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咲坂高校冒険部活動報告書  作者: ホエール
第2章「露往霜来と増えるな顔のシワ」
10/30

第2章 2.

   2.

「――耕作地でしたっけ? 『墾田永年私財法』で」   「日本史の教科書を皆で引っ張り出したのを思い出すわ」

中学時代の事を思い出しながら、未だに最高裁で争っている案件を脳の片隅に起きつつ、2人組の女刑事(1人は新人)は装備品を整える。

拳銃、警棒、スタンバトンにそれぞれ自腹で用意した日本刀、9ミリ短機関銃、P.A.式散弾銃や江戸時代刺股。

言ってみれば日本警察のダンジョン用スタンダード装備。ちなみにさらにプライベート装備を付け足そうとした場合、その分の投入コストは自腹である。


「……警察がひいきにしているカタログ購入の装備は購入自体は自腹でも入場料を経費に出来るけど、カタログ購入じゃない完全プライベートはその分、入場料自腹なのよね…………」

悲しき現実に。今まさにプライベート購入していたスタングレネード1発分の投入コストが経費では認められないと通告されて、悲しい目をする村井。


Tips:『P.A.式散弾銃』……ポンプアクション式のショットガン。

Tips:『江戸時代刺股』……江戸時代の刺股は殺意が強め。相手を怪我無く拘束するという目的は無く、可能な範囲で死なせず拘束することに主眼を置いているため。


現在地は『ディープ・フロンティアスペース』『第1階層(レベル1)』の座標32.7度、129.8度付近。つまりはダンジョンの中、県警管理のダイビングスポットにて。

県警管理のダンジョンへの投入コスト、すなわち入場料を経費として請求するために体重計に載せられ、詳細なBMIの記録を寄りにもよって同僚に採られた屈辱を

いかにして晴らすべきかと言う命題に悩みながら自腹せざる得ない装備代金に2人で頭を抱える。


「『村井先輩』、剣道でしたっけ~?」  「一応ね。でも、正直こいつは当てにしてないわ」

「なんでです?」  「当然こいつも『現代化刀剣類』だけど、バッテリーの性能が良くないのよ。おかげで重たくてよく切れるだけの日本刀よ」

「あー乱暴に使っちゃったらバッテリーがすぐ切れて、すぐ折れる……と」

「で、あれが、『次元カタパルト』、いわゆるファストトラベル」

村井が指さす方向には、観覧車に見えるそれが巨大な地下洞窟の中にそびえていた。


「へぇ……確か100キロでしたっけ? 一瞬で移動できる距離って。その代わりダンジョン入場と同じコストがかかるとかで。現実に作ろうとする奴が少ないわけですよ」

1キログラム100万円するロケット打ち上げより安上がりといわれるのが投入コスト、つまりダンジョンへの入場料だ。最悪の場合1人あたり100万円以上は覚悟しなきゃいけない世界だ。

たった100キロをショートカットするために100万円を払う気になれるかと言われると、庶民ほど無理と答える人が多いだろう。

だが、『第1階層(レベル1)』ダンジョン内部は複雑に入り組んだ地形の地下洞窟。


「こういう物が無いと、いざって時に駆けつけられないし、遠くにも行けない。行くだけで、原始時代さながらの大遠征よ。だからこそダンジョンでは使われている。と言うか、元々ダンジョン由来のテクノロジーだし」

