第9話:Case9(魔王と勇者)
魔物たちは、統制された。
それまで山奥や深海に留まっていた強個体は、
組織化され、役割を与えられ、
魔族と呼ばれる存在へと再定義された。
彼らは表舞台に現れ、
抵抗力の低い小国から順に掌握していった。
破壊は限定的だった。
殲滅も、必要最低限だった。
――支配の方が、効率が良かったからである。
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そして、
誰もが聞いたあの咆哮。
それは、
誰かが名乗りを上げた音ではない。
世界そのものが、
新たな管理者の存在を受け入れた音だった。
人類は、
認めざるを得なかった。
魔王が、
「登場した」のだ。
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咆哮詠唱の影響は、
物理的な被害よりも
精神構造の変質として現れた。
あの瞬間以降、
人類の大多数は、
魔族に対して明確な恐怖を覚えるようになった。
それは学習ではない。
経験でもない。
初期値として設定された感情だった。
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【Case9:管理者『魔王』の降臨と、勇者という名の例外処理】
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【1. 魔族のロールアウト(権限委譲)】
これまで魔物は、
環境にランダムに現れる異常値に過ぎなかった。
しかし、
魔王の降臨以降、
それらは明確な階層構造を持つ
魔族として再編された。
統治記録によれば、
彼らは殲滅を急がなくなった。
理由は単純である。
殲滅よりも、
管理の方が上位互換だった。
魔族は小国を制圧し、
人類を「魔力の安定供給源」として管理し始めた。
それは、
極めて合理的で、
極めて冷酷な
IT資産管理の思想そのものだった。
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【2. 咆哮詠唱による精神ハック】
咆哮詠唱の本質は、
破壊ではない。
それは、
人類の脳内に存在する
「反抗」「疑念」「拒否」の回路を
無効化するための強制書き換えだった。
恐怖と服従が、
デフォルト設定として組み込まれた。
検証班は、
この影響を次のように記録している。
「人類は、
物理的な壁によってではなく、
精神的な権限設定によって、
魔族に触れることすらできなくなった」
武器はあった。
詠唱理論も残っていた。
だが、
使えなかった。
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【3. 勇者(Exception Handling)の発生】
ごく稀に、
この咆哮詠唱に同調しない個体が存在した。
恐怖を覚えない。
服従しない。
逃げない。
解析の結果、
これらの個体には
共通した特徴が確認されている。
・咆哮周波数への非同調
・精神構造の局所的不整合
・遺伝的要因の可能性
人類は、
彼らをこう呼んだ。
勇者。
だが、
魔王軍側の定義は異なる。
彼らは、
ただの
**「パッチ未適用端末」**である。
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【4. 不確定要素としての勇者】
勇者は、
強いから勇者なのではない。
恐れないからでもない。
ただ、
管理対象から漏れた例外だった。
しかし、
システムにとって、
例外は常に危険である。
この世界において、
唯一の不確定要素は、
勇者と呼ばれた彼らだけだった。
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【補足記録】
ここまで読んで、
なお魔族に恐怖を覚えない読者がいるとすれば、
それはきっと、
あの咆哮詠唱を聞いていない者の
血を受け継いでいるのだろう。
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