第1章 2.
2.
ダンジョンへの入場施設、正確には『ディープ・フロンティアダイビングスポット』。或いは縮めて『スポット』と呼ばれている県内最大の入場施設に、例の高校生4人組の姿があった。
ポイントカードと許可証を提示して、弾薬を注文しようとしている部長を女子生徒のいちちゃんが羽交い締めにして男2人が必要な手続きを粛々と進めていく。
係員に案内されて、入る一室。そこはまるでテーマパークの座席みたいなシートが並んでいた。いわゆる安全ベルトが頭から降りてくる奴、ジェットコースターなどに使われているアレだ。
「武器弾薬、その他必需品等お忘れ無きようご確認ください。パスポートなどはお持ちですか? 『境界線条約』の都合上、最悪の場合、他国領土で捕まる場合がございます」
「問題ありません、全員持ってます」 「それではこちらの投入コストで間違いありませんか? ダンジョンの投入コストは状況によっては1人百万円単位となります」
「もんだいな……たかっ!?」 「ほんまや……撮影機材が増えた分かいな」
値段に文句を言いながら4人組はマネーカードを使って料金を支払い、荷物を専用のかごの中に納めてシートに座り安全ベルトを下ろす。
そして、タブレットを操作していく。
部長は黒髪お嬢様系優等生な見た目をしている。しかしタブレットに表記されている部長の画像はそう言うのでは無い。
「部長、アバターのさらなる改造はコストがかかりますからね?」 「わ、わかっているってば!!」
「本当にコストがかかるんですからね!! それとも残機を資源としてすりつぶしますか!?」
「しないわよ!! ダンジョン探索はアバターの性能と数が命! 残機がゼロになったら最悪本当に死ぬんだから!」
「いえ、そういう死亡事故が多発した報告は……」
係員の人が訂正を求めているが、4人組はそれを無視して口論をしながらタブレットに表記されている自分たちの『アバター』に色々と手を入れている。
まぁ、仕方ないかと係員は諦める。初心者からベテランまで多くの人々が自分用のアバターを改造し最良最善を常に求めている。
初心者がやたらとキャラデザインに拘り、ベテランがもはや人間をやめたアバターを前にやり過ぎたと頭を抱えるのは恒例行事だ。
「皆様は、次元カタパルトのご利用するとの事ですが、これにも多大なコストを要します。ご予算など問題ありませんか?」
「大丈夫です」
「あっ、緊急用無反動砲のリースがご利用可能です」 「いり――」
「「「――ません!!!」」」
部長が手を上げようとした所を3人が強引に大声でかぶせて阻止する。なんかこいつと毎回このやりとりをやってるなと常連4人組に対して係員はそんな失礼な事を考えながら、作業を進めて、ついにその時が来た。
「あー皆様、反応炉から応答が来ました。ディープ・フロンティアスペース、『第1階層』への投入カウントダウンを開始します。皆様、今一度問題が無いことをご確認ください。
また安全を考慮して、ホーキング・フォーマットによる重力子の方向性制御、もしくはゴーストフィールドによる3次元質量情報の保全に問題が発生した場合、ダイビングの投入中であっても強制射出されます。
過去には観測用イベントホライズンの固着化事故を起こしており、事故防止の観点からも、ご理解とご協力をお願いいたします」
口から定型文を吐き出し、そそくさと部屋から脱出する。あのままあの部屋にいたら巻き込まれる。まるで地震を思わせる振動と雷鳴を思わせる轟音。
2~3秒ほどのそれが終わって、再び部屋に戻る係員の目の前には、誰もいない部屋と光の粒が立ち上る一筋の煙の様に光の柱となり、そして上から散らばって消えていく風景だけが残されていた。
―― ディープ・フロンティアスペース:『第1階層』 ――
―― 座標32.7度、128.5度付近より少し東方にて ――
光の粒が寄せ集まって光の柱を形作っている。その数は4つ。徐々に拡散し消えていく光の柱のちょうど真下に4人組がいる。
4人組は『通常の現実世界』にいた時とは姿が変わっている。
