第3章 8.
8.
虎の子の決戦戦力である車両型の陸戦大型ドローンの屋根に人や物を乗せて移動する役人連合の一団。
撤退は至って簡単に決まった。誰もが考えていたが口に出さなかっただけなのだ。
その風景を見た連絡の為に様子を見に来た警察の嘱託職員が大慌てで正規職員に無線する。
「道交法的に、ドローンに人を乗せるのって良いんです!? どうすれば!?」 『 ぁーあーうー……うーん』
最初っから見て見ぬふりをした方が最適解だったのでは? とも思うが、こうして無線電波に乗せられた時点でそうも行かないらしい。
(理屈では分かってたハズだけど、社会って凄く曖昧でgdgdしてて、でも動いているんだな)
『川上』がなんか世の中を悟ったような事を考えながら周囲を見て気づいた。遅い。ちょー遅い。
「なんか、撤収って言う割に動きが遅くないですか?」
「おまえ、小中高時代に習わなかった? 遠足でも修学旅行でも運動会でも、一番遅い奴に集団は合わせてしまうんだよ。
特に今回は遅い奴をせっついたらいけないタイプだろ」
負傷者。精神的にボロボロなのが人目に見える証言者達。証拠品の段ボールの山。
その結果が、時速3キロあれば良いのでは? と思ってしまう速度であった。
「まっ、自衛隊とかなら、この状況でも時速10キロ近く出しちまうんだろうけど、その辺はやっぱ訓練と経験の差だろうね。こっちは即席連合でしかないし」
護衛料金払ってくれたら護衛するよ! とか冗談半分に声をかけてくる冒険者を追い払いながら『長谷川』は警戒する。あれだけど派手にドンパチしてきたブラック側の傭兵達が今の絶好の機会を逃すはずが無いと感じているのだ。冗談半分とは言え、今やってきた冒険者はそいつらの手回しかもしれないし逆に同様の懸念を感じた有志の民間人かもしれない。進行速度が遅い理由の大きな一つでもある。……撤退戦が一番難しいとは軍事にまつわる人がよく言う台詞だが、今ほどそれを体感する瞬間は無い。
一番遅いモノに合わせて集団が動き、敵の襲撃や警戒するべき要素も多い。心がハリネズミになればなるほど実際の肉体の動きも鈍る。
「?」
最初にそれに気づいたのは、警戒どころでは無い『川上』であった。周囲への警戒と言われてもどうすれば良いか分からないが緊張だけは解けないが故に証言者として乗せられたブラックの従業員2名が小刻みに揺れている。
大型陸戦ドローンの屋根に乗せられた彼らの揺れが少しずつ大きくなっていく。
「あの大丈夫ですか?」
声をかけて気づいた。顔色が無い――――
「――『長谷川』さん!」
思わず助けを呼ぶ。これは一大事だと確信して、『長谷川』が視界から消えた。いや、『長谷川』がいなくなったのではない。自分が下を見ているだけなのだと気付くのに一瞬遅れが出た。
その遅れだけで、致命的だった。HP保護機能のAPが大量に消えて、HPも危険水域であることを示すアラートが『川上』のスマホからけたたましく鳴り響く。
『川上』の全身が串刺し状態なのだから、まだ生きているのが凄いのだ。
「『川上』ィ!!」 (『長谷川』さ、ん?)
一体どこから串刺しで刺されているのか。出どころは……『証言者』、助けるはずの労働者のおっさん?
銀色に光る水しぶきを思わせるそれらが輝きながら無数の針千本を作り出している。
従業員の1人の顔が溶け始める。ただし、それは安易に液体と言うのでは無く、『流体』と呼ぶべき何か。
粘性のそれは人の形を失い、かといって水のように一気に広がるでも無い。質感は限りなく金属に近い。
(液体金属……? 映画の――――)
――――映画作品に登場する殺戮マシン。
「クソが、映画のモノマネか!」
レイピアでおっさんを刺す。そして、引きはがす。
それはなんであろうか。
(逃走防止か? 反逆防止か? 胸糞悪い)
液体金属の殺戮マシンのアバター。人間をジェネレーターにする悪趣味なアバター改造を見て、思いつくべきだった。
従業員全員に何かしら仕込みがされている可能性を。
「ここにスカイネットなんてねえんだよ! 著作権違反はとっととぶっ飛べ!」
『長谷川』は引きはがした液体金属おっさんに45口径の拳銃弾を打ち込む。同時に2発叩き込まれるが、ダメージがあるようには見えない。
まるであの映画のごとく。
(クソッ、こいつらまともに意識があるかどうか怪しいぞ。そういう風に仕込まれていたんだとしたら、この後の展開は――)
――案の定、液体金属殺戮マシンの形状・性能を与えられたアバターのおっさんたちは、うつろな目で走り出す。撤収方向とは真逆に。
『川上』に注射器上のポーションを何本か差し込み、彼をすぐ近くの国税に引き渡して陸戦ドローンをスマホアプリで制御。
走るおっさんアバターを追いかける。
(ここで逃がしたら、全部台無しだ! あいつら、絶対こっちのやりすぎとか言って損害賠償請求を始める! そしたら、もうまともに手出しできなくなる!)
