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転機

翌日、爽が教室へと足を踏み入れ、自然と身体に染みついているように、華乃の姿を視界に捉えようと教室全体を見回した。


数秒後、爽は瞠目した。


毎日朝一番に登校しているはずの華乃の姿がなかったのだ。爽は思わず背筋が冷たくなった。


昨日、帰り道に二年前の出会いについて彼女と話していたが、もしかするとそれが良くなかったのではないか。スピリチュアルなんて信じないが、普段〝悪魔の子孫〟や〝悪魔の血〟なんて不吉な言葉を口にすることはないのだ。こんな偶然が起こるものか。爽はそう思わずにはいられなかった。


爽は華乃以外の人とは極力関わりたく無いのだが、無性にそわそわして、たまらずに隣の席の女子生徒に尋ねた。


「ねぇ、華乃はまだ来てないの?」


すると、彼女は普段は話しかけられることなんてない爽から質問され、初めは自分に聞かれていることに気づかなかった。仕方なく爽が彼女の顔を覗き込んで再び尋ねると、彼女は顔を夕焼け空のように染めて後ろに飛び退いた。


「え、え…私に聞いてた? あ、う、うん…華乃ちゃんはまだ来てないよ。め、珍しいよね。もしかして風邪かなぁ。」


彼女は戸惑いを隠せずに慌てふためきながらも丁寧に返事をしてくれた。


〝悪魔の子孫〟は頑丈な身体の造りをしているため、滅多に風邪をもらってくることはない。しかし完全にないとも言い切れないのがこの世の原理というもので、きっと華乃は風邪だろう、と自分を納得させた。


(けど、もしかして華乃までもが…!)


爽は心中でそう呟きかけて、自分に言い聞かせるように首を横に振った。身の危険なんてそう容易く起こるはずないのだ。しかし、なんだか胸騒ぎがする。事故や火災等はニュースではよく目にするものの、実際に体験することは滅多にない。それ故、一般の人は緊急事態というものを身近に感じることはほとんどない。同様に、〝悪魔の子孫〟だって何年も捕まっていないとなると、自分たちだって大丈夫だろうと知らぬ間に安堵してしまうのだ。

華乃の不在に対して胸騒ぎがするとはいえ、何も情報がない以上、爽になす術はない。そもそも、ただただ寝坊して遅れてくる可能性だってあるのだ。いや、きっとそうに違いない。


爽が半ば祈るように華乃の登校を待ったが、その日は終礼までずっと、華乃が姿を現すことはなかった。いよいよ華乃の無事が危ぶまれた爽は、教室から出て行こうとする担任を捕まえ、華乃の欠席について詳細な理由を求めた。すると、担任はあからさまに瞳を泳がせ、返す言葉を探しているようだった。その様子を見て、爽は心臓をギュッと鷲掴みにされたような心地がした。


「…あー、そうですよね。お二人は仲が良いですもんね。いや、実は優谷さんは白血病だと診断されたらしくて、急に入院することになったんです。本人から口止めされていますから、他の人には言わないでくださいね。それでは、さようなら。」


担任は確かに瞳を泳がせても仕方がない、と思われるような内容を口にした。具体的な病名をあげたのは信憑性を上げるためだろう。しかし、それが仇をなした。爽にはそれが嘘だと、いやでも分かってしまった。担任のチョイスが血液にまつわる病気でなければ、大きな病気だと言われて、しばらくの間は自分自身を信じ込ませることができただろうに。


そう、〝悪魔の子孫〟は〝天使の子孫〟とは血の種類が異なるため、〝天使の子孫〟がかかる一般的な血液病にはかからないのだ。


爽は血の気が引けてその場に倒れ込みそうになったが、グッと堪え、歩み出した担任を追いかけた。そして横に並ぶと、彼女をキッと睥睨する。


「…先生、それ、嘘ですよね。」


爽が担任を睨みながらドスの効いた声でそう決めつけるように言うと、彼女はうっと言葉を詰まらせた。


「本当のことを教えてください。」


彼女が次の言葉を発する前に、爽はすぐにそう頼み込む。担任は爽の真剣な眼差しにやられたのか、はたまた皮肉にも爽の端正な顔立ちに睨まれて怖気付いたのか、彼女は逡巡した挙句、人差し指を自身の唇に持ってきて言った。


「…涼風くん、真実を聞いたらあなたはきっと傷つきます。」

「何ですか、もったいぶらないで教えてください。」


もったいぶられても、もう本当の理由は分かりきっていた。だが、信じたくなかった。耳が全力で担任の言葉を拒もうとし、しかし心がそれを全力で求めていた。


「…優谷さんは〝悪魔の子孫〟だったのです。私も詳しいことは存じないですが、すぐにニュースになって耳に入るでしょう。」


担任は渋面を作ってそう言うと、それ以上の追及から避けるように、呆然とする爽を残してスタスタと階段を降りていってしまった。


爽はヘナヘナとその場に座り込んだ。頭の中が白紙になったようだった。

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