シートに座り、シートベルトを締めて、シートは入力された方角と距離に応じて方向と加速距離をかけて――――――2人はシートから消滅した。

次元カタパルトより100キロ先の鍾乳石のような岩を削って作られた石のベンチにクッションを敷いた場所に2人の女性刑事達は突如現れる。


「『村井せんぱーい』。腰うちましたぁ~!」  「あーうるさ」

すぐにその場を退く2人、何しろ次の人間が降ってわくことは目に見えるからだ。

案の定、次のおっさん4人組が腰を打ち付けて、低い悲鳴を上げるの背中に2人はしばらく進んで、用意されていたフットクローラーの警察用車両に乗り込む。

燃料の水素が話に聞いていたとおり、補充が不十分であることにため息をつきながら、村井がハンドルを握る。


「村井先輩~。私こういうの初めて乗るんですけど、大丈夫なんですか?」  

ダンジョン内部では大型車両が使えない。かといって軽自動車はもっと使えない。結局使い物になるのは特殊な軽量車両だ。

なので、県警ではフットクローラーと呼ばれるタイプの軽量車両を用いている。『四脚履帯』、文字通り四つの足の先に無限軌道でもって動くようになっている。

こうすることで、凹凸の激しすぎる環境でも問題なく進める工夫。尤もこの機構と軽量化を追求したおかげで2人+アルファ程度しか運べない輸送車両としては欠陥品。


「問題ないわ。ダンジョン内部じゃ『四脚履帯フットクローラー』じゃないとろくに移動できないの」  

「そうじゃなくてーダンジョンは危ない場所で、そして行く所は将来のスラム街なんですよー。こういう車危なくないんです~?」

「……場所次第だと列車が走っているわ。でもこの辺だと、こんなのじゃないと。一応自衛火器が搭載されているでしょう」

マルチコプター式の民生用ドローンに武装改修された機体が車両についてくる。2本の銃身らしき物が見えるショットガンのそれが取り付けられ、車両にはグレネードマシンガン。

ダンジョンと呼ばれる空間の危険性を嫌でも感じる所だ。必要性があり、改正銃刀法、ダンジョン内部限定でも日本でも銃社会化が進んでいることは警察としては悩みの種。

警察の昨今のトラブル増大の原因であるとダンジョンに憎悪している幹部もいたりするくらいだ。


「うーん。やっぱり色々と安心できないです~。怖い物に囲まれてる感じが強くて」  「そもそも私たちの姿はアバターなんだから、撃たれても死なないわ」

「そ~いう事じゃ無い様な気がします」

アバターは脳みそや心臓にあたる部分を破壊されない限り、死亡判定にならない。要はヘッドショットでも無い限りHPが即時ゼロにならない的な物だ。

ただし、出血多量、継続ダメージ的な判定はある。アバターを残機制の不死身と称する人がいある。

それでもアバターの死亡を短期間に連発すればそれなりの肉体的精神的負担になるとして、ちゃんとしたダイビングスポットでは規制しているくらいだ。


「外部なら傷害罪になり得る行為が当たり前のこの空間って怖いですよ~」

「そうね。おまけに所詮はアバター。普通の人間からすると苦労することもある事があるわ。だからここに2~3日ならともかく年単位で居住する奴らはまともじゃ無い」

村井はそう言いながら目の前に見えてきた場所を指さす。


「そのまともじゃ無い輩の巣窟が、あの『代々木ダンジョン村』よ」

小高い山の上に少しだけ色々な物が見える。城壁を思わせる石積み。戦国時代の城を参考にした『やぐら』と思わしき物が周囲に何棟か立っている。

城壁と塹壕、機関砲に機関銃、鉄条網や軽迫撃砲陣地と櫓と防御用の武装ドローンが飛び回る立地。ちょっとした城塞都市として発達したテント村。

それが、代々木ダンジョン村の外観。


「あそこは県内でも有数のダンジョン村、要するにダンジョン内部で自然発生したテント村で九州でも特に大きな物の一つに数えられている。必然的に北九州東シナ海方面では行政も無視できないし、有力な『採掘企業』や『傭兵企業』もあそこに仮拠点を設営している。

そして、それ以上に、変態どもの巣窟よ」

入り口に近づいていくと、警備員と思わしき人物たちが周囲を警戒している。

警備員は復刻改良と称して作られた『アメリカ製復刻改造:S.A.式6.5ミリライフル』に銃剣を取り付けて周囲を見張っている。


「駐車場空いてる?」  「問題ないっすね。行ってください」

原型になった奴にはフルオート機能なんて無いボルトアクションなのだが、強引にセミオート機能を取り付けたことで機関部の強度に問題があると言われていたりしている。

だが、 6.5ミリ:アリサカライフル弾の威力と『現代化刀剣類』として作られた銃剣の組み合わせはダンジョンでの運用に有効性を見せたという。おかげで、熱心な支持者がいる装備としても知られている。