証拠隠滅をされれば、もう終わりなのだ。大量の弾薬、人員に予算に連合を用いて対処して、結局ろくに証拠をつかめず、それどころか損害賠償請求に発展する。
そうなればどうあがいてもまともには手が出せなくなる事例は、行政連合にとって『絶対に避けるべき最悪』といえる。
だが、過去にはそれが発生した前例がある。逃がせない。
「待ちやがれ!!」
新人の『川上』があんなことになって、HPは危険域だった。妨害装置が動いている今、彼が撃破されればそのまま永遠に日本の土を踏めるかどうかさえわからない。国外の反社会的勢力のもとでどんな風に『使われる』か分かったものじゃない。
『人体由来市場』では爪、髪の毛から人間の骨まですべてに値札が付く。ましてや栄養価の高く流通の少ない日本人は高値が付くだろう。仮にレッドマーケットで捌かれなくてもどんな運命が待ち構えているだろうか。
「映画の真似事で変なことをするんじゃねえ!!」
涙声。涙は流れていないはずなのに、『長谷川』の声は少し震えている。
アバターだから、色々と改造する奴らがいる。これもその一つ。『フィクションの真似』。
そして、同じくこれも一種の改造。遠隔操作されることを前提とするアバター。従業員の自由意志はかき消されていく。本人が作成したわけじゃないアバターの欠点利点。
『 確保対象者たちがアクション映画シリーズの液体金属殺人ロボットの物まねアバターでした。彼らの自由意思とは別に制御されている模様です。急ぎ再確保してください』
行政連合全体にいきわたるレーザー通信。どうやらドローン経由でレーザーを放出して広域に届けようとしている。無線でないのは電波妨害がかけられている。
(『妨害装置』『電波妨害』に傭兵、インフレスーツまで持ち出して、警察がすぐ近くでドンパチしてて、なんだよ、この状況。救いはねえのかよ)
腹立たしい。国際条約上とはいえ、ここは立派に日本領土で生活しているのは――変態であることに目をつむれば――市民の皆様で、普通の人もいる。
そんな場所で――こんなクソみたいな状態が当たり前なんて、誰だって心の奥底では思っているのだ。『バカバカしい』と。
(側溝!)
人間の形が銀色に光る液状に変化して、側溝へと流れ込む。あれで追跡を逃れるつもりだろうか。
させない。すぐさま陸戦ドローンの主砲20ミリを側溝へとぶち込む。側溝ごと色々なものが粉砕されていく。
銀色に光る液状のものも吹き飛んでいく。
一度散らばった液体が集合し人の形を取り戻していく。映画の場面そのものだ。イケメン俳優ではなく、くたびれたおっさん2人組である点を除けば。
「おい、あんたら『妨害装置』がどこにあるか知らないか!? 今のままだとあんたらを助けられん! 口まで制御を奪われたのか? 違うだろ!
