鎮座ちんざしており、鎖と南京錠で口を固く閉じている。

 巫珠がボロボロの廃墟をながめて一言。


「うわあ……。なんかオバケ出そう」

「おぬしが言うと滑稽こっけいじゃのう」

「たしかに。……って、身体を奪った本人が言うなっつーの!」


 と華麗かれいなツッコミが決まったところで、足もとの猫がニャアと鳴く。

 ツムギがかがみこんで、猫の頭をやさしくなでた。


「どうやらミャーコは入りたくないらしい。ここでお別れじゃな。それじゃあ、約束のご褒美ほうびじゃ。ほーれ、ほれほれ」


 ツムギが両手でワシワシと、猫をはげしくみしだく。

 猫はしばらく気持ちよさそうに神の寵愛ちょうあい堪能たんのうしていたが、やがて満足したのか、ツムギの指のあいだをスルリと抜け出すと、夜の闇に消えていった。


「さァて、おにが出るかじゃが出るか。楽しみじゃのう」


 そう言って、ツムギは、巫珠の背丈ほどもある鉄門をヒョイッと飛び越えた。

 一方、巫珠は当然フリーパス状態。鉄門をヌルリとすり抜け、ツムギのあとについていく。


 廃墟の玄関には、カギがかかっていなかった。

 ドアを開けて、なかをのぞきこむ。家のなかは真っ暗で、明かりひとつない。視界ゼロの空間が広がっていた。

 だが巫珠は幽霊になったせいか、暗がりでも物がよく見えたし、ツムギに関しては心配するのが野暮やぼなほど、ひとりでズンズンと奥に突き進んでいく。


 玄関から通路を少し歩くと、廃墟の居間にたどり着いた。

 ツムギが先になかをのぞきこんで、「ほう。これは大当たりじゃ」とうれしそうに部屋に入っていく。

 つづいて、なかに入った巫珠は周囲を見てギョッとした。

 居間にはところ狭しと、たくさんのロボットが並んでいたのだ。

 人型ロボ(ヒューマノイド)、配送ロボ、お掃除ロボ、ファミレスでよく見る配膳ロボ……。

 おそらく、どこかから盗んできたものだろう。


 ツムギがクンクンと鼻を鳴らして、


「妖気の残り香を感じる。やはり妖怪のしわざじゃな」

「妖怪がロボットを盗むの? いったい、なんのために?」


 そのとき、巫珠がソファの上に乗っていた機械を見て、アッと声を上げた。


「これ、ペリカン運輸のドローンだ!」

「知っておるのか?」

「わたしが働いてた会社。もうクビになっちゃったけどね」

「ほう。ちゃんと仕事はしてたんじゃな」

「ドローンオペレーターをやってたの。だけど今度からオペレーターにはAIを使うって、追い出されちゃって。これも時代なのかな」


 巫珠がドローンをながめて、しみじみ感傷に浸っていると、今度はツムギがなにかを見つけた。


「なあ、これはなんじゃ?」


 ツムギが指さした先、テーブルの上には書類の山があった。

 その山の一番上には、真新しいパンフレットが乗っていた。

 表紙を読むと、水神みずがみ重工の最新型人型ロボ(ヒューマノイド)を紹介したものだとわかった。


「水神重工……。この会社聞いたことある。すごくリアルで賢いロボットを作ってるんだって」

「ほう」


 ツムギがパンフレットを手に取り、ページをパラパラとめくる。

 すると、ページのあいだから一枚の紙が飛び出してきた。


「なんじゃ?」


 ふたりで床に落ちた紙をのぞきこむ。

 なんてことはない、ただのチラシだった。

 チラシには、今夜、妖神商店街で行われるイベント『サンタロボパレード2036』についての詳細が書かれている。

 それを見て、巫珠があごに手を当てて、


「サンタロボパレード? たしかニュースで見たような……」

「見ろ。ここになにか書いてあるぞ」


 ツムギがチラシを拾い上げ、下のほうを指さした。

 チラシの下部には、『最新の大型ロボットお披露目ひろめ』の文字が……。

 そして、その字を囲むようにして、赤いペンで二重丸が描かれていた。

 巫珠とツムギが、ハッとして顔を見合わせる。


「ウソでしょ。まさか、この部屋に住んでた妖怪は、今夜これを盗むつもりなんじゃ……」

「わからん。じゃが、もしそうならずいぶんと大胆だいたんなヤツじゃのう」

「パレードの開始時刻は……」

 巫珠がチラシの文字を目で追って、

「午後七時! さっきコンビニの時計が六時半を過ぎてた! 下手したらもう始まってるかも!」

「急いだほうがよさそうじゃな。わしらも商店街に向かうぞ」

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