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第9話

「その聖剣は、勇者のみ鞘から抜ける。そういえば、そなたの『勇者の祝福』については、まだ詳しく聞いていなかったな」


 王が穏やかに問いかけてきた。

 確かに、召喚された当初は自分でも状況が理解できず、説明のしようがなかった。

 だが今は違う。少しずつだが、見えてきたものがある。

 圭介は聖剣に意識を向け、いつものように説明画面を呼び出した。


『聖剣レクス・ダムナティオ:勇者の祝福を宿した者のみが扱える聖剣。勇者の声に応え、その力を発揮する。

 効果:勇者の声に反応し、いかなる時でも呼び寄せることができる』


「俺の『勇者の祝福』には大きく分けて二つの特徴があります。一つは、この世界の物に意識を向けると、自分だけに見える説明画面が現れて、その効果が自分にだけ適用されるというものです」


「説明……効果……を付与、だと?」


 王の声には、わずかに困惑が滲んでいた。


「この剣にもにも説明と効果が表示されていて、『勇者の祝福を宿した者のみが扱える聖剣。勇者の声に応え、その力を発揮する』と書かれてます。さらに『いかなる時でも、声に反応して呼び寄せることができる』とも」


 周囲の空気がざわめく。

 圭介の説明を受けた王や貴族たちも、互いに顔を見合わせながら小さく首をかしげていた。

 無理もない。言葉だけで説明しても、実感は湧きにくいだろう。


「実際に、見てもらった方が早いかもしれませんね」


 そう言って圭介は剣を鞘に戻し、先ほどの騎士に手渡した。


「あの、なるべく遠くに離れてもらえますか? そうですね、あの謁見の間の入り口まで」


 騎士は軽くうなずき、剣を抱えて静かに駆けていく。

 やがて入り口にたどり着くと、こちらに向かって手を上げ、準備が整ったことを合図してくれた。


「では、やってみますね」


 圭介は一歩前に出て、右手を聖剣のある方へと向けた。


「来い、聖剣!」


 その言葉に呼応するように、聖剣はふわりと騎士の手から離れ、宙に浮かぶ。

 そして、まるで空気の抵抗を無視するかのように、一直線に圭介のもとへ飛来した。


「うおっ......!」


 反射的に手を伸ばし、何とかキャッチする。重さは感じないが、勢いだけは本物だった。

 聖剣をしっかりと握りしめたまま、圭介は王の方へ向き直り、静かに掲げて見せた。


「こんな感じです」


 王は興味深そうに頷きながら、聖剣を見つめる。


「なるほど……確かに、その聖剣には、そのような力はなかったはずだ」


 静まり返っていた謁見の間に、わずかなざわめきが広がる。

 貴族たちの間にも驚きと称賛の気配が走っているのが、空気で伝わってきた。


(よかった......ちゃんと反応してくれて)


 圭介は内心で胸をなでおろす。

 正直、失敗したらどうしようかと冷や汗をかいていた。だが、聖剣は確かに勇者の声に応えてくれたのだ。


「効果が現れるだけでも興味深いが......もう一つの特徴とは?」


 王が目を細めながら問う。


「言葉にするのは難しいのですが……戦いを積み重ねることで、身体能力や技が向上していくような仕組みです」


 圭介は少し言葉を探しながら、続けた。


「たとえば……ゴブリンと戦ったとき、僕のレベルは1から2に上がりました。あれ以降、明らかに体の動きが良くなっていて、魔法も使えるようになったんです」


 経験値という目に見えない力が戦いのたびに蓄積されていき、一定の量に達するとレベルアップする。

 自分が召喚される直前に考えていたゲームの勇者が、まさにそんな存在だった。


「そうか。それならば、魔王と対峙する頃には、今よりも遥かに強くなっているということだな」

「......すぐに魔王と戦うわけではないんですか?」


 圭介は思わず問い返していた。

 てっきり、「今すぐ魔王のもとへ向かえ」と命じられるものだとばかり思っていた。

 それに、遥かにという言葉も気になる。魔王と戦うのは、ずっと先の話なのだろうか。

 王はゆっくりとうなずきながら、言葉を継いだ。


「魔王とは、『魔王の祝福』を宿した者。『祝福』自体、この世界に生きるすべての民に宿る可能性がある。ゆえに、膨大な数の民から『魔王の祝福』を持つ者を見つけ出すのは極めて困難なのだ」