助かりたければ、今すぐ! 妨害装置のありかをはけ!! そしたら、おまえを助けてやれる!」
『妨害装置』があるから、『強制送還』の時に一番近くのダイビングスポットへと移送されない。『妨害装置』を破壊すれば、遠慮無く一番近くのダイビングスポットへ。
労基が把握しているこの辺のダンジョンスポットで一番近いのは合法でかつちゃんと許認可の降りている奴だ。
今ここでアバターを全損してやれば、『強制送還』でそっちに送られる。そこで事情を知る現地警察官に保護して貰う。
遠隔操作されるアバターから解放される。拘束も可能になる。
「だから、教えろ! おまえ達は指示に従って色々な機材を用意して、搬入して、操作していたんだろ!?」
「い、嫌だ……警察に捕まるのは駄目……だ! か、かーちゃんになんて言えば良いんだ!」
叫ぶ。情緒不安定。もはや喚き声、涙声。
ただのブラック労働では無い。麻薬、密貿易、マネーロンダリングに脱税やその他様々な不法行為、違法行為のオンパレードだ。このダンジョンという無法地帯を活用したブラック企業様は、従業員が抜け出せないように色々な物を用意した。そして、それらで収益を得られるように手配した。
でも従業員は一文無しだ。そして、立派な犯罪者だ。
寝る時間を奪い、毎日大声で萎縮させ、考える能力を退化させた後にそれらを行わせて……気がつけば逃げ場は何処にも無い。
「そうやって一生クソ上司について行くつもりか!? 足を洗うタイミングは今しかないぞ! いっぱい寝られるようになるんだぞ!
シャワーを浴びて、時計もスマホも何も見る事無く、真っ昼間に起きても叱られず、昼間からビールが飲める日がくるチャンスは今しか無いんだぞ!」
「寝る……ビール、叱られない……。駄目だ、それでかーちゃんに」
「だったら、一生そうしてろ。世界中の誰もおまえの事を助けない。だって、助かりたくないって叫んでいるんだ。今なら、おまえの大事な人達を助けられるのに」
犯罪者本人とそれ以外。世界はそんな風に綺麗には割れてくれない。法律が道徳が、どれだけそれを叫んでも。
それでも、守ろうとすることだけは出来る。
過ちを犯した人も、コレから犯そうとする人も。
「だから、教えてくれ。あんたの大事な人達や社会を守るために、助けるために。あんたは出来る奴だろ? だって今まで逃げなかったんだ。それはたいしたもんだ」
「たいした……」
「だって、おまえさん、逃げなかったんだ。例え、クソ上司に縛られていたとしても、踏ん張ったんだろ? 踏ん張れない人間なんてそこら中にいる。
俺があんただったら踏ん張れないね! もう、いいだろ! 教えてくれ、『妨害装置』は何処にある?」
液体金属のそれから、手らしき何かが、これまた指らしき突起を形成して、指し示す方向へ。直後、液体金属吹き飛んだ側溝の残骸に吸い込まれるように移動していく。
取り逃がして、だが、どうすれば良いかわかった。
たぶん。労基としてはこれがこの場所で行える『最終決戦』だと感じた。
それは、複数のコンテナをそのまま持ち込んで作った建物だった。いわゆるコンテナハウスだ。
周囲を土嚢とQドラムと呼ばれる水運搬用のドーナツを思わせる形状のドラム缶を使用した曲がりくねった壁に取り囲まれたその場所こそ、今『代々木ダンジョン村』を騒がせている『妨害装置』の接地場所だ。
途上国などで人力で一度に大量の水を運搬できるとして活用されているQドラムの存在を知ったのはこのダンジョン内部だという人の多い現代の日本。
それ故に普通には流通しないQドラムは大切に扱われるはずなのに壁として利用されている。なるほどダンジョンにこもりきりの人間ほど簡単には銃弾を撃ち込めない。Qドラムの破損がもったいなくて。
「『長谷川』さん」 「『川上』、もう大丈夫か?」
HPは問題ない。行政連合の面々が再び集結し、コンテナハウスの要塞に向けて陸戦ドローンの使い捨て90ミリ低圧砲の砲身を向ける。
脚部から反動軽減用の杭が地面に打ち込まれ、衝撃拡散ジェルが必要関節部の保護の為に充填される。
「クソッたれども、こっちがやられっぱなしだと思うなよ!」
『長谷川』の叫びは直後の砲声が打ち消した。陸戦ドローンが放つ90ミリ低圧砲の一撃は遠慮なく、土嚢とQドラムの壁を粉砕し、コンテナハウス本体もまた大きく揺さぶった。
