第1話「天下無双の六尾の妖狐」
――いったいぜんたい……どうしてこうなった!?
神宮寺巫珠は困惑していた。
場所は、都内のワンルーム。
ミニマリスト向けの極小物件で、借り主は巫珠自身。
二十代前半、彼氏なし、女のひとり暮らし。
なのに部屋には、二人いる。
巫珠の住むマンションは激狭で、床にベッドとテーブルを置くのがせいぜい。
あとはそのあいだで、だれかが寝転がったら余白はなくなってしまう。
現に、部屋には余白がなかった。
理由は単純。部屋の真ん中で、だれかが寝転がっていたからだ。
あお向けで眠る、若い女。見覚えのある顔だった。
中肉中背、メガネにショートカット。
パッとしない、人並みの顔。
ドラマの世界にいたら、まちがいなく脇役。
アニメならモブ。
主人公には選ばれない、影のうすい人物。
だけど――と巫珠は思う。
わたしは彼女を知っている。
なんなら昨日はお風呂場で見かけたし、今朝も洗面台の前で顔を合わせた。
あれはわたしだ。わたし自身だ。
わたしはいま、寝ている自分の姿を見下ろしているのだ。
「つぎのニュースです。本日午後七時より、東京 浦女市の妖神商店街で『サンタロボパレード2036』が開催されます。これはサンタの格好をしたロボットが街を歩くイベントで……」
点けっぱなしのテレビから夕方のニュースが流れてくる。
最寄り駅近くの商店街の話題だった。
映像はクリアで、内容も現実的。
「……ってことは、これは夢じゃないんだ」
巫珠がつぶやく。確かめてみる必要があった。
テーブルの上の缶ジュースに手を伸ばす。
すると彼女の手は、容易に缶をすり抜けてしまった。
「やっぱり! わたし幽霊になってる! これは幽体離脱だ。身体から魂が抜けちゃったんだ」
本当に、どうしてこんなことになったのか?
直近の行動を思い出そうとしたが、なんとも記憶がはっきりしない。
けれど、悩んでもしかたがない。とりあえず、現状をどうにかしなければ――と巫珠は倒れている自身の身体に向かって、ゆっくりと歩み寄った。
――いや待てよ。幽霊だったら、わざわざ歩く必要はないのでは?
ということで、空中をふわふわと漂いながら、巫珠は、自身の身体の真上へと移動した。
幽霊となった自分と、魂の抜けた肉体。このふたつを重ね合わせたら、また元の姿にもどれるかもしれない。
そんなことを考えながら、寝ている自分の顔を、そっとのぞきこんだ。
つぎの瞬間――
巫珠の身体が突如、両目をクワッと見開いて曰く、
「おおっ! 肉体ゲット! 計画通りじゃ!」
「しゃ、しゃべった~!?」
あまりの出来事に巫珠が腰を抜かす。
何者かが自身の身体に入りこみ、言葉を発している。
だが、しゃべるだけではない。
そのナゾの侵入者は、床の上から飛び起きると、巫珠のかけていたメガネをポイッとその辺に投げ捨てて、おのれが手に入れた若い女の肢体を舐めるように観察し始めた。
着ていたパジャマをめくり上げ、白い素肌をなでまわす。
「フフ~ン。さすがは神宮寺家の娘じゃ。依坐としてよくなじむ」
そう言って、ひとり悦に入っている。
一方で、たまらないのは巫珠のほうだ。
「なにこれぇ? どうなってるの? それ、わたしの身体なんですけど……。返して……ねえ、返してよぉ……」
と泣きそうな顔でよろよろと、ゾンビがごとくすがりつく。
だが、巫珠だったモノは無慈悲にも、近づいてくる彼女の顔を、片手でグイッと押しのけた。
「だァ~、うっとうしい! 気安く触れるな! わしをだれじゃと思っとる!」
「知らないけど……。あなた、だれ?」
「わからんか? 察しの悪い娘じゃのう。では、しかたがない。わしのありがた~い名乗り口上を、その目にしかと焼き付けよ! いざッ!」