ちなみに変わり種で、7.7ミリ:アリサカライフル弾を使用するこれまた復刻改造と称したレバーアクションライフルが存在する。


Tips:『7.7ミリアリサカライフル弾』……旧日本軍が最後に使用したライフル弾に使われる名称。当然だが、旧軍製のライフル弾はもう存在しないが、アメリカにはこういうクラシックな弾薬を製造、販売するメーカーがあり、日本に関連する弾薬であるのに輸入しなければならない点で、無駄に金がかかる。素直に流通量の多い5.56ミリ西側ライフル弾を使用せよという声がデカいが、ロマンって奴は止められねえんだ。


「あっ、出来れば第2駐車場お願いします。あの2階建てのとこっす。第1駐車場は今凄いことになってるっすから」

何故、今時レバーアクションと出た当時は言われたそうだが、やっぱり熱心な支持者(変態)がいるそうだ。

よく見たら、目の前の警備員の1人がその変態じゃねえか。背中に背負ってるの銃剣を取り付けた『アメリカ製復刻改造:R.A.式7.7ミリライフル』じゃねえか。

腕章には『春日運輸警備』の文字。


「あっ、刑事さん。お久しぶりです」  「ええ、お久しぶりです。『春日の隊長さん』の所も相変わらずですね」

『春日の警備隊長、貞木さだき』がめざとく村井の姿を見つけて、小走りでやってきた。ダンジョンで活動する企業体の一つ、『傭兵企業』に分類される物。

日本の法令上5号警備業として登録されている営利法人の一つに数える『春日運輸警備(株)』の人間で 警察関係者の顔見知りとして県警捜査一課の村井も知っている人物。

尤も皆『春日の隊長さん』としか呼んでいない。後輩の加西が自己紹介し、春日運輸警備の警備員と名刺交換をした所で、『村井』が春日の隊長さんと情報交換が始まる。


「まぁうちは元々地元企業ですから」  「確か創業は宮崎と」

「日之影の中小運送会社ですよ。今の社長がダンジョンの勃興に伴い、民間軍事会社としても業務を広げた結果が今ですから。社長は凄い人だと思いますけど正直ブラックだと思いますよ。業務量」

「ははは、それでも給料は良いんでしょ?」  「ダンジョン関係の職業で刑事さんに心配されるほど給料が悪かったら今頃反乱軍でも組織されてますよ」

「あーやろうと思えば出来そうですよね。反乱軍」

『村井』の冗談は正直冗談で住まない物で後輩の『加西』は一瞬恐怖を覚えたが、それに対する答えはやたら朗らかだ。場の空気もむしろ暖まっているほどだ。


「まっ、『重火器こんなもの』を触るようになって、自衛隊さんが本当に凄いって事が馬鹿でもわかるので、『通常の現実世界(レベル0)』でやったら一瞬で制圧されるでしょうね」

「なるほど。ところで、ココはいつも通りで?」

「ええ、相変わらずカオスな場所ですよ。この『代々木ダンジョン村』って場所は。観光地として1泊するくらいなら楽しい場所……なんでしょうけど左右何処見ても変態だらけ。

まぁ、自分も変態の1人に数えられるんでしょうけど、何やってんだろってたまに思いますよ」

『村井』と春日運輸警備の会話を聞きながら後輩ちゃん――『加西』――は周囲に目を向ける。

機関銃と土嚢で守られた陣地。キルゾーン。ドローン用の充電ステーション。20ミリ機関砲とその周囲を土嚢とセメントで固めて作られたトーチカ。

Qドラムと呼ばれる水運搬用のドラム缶が並び、くみ取り式の簡易トイレがちょっと離れた場所にある。


(……普通の世界なら、戦場にしか見えない。…………そりゃ『通常の現実世界(レベル0)』でも治安悪化が叫ばれるわけだ)