マガジンを廃止し、兵装全体を使い捨てにすることで軽量化に成功した90ミリ低圧砲は、電熱着火を前提としており、その砲身内部に砲弾を2発搭載している。つまり、あと1発撃てる。
『長谷川』はアプリで次の1発を撃ち込む場所を指定して、射撃をタッチする。ここで出し惜しみをしている場合ではない。
90ミリ低圧砲は遠慮なく、隠されていた銃座ごと別の壁を吹き飛ばした。銃座の重機関銃の部品が破損し、12.7ミリの銃弾が散らばっていく。
「一気に潰す!」
『スキル:壁で殴る』。『長谷川』はここにきて、自分の最大の切り札を切る。アバターの機能であるMPを消費して使える大技。不可視のコンクリートの塊が出現し、長谷川の思った通りに空中を動き回る。盾にもなれば鈍器にもなる。
いや、鈍器という単位が正解なのかは怪しい。
「「「行くぞ、オラァ!!」」」
『長谷川』だけではない。色々な役人、およびその嘱託職員の皆様一同が自分たちを鼓舞するように大声をあげて攻め入る。
あるものはライフルを手に、あるものは剣を片手に突撃していく。
『長谷川』は愛用のレイピアと『アメリカ製:D.B.式45口径拳銃』という変態拳銃片手に積極的に切り込み隊に加わる。
そこに落ちてくるのは、グレネード。『擲弾機銃』がぶっ放す35ミリ擲弾。
爆発、衝撃、衝撃音。
突撃するのは、自分たちだけの専売特許ではない。防衛側も同じだった。
35ミリ擲弾の衝撃から身をかがめている『長谷川』の前に現れるのは例のカイトシールドの女。
他にも25ミリ機関砲を装備した『インファイト・フレーム』の姿も見え隠れする。
相対する『長谷川』と『カイトシールドの女』。先に動いたのは『長谷川』。スキルの見えないコンクリの塊で彼女を圧殺しようとする。
しかし、スキルを使用しているのは『長谷川』だけではなかったようで、カイトシールドの女が右手の45口径のリボルバーをぶちかますと明らかに威力がおかしい。
(ただの拳銃弾じゃない!)
たかが、45口径の拳銃弾――45ACP――ごときがレーザービームのような一筋の光を形成するはずがない。
(スキルか!?)
それどころか、着弾したコンクリートの塊は不可視、透明のはずなのに赤茶けた光を放ち、2発目で爆発的な衝撃を振りまいた。轟音、破砕、そして空間を揺らす熱波。コンクリートの塊は完全に溶け消えた。
見えなかったはずのコンクリの塊の瓦礫が赤く光りながら飛び散りそのまま燃焼して消えていく。
こんなバカげた威力に付き合う必要はない。レイピアのプラズマを最大出力。バッテリーの警告ランプが小さく光るがそれは無視。レイピアを振り回す。ルード・スポーツにはまってて良かったとか、まったく場面に関係ないことを考えながら熱プラズマの破壊を周囲に振り撒く。
そして、ダブルバレルを発砲。飛び出すのは2発同時発射の45口径拳銃弾。当然向かう先はカイトシールドの女。
(クソが――)
――そして、これもまた当然のように盾で防がれる。
けれど、そのおかげで敵の盾の位置は固定された。次の発砲レイピアに対応するべきかそれとも銃弾に? どちらか一方しか盾では守れない!
「「――!?」」
双方の驚き。女はリボルバーを発砲した。3、4発目。その威力はいまだ健在でレーザービームのような一筋の光とともに空気中に衝撃を与え、レイピアプラズマの熱攻撃を妨害する! けれどそれを読んでいたかのように『長谷川』のプラズマレイピアの剣先は曲がり、渦を巻いている。
お互いの想定を上回った瞬間。
『長谷川』のダブルバレルの射撃は続く。それに対してカイトシールドの女の射撃は来ない。弾数の違いだ。
ダブルバレルなので、1度に2発発射されるが、基本はオーソドックスな45口径拳銃でマガジン容量は7発を基準としている。つまり発砲可能回数は7回(計14発)。
(リボルバーは基本6発、22口径なら10発前後。そして、これは22口径の威力じゃ無い!)
それにリボルバーは弾丸の装填に時間がかかる。スピードローダーや弾薬クリップを使ったとしても明らかに自動拳銃より時間がかかる。
(つまり、俺が撃ち終えるまで、温存するつもりか!)