そう言うと、その何者かは、テーブルの上にピョンと飛び乗った。
頭の上で獣のような三角の耳がふたつ、フワフワとゆれている。
ケモ耳娘と化した肉体が、芝居がかったしぐさで声を張る。
「あ、聴いて驚け、見てビビれ! わしはかの有名な大妖怪! 天下無双の六尾の妖狐! 人と怪奇を紡ぐ者! 人呼んで、ツムギ様であ~る!」
「ツムギ……様……?」
「そうじゃ。歴史に名高い、あのツムギ様じゃ。なに? サインがほしい? しょうがないのう~。では、色紙とペンを持ってくるがよいぞ」
だが、巫珠の反応は一向にうすい。
彼女はキョトンとした顔で、首をひねってこう答えた。
「あの……ごめんなさい。わたし、あなたのこと知らないかも……。ちょっと名前を聞いたことがないっていうか……」
「ん~? いやいやいやwありえん、ありえんw。わしはなんといっても、神宮寺家の守り神じゃからのう。当然おぬしの家では、わしの存在は末なが~く語り草となっておるはずじゃ。……なってはおらんのか?」
「えーと、たぶん……そうみたいです……」
巫珠が気まずそうな顔でうなずく。
刹那、獣の耳がピクリと動き、ツムギの動きがピタリと止まった。
それを皮切りに始まったのは、烈火のごとき大説教である。
「ぬわァにィ~! こォんの薄情もんがァ! なぜわしの名が代々語り継がれておらんのじゃ! こうなったら、おぬしは八つ裂きじゃ! 八つ裂きの刑じゃ! 一族の代表として切り刻んで、その身でひつまぶしを作ってくれようぞ!」
「ひ、ひぃ~! すみません! すみません!」
奪い取られた肉体に、これ以上なにかをされてはたまらない。
巫珠が必死になって平謝りをつづけると、数分後、ツムギは落ち着きを取りもどした。
威厳を失った自称・守り神様は、テーブルの上であぐらをかき、ものうげに天をあおいでいる。
ツムギが小さくため息をついた。
「まったく。神宮寺家の一族はどこか抜けておるのう」
それから巫珠のほうを見やり、
「おぬし、名前は?」
巫珠が答えた。
「わたしは巫珠。神宮寺巫珠」
「よし。では巫珠よ。悪いがこの身体。しばし、わしが借り受けるぞ」
そう言うと、ツムギはテーブルから飛び降りて、玄関へと歩き始めた。
巫珠があわてて、あとを追いかける。
「え? どこに行くの?」
「わからん。じゃが今宵この街で、なにか大きな事件が起こる。感じるのじゃ。悪巧みのニオイを……。わしはそれを止めねばならん。なので、おぬしは留守番じゃ。ここで大人しく待っておれ」
そう言い残すと、ツムギはドアを開けて、ひとりで外に出ていった。
……とはならなかった。
「こら! おぬし、なにをする! 離せ!」
「ダメよ! パジャマのまま外に出ないで! わたしが誤解されちゃうでしょ!」
異様な光景である。
幽霊が、肉体を、羽交い締めにしていた。
ツムギが手足をバタつかせ、はげしく抵抗しながら、
「べつに格好なんてどうでもいいじゃろ! だいたい、なんで平日にパジャマで家に引きこもっとるのじゃ? おぬし仕事はどうした?」
「こ、これには色々とワケがあるの! とにかく着替えなさい! じゃなきゃ、外には出しません!」
「ぐぬぬぬ……。なんという霊力の強さ。このわしを完全に拘束するとは……。か、身体に力が入らん……」
とそのとき、ツムギのお腹がグゥ~ッと大きな音を立てた。
巫珠がアッと声を上げて、
「そういえば、わたし。お昼ご飯抜きだったかも」
「……どうりで力負けするわけじゃ」
「とりあえず……。着替えてコンビニでも行こっか?」
腹が減ってはなんとやら。
まずは腹ごしらえの時間である。




