第8話:Case8(咆哮/デプロイ)
観測隊の派遣は、極めてスムーズに進行した。
火山湖周辺は即座に戒厳令下に置かれ、
詠唱は昼夜を問わず観測され続けた。
湖の中心から発せられる音には、
一定の規則性が確認されていた。
周期、振幅、倍音構造――
いずれも安定しており、
時間経過とともに数値は減衰傾向を示していた。
この時点で、人類側の評価はほぼ一致している。
「事態は収束に向かっている」
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湖の周囲には、
徐々に魔物が集まり始めていた。
観測隊からは、
継続可否を問う報告が複数回上がっている。
・護衛戦力の不足
・詠唱妨害の増加
・撤退判断の遅延による損耗リスク
しかし、
会議室で下された結論は一貫していた。
「観測を継続せよ」
詠唱の減衰は、
「終わり」を意味している。
その「終わり」を見届けることこそが、
人類にとって最重要の成果になる――
そう判断された。
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やがて、
詠唱の周期から
終了時刻の推定が可能となった。
観測ログには、
カウントダウン形式の記述が残されている。
残り72時間。
48時間。
24時間。
この頃には、
観測隊周辺の魔物は
排除可能な規模を超えていた。
だが、
「もうすぐ終わる」という認識が、
撤退判断を遅らせた。
結果として、
観測隊は
詠唱終了の直前に、
辛うじて撤退している。
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そして、
カウントがゼロになった瞬間。
世界を、
咆哮が包んだ。
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【Case8:火山湖の『デプロイ』と咆哮】
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【1. 観測データの誤読】
人類が「減衰」と呼んだ現象は、
収束ではなかった。
それは、
相転移に向けたエネルギーの集中である。
検証班は後に記している。
人類が
「もう少しで終わる」と
数えていた時間は、
魔王軍が
この世界の物理法則を書き換えるための
**進捗表示**に過ぎなかった。
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【2. 現場の崩壊】
湖周辺に集結していた魔物は、
観測隊を排除するための戦力ではない。
それらは、
新たな管理者のデプロイを補助する
バックグラウンドプロセスであった。
撤退時の記録によれば、
詠唱は機能しなかった。
正確には、
「詠唱という操作体系」が
空間から削除されていた。
筋肉による物理攻撃も、
料理詠唱による補助も、
意味を成さない。
魔法のAPIは、
予告なく変更されていた。
彼らは、
ただの生体として逃げるしかなかった。
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【3. 世界を包んだ咆哮(The First Shout)】
カウントがゼロになった瞬間、
湖から放たれたのは音波ではない。
それは、
基底現実の書き換えが完了したことを示す
物理的な振動であった。
解析上、この現象は
「Overwrite Root」と分類されている。
その影響は、
即座に世界全域へ波及した。
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【4. 副作用の記録】
この咆哮を聞いた人類の約1割に、
脳内の「言語」概念の破損、
あるいは置換が確認された。
・詠唱不能
・会話不能
・意味理解の崩壊
ただし、
これは咆哮詠唱の主作用ではない。
個体差による
副作用と推定されている。
主作用については、
この時点では
まだ理解されていなかった。
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【内部総括】
この日を境に、
世界は静かに変質した。
それは破壊ではない。
侵略でもない。
管理フェーズへの移行である。
人類はまだ、
それを理解していなかった。
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