そうはさせない。プラズマレイピアの攻撃を回避するために3発目と4発目を使ったように、この攻撃を続けながら接近すればおのずと使う羽目になるだろう。
案の定彼女は使わざる得なかったようだ。5発目、6発目の発砲。レイピアの渦巻く熱プラズマの空間が散らされていく。
その瞬間を狙った『長谷川』は駆け出す。プラズマの奔流とともに相手との距離が1メートルにまで短くなる。
リボルバー。
女のリボルバーが、顔面にあった。
とっさに左によけた。ああ、畜生。見ていたはずなのに、忘れていた。使い終わったリボルバーを敵の顔面に投げつけ、2丁目のリボルバーを取り出す姿を。
右足太ももに打ち込まれるのは45口径の拳銃弾――どうやら、威力強化関係のスキルの効果は切れたらしい――動きが、制限されていく。
「『長谷川』さん!」
『川上』が精一杯の援護射撃をしてきた。9ミリ短機関銃の拳銃弾が後方より飛んでくる。
たったそれだけ。見る人が見れば素人が単に引き金を引いた危なっかしい射撃でしかない。最低限の研修は行われているので全くの素人ではないだけマシ程度の話だ。
それだけでも、
ありがたかった。
引き金を引いて、ダブルバレルからマガジン内すべての銃弾をぶちかます。
45口径拳銃弾――45ACP――がカイトシールドに吸い込まれるように当たる。つまり、銃弾にカイトシールドで対応した。レイピアのプラズマは?
「また、同じ手を使うのか見せてみろや!」
熱プラズマの激流が空間を支配して――――45口径の拳銃弾が『長谷川』を貫いた。
「「は?」」
『長谷川』と『川上』が共に何が起きたのかと呆然とする。
持ち替えていた。リボルバー拳銃を右手から左手へ。盾で持ち替えた瞬間を隠していた。盾に注目すればするほどそれに気付かない。
盾で長谷川の45口径を受け止めていたのは、防御と陽動。おかげで視線はすべて盾にあった。
わずかな時間で右手が盾で隠され、その瞬間右手と左手、盾とリボルバーが入れ替わった。
Tips:『スキル:壁で殴る』……『長谷川』のスキル。MPの消費量は40ほど。
不可視のコンクリートの立方体。上下左右奥行き2メートルほどの巨大な塊を出現させ、自在に動かすことが出来る。
防御用の壁としても利用可能。当然相手にぶつけることも可能。
Tips:『スキル:ブラスターブレット』……銃身より先に仮想のバレルを展開、弾丸を追加加速したうえプラズマ化して打ち出す。
プラズマ化した加速弾丸はメタルジェットと同様の破砕効果をもたらす極音速弾となる。熱量と速度による破壊力はコンクリートを文字通り吹き飛ばすには十分な威力。
プラズマ化する追加加速機構の正体は無数の弱パルスレーザー。仮想のバレルはパルスレーザーの集中による熱量とレーザー推進による破壊効果を弾頭に追加する。
尤も一度に6発までしか機能しない。消費MP50。『カイトシールドの女』が使用するスキル。
「うわぁぁあああああああああああ――――ッ!!」
『川上』が必死に『長谷川』を助けようと引き金を引く。素人のガク引き。短機関銃の弾幕
そんなものまともに当たるはずもない。当たったら困る箇所だけ、カイトシールドで守ってリボルバーの銃口を『川上』に向ける。
そこに、それが落ちてきた――――
――――『閃光音響手榴弾』。
閃光と音響が刹那の空間を支配する。
頭上を飛ぶドローン。ドローンの所属は『県警』。つまり
『 こちらは県警のコールサイン、ドローンマスターです。モンスターとの自衛戦闘を除き、すべての戦闘行為を停止し、武装解除せよ。
繰り返します。モンスターとの自衛戦闘を除き、すべての戦闘行為を停止し、武装解除せよ。現在この地域で発生している武力衝突には重大な憂慮が懸念されています。皆様を騒乱罪で逮捕せずすむようにご協力を願います。多衆不解散罪で対処されたくなかったら辞めなさい!』
県警のドローンが飛び回り、スタングレネード、スモークグレネード、そして本物の手榴弾を次々と落としていく。
その介入が、『長谷川』と『川上』を救った。
『長谷川』はすぐさま、レイピアの放出するプラズマの総量を増やす。残るバッテリー残量をすべて使うつもりで。そしてそのまま女を切りつける。
(プラズマが拡散している?)