『加西』は、時折思うことがある。ダンジョン、正確にはディープ・フロンティアスペース技術が世間に登場して14年、その前に生まれていればもっと楽で来たんじゃないかと。

……尤も14年もあれば、社会も変化する。量子A.I.が実用化され、社会の適正資源配分計算がなされ、貧困は減り、一見関係がなさそうな食料自給率30%以下問題も

数年で50%以上まで回復した。理論上60%までいけそうだともいう。ダンジョン開発に力が入っている関係で宇宙関係は停滞しているが、それでもワープ航法も実現するかもしれないと叫ばれる。


「特にここ数ヶ月ほど、毎日の様に国境侵犯をしていた大陸系『採掘企業』のサラミスライスが急に無くなりまして、逆に大攻勢の準備かとぴりぴりしています」

電気会社の作業着にベスト状の防具をまとった2人組がダンジョン用の電動マウンテンバイクを押しながらどでかい荷物を背負い、『電気販売 スマホ充電に!』なる看板を邪魔そうに抱えている。

すぐ近くには、侍の様な服装で、2本の刀を腰から差し、それとは別に肩から無反動砲を提げた女性がスマホ片手に葉巻の喫煙中。

その隣には明らかに大柄な男性がピンクのゴスロリ姿でクレイモアと呼ばれる大剣の素振りをしている。何というか、入り口だけで、色々と感じるカオス感満載であった。


Tips:『サラミスライス』……サラミをスライスするように少しずつ、ほんの少しずつ他者の権益を削っていくこと。

つまり、「争いになるくらいなら100円くらい譲るか」というラインで相手から採れるものを何百回ととること。塵も積もれば山となる。

Tips:『ピンクのゴスロリ』……正確にはクラロリというらしい服装をしている。大柄な男性が。所詮アバターなので、許される……ハズだが、時折過激派ゴスロリ愛好家より襲撃がくる。


「村長のところに案内しましょう。嘱託職員さん達はあとで合流ですか?」  「よろしくお願いします。嘱託職員たちはあと20分もあれば到着するかと」

『春日の隊長さん』に連れられ、『村長』と呼ばれている人物の元へ。村長というが、正式な政治家というわけでもなく、単にここのまとめ役がそう呼ばれているだけに過ぎない。


「代々木ダンジョン村は東部、西部、防衛地区の3区画に分かれています。刑事さんもご承知の通りいまだ拡大を続けており、北九州方面最大とも言われています。

そのうち、正式に自治体として成立するべきではないかと県庁や総務省からたまに役人の皆さんが視察にきたりしており、かつ黄海方面よりやってくる大陸勢力との最前線にもなっています。

そういう場所なので正直怪しげな人間たちもたくさん出入りしてますし、最近の大陸大手の『採掘企業』、『百億万』の攻勢でみんなピリピリしてます。

正直、目的が違っても一時的であっても警察の嘱託部隊が正式にやってくるのは大歓迎ですよ」

『春日の隊長さん』の言葉に『村井』と『加西』は苦笑するしかない。警察の嘱託部隊は警察にやとわれた冒険者、或いは傭兵たちだ。

もともと日本警察はちゃんと警官による部隊の創設を目指していたそうだが、結局予算や人手不足やらなんやらで信頼性の高い冒険者たちに1~2年契約で警察の真似事をしてもらうしか取れる方法がなかった。

それでも真似事警官、嘱託部隊は2~3週間ほど警察学校での研修を受け、責任者は正式な警察官なので良しとするしかなかった。


「本格的な武力衝突ですか? 境界線保安庁からはそのような通達……」  「いえ、武力衝突レベルには至っていません。ただ数が本当に多いんです」

案内される第2駐車場。その2階部分に車両を止めて、降りる2人を手慣れた様子でエスコートする『春日の隊長さん』。思わず後輩加西はこの男、昔モテたタイプとひらめく。

第2駐車場の足下は部分的に舗装されている。二階建ての鉄骨建築なのだから、当たり前かもしれない。そこに意味の無い文様が刻まれている。何かのデザインか。


「例年、サラミスライス戦略に基づく進出はいつもの事ですが、ここ半年ほど、例年の3倍の数が発生しております。にもかかわらずここ2週間ほど、我々の管轄内では急に減少してまして」

