世界の終焉
『速報。〇〇県在住の女子高生・優谷華乃(16)が〝悪魔の子孫〟であることが判明。登校中に自転車事故に遭い、両者ともに軽傷だったが、彼女から流れた血が真っ黒だったことで発覚。すぐに周囲は騒然となり、警察に連行された。』
爽はなんとか力を振り絞って帰路に着き、すぐにスマホでニュースを検索し出した。そこには、華乃の正体がバレていないとは、もはや否定のしようがない明確な情報が載っていた。爽はふっと意識が遠のきそうになるが、その下の文字を目にして我に返った。
『数年ぶりの発見。今後、〝悪魔の子孫〟が現れないことを願い、公開処刑されることが決まった。』
その文字の下に、明細な日時と場所が書かれてあった。
(まだ間に合う!)
その記事によると、処刑は明日。公開処刑なんて残酷な処罰をするなんて頭がイカれているとしか思わないが、今は皮肉にもそれに感謝する他なかった。そのおかげで華乃の所在がわかるのだから。公開処刑される直前、華乃が観衆の前に姿を現した時に彼女を救い出そうと思ったが、そもそも公開処刑なんて恐ろしい現場に彼女を連れて行きたくない。あんな純粋な瞳に、その光景を映させるのはごめんだ。
(公開処刑台に立たされる前に助けに行くんだ!)
死刑囚が連れて行かれる拘置所は全国に複数あるものの、華乃がいるのはここから最も近い場所だろう。爽は半ば祈るようにそう踏み、今行っても疑われて共にジエンドなので、明日の早朝にそこへ向かおうと心に決めた。とはいえ、向かうだけで特にプランなんて考えてない。考えたところで止められるだけだ。本当は希望なんて何もなかった。ただ、まだ生きている、助けられるかもしれない、という気持ちが胸をしめていた。ほぼ百パーセント、爽も華乃に続いて殺されて終わりだ。それでも良いと思った。華乃を少しでも助けられる未来があるのなら、それに縋ろうと思った。
翌朝、爽は一睡もできず、結局三時に家を飛び出した。必死に、我武者羅に、息をすることを忘れる程に走り、走り続けた。
執行場に到着したのは、薄明を迎える頃だった。
爽は建物に着くなり、中へと駆け出した。すぐさま二、三人の警備員が集まってきて、床に押し付けられて止められる。爽は足掻き続けた。
華乃を救わなければ。華乃は見返りなんて求めず、皆に親切だった。自分に利益を求めない姿勢が魅力的に映った。彼女の生き方を知らずに、生まれだけで否定されるのは嫌だった。そもそも、華乃を殺すことは間違いだ。爽ならば良い。自分を危険に晒すことはせず、他人が傷つくような言葉も平気で口にして、ろくな人生を歩んでこなかった。華乃をこの手で助け出さなければ。脳中で様々な場面の、華乃の大輪のような笑顔がフラッシュバックされる。感情が爆発しそうだった。
その時、爽は自分の体の中で何かが破裂する音がした。小気味の良い音を立てて、目の前が真っ暗になる。
それでも心を埋め尽くしていたのは華乃だった。華乃、華乃、華乃、華乃、華乃………。
気づけば押し付けられていた力がなくなっていた。開放感を味わいながら、爽は立ち上がる。
周囲は暗闇で覆われて何も見えないが、ずっと先の方に、トンネルの出口のように、太陽のように光り輝く何かが見えた。爽は道標を目指して駆けて行った。出口は段々と近づき、その全貌が見受けられた。
太陽のように輝いていたのは、目隠しをされて個室に立ち尽くす華乃だった。
爽は目隠しを取り、華乃を力強く抱きしめた・彼女は茫然自失としてまるで意識がなかったが、しばらくして、爽の姿を瞳に映し、双眸をパチクリとした。
「…爽くん? なんでここに?」
「助けに来たよ。あの時みたいに。」
「そっか、そっかぁぁ。ありがとぉぉ。」
華乃は張り詰めていた空気を緩ませ、ダムが崩壊したように大粒の涙を流した。華乃の泣き声が響く中、だんだんと黒いもやが晴れてきた。
そして、二人で唖然とした。
そこには、信じ難い光景が広がっていた。
爽達がいたはずの建物は崩壊し、周囲の建物も全て地面に全壊していた。あちこちに木材や鉄骨、ガラスの破片が散在している。実際にこの瞳に映したことはないが、まるで、教科書や資料集に載っている原爆にあった直後の広島や長崎のような。人々も瓦礫などが散乱した地面に倒れ伏し、ぴくりとも動かない。爽たちの身体に流れている漆黒の血とは打って異なる、鮮烈な真っ赤な血があちこちに飛び散ってキラキラと反射している。草花は薙ぎ倒され、長い年月をかけて育ったであろう大樹さえも地面に根こそぎ倒れていた。
その悲惨な、声も出ない光景に、二人は呆然として顔を見合わせる。
華乃は別の意味で涙を瞳に溜めて、唇をわなわなと震わせていた。
一方で、爽は華乃とは真逆の意味合いで顔をぷるぷると震わせていた。その感情とはーー狂喜だ。
華乃は優しすぎる故、こんな理不尽な人々の滅亡にさえも悲しんでしまう。確かに、爽もその中にはお世話になった家族をはじめとした人々がいる。だが、彼らも所詮は〝天使の子孫〟である。あんなに好かれて周囲を華やかにしていた華乃を裏切った人々同じ種族。滅亡して当然の仕打ちだ。世界は華乃の為にある。華乃のいるべき世界で、爽も彼女と一緒に生き残ることができた。彼女ーー世界に選ばれたのだ。
爽は気持ちが昂り、そっと、頬に一筋の涙を伝わせる華乃の唇に接吻をした。
その時、世界の終焉を引き起こし、ただ二人生き残った世界で、彼らの鼻腔をくすぐるものがあった。二人が自然とそちらへ顔を向けると、そこには淡い青紫色で彩られた竜胆の花々が、遮るものをなくして、解放されたように気持ちよくよそいでいた。
『悲しむあなたを愛する』という花言葉を持つ花々の香りが、御伽話の終焉で漂っている。
それは、悪魔の引き起こした、悪魔の生き残りの世界で漂う唯一の香りーー悪魔の残り香、とでも形容しておこう。〈了〉
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