だが、焼き焦がすはずのプラズマは拡散し煤をまき散らすだけ。その拡散の様子に覚えがあった。
磁気シールド。
とっさの動きだった。体をひねり、後ろにレイピアの刃を向ける。
『インファイト・フレーム』。例の自由電子ビーム兵器を持った奴がまたしても現れた。
しかも例の兵器の砲身は立派に光っている。照射寸前。ガク引き『川上』の明後日の方向へ飛ぶ拳銃弾がそんな砲身に当たる。たかだか拳銃弾。それでも銃弾。照射寸前の砲身にあいた小さな穴は制御磁気を一瞬狂わせたようだ。
一瞬の閃光。刹那の爆音。そして熱波。
暴発とでも言うべきか。出オチと化したインフレスーツ。吹き飛ばされた『長谷川』と『川上』。
けれど県警のドローンも吹き飛ばされ、航空優勢の真空地帯が出来上がる。
「『川上』!」
『長谷川』が『川上』の無事を確かめようと大声を上げながら立ち上がる。
目の前。
カイトシールドの女がリボルバー片手にそこにいた。そして発砲。
45口径の拳銃弾が『長谷川』の体に当たる。衝撃で体が倒れこむのを無理やり逆らう。レイピアを振り回す。放出されるプラズマがカイトシールドの機能、磁気シールド効果で彼女には当たらず拡散されていく。
目の前で例の現象が始まる。使用され拡散された自由電子の再回収と再利用。
次の照射が始まる前に、これを止めなければならない。
『 こちら――県警の……』
ドローンマスターの拡声器の声が反響して響く中、リボルバーとダブルバレルの銃撃戦が始まった。
リボルバーはちゃんと当たる。ダブルバレルはたまに当たらない。それでも飛んでいく弾丸の数は違う。
けれど、盾で身を守りながら接近できるカイトシールドの女とそれが出来ない『長谷川』は、瞬間的には押されていく!
尤も弾数が違う。女のリボルバーの弾丸がつきる。
(これで2丁目も終わり、3丁目でも出すか!?)
顔を一瞬ガードしようとして、盾を振り回して盾で殴る攻撃が飛んできた。
「がっ」
衝撃で顔を背ける。けれど目線で彼女を追いかける。
その瞬間の隙を利用していた。クリップにて、リボルバーに新たな6発を装填する女の姿がある。
ダブルバレルの引き金を引く。そして、こっちの弾が切れる。
「は、せがわさん!」
『川上』がボロボロの状態で、しかし必死に『長谷川』を援護するために引き金を引く。短機関銃の9ミリ拳銃弾の弾幕。素人の弾幕。それでも弾幕は弾幕だ。当たるときは当たる!
だから、無視は出来ない。リボルバーの銃口を『川上』に向ける。『長谷川』は、相手をまねることにした。自分のレイピアを相手に向けて、投げた。バッテリーの容量は残り残量があと数分でなくなることを示している。もう、捨て置いても影響は少ない。『カイトシールドの女』はその盾を使ってレイピアを防ぐ。その隙に、マガジンを交換。ダブルバレルに新たな7発(計14発)の弾丸が装填される。そして、己のスキルを発動させる。基本となるアバターに設定されるMPはおよそ120とされている。MP消費が40の『スキル:壁で殴る』は最大3回使用可能ということ。
「ぶっとべ!」
目には見えないコンクリートの塊、大きな立方体が出現し振り回され、その一撃がカイトシールドの女に振り落とされる。
不可視、目には見えないはずのコンクリートをだが、気配や空気の動きで感知したのか、左に飛び上がってそれをよける。
そこに向けてダブルバレルの引き金が引かれる。飛び出す2発の銃弾。女はもはや限界と判断したのか、盾の自由電子ビームを解放する。光と衝撃の奔流がすべてを飲み込んで吹き飛ばしていく。
女も『長谷川』も『川上』もコンクリートの不可視の壁も周囲の建物もダンジョンの鍾乳石を思わせる天井も。
しかし、その直後に無数の銃声。『長谷川』の片腕は吹き飛んでいた。女も半身が目に見えて焼け焦げていた。
けれど、双方それどころではない。相手に向けてダブルバレルとリボルバーの引き金を引く。
(は、せ、がわ……さんを助けないと)
頭が働かない。
うすぼんやりした状態で、『川上』は上体を起こす。そして見る。2人の拳銃がそれぞれすべての弾丸を撃ち切る瞬間を。
(……弾、装填しなきゃ……あれ? 2人、向き合って、すき、うかがって――――)