移動しながらの会話。村の中に入り、無数の入り組んだ細道を3人組が歩く。村の入り口から駐車場までの道のりはちゃんと整備されていたが、そこからはあからさまに放置されている。

とてもじゃないが、車両の通行を想定した作りでは無い。まさに自然発生した計画性の無い居住地というのを感じさせる道だ。

でこぼこしてて、とりあえず道として使えるようにしたと言う程度の物でしか無い。


「これはこれは、刑事さんたち。お久しぶりです」

『村長』と呼ばれた人物。その人物はシルクハットをかぶるオーダーメイドスーツに黒縁眼鏡の男だった。

きっちり閉められた赤いネクタイ。ちゃんとした素材で作られたなめらかな肌触りのジャケット、そして2本のメイス。

ダンジョン、仕方ないとは言え、気になって仕方が無いダンジョン初級者警察官『加西』は『村井』がこれまた真っ赤なゴスロリの誰かと話をしている間に思わず聞いてしまう。


「えーと、その棍棒……じゃなかった。メイスってあなたの武器ですか?」  「ちゃんと所持許可証ありますよ? 確認します?」

「あっ、いえ、そこまでしなくても大丈夫です。その私、ダンジョン慣れてませんで、見る人全員凄い武装しているから……」

「はははっ、初めての人はだいたいそう言いますね。はっきり言って、ダンジョンというのは無法地帯です。おまけに危険なモンスターだの何だのが襲ってくる。

武器も無く人がいて良い場所では無い。そもそもモンスター素材の方がお金になりますからな」

『村長』は笑いながら、懐から所持許可証を取り出してくるが、別にそこまではと『加西』は言いながらつい確認してしまう。


「おっと、モンスター素材と言いますが、レベル0に持ち出すと変な岩だったり個体だったはずなのにガスだったりなんて事もありますよ。

あくまでもアバターを通して我々が知覚できるように強引に観測しているだけで違う物理法則の産物ですからね。見えている物が本当に生き物かどうかも怪しいわけですから」

ダンジョン、いや、『ディープ・フロンティアスペース』の基本軸。

ダンジョンと呼んでいるが、結局の所、よくわからないSF染みた理屈の果てにいけることが出来る別の地球のような場所。そこから資源を採掘するというのが目的。

そして、資源とは、物理法則の擬人化ならぬモンスター化した色々な『何か』。例えばスライムは、主にアンモニア化合物の冷媒性質のモンスター化であるとは定説となっている。


「『村長』さん、初代さんは?」

失礼を承知で、後輩加西と村長の会話に割って入った村井が、『初代』と呼ばれている人物について聞くが、「今出ておりまして」という答えしか返ってこない。


「『村井先輩』、『初代』さんって?」

「この『代々木ダンジョン村』を最初に作った人だよ。代々木って名前もその人の趣味。ご夫婦で定住していて、この辺の事情に一番詳しいの。

県議や国会の先生たちとも繋がりがあるらしくて、色々と知ってる無駄に強い変態」

「『村長』なんて呼ばれてますけど、元々はあの人がそう呼ばれたのがきっかけで、このダンジョン村のまとめ役を交代でつとめているにすぎないんですよ。私で4代目になります」

