最終話:Final Report
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【Final Report:終焉の観測】
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【1. 綴じられた記録】
「……以上が、第832番並行世界における
魔王軍による大規模侵入事案と、
それに伴う世界整合性の崩壊記録である。
勇者ユニットによる復旧の試みは、
局所的には一定の成果を示したが、
結果としてシステム全域の不整合を加速させた。
当該世界は、
すでに論理的連続性を維持できない段階に達している。
よって、
本セクターの保存は非推奨とし、
破棄および再初期化を提案する。」
――以上。
それ以上の言葉はなかった。
英雄の名前も、
犠牲者の数も、
勝敗の記述も。
ただ、
処理結果だけが記されていた。
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【2. 窓の外の「バグ」】
報告書を閉じ、
ふと顔を上げた時。
窓の向こう側に、
一匹の虫が止まっていることに気づいた。
小さな体。
幾何学的な模様の翅。
この世のどんな図鑑にも載っていないはずなのに、
どこか懐かしい。
かつて、
「可愛い」「珍しい」と言われ、
愛玩動物として迎え入れられた――
あの個体と、
まったく同じ形状をしていた。
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【3. リアルへの感染】
虫は鳴かない。
ただ、
こちらを見ている。
いや、
見ているのは「目」ではない。
体温。
呼吸のリズム。
思考の流れ。
それらを、
静かに、確実に、
上位サーバーへ送信している。
窓ガラスの向こうで、
世界がほんの一瞬だけ、
瞬きしたような気がした。
それが錯覚なのか、
それとも――
新しい世界の
初期化が始まった合図なのかは、
まだ誰にも分からない。
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【付記】
もし、
この記録を読んでなお、
恐怖を覚えなかったのなら。
あなたは、
あの咆哮詠唱を
聞いていない系譜に属しているのかもしれない。
あるいは――
すでに、
次の世界のログインが
完了しているだけなのか。
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END
後書き
本作は、
執筆中の別作品
『銀河の納期は待ってくれない
〜担当エリア「太陽系」が20年遅延してるんですが~』
を書いている最中に、ふと浮かんだアイデアから生まれました。
私自身、過去にランサムウェア攻撃を受けた企業対応に追われた経験があります。
その現場では、
何が起きているのか分からない混乱
部分的な復旧がかえって被害を広げてしまう焦り
「勇者的な解決」を期待されながら、実際には初期化しか選択肢がない現実
そういったものを、毎日のように目の当たりにしました。
この作品は、
そのとき感じた空気や構造を、
どうにかして物語として伝えられないか――
そう考えて書いたものです。
魔王も勇者も、
ここでは「役割」にすぎません。
そして多くの場合、
世界は勇者では復旧できません。
最後までお読みいただき、
本当にありがとうございました。