――どうやって相手の目の前で弾丸を装填するのだろうか。向き合いながら
覚醒。
チャンスは今だけ。
「うぉぉぉおおおおおおおおおおお――――ッ!!」
短機関銃の引き金を『川上』は引いた。そして、右肩を撃たれた。銃口は明後日の方向に向く。
「えっ?」
女の手の中にリボルバーはない。2丁目のリボルバーの行先は『長谷川』の顔面。女の手のひらにあるのはリボルバーではない。
『アメリカ製:P.F.式9ミリ拳銃』。
今まで使っていた45口径――45ACP弾――の使用を投げ捨て、9ミリ拳銃を3丁目に取り出した。
敗北。
その文字が脳裏に浮かぶ。勝てない。全部だめになった。そう思った瞬間だった。
女の拳銃を持つ腕に矢が、近代化したポリマー製で出来上がったボルトと呼ばれる矢が突き刺さり、女の拳銃の向きが明後日の方向を向いた。
何が起きたのかと矢が飛んできた方向へと目を向ける。
「『ちゃこちゃこちゃーこ』さーん。どこですかー?」
知らない4人組だった。薙刀を持ち背中にライフルを背負った若い4人組だった。
若いといってもアバターだから違うかもしれない。ただ、雰囲気として学生に見えた。
「コメントくれた『ちゃこちゃこちゃーこ』さーん! 咲坂高校冒険部ですよー! どこですかー?」
「あっ、私です。『ちゃこちゃこちゃーこ』です。いやぁ、来ていただけてありがたいです」
『長谷川』だった。ものすごい場違いな空気によっていろいろなものが変わる。
一瞬呆けた女の正気が戻りすぐさま戦闘態勢をとって――彼女の拳銃を持つ腕がきれいに切断される。
「は?」
ドローンだった。それも撮影用のカメラドローン。そしてそのドローンには細いワイヤーが繋がってて、そのワイヤーの行先は例のボルト。
女の腕に刺さっていた腕。
折り畳み式の『機械式合成弓』を持つ『いちちゃん』とカメラドローンをスマホ片手に操作する『オキタ』が軽くハイタッチしている。
「腕がなくなる驚きで体が止まるのは危ないよ。レベル4あたりだと動きを止めた瞬間終わるモンスターがゴロゴロいるらしいよ」
赤い髪の短髪少女――『部長』である――が気づけば女の目の前で薙刀を振り上げていた。
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「な、なんで!! こんな! どう考えても! バレるでしょ!! こんなバカげたことをやり続けて……仮にも普通の企業を名乗るなら、どうあがいてもバレるでしょ!!」
「だから、こうして俺たちがいて、そして真っ当じゃない手段を駆使して闇に葬ろうとしているんだろ?」
聞こえてくるのは、銃声と剣戟。ブラック企業の用心棒こと、証拠隠滅を目的に盗賊を名乗って行動している傭兵たちと役人連合の激突だ。
「だから、俺は『退職願』を胸に秘めているんだ。一生に一度きりの武器であり、俺が意義のある仕事をする覚悟を決めるために」
そういいながら、『長谷川』はスマホ片手に何かを打ち込んでいる。画面が見えた。それは動画サイトのコメント欄に見えた。内容はわからない。
何かを打ち込み、そして、レイピアを手に『長谷川』は戦いに行く。
(あぁ……そういうことか……)
『川上』はその瞬間、何かを悟った気分になった。多分、この悟りは間違っている。絶対間違っている。それでもやめたい、やめたいと思っていた自分の心に一つの光が見えた。
(どうせ、やめるなら……思いっきり暴れてやめるって言うのは良いことかもしれない)
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そんなことを考えていた時、長谷川は誰に当ててコメントを書いていた?
『長谷川』のユーザーネームは、『ちゃこちゃこちゃーこ』で、コメント相手は動画投稿主。そのチャンネル名は『咲坂高校冒険部活動報告書』。
「『ちゃこちゃこちゃーこ』さん。あなたの言うぶっ飛ばしてほしい悪い奴ら。何ならバズりを期待できる相手ってのはよくわかんないですけど
こいつらで良いんですか?」
学生4人組が、カイトシールドの女をあっという間に拘束していた。退職願胸に秘めて、呼び込んだ『長谷川』の一か八かの切り札は間に合った。