繰り返すが、村長はそう呼ばれているだけで政治家ではない。単にまとめ役がそう呼ばれているだけで、選挙とかがあるわけではない。


「『村井』さん、そちらの新人さんの紹介はいつしてもらえるのかしら?」

『村井』が相手をしていた真っ赤なゴスロリドレスの女性が、『赤井』と名乗りながら加西に挨拶をしてくる。曰く、一応『西部のまとめ役』だと言っている。


「私なんかより、『女子寮』の『寮長』に努めてもらいたいわ」  「御冗談を」

「半分は本気よ。あいつら、ほんと制御出来ないから」

うんざりしたような表情、声、そしてそれに同調する『村井』。


「村井先輩、そんなにひどいんです? 『女子寮』って。何度か聞いたことはありますけど、要するに女性用DVシェルターですよね。ダンジョン内部に作られるのは異質ですけど」

「新手のヤクザと変わんないわよ、あんなの。構成員が全員女性、少なくとも若い女性アバターだからそういう風に見えないだけで」

「えぇ……」

女性用DVシェルターの実態は新手の暴力団だという。半グレでもチンピラでもなくヤクザ。


「大昔ならいざ知らず、今時のヤクザは必要があれば人を殺す経済犯罪組織だ。必要が無いなら恐喝も拷問もせず、昔ながらの黒光りする車で走ることもない。

中古の軽自動車乗り回して、少し顔が怖いだけの優しいおじさんの雰囲気をまき散らして、社会の深い闇の世界でデジタルな数字を数えて様々な経済犯罪を取り仕切っている。

そのお仲間に限りなく近い存在よ。『女子寮』は。ただし、ダンジョンらしく荒々しい」

結局のところ、半グレも最後には元に戻った。ヤクザの鉄砲玉のチンピラ集団。

一時はヤクザより過激な暴力集団として活動していたが、社会集団としての時間を重ねれば重ねるほど金という不可視の暴力の鎖には勝てなかった。所詮、裏の世界にもルールがある。ある意味で表の世界以上に生臭いルールが。

WW2直後のヤクザはもう何処にもいない。わかりやすい暴力ではなく、暗い暗い闇の大金を用いた魔力で人を支配し、人の人生をビジネスにする闇のビジネスマン。それが今時のヤクザだ。


「で、『村井』ちゃん。結局刑事さん達までが大騒ぎでここまでくる理由は? 普段は巡回の可哀想な下っ端以外内地に引きこもってるじゃない。おまけに嘱託部隊まで総動員しているんでしょ?」

「捜査情報が関わるので、詳細は……」  「またまた~。ここ、『代々木ダンジョン村』は北九州の東シナ海方面じゃかなりデカいダンジョン村で、ちょっとした国境の守りにもなっているのよ?」

「国境の守りって……。さすがに、ねえ? 『村井』先輩」  「…………」

「えっ? マジ?」  「まぁ、その分密輸業者だのヤクザだの違法な武器取引だのとかの出入りもたまによくあるから、私たちのキャパ越えちゃってるんだけど」

本気でこの場所は大丈夫なのかと村井先輩の顔を見る後輩だが、村井は見事に目をそらしている。なるほど県警がスラム街呼ばわりで警戒するのも納得である。


「この新任さん大丈夫? 元々こういう場所なのはわかっていた事でしょ。むしろ境界線条約でレベル3まで、レベル0の領土座標を国土として主張し管理する事が出来るなんて話が出てから、実際にはちょっとだけマシになっているのよ」

「えっ、これでマシ?」  

「境界線条約で領土を主張出来るようになったから、トラブルに軍隊じゃ無くて警察が相手出来る様になったのよ。条約締結前なんか、トラブル解決に複数の国の軍隊が出てきて一色触発なんてあったんだし。

