運動の場合
一限目は体育だった。
通常の体育は男女別だが、選択体育は男女合同である。爽と華乃は同じ種目を選び、三年前から共にバトミントンのラケットを握っている。
今日はシングルスの試合の日だった。十一点マッチで、一コマの授業で五試合行われる。爽は対戦相手にそっけなく会釈し、試合の位置についた。先生が笛を吹いて、試合が始まる。ジャンケンで勝利し、爽に初手のサーブ権が渡された。
その後、爽は凄まじい速度のサーブをそのまま十一回決めて、試合がサーブから一切進むことなく、一試合目が終了した。相手チームに数点取られることはあれど、二、三試合目も似たり寄ったりであっけなく勝利した。特段驚くべきことではない。爽は生まれてこの方、どのスポーツでも敗戦記録ゼロなのだ。
「爽く〜ん、お疲れ〜。」
長い髪を高い位置で一つに結った華乃が、手を振りながらこちらへ駆け寄ってきた。他の人はまだ試合をしている。爽が異様な速さで勝敗を決めたのだ。ではここにいる華乃はどういうことかというと、
「華乃も終わった?」
「終わったよ。今から休憩タイムだね〜。」
そういうわけである。華乃も滅多に負けることはない。その負ける相手というのが、
「私、爽くん以外には負けない自信があるからね。」
そうなのだ。爽が勉強面で華乃にのみ勝てないように、華乃も運動面では爽にしか負けないのだ。
さらに付け足すと、爽と華乃が優れているのは容姿、勉強、運動面だけではない。絵や歌、書道等々、出来ないことを見つけ出せ、と言われる方が難しいくらいである。だが、それらは爽と華乃の多大なる努力の結晶でもなければ、天性の才能でもない。ある意味才能なのかもしれないが、そう言い切ってしまうと、あまりに皮肉だ。爽や華乃、顔を見たことない両親…挙げたらキリがないほどの人々が、この〝呪い〟に苦しめられてきたのだから。
「華乃〜! うちも試合終わったよ〜! 一緒に練習しない? いつも思ってるけどさぁ、なんで華乃は運動部でもないのに、バド部のうちより上手いわけ? ほんと、華乃って習得すんの早すぎるんだよね。悔しいけど、よかったら教えて〜。」
「えへへ、なんでだろ。もちろん、私でよければいくらでも教えるよ。行こっか。じゃあまた後でね、爽くん。」
するとそこへ、華乃を求めていかにも活発そうな容姿の女子がやって来た。華乃は快く承諾し、爽に手を振って去っていく。爽はやはり、彼女が他人に親切にする所以を理解できずにいる。しかし爽は、自分にはない華乃の、言葉通り見返りを求めない優しさに魅了されたのだ。正しくは、見返りを求めないどころか、仇で返されるのが現状だ。
その日の帰り道。爽と華乃は最寄り駅までの道のりを並んで歩いていた。
「今日って、私たちが付き合い始めた記念日だよね。」
「うん。懐かしいな。」
「でも、今日ってそれだけじゃなくて、実は私たちが出会った日でもあるんだよ。あの日のこと、覚えてる?」
華乃の言葉に、爽は彼女との出会いを思い返す。あの日のことは、今後一切忘れることができないと思われる、衝撃的な思い出だ。
「そういえば、あの日も今日だったっけ。日付までは把握してなかったけど…覚えてないわけないよ。」
「ふふ、だよね。私、あの時は本当に死んだと思ったな〜。でも、そのおかげで私の王子様に出会えた。」
華乃はそう言って、爽の腕に抱きついた。爽は華乃の頭を撫でながら、ありし日のことを追憶した。