第1章 3.
3.
野球部の山本への殺意を高める儀式、すなわち山本が黄色い悲鳴をバックに『俺が、野球部を強くしてやる! 最高の環境を作ってみせるよ!』と同じく弱小野球部員達に宣言し、その宣言を聞いた野球部員たちの涙の青春ストーリーシーンの録画を見る儀式の後、冒険部4人組は例のマウンテンバイクを走らせる。
でこぼこ道どころか、遠慮無くゴムタイヤを切り裂く鋭利な石や岩があちこちにあるその道を頑丈なダンジョン用電動マウンテンバイクは抜群の走破性で突破していく。
時折、天井が低くなり、降りなければならない場所があるが、この辺はまだちゃんと人の手が入っている分だけ、自転車に乗ったまま通行できる。
ディープ・フロンティアスペース、『第1階層』、通称ダンジョン1層。
現在地は座標32.7度、128.5度付近よりさらに西方の東シナ海と呼ばれる領域。
実は近くに冒険者や採掘人達が自然に集まって作られた元テント村なダンジョン村、通称『代々木ダンジョン村』――代々木は初代村長の趣味――があったりするしそこに冒険部の拠点があったりするが今日はそこに行かない。
行けば、先輩達の遺産である大量の武器弾薬を手にする事が出来るが、部長を覗く3人はだからこそ、今よってはならないと判断した。
風景は鍾乳洞を思わせる地下迷宮がずーと続き、スマホのナビアプリが無ければ今頃遭難してたかもとベテランの4人組でさえ思ってしまう。
『疑似衛星』として設置されたアンテナや気球型ドローン、『採掘企業』が敷設したケーブルのおかげで自分たちの位置情報はもちろんの事、昨今流行のダンジョン配信まで色々な事が出来る。
尤も、国家権力が全く立ち入れない『第4階層』以上だと、敷設されていないエリアの方が大きくて、配信者の姿を見ることはほぼ無い。
いや、そもそも『第2階層』に行く配信者事態がとても少ない。何しろ『第1階層』の時点でカネもかかれば治安も悪いのだから。
『第1階層』のダンジョン配信の主流はアバターを使用した自由なライブ活動や超派手なエフェクトが弾ける格闘技などだ。
何しろ、究極のヴァーチャルリアリティだ。本物に触れて、そして誰もが安全に家に帰れて、身分も隠せて、好き放題重火器や『現代化刀剣類』を振り回せて。
そして、モンスターという怪物と戦える。或いは戦ってる誰かを応援できる。例え賑やかしにすぎなくても物語の登場人物になった気分になる。
「部長、いやボス、グロやSensitiveだと動画サイトは遠慮無く潰してくるから、『自主規制くん』が自主規制してくれるような動画にしないようにチェックしたアクションを」
帰国子女がキャラ付けに迷った末におかしな事になって1年。すっかりネタにもされなくなった口調のカメラ担当の『オキタ』が自転車を運転しながらスマホを取り出すという道交法違反を行いながら
「つまりどうしろと?」
『部長』が、反応し
「オートでモザイクや良い船が映らないようにしてって事やで。具体的には人型をスプラッター映画見たいにしない感じ」
『関西』が答え
「要するにです。流血表現と人型の物を一方的に殴る映像が駄目なんです。ですよね?」
『いちちゃん』が途中で自分の解釈に不安を感じて
4人組のマウンテンバイクが駆け下りる坂道。そのすぐ横、岩やら何やらによって完全な死角となっている場所から、振り下ろされる物が――
「――でも『アツユ』って人型じゃないよね。過去の最高額ってどんな? どれが一番高く売れるの?」
顔は醜く十字に開く口からは吸盤を思わせる奇妙な何かが何百と見える存在、すなわち通常の3メートルほどのトロールを優に超える7メートル台の個体、大型トロールの棍棒がはじけ飛ぶ。
『部長』の質問に対し、マウンテンバイクに乗りながら日本刀を首に突き刺し、ついでに右足で顔面を蹴りつけている『関西』が「しらん」と答え、同様にマウンテンバイクに乗りながら、どこからか取り出した『突撃槍』を振り回しながらトロールのちぎれた右腕を適当に捨てるいちちゃんが「心臓が高くうれますです」と。
2人の答えを聞きながら、これまたマウンテンバイクに立ち乗りしながら薙刀の刃先の血を振り回して捨てる『部長』とその後ろをカメラドローンを制御しながら無数の投げナイフをぶん投げながら、マウンテンバイクを右方向に倒して、目の前のデカい岩の障害物を回避するオキタ。