色々と。あと普通に民事裁判で解決出来る事は解決出来るようになったし」

何やら次々と恐ろしい話が聞こえてきた。


「具体的に聞いてイイです?」  「駄目。在日米軍だの自衛隊だの中露だの色々大変なの直接見たことあるよって以上の事は話せないわ。累が及ぶから」

新任さんこと加西にしてみれば、こうして話を聞くだけで警察官として、『アカン……なんやこの異常空間』となる事だらけだ。


「で、刑事さん。結局何の騒ぎなの? ここ最近は大陸系採掘企業との小競り合いが増えてて、本気で危ないかなって空気が漂っているのよ?」

「そんなに増えています?」  「ここ2週間ほど急に無くなったけど、その前までは1日に7~8件ほど救難信号が来てたわ」

衝撃を受けている加西をほっといて、村井が赤井や警備隊長の『春日運輸警備』と会話を続けている。


「我々春日運輸警備はこの辺の境界線の紹介任務を受注した『傭兵企業』でして、我々の紹介部隊が襲撃されるという事件が多発してます。小規模ですが。

赤井さんが仰る様に救援が駆けつけるとすぐに下がってしまうんですよ。表向き不幸な行き違いがあったという形で処理されます。境界線ではなくEEZでの衝突ですからね。

とはいえ、採掘業務を確認した場合、日本のEEZを主張して警告するんですけど、あちらも『自分たちの大陸棚』だと譲りません。

お互い兵力に限界があるので、丸一日双方口喧嘩でやっと撤退、そんな感じの事態が毎日、各所で起きてかなり疲弊が進んでいます」

村井は役立たずのマスコミどもとぼやきながら、携帯電話を取り出し始める。警察用の特殊な携帯電話端末だ。


「そんな、そんなニュースも聞いて」

加西に対してその場にいる全員揃ってため息をつく。開通時ならともかく今時マスコミがこんな所まで来るわけ無いだろと。

タダでさえ、入るのにお金がかかる上にそれ相応の戦闘力が無いと取材に行くだけで一苦労。入るだけなら金さえあれば誰でもいい空間。

新聞社だの通信社だのそう言うメディアはダンジョンに対して、全国区規模の会社が最低限の人員だけ配置して放置している。


「つまり、東京とかあの辺の人口密集地の座標ならまだしも、国境地帯に人員を常設で配置するはずがないのよ」

少し考えてみればわかりやすい話だ。密着取材ならいざ知らず漁船に常に記者を派遣するメディアはいない。

農家の畑に記者を張り付かせているメディアはいない。例え畑泥棒が多発していても。ココはそう言う場所だ。

それにここに住む人間はイかれた少数派でメディアの大きな消費者やスポンサーとは言いがたい。


「だから、全国区規模の会社が必要だと判断したときに2~3人だけ派遣して終わり」

尤も幸いなことに、世界中の国がダンジョン関係では人手不足であり――


「――――『春日うち』以外の国境企業の『南西輸送』さんが沖縄方面で、最近大陸さんには同じ手口でやり返しているそうです。いい気味ですね! 

あいつらだって、人手不足で苦しんでますから、ちょっとつついただけでぐちゃぐちゃですよ。おっと、オフレコでお願いしますね」

「……何も聞きませんでした。知りません。……とは行かないんでしょうねぇ。どうせ記録しているんでしょ?」  「!?」

村井の発言に加西が驚いていると、その通りと言わんばかりに端末を見せる。


「で、何があったんで? 5~6秒程度で」  「それが狙いですか」

警察に捜査情報を漏らさせるためまず弱みを見せて、次に弱みを握った。かといってすでに端末を見せたことで記録しないということを見せた。

わざわざ5~6秒と言ったように、詳細を聞くつもりはないが秘密にもさせないと。

ため息を一つ。


「村井先輩?」  「加西、私を反面教師にしなさい。こういう姑息な誘導に引っかからないように」


「東京で1人の男が逃げ出したの。で、ここに潜伏している可能性がある。そいつは強姦魔で産業スパイの疑いがある。女たちを襲って脅して色々と情報を収奪したりする行為を繰り返した」


それが今回、警察が動いているすべて。


その少し離れた場所に、それはある。それは次のように呼ぶ。『集音器』と。センサー系統の塊、集音器さえ搭載した斥候ドローンが天井に張り付いている。

「へぇ……女の敵。それも遠慮無く股間に銃弾ぶち込めるタイプの奴が潜伏してんだ」

『女子寮』の『寮長』。

動く。


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