部長は、赤髪短髪の勝ち気そうな少女――基本的な顔つき、体つきは元と同じ――となり、装備を調えている真っ最中だ。
「部長、なんすか、それ」 「えっ、7.62ミリを60発なら使っていいんでしょ?」
『アメリカ製改造:D.B.式7.62ミリアサルトライフル』と言う身に覚えの無い武器を早速取り出した部長に3人が頭を抱える。
実の所、1人分だけ万が一に備えて『アメリカ製ベオウルフ弾:12.7ミリカービン』を持ってきていた3人であったが、これは部長には絶対見せられないとアイコンタクト。
『日本製最新:5.56ミリアサルトライフル』を残る3人は背負って、次々とそれぞれの得物を取り出す。
「はい、部長。一応言っておきますけど、ライフルはいざって時に使ってくださいよ! 部長は普通に有段者なんだから、こっちがメインですからね!」
そう言いながら、部長に『現代化刀剣類』の『薙刀』をわたす『いちちゃん』は本来であれば短髪、少し低身長の少女なのだが、今の彼女は長い髪をポニーテールにして結び、高身長の女性だ。
薙刀とライフルは人数分。冒険部のスタンダード装備だ。それとは別に個人の武器、すなわち『関西』なら『日本刀と脇差しに拳銃と短機関銃』を。
『いちちゃん』なら『突撃槍』と『サーベル』、『オキタ』なら『トルコ製:D.B.P.A.式散弾銃』と『投げナイフを収納する特注の両腕籠手』を。
「部長って、ダブル薙刀とダブルライフルって素直に毎回凄いって思いますです」
「そうかな? 薙刀が2本、ライフルも2丁ってだけだよ? その時その時に応じて最悪どちらかを使い捨てに出来ちゃうから、色々と楽なのよ」
「本気で必要ならそれでいいけど、マジでライフルを使い捨てにするのはなしっすよ?」
そんな事を語りながら、彼らは自分たちの移動手段、ダンジョン用の電動マウンテンバイクを取り出す。
道の状態にもよるが、時速40キロくらいは出せる、鍾乳洞を思わせる起伏の激しい『第1階層』ダンジョン内部を疾走出来る数少ない移動手段だ。
もちろん、道の状態次第では時速40キロはおろか、1キロ出せるかもわからない。ただ、そう言う場合は素直に担いで歩いた方が良い。
「やっぱ、狙い目はトロールですよね」 「当然!! わかりやすいモンスター戦闘があった方が派手な自己紹介動画になるでしょう!」
とりあえず自己紹介の動画を撮ることにした4人組は、その動画に彼らが普段から相手にしているモンスターとのバトルシーンを使うことにしたのだ。
配信? 今度機会があればね。通信料がえぐいから。
何しろ、ダンジョン内部でスマホなどが活用出来るのはひとえに、ケーブルやアンテナを設置する企業の皆様の努力のおかげだ。ダンジョン用の通信設備を利用する契約料だけでも毎月頭が痛くなる。
Tips:『第1階層』……ディープ・フロンティアスペースにおいて、最初に入ることが出来るエリア、いわゆるダンジョン階層。地下洞窟で出来上がった巨大迷宮の世界であり、この風景から、ディープ・フロンティアが一般名詞としてダンジョンと呼ばれるようになった。
白い光をプリズムに当てると虹色の無数の光りに分化する。この分化した『色相』の空間に入り込んで資源を採集する技術。
通常の現実世界を構成する『次元位相』の一つであるため、広さは地球規模存在し、現実世界と微妙に地形が似ており、パリで入り込めばパリの緯度経度の空間に位置し、東京から入り込めば東京の緯度経度の場所に降り立つことになる。
『――えーと、あっ、自己紹介! 私は咲坂高校冒険部の部長で前衛職を務めます、西崎 杏と言います! みんなから「部長」って呼ばれてるよ』
『――えっと、同じく冒険部の2年生の中衛職、阿南 一花って言います。「いちちゃん」って読んでくださいです』
『――お、俺は同じく冒険部2年、前衛の東条 悠馬いう。みんなから、「関西」って言われてるで。小さいころ、関西にいたんやけど、所詮小さいころの話、聞く人みんなから似非関西弁って言われんのや。だから、「関西」や。前衛職やってるからみんな、よろしくな!』
『 カメラドローン担当、冒険部2年の小北 壮太、中衛。部長が人のネーム覚えるの苦手で、みんなニックネームで呼び合ってて、meは「オキタ」って呼ばれてます。よろしくッ!』
