第2章 1.
咲坂高校冒険部活動報告書
第2章「露往霜来と増えるな顔のシワ」
1.
最近のトラブル増加は何かの陰謀では無いかと真剣に疑っている。
上下左右何処見ても疲れ切ったおっさんに囲まれた環境で家にも帰れない状況は、一応若い女性を名乗れるぎりぎりの自分――『村井 恵麻』――にとって、絶対健康に悪いと
確信してしまう状況だ。
「いやぁ……場所が、場所だからね」
顔にしわを見つけて、思わず職場である県警女子トイレの鏡の前で甲高い悲鳴を上げたのは仕方がないと思いたい。
上司に嫌味を言われながら、甲高い悲鳴に駆けつけてきた正義感強いポリスメン、ポリスウーメンに頭を下げる瞬間ほどここ最近のトラブル増加をやはり陰謀では無いかと思う瞬間は無い。
ちなみに上司の目の下には立派なクマができていた。……やはり陰謀か何かが進行しているのでは?
「『村井先輩』、ここですか。県警が管理している『ダイビングスポット』って。初めてきましたぁ~」
「『加西』さん――」 「――呼び捨てでって、いつも言ってるじゃないですか。それにしても日本でこういう物が必要だって、何の冗談かって思いますよね~。『村井先輩』」
ともあれ、彼女は眠い体にブラックコーヒーを流し込みながら、自分と違って元気な新人を連れてとある場所に来ていた。
村井の後輩、『加西』はダンジョン用に自腹で用意した装備の確認を始める。すなわち、『ドイツ製:9ミリ短機関銃』と『アメリカ製民生品:5.56ミリアサルトライフル』。
「まぁ……仕方ないわよ。ダンジョン限定だから、まだマシじゃん。ごくまれに銃乱射事件をやらかす奴らは速攻で射殺出来たらいいなって思うけど」
テロ警戒ドローンと銃火器に取り付けられたIDを監視する量子A.I.『ダモクレス』によって『通常の現実世界』での最悪の事件は何度か防いではいるが、逆に言えば、防げない瞬間という物もある。
それに、違法に輸入されたり製造された重火器には『ダモクレス』は無力だ。
「『村井先輩』、問題発言ですよ~」 「わかっている。ここ最近ダンジョン内部……いえ、いつもの事ね。『第1階層』内部で事件がてんやわんやよ」
「ハハハっ、大陸系『採掘企業』の武装オペレーターが~日本の合法ダイビングスポットで次々とリ・スポーンして大騒ぎですものね~。ここ2週間」
まさに陰謀では無いかと思うここ数日の疲れの原因がそれだ。他にも色々あるが、そこに連日のそれが加わると、事件の波状攻撃に等しい。
一応ダンジョン用の特殊ビザを持っていた連中は最低限の事情聴取後、送還されることになるが、それ以外はひとまず不法入国者として犯罪捜査をしなければならない。
ところで、こいつら我が国のEEZを侵犯していたらしいんですよね。……つまり不法入国者が日本の権益や資産に手を出して……日本警察としてはどう思います? ついでに誰だよ、こいつらを際限なく撃破しているアホは。
「上から下まで、大忙しで、県警の皆がゾンビになってきてるから、正直今回の仕事は仮眠のタイミングだと思っているわ。あんたは?」
「『村井先輩』、また、問題発言ですよ~。無理でしょ。むしろ、面倒ごとが増えそう……ここ2週間ほんとやばいですし」
「あのガキども、そのうち絶対絞めてやる」
忙しい原因に実は心当たりのある村井――村井恵麻巡査部長――にそんな暇多分無いだろと思っている彼女の後輩、加西。
何しろ、今回の職務――とある事件の被疑者……いや、参考人の確保――内容的に正直、某高校生4人組を絞めている時間は無いだろうとと思うからだ。
「マルタイ、いえ、もう被疑者と言って良いですよね? 6件の強制性交および脅迫、不正競争防止法違反に関与した疑い。余罪の可能性もまだまだ……」
「他にもあるわよ。テロ等準備共謀罪の疑いもある」
男の画像は恐らく運転免許証を取得する時に執ったのであろう写真だった。少し大柄な体格を持ち、イタリアメーカーのカジュアルスーツを着こなした優しげな風貌の男性。
しかし、その男がどれだけ邪悪な事に関与している可能性があるかを考えた時、その優しげな風貌は詐欺師のそれに見えてくるから不思議だ。
「レイパーの産業スパイって奴ですか~。この邪悪な優男」 「まだマルヒなんだから、決めつけないの」