4人全員がブレーキを巧みに操り、止まったその場所には文字通り一瞬で殺戮の嵐の突風に入り込んでしまった哀れな大型トロールが倒れていた。
Tips:『トロール』……元々は北欧の伝承に登場する妖精のこと。妖精と言う単語を聞いて現代の日本人の多くがかわいらしいファンシーな物をイメージするが実際は単なる妖怪変化の類いである。
つまり、エルフは天狗みたいな物。同様にトロールとは森に住む大きな鬼と言える。
ここでのトロールとは国際登録番号『AU-5033』のモンスター個体のペットネームである。世界各地で存在が確認され、5.56ミリの数発程度では止まらない巨躯を操り、一般的な冒険者が相手をするにはライフルを構えた6人は欲しい個体であり、その大型ともなれば、その3倍は欲しい。
4人は背中合わせに警戒をする。当然のように2体目の大型トロールが現れ、質量保存則を無視して右足だけを肥大化させて、その動作だけで音速を超えた。
ソニックブームが周囲に轟き、空気を切り裂き、かまいたちのような瞬間性砂嵐をもって周囲に破壊を振りまく。
が、破壊を振りまくのは4人組もまた同じだった。質量保存則を無視して音速を突破したトロールの胴体と頭部は7.62ミリと5.56ミリの弾幕で形成された壁にぶち当たり、見るも無惨なグチャグチャの肉塊になっている。
が、それでも大型トロールは動き回る。口から圧縮空気の超短距離プラズマビームを放出し――――
――――しかし、それが人間に当たることは無い。
何故なら、トロールの後頭部に人間のブーツが乗っかってて、自然と下を向くから。これでは大型トロール自分自身の下腹部にしかビームが飛んでいかない。
ぶくぶくと大型トロールの飛び散った血しぶきが火も無いのに沸騰し、そこから、グールと呼ばれるやせ細った等身大の化け物が生えてきた。
餓死者のようなふくれた腹に細く長い手足とおしりの肉が退化したことで2本足で歩けなくなった人間の姿をした人食い鬼、グール。
「部長、ハリーアップで、Downさせてください」
『オキタ』はトロールの後頭部からそう言いつつ、散弾銃を取り出し、大型トロールの脊髄に1発、2発、3発目と撃ち込む。大型トロールはそのままその姿勢で動かなくなる。
『オキタ』はその状態で、散弾銃をしまい込む。そんな『オキタ』が片手で持つスマホは部長の姿を映している。カメラドローンの映像だ。
「と言うか、こっちをはよ、てつだえー!」
『関西』がそう叫びながら、発生したグールの首を日本刀で斬首し、『いちちゃん』がマウンテンバイクに乗ったまま『突撃槍』で突撃、ランスチャージにより物の見事に上半身が粉みじんになるグールの数は2体。
カメラドローンはそんな『いちちゃん』が可愛くポーズを決めた一瞬をきちんと納めて関西をスルーし、飛ぶ先にいるのは、3体目の大型トロールの頭部に薙刀を突き立て、それを右手で支え、左手で『アメリカ製改造:D.B.式7.62ミリアサルトライフル』を持つ『部長』。
今時のライフルは、1発で確実な一撃を与える自信と確信があるのなら、反動なんか無視して片手で撃っても使い物になる。一般的に大口径とされる7.62ミリでも。
よって、下から顎への一撃を狙った銃撃は片手ライフルで行われる。それも極至近距離。
銃弾が貫通し、大型トロールの顎から脳みそ、そして頭頂部に穴が開く。それでもトロールの目は動き回り『部長』を見る。
大型トロールの右腕が割ける。3分割に割けたそれは血と肉と骨のかけらを当たりにばらまきながら、変化し、それは3本のトロールの腕に変貌、長い爪を以て部長に襲いかかる。
が、届かない。いつの間にか部長が2本目の薙刀の刀身を地面に突き立て、棒高跳びのように跳躍している。空中で構えられるのは『アメリカ製改造:D.B.式7.62ミリアサルトライフル』。
「部長。やろうと思えばファーストアタックだけで、後はライフルなんか持ち出さなくてもVictory出来ましたよね?」
往生際悪く、倒れてもなお、両足を割けて6本の腕に変貌させる大型トロールだが、次の瞬間全ての腕に2本ずつ投げナイフが着弾し、迎撃される。
それを成し遂げた『オキタ』は空中に投げていたスマホをキャッチして、大型トロールよりナイフを回収するために近寄る。部長も2本の薙刀を回収する状況下でオキタの問いに部長は一瞬顔を引きつらせる。
「い、いや! 安全策よ! やっぱり弾数とストッピングパワーこそ正義、ジャスティスって奴よ!」
「何発使いましたです?」 「『いちちゃん』細かいことはいいから」
「こまいこっちゃあらへん。大事な事や」
『関西』に指摘されて、焦り顔の『部長』だが、ブーツを思いっきり振り下ろして、近寄ってきていたボロボロのグールの頭を踏み砕く。
「とにかく、アツユいくわよ! あっ、ポーター呼ぶ? どうする? 普通のトロールじゃ無くて、大型が2体だし、グールもいるよ。それなりの額になるんじゃない?」
「別に良いと思いますです。稼げるウチに稼いた方がいいですし。ただ……今回なんか妙に遭遇率高めです?」
「せやなぁ……こうも短期間に強力なモンスターと次々とエンカウントするって何かあったんか?」
短い間に弾丸の消費量が増えている状況に4人組は少し焦る。『トリガーハッピー(無駄玉撃つの大好き)』の『部長』でさえ、自分が使った弾数を割と真剣な表情で考え始めている。
新たにポーターを呼び、ビーコンをおいて自分たちはさらに先に進むことにする。
この辺で活動している冒険者や採掘人がいた場合、横取りが考えられるが、とりあえず、今はポーターを待つのも惜しむ。
と、4人組がそんなこんなをしている場所より1.5キロほどした場所で、四脚履帯、すなわちレッグズクローラーと呼ばれる機構を活用した車両が止まる。
中から出てきた兵隊は目の前の壁が狭くて車両が通れないそれを爆薬で処理出来ないかを計測している。
彼らの『中国製:5.8ミリアサルトライフル』を片手に周辺を警戒し、彼らの背中もしくは腰の辺りには『現代化刀剣類』の青龍刀や呉鉤、或いはケードリーと言うきらびやかなロングソード。
「中尉。この辺はすでに日本の領海にかなり接近しています。我らのEEZを主張するのは無理場所になってはいませんか?」
「問題は無い。領海侵犯をしなければ、我が国のEEZだ。奴らの専売特許では無い」
『百億万』と言うワッペンのついた兵士たちは長い棒状のセンサーを振り回し、スマホに映る波形や数値に目をこらす。
情報に聞く『時間構造結晶体』の小規模鉱床は見つからない。
「ガセ情報だったかな?」
部隊の指揮官――中尉――は頬をかきながら周囲を見渡す。相変わらずの地下洞窟状の空間。『第1階層』のよく見る風景だ。
『境界線条約』によれば、『第1階層』~『第3階層』まで、自国領土領海と同じ座標空間は領土として認めるとされている。
そして、その外では主に海洋条約や部分的に宇宙関係の条約を適応し、公海として利用すると。
だが、逆に言えば領土が唐突に4倍になったと言う事を意味する。
日本列島で例えるなら、唐突に日本列島が3個増えて日本列島4個分の土地を日本政府は管理しなくてはならなくなった。
正直に言って、管理出来ている国は何処にも存在しない。部隊の祖国だって、遠征を繰り返すより国内のマフィアやダンジョン軍閥をたたきのめすのが優先だと主張する連中が深刻な表情で大声を上げるほど荒れているくらいだ。
大陸系の代表的な『採掘企業』の戦闘部隊はとある小さなニュース記事頼りに日本の領海すぐ近くにまで来ていた。
「時間構造結晶体の小規模鉱床を高校生が発見。1千万円の報奨金を全額野球部の為に寄付……地元紙のお涙ちょうだいニュースだからな……所詮こんなもんか」
「中尉、琉球方面で、我が方の連合企業軍は予定通り浸食を第2段階に移行したと」
「結構! 連中の『境界線保安庁』も手が足りなさすぎて、ギブアップしたか」
「正直祖国も笑えませんよ。こっちも内情は同じですから、サラミスライスやり替えされたらかなり不利な事になります」
『百億万』のワッペンを皆が一瞬見る。何処の国も内情は同じ、外征派と内政派で派閥争い、そして、管理出来ていないダンジョン領土を抱えて治安の悪化に頭を抱えるお偉いさん一同。
Tips:『各国内情』……何処の国も新たに増えた領土の開発と治安維持に全力を注ぐべきだと主張する『内政派』と、これを機に積極的に外征を行い、権益の確保を行うべきだと主張する『外征派』の派閥争いが起きている。
内政派の主張は自国のダンジョン領土と権益の防衛が事実上出来ていない状況を改善するには力が及ばず、外征派の主張は自国のダンジョン領土の防衛兵力を減らす代わりに積極攻勢による、権益争い最前線を領土外に押し広げる効果が見込めると言う状況にある。
結局、ダンジョンによって増えすぎた領土、そして入場料の関係から、大国から小国まですべての国が管理出来ていない事が全ての元凶である。
「貧乏くさくて嫌になるね」 「どうかしましたか? 中尉」
「慣れたとはいえ、今時青龍刀で戦えと言われる時代にうんざりしているだけだ」
ダンジョン、正確にはディープ・フロンティアスペースに入るにはそれ相応のエネルギーコストが必要。故に大量の補給物資が必要になる重火器はコストパフォーマンスに著しい問題を抱える。
結果的に使用される解決策。それが、『現代化刀剣類』と称される特殊な最新技術がふんだんに使われた槍や刀、棍棒だのなんだの投入。
こうして、緊急時用にライフルなどを背負って剣や槍で戦うというみょうちくりんスタイルが一般化した。
「あー。確かにこちらに配属された時、軍とは勝手が違うので戸惑いましたな。まぁ、軍でも『現代化刀剣類』は活用していますが、ここまでメインで使うことになるとはさすがに考えてもみなかったので」
「だが、必要だ。技の研鑽はちゃんと積んでいるか?」 「もちろんですよ。中尉」
次の瞬間、青龍刀の刀身がきらめき、中尉は手にしていたはずのライフルを中に投げ出し、兵士の首にその刃を突きつけていた。
そして、落下してきたライフルを右手で受け止め、左手で中尉は青龍刀を元の位置に戻す。
「化け物染みた探検家や傭兵なら、今のを瞬時に捌ききって反撃まで仕掛けているぞ」
中尉はそういって、部隊虎の子の『中国製:第3世代軽戦車』に背中を預ける。いったい誰だ。こいつを『第1階層』に持ち込ませたお偉いさんは。
「中尉! 上から進出の指示が出ました」
「よし、トランスポーターから戦車を下ろせ! サラミスライスだ! 日本のEEZにて、採掘拠点を確保するぞ!」
自腹を出して、用意した国産の5.8ミリ・アサルトライフルを片付け、このために用意されたカラシニコフを手に、中尉は部隊の進軍を命ずる。
かくして、大陸系『採掘企業』、『百億万』の戦闘部隊が動き出す。
「ところで、中尉。上は何を見て戦車でいけると思ったんでしょうね」
「言うな。戦車の火力と装甲は頼りになることは確かだ」
激しいアップテンポな地形に所々人が1人しか通れない隙間。地下洞窟、鍾乳洞を思わせる地下迷宮。
それが『第1階層』。
幸いにも『現実の通常世界』で平野となっている土地は開けた地形になっている事が多い事が救いであり、ここまでこのやたら重たい戦車をなんとか運んでこれた。
「探検家だの探索者だの冒険者だの傭兵だの何でも良いが、『魔境の連中』が出てこられたらこいつが無いとまともな勝負さえ出来ないと思え」
「『魔境の連中』……ですか? イマイチぴんとこないんですよね」
「国家権力が直接及ばない『第4階層』より先の世界で活躍する奴らは安易に同じ人間と思うなって言ってるだけの事だ」
現在地は『第1階層』のレイヤー座標、『大陸勢主張大陸棚海洋性地殻推測ポイント』。
すでに係争地。日本側の『国境企業』や『境界線保安庁』が感づけばすぐにでも戦力をかき集めてやってくるかもしれない。
「警戒しろ。どのみち日本側の探検家や採掘人、警戒ドローンがいてもおかしくない場所にいる物と思え」
地底湖のような水の溜まった場所を突き進みながら、一団は周囲に警戒の目を向ける。
頼もしい2両の『中国製:第3世代軽戦車』があれば生半可な連中程度簡単にどうとでもなると思いながら、彼らは突き進む。
『本社』からの指示は簡潔。サラミスライス。既成事実の積み重ね。戦車の装甲と火力で威嚇して、徐々に、少しずつ勢力を広げよ。
なぁに、日本側の『国境企業』や『境界線保安庁』が出てきたら、戦わず最大1キロ後方に下がれば良い。下がるのは1キロまでそれ以上は下がらない。彼らが撃つまでこちらも絶対に撃たない。
「反撃以上は許可されていない。これを全員に何が何でも徹底させろ。そして1キロ以上の後退も許されていない。我々がするべきは一つ、我々は『境界線条約』に示されたように国際海洋法条約に規定された大陸棚の権益を保護しているだけであると主張することだ」
中尉は青龍刀をきらめかせながら、軍靴を水の溜まった地面を踏みしめる。
やはり、日本人がいた。
「うん? 戦車?」 「自衛隊がこの辺にいるって話は聞いてへんで」
若い男女4人組だった。カメラドローンらしきものを周囲に飛ばす若い男女4人組は、こちらを不思議な目で見る。
さて、排除しよう。彼らのようなただの民間人を排除していく事から始まるのだから。