後ろにでっかいクリスタルとそのクリスタルに見事に突き刺さって横たわる、4メートルほどのトロールを背景に、自己紹介動画を撮影する。
「いや、これ、しょっぱなから引かれね!?」
後ろに存在するトロールの死体というグロ映像。何しろ明らかに内蔵らしきものがはみ出て、頭部は完全につぶれ去っている。
右腕は変な方向にねじ回り、明らかに万力を持って腕をねじ切ろうとして失敗した感が出ている。
カメラ担当、オキタとしては、これ、どう見てもグロ映像だ。
「誰よ、でかいモンスターとのバトルシーンがあった方が盛り上がるって言ったやつ」 「オキタよな」
「いやいや、部長が最初に言い出したんでしょう!」 「そうでしたっけ?」
カメラドローンが4人組の頭上をブーンと音を鳴らしながら飛び回り、色々な風景を撮っているが、4人組は『オキタ』のスマホ画面を前に悩むばかり。
そりゃそうだ。倒されたトロールの惨状から見て
「やっぱり、編集用A.I.『自主規制くん』が全体的にモザイクかけちゃいましたよ! このまま無修正で投稿したら最悪BANされますって」
「ぐぬぬぬぬぬ。今更小物をぶっ倒している瞬間なんかとっても全然派手にならないじゃない!! だから、一般的に強いと言われたモンスターを狙うのよ」
「人間より大きなモンスターは確かに派手ですものね」 「でもです。私たちの場合、トロールは毎回やってるので、派手な場面にしづらいのでは?」
「そう言い出すから、思わず遊んじゃったらあの様でしょ!!」
部長がトロールのグロ死体を指さして3人は思いっきり目をそらす。強敵として知られるトロールだが、冒険部の4人衆にとっては慣れた相手、簡単に倒してしまうためにわざわざ無駄な動きとかを入れてカメラ写りを気にした結果がこの有様である。
「とりあえずです。動画撮影は後回しにして、最近の出費の大きさ分から稼ぎましょう。トロールを2~3やったところで足りませんですよ」
「そうね……一応カメラは全部回しておいて、後で凄い場面に出来るかもしれないし」
トロールで一番高く売れるのは背骨だが、グチャグチャのグロ死体から取り出すのはめんどくさいので放置することにして、歩き出す4人組。
その後ろから、頭上よりたれ落ちる鍾乳石の水滴が、質量保存則を無視して膨らみ始め、新たなトロールとなって背を向ける4人組に棍棒を――――
――振り下ろすこと無く、トロールの首が明後日の方向に曲がっていく。
「部長、折角ですから血も採集して起きたいんですけど」 「OK、わかってる」
てこの原理。突き刺さった刀身はトロールの首の骨を支柱にしてきりきりとトロールの頭を都合良く肉と血管神経らしき何かだけ寸断していく。
部長が薙刀を一回転させただけで、トロールの首は肉部分が綺麗に引きちぎれて仰向けに倒れそうになり、そのまま『関西』が用意していた本来なら飲料水用のQドラムの中に首の下部分が入って、まるで瓶を傾けたように体液らしき物がQドラムという容器に注がれていく。
「ポーター呼んだ? 早速業者に持っていって貰おうか」 「確か前回の単価から考えて……まだや。たりへん」
「大型トロールを2~3くらいで全員分の入場料+アルファを払っても黒字ってとこですね」
「なんて言うか、1体ぶっ倒しただけで黒字になる系統のモンスターいないの? この辺で」 「大陸方面に近づけば『アツユ』が出ますけど」
「それだ。それでとっとと黒字化よ!」
そんな事を言い出す部長とは別にスマホで読んだポーターが近づいてくる。
ポーター、すなわちこの手の運送業者は2人1組、装甲の無い人力強化外骨格と電動式の人力車の組み合わせでやってくるのがいつものスタイルだ。
「いつもご利用ありがとうございます。こちらのトロールたちを解体したうえで、業者まで運びます。血液は……ご丁寧に処理をすでに終えてますし、2体目の状態は悪くないですし……御料金はこの場所で推定重量から……これに」
「くっ……! いえ、まだよ! まだペイ出来る。お願いします!」