村井、すなわち自分がこの新人、いや後輩の加西の指導役をしているのはやはり何かの陰謀では無いかと思いながら県警の仕事でダンジョンに潜る書類を窓口に提出する。
警察、特に地方のそれは万年人手不足で、男女関係無く皆疲弊している。それどころか、男社会の警察組織はとりあえず女性が関わる事件には数少ない女性警察官に文字通り仕事を投げる傾向がある。つまり、女性だから女性は任せた論。
当たり前だが、人間社会は特殊な人々を除き、基本的に男と女から成り立っている。都合良く女が一切関わっていない案件など無い。つまりは、数少ない女性職員の負担が凄まじい。
「連続強盗兼強制猥褻の容疑で監視していたマルタイが県下ダイスポよりダンジョンに逃走した恐れ。捜査を進めていく過程で、6件の強制性交、脅迫、不正競争防止法違反 威力業務妨害や不正アクセス禁止法。
女性を襲って脅迫して、殴って、脅迫して、さらに襲って……最後は産業スパイのコマとして消費する。 クソだけど、洗練された手口ね。本当に6件だけかしら?」
口では情報を整理しながら、頭の中では「眠たいよー」「ビールが飲みたいよー」「丸一日飲んだくれて寝ていたいよぉー」と叫ぶ村井を県警が管理しているダイビングスポット職員が引き戻す。
3種武装が許可されているとの言葉。すなわち拳銃と警棒とは別にスタンバトンと9ミリ拳銃弾120発の支給がある。
これでも日本の地方警察組織なりに奮闘した内容だ。おかげで自腹で警察支給装備とは別に何かしら一つ持たなきゃお話にならないし、それだって、ボディカメラの前で警告後に使わないと処罰対象だ。
「『村井先輩』。絶対捕まえましょうね。こいつ」
元々東京で活動していたようだが、容疑がかかった段階で、行方不明。
いかなる手段を使ったかは未だ不明だが、関東圏を脱出し、最後に確認されたのはこの県の『ダイビング・スポット』の監視カメラであった。
何しろ、陸伝いに大陸にいけるのがダンジョンの特徴だ。国境を越える場所として、日本列島の西端とも言えなくも無い我が県のダイスポは適任の一つだろう。
「潜伏の可能性があるのは、県下最大のダンジョン村、『代々木ダンジョン村』。代々木の地名は初代村長とやらの趣味」
Tips:『ダンジョン村』……ダンジョン、ディープ・フロンティアスペースには安全地帯がない。しかし休みたい人々は少しでも安全な場所を探す。
そうやって出来上がった、防衛戦がしやすい地形に出来上がるテント村。
Tips:『代々木ダンジョン村』……北九州最大規模のダンジョン村。単なるテント村に終わらず、コンテナにプレハブ建築に防衛用の塹壕と土嚢、機関銃に軽迫撃砲が設置されたちょっとした城塞都市と貸している。
「代々木」の名前は初代村長の趣味。県警では一種の無法地帯寸前のスラム街として警戒している。
東部地区、西部地区、防衛区画の3エリアに分かれており、それらとは別に新たな南部地区の開発を進めている。
「そこで、嘱託部隊と合流予定よ」
「あっ、どうも村井さんお久しぶりです」
県警管理下のダイスポ――ダイビングスポット――であるためか、顔見知りが挨拶をしに来た。
少し周りを見渡すと、警察ではない顔見知りの顔がやたら多いことに気が付く。
「長谷川さんも?」 「ええ、労働基準監督署がこんなものもって何だってんだってたまに思います」
労基の長谷川さんが自虐した笑みを浮かべて、腰に差したレイピアと拳銃を見せる。
「県警さんも代々木ですか?」 「ま、なぁ……」
「なら、心強いです。これから関連役所連合軍で西部での大捕り物でして、いざって時に頼れそうで何よりです」
「ああ、それで……」
警察とは違うが似たような業務を行う事もある公務員の人達。
スーツの上から防弾ベストと防刃コートをまとい、後輩の加西と同じような『ドイツ製:9ミリ短機関銃』をぶら下げた人達の一団はどうしても目立つ。
彼らの行き先も決まっている。県下最大のダンジョン村、『代々木ダンジョン村』。
(仕事が増えそうだな……)
憂鬱な気持ちになる『村井』だが、よく見ると警察ではない顔見知りがやたら多い。例の大捕り物関係なのかは知らないが、最終的に警察の仕事は間違いなく増えそうだ。
Tips:『県警管理のダイビングスポット』……県警察本部が管理しているダイビングスポットは公的機関がよく利用している。