「......ってことは......」


「そなたには、魔王を討伐する旅に出てもらう」


 王の口から告げられたその言葉は、圭介にとってまさに運命の宣言のように響いた。

 ただ倒すだけではなく、探し出すところから始まるという現実に、圭介の表情がわずかに引き締まった。


「無論、一人で行けとは言わぬ。こちらで、付き添いの者を用意してある」


 その言葉に圭介は胸をなでおろした。

 一人でこの世界放り出すなんて、そんな無茶は流石にしないらしい。

 この世界のことについては、正直何も分かっていない。赤子レベルで無知である自信がある。


「付き添いとは......一体どなたでしょうか?」


 圭介が尋ねたその時、背後から落ち着いた女性の声が聞こえた。


「──私です」


 驚いて振り返ると、そこにはセクオールが静かに立っていた。

 彼女はすっと膝をつき、儀礼に則って頭を下げる。


「改めまして。セクオール・テムポーレと申します。我らが王の勅命により、あなたの旅──魔王討伐の任に、同行させていただきます」


「ああ、どうも。こちらこそ、よろしくお願いします」


 思わず社交辞令のように頭を下げてしまった。

 この場において、勇者が頭を下げるなんて、周囲から見れば奇妙に映るのかもしれない。

 こういうのは、つい癖で出てしまう。

 そんな圭介の仕草に、セクオールは柔らかく微笑んだ。


「私に対しては、敬語など不要です。――あなたは、勇者なのですから」


 その言葉には、誇りと敬意、そして忠誠がしっかりと込められていた。

 そして、王の声が謁見の間に力強く響き渡った。


「勇者よ、これからの旅には想像を絶する厳しさが伴うだろう。だが、それを乗り越え、この世界に安寧をもたらしておくれ!」


◇ ◇ ◇


「......安寧をどうこう言ってたわりに、ほぼ丸投げじゃないか……」


 王の言葉を背に、圭介はセクオールとともに、半ば強引に城の外へと連れ出された。

 魔王に関する情報はないのは仕方ないとして、まさかこんな雑な出発となるとは思ってもいなかった。


「かつての勇者も、同じように旅立たれたそうです。そういう習わしなんだとか」


「......優しくない」


 思わずこぼれた圭介の本音に、セクオールは小さく微笑んだ。


「ご安心を。旅に必要なものは、すべてこちらに」


 セクオールは背負っていた鞄を下ろし、中から次々と物品を取り出し始めた。

 地図、包帯、保存食らしきもの。見た感じ、旅に必要そうなものが一通り揃っているようだ。


「こんなに準備してたんだ」


「もちろんです」


「......ちょっと生々しい話だけどさ、旅ってお金かかるじゃん? そっちの方は……?」


「そちらも、滞りなく」


 セクオールは懐から小さな袋を取り出した。

 袋は明らかに重そうに膨れており、中に入っているものの形がうっすら浮かび上がっている。


「どうぞ」


 差し出された袋を圭介が受け取ると、予想以上の重さに手が沈んだ。


「おもっ!? ……この世界の通貨のことはよく分かんないけど、これってどれくらいの価値が?」


「そうですね。何もせずとも、一年は悠々と暮らせる額です」


「……えっ!? ちょ、ちょっと待って!? なにこのスタートダッシュの格差……!」


 あまりの待遇に、思わず圭介は言葉を失いかけた。


「ちょっと怖いから......持っててもらえる?」


「かしこまりました」


 あっさりと応じるセクオールに袋を預け、圭介は小さくため息をついた。

 これだけの待遇をしてくれるなら、もう少し出発の時も丁重に送り出してくれてもよかったんじゃないかと思う。

 そんな不満が胸の奥にじわりと残っていた。しかし、始まってしまった以上、受け入れるしかない。

 

 ふと、目の前を一羽の白いハトが横切って飛んでいく。

 まるで、この旅立ちを静かに祝福するかのようだった。


 魔王討伐の旅──


 それが課せられた使命。

 だが圭介にとって、それは表向きであり、真の目的がある。

 

 ──日本に帰る方法を見つける。そして家に帰る。

 遥か遠くの空を見上げながら、圭介は心の中でそっと誓った。


 この異世界での旅は、世界を救うためであり、同時に故郷に帰る旅でもあるのだ。

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