ポーターが見せたスマホの電卓画面に一瞬顔が引きつるがお願いするしか無い4人組。
自分たちで運ぶと時間も労力もかかるのでこういった民間企業のサービスを活用するのが結局一番コスパがいいのだ。
ちなみに、先輩達から哨戒された確かな業者なので、詐欺の心配もしなくて言い。初心者を食い物にする系統のポーター業者だと悲惨である。
「それにしても、皆さんこれからEEZの大陸方面に行くんですよね? 気をつけてくださいよ。最近大陸系の『採掘企業』や『傭兵企業』が強引に進出してて、トラブルが多発してますから」
「いつもの事でしょ。『排他的経済水域』大陸方面で大陸系勢力と小競り合いしているのは」
Tips:『排他的経済水域』……領土から数えて200海里範囲内で自国の主権の元、資源を独占的に採掘・採集できる権利。主に海洋資源に対して行われ、複数国のEEZが重なる場合は協議となるが、そもそも『領土』の定義の段階で揉めているので、殆どの場合協議は単なるにらみ合いで終わる。
境界線条約に基づき、『第1階層』~『第3階層』まで、領土座標は領土として扱い、それ以外の領域は海洋にまつわる国際法に準拠する。
「アツユを倒しに行くぞー!」
おーと言わんばかりに動き出す4人組をいってらっしゃーいと業者を声をかけて自分たちが解体して運ぶトロールに目を向ける。
トロールの棍棒という一番広く流通している資材は、すでに星砂状の物質となって崩れはじめ、骨は勝手にぶくぶくと蒸発し始める。
『物理法則』の資源化が終了しようとしているのを慣れた手つきで止めに入るポーターたちもまた当たり前の様に腰には日本刀、背中にはショットガンを装備しなければならない場所なのに、一応は日本領土となっているのがダンジョン、『第1階層』の現在地座標。
「先輩、それにしてもあの子達からの呼び出しですから凄い大もうけですよね」 「ああ、ウチの課長もあの子達はお得意様だから怒らせるなの一点張りだからな」
そう、ポーターにとって、あの4人組は最高のお得意様であり、安心して任せることが出来る大ベテランだ。
何しろ、やりやすくしてくれる事が多い上に、一度に大量に運ぶ事になるのだから稼ぎも安定している。
「普通に考えて、一般人がいくらアバターのおかげで絶対に即死することはないし、無事に家に帰れるようになってるって言ってもいきなりモンスターと戦えるかって事だ。ましてや、ダンジョンにはろくな統治機構が無いんだから、事実上の無法地帯」
2人組のポーターは手を動かしながら会話を続けていく。人力車の音響センサーが『資源化』の現象を検知。モンスターが近くに現れようとしていると言う警報を出す。
2人組はその警報を聞いて武器に手を伸ばすが、もう片方の手で作業を止めない。
「一応『第1階層』の5大都市圏に位置する座標なら最低限程度の警察力が機能しているけど、基本的には無法地帯だし、理論上パリから歩いて東京に来れる。北海道から、ブラジルに歩いていけるってのがこのダンジョンなんだから、国内外から色々な奴らが暴れ回っている。
それでいて、入場料は100万円単位の世界、ちゃんと準備をしてヘマさえしなきゃ、2~3回で1千万円は稼げるし死ぬ事は無いってんで今や高校生が必死にバイトして入場料を確保して1発当てようってやる世界だからな。
そんなここで安定して、それもEEZで結果を出し続けているってのは普通の人間からしたら化け物みたいなもんだよ」
解体作業が終わった。人力車の音響センサーは別の冒険者の戦闘音、それも複数の銃声と言う奴を検知した。どちらにせよ、戦闘中の人間とは関わらない方が良いのがこの業界の鉄則だ。
彼らは急ぎ冒険部4人組が撃破した2体のトロール素材を運び始める。
「それにしても2~3発ならともかく、あれだけ銃声をならすなんて、金持ちだな」
「何しているんですか! 部長! 無視して突っ走ればいいのに!」
「だって、目の前に出てきたから……」
「なぁ、7.62ミリってなんぼやっけ?」 「100円くらい」
「薬莢の数、40発近く見えるんですけど……」 「つまりです。4千円プラスグラム単価入場料で1万円